はざまの森の魔法使い

神無月愛

文字の大きさ
22 / 22
第二章 Viola

Epilogue 刺繍

しおりを挟む
 それから春を過ぎ、夏も越え、もう次の冬が近づいて来ようとしている頃だった。

「ごめんください」

「はーい!」

 ノックの音に扉を開けたダリアは、見覚えのある顔に息を呑んだ。

「あなたは、確か……」

「お久しぶりです。魔法使いさん、いますか」

「はいはい、お客さんかい」

 声を聞き付けたモナルダも奥から顔を出す。ぺこりと頭を下げた客人の顔を見て、モナルダは微笑んだ。

「久しぶり、パンジー。よく来てくれたね」

 くすんだ金髪を後ろで束ねた、焦げ茶色の瞳の女性が静かに佇んでいた。大きな荷物を持ち、使い込まれた旅装の上着を羽織っている。さりげない刺繍の入った襟元から、首に巻かれた赤い布が覗いていた。

「あんた、それ……いつだい?」

 赤い布に白く染め抜かれた形は、炎に似ている。魔法使いにもそうでない者にも、一目でそれと分かるほど馴染みのある浄化の紋。この赤い炎は、人の死に触れた後、その魂が安らかであることを祈り、そして己を守るために身に付けるものだった。

「半月ほど前です。魔法使いさんのお陰で、きちんとビオラを看取ることができました。ありがとうございました」

「そうか。よく頑張ったね」

 パンジーは労いの言葉に目を伏せて、穏やかに微笑む。胸元の赤い布に、そして襟元の刺繍にそっと触れた。木の葉と小花を象ったありふれた模様は、寒さにも負けずに咲く可憐な花に似ていた。

「せっかくこんな森の奥まで来てくれたんだから、上がっていくかい? 魔法使いのお茶会に招待するよ」

 冗談めかしてモナルダが誘い、ダリアはお茶の用意をしようと一足先に家の中へと戻っていった。パンジーはくすりと笑って首を振った。

「ありがとうございます。でも、今日はここで。日が暮れる前に村に着かないと。渡すものがあるから寄っただけなんです」

 そう言って、荷物から取り出した封筒をモナルダに差し出す。

「町での「依頼」のお代です。手紙に書いてあった分ちょうど入れてあります」

「……ああ、ちょうどだね、確かに受け取ったよ。しかし、こんなにすぐじゃなくても、もっと落ち着いてからでも良かったのに。収穫の季節が過ぎた後とはいえ、あんたは町にいたんだから手持ちだって少なかっただろう」

「お気遣いありがとうございます。実は町でも手仕事をしていたのと、ビオラがわたしに遺してくれた分もあったので大丈夫なんです。それに、思ったよりもずっとお安かったですし……あの、本当にその金額で良いんですか? それじゃ延ばしてもらった四日分の宿代くらいにしかならないんじゃないかしら」

 心配そうに言うパンジーに笑いかけて、モナルダはもう一度ちらりと封筒の中身をあらためて答えた。

「そうだねえ……正直に言うなら、宿代と薬の代金を払って少しお釣りが来るくらいだよ。宿は馴染みのところに安く泊まっているし、今回は薬もほとんど私は出していない、魔法使いらしいことはほとんど何もしていないからね」

「でも……依頼は依頼ですよ」

「だから気にしなくていいって。でも、まあ、そうだねえ……今回は魔法使いとしての仕事じゃない、「あんたたちと仲良くなったモナルダという一人の友達」としてあんたたちに付き合って、「年上の友達」らしく偉そうに助言なんかもしてやった、ってことにするのはどうだい?」

 笑いかけるモナルダを、パンジーはきょとんと目を見開いて見上げた。

「あんたに、友達みたいにもっと話してみたいって言われて、ガラにもなく嬉しかったんだよ。チィやダリア……同居人以外の人と過ごすのは久しぶりだった。ビオラには、魔法使いになってからは普通の人と同じように恋人や友達や家族と過ごすなんて考えなかったって話したけど、そういうのが嫌だってわけじゃない。あんたたちと過ごした四日間は悪くなかったよ。だから、あんたさえ良ければ、また来ておくれ。あんたならダリアやチィとも仲良くなれそうだ」

 モナルダの言葉に、驚いたまま固まっていたパンジーの表情がふわあっと明るく輝いた。少し照れくさそうに頬を赤らめて、無邪気な少女のような笑顔を見せる彼女はとても可愛らしかった。

「本当ですか? また、遊びに来てもいいんですか?」

「大歓迎さ。なんなら娘さんでも旦那さんでも連れてくるといい。ああ、娘さんはまだ小さいんだっけ。じゃあもう少し大きくなってからの方がいいかな」

「そうですね、まだ五歳だから森を歩くのはちょっと……でも、絶対いつか来ます」

 楽しそうに目を細める。あまりに笑った所為だろうか、焦げ茶色の瞳にはうっすらと涙まで浮かんでいた。

「あ、そうそう、あとこれも渡したくて」

 パンジーは涙を拭いながら、もう一度荷物を開けて、今度は小包を取り出した。

「ビオラがあんまり動けなくなって、それでも何かしたいねって二人で話して、作ったんです。魔法使いさんに、わたしたちからの感謝の気持ちです」

「へえ、嬉しいね。開けていいかい?」

 包みの中に入っていたのは、襟元に小さな花の刺繍が入った服だった。つんとした花びらが集まって咲く鞠のような花は、細く撚った糸を何度も刺してふくらみをもたせることで、その丸く可愛らしい形を表している。茜で染められた布地で丁寧に仕立てられていて、広げてみると少し裾が長めに、細身に作られていることが分かった。

「魔法使いさん、背が高くて素敵だから、このくらい長くした方がすらっとして格好いいと思ったんです」

「これ、わざわざ私に合わせて作ってくれたのかい」

「ええ。仕立ても、刺繍も、二人で相談して考えて、作るのも二人で手分けして。とても楽しかったです。さいごに、こうしてビオラと二人で一緒に仕事ができて、楽しく過ごせて本当に良かった」

 パンジーの声が小さく震えて、その頬を光るものが伝った。

「本当に、ありがとう。大切にするよ」

 モナルダは微笑んで贈り物を抱き締めた。

 パンジーはぺこりと頭を下げ、荷物をまとめて、森の中へと延びる小道に足を向ける。空がほんの少し陰り、冷たくなってきた風が森の木々を揺らして駆けていく。足早に歩き始めたかと思いきや、最後にくるりと振り向いて、彼女は満面の笑顔でモナルダに大きく手を振った。

「本当にありがとうございました。また来ます、魔法使いさん……いいえ、モナルダさん」

「ああ。またね、パンジー」
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

スパークノークス

お気に入りに登録しました~

2021.08.17 神無月愛

ありがとうございます!
お楽しみいただければ幸いです。

解除
花雨
2021.08.10 花雨

お気に入り登録しときますね♪

2021.08.10 神無月愛

ありがとうございます!
お楽しみいただければ幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。