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「ユウ? 何の話を……?」
「え? だから、運営にここで働かせてもらえるようにお願いするって話だよ?」
「はぁー……。天空の塔、いや、いい。
 それで、どうしてここで働きたいなんて思ったんだ?」
「だって、私と彼女達が組んだら最強だと思わない? その場が天国になるんだよ? 愛を振りまく天使達っ! これは運営にお願いしなくちゃいけないでしょ?」
「ユウ……」

 ナユタの両手が私の頬を優しく挟むと、兎耳族じびぞくを追っていた視線をナユタ以外視界に入らないように強引に顔の向きを変えられた。
優しく挟んでいるのに、強制的に顔の向きを変えるってどんな技よ。なんてツッコミは心の中にしまっておく。
いやー。ちょっと自分でも突っ走ったなという思いがあるだけにね、うん。

「ええっと……」
「ユウが一人で働いている間、俺はどうしたらいい? ユウに向けられる邪まな視線を防ぐ事も出来ず、ただ眺めているしかないのか?」

 ああっ! ナユタが、ナユタがなんかしょんぼりしちゃってる?!
ナユタはあんまり私が他の人に構ってしまうと寂しがっちゃうからなー。
頼れるお兄さんなんだけど、意外と寂しがり屋さんなんだよね。
イケメンなくせにさ、こういうところが可愛いというかなんというか……。ギャップ萌えってやつ?

「勿論、その時はナユタも一緒にやろうよ! 一緒にもふもふに癒されようっ!」
「そう言う事を……。いや、いい。
 ユウはどうしても此処で働きたいのか?」
「どっちかっていうと、もふもふを堪能したい。でも、兎耳族じびぞくはNPCで仲間に出来ないし。それにこういうカフェにしかいないんだもん」

 運営も本当酷いよね。兎耳族の露出というか出番をもっと増やしてくれたらいいのに。
次回のアップデートとかで種族選択に出てくれないかなぁ。

「堪能出来ればいいんだな」
「うん、とりあえず今は」
「分かった」

 ナユタは私の頬から両手をそっと離すと、何もない空間に向かって指を動かし始めた。
メニュー画面を出して何かの操作をしているんだろう。
本人以外にはメニュー画面は視認出来ないので、傍から見たらちょっと恥ずかしいかもしれない。
まぁ、プレイヤーならメニュー操作中だと分かってるから何も思わないんだけどね。

「すみません」

 ナユタが手を上げて、兎耳族のウェイトレスさんを呼んだ。

「はーい!」

 呼ばれてやってきたのは、私とあまり身長の変わらないピンクの毛皮の持ち主の、可愛らしい娘さんだ。
 その毛質はレッキスファーではございませんかね?
ああ、触らせて欲しい……。

「お待たせ致しました。ご用件をお伺いいたしまーす」
「これを」

 ナユタは、先ほどの操作でアイテムボックスから取り出したと思われる名刺サイズのピンクのカードを、娘さんへと見せていた。
私は見た事がないアテイムだ。

「はわわっ! かしこまりましたですっ! お時間の程は……」
「とりあえず、十分でいい」
「了解致しましたっ! 担当の者を呼んでまいりますので、暫くお待ちくださいませー」

 なんだろう?
あのカードを見た娘さんの慌てっぷり。……可愛かったけど。
何かをお願いしたみたいだけど、あの会話だけでは何をお願いしたのか全く分からない。

「ねぇ、ナユタ。それ、なに?」
「あとで説明する」

 む。今すぐは教えてくれないのか。ナユタのケチー。
いいもん。兎耳族のもふもふ見て癒されるんだから!
むくれているんだぞ!という意思表示の為に、あからさまにフンッ!と言って横を向く。
暫くしてナユタの嘆息が聞こえたが、気にしない。
だってこれが『ユウト』だから。

──たまに我が儘な、小悪魔系癒し天使の男の娘。これが私の中でのユウトの設定。

 その設定に基づいての行動……。行動です。けっして私の地そのままではない。……うん。
 特にお互い会話をする事もなく無言のまま、ナユタのオーダーが来るまで待っていた。
それから程なくして、さっきのピンクの娘さんと何故かボンキュッボンッ! な、肉感的な兎耳族のお姉さんがやって来た。
これ以上待たされてたら、あまりの沈黙に我慢できずに間違いなく話しかけていただろうから、正直助かった。

「お待たせ致しましたっ!」
「ごめんなさいね、お待たせして」
「いや」
「それでは、早速」

 ううっ。私もその会話に混ぜて欲しい。
はみ子は寂しいよー。

「ああ。そこの彼か……。こちらのエルフにお願いする」
「ふふっ。了承いたしました。それでは、エルフのお嬢さん、よろしくね。ああ、あまり固くならずにリラックスして、ね?」
「え、あ、はい……?」

 どうやらナユタのオーダーは私へのものだったらしいんだけど、今から何が始まるのか予想がつかない。
嬌笑を浮かべたお姉さんは私の背後へと回ると、そっと肩へと手を置いた。
 あうっ! もふもふっ! もふもふですよ、お姉さんっ!
思わぬ接触に、だらしなく緩みそうになる顔をなんとか気合を入れて押し止める。
 ユウトにそんな表情をさせるわけにはいかないからね。頑張れ、私っ!
しかし一体何されるんだろう? 後ろを振り向きたいけど、振り向けないこのジレンマッ!
ナユタも教えてくれればいいのに、何も言わないしさ……。
 お姉さんは私の両肩を掴むと優しく揉みだし、それから首へと続き最後に頭を軽く指で何回か押した。
 これって、もしかしなくてもマッサージなのでは?
もふもふ、くすぐったいっ! う、嬉しいけどどちらかといえば抱きつきたいっ!
抱きついてぐりぐりとしたいっ!
 わきわきと動き出そうとする手をギュッと握る事で押さえこむ。
行き成り抱きついたら、さすがにまずいと分かっている。いくら相手がNPCだろうと、それはセクハラになる。
 自分がされて嫌な事は、人にするな。
ユウトとなって経験した事を無駄にしてはいけない。

「あらら。ちょっと肩に力が入っちゃってるわね。肩の力を抜いてリラックスしましょうね」

 ああ、お姉さん。私は自分の欲望を抑えるのに必死なので、力を抜くわけにはいかないんですよっ! なんて言える筈もなく。

「お姉さんが素敵だから、ちょっと緊張してるのかも」
「あらあらありがとう。でもお嬢さんの方が可愛らしくて素敵だと思うわよ」

 お姉さん、マッサージの腕だけでなく口もお上手なんですね!
NPCといえども、性別を公開していないとプレイヤーキャラの性別を知りえないので見た目の印象を性別に当てはめる。
だから私を『女の子』と思っているお姉さんは、『可愛い』が褒め言葉だと思って話しているのだ。
勿論、『男の娘』な私にとっても十分褒め言葉なので、別に問題はないのだけれど。

「はーい。お疲れ様でした」

 軽く肩を二回叩いて、マッサージは終了したようです。
わ、私の癒しが……。あんまり堪能できなかったよ……。

「もう、終わりなんですね……」
「そうね。こういうものって時間が経つの早いからね。
 それではまたのご利用、お待ちしております。ありがとうございました」

 名残惜しさも見せず去って行くお姉さん。
仕事だから、そんなものなんだろうけど、なんか寂しい。
いや、ここは健全なカフェなのだから、これでいい筈なのよ。ただ、お姉さんがあまりにも肉感的すぎるから、なんていうかもうちょっと、ねぇ……?

「どうだ? 堪能は出来たか?」

 お姉さんに意識を集中していた所為か、ナユタの存在を思わず忘れそうになっていたよ。

「出来ればこちらから思いっきりハグしたかったけど……。でも、うん、ありがとう。もふもふに癒されました」

 兎耳族とのありがたい触れ合い? も、ナユタのお蔭だからちゃんとお礼を言わないとね。

「でも、ナユタはよかったの? 本当はやりたかったんじゃないの?」

 そうじゃないと、あんなアイテム持ってないだろうし……。っていうか、あのアイテム何?

「いや。元々はユウの為においていた様なものだったから、別にいい。それに思った通り良いものが見れたしな」
「良いものって何? あっ、あれかな? 私と兎耳族のお姉さんとのツーショットね!」
「違う」

 えー。違うの? だったらあれより良いものって何なのよ。

「とろとろに蕩けきったユウの顔だ」

 そう言って満足げに笑みを浮かべるナユタに、私はなんて声をかけるべきか悩んだ。
なんでそんなに、普段以上のいい笑顔浮かべちゃってるのよっ!
だらしなく緩んでいる私の顔を見て良いものだなんて、ナユタはちょっと変わってるんじゃないだろうか。
結局、気合で維持したつもりでいたけど緩んでしまっていたのね。
あううっ……。
ナユタ以外には見られていないと信じたい。いや、きっと見られていないはずっ!
そうじゃないと、ユウトの印象がっ!
小悪魔系癒しの天使のユウトの印象が残念なものへと変わってしまう……。
 あーっ!! と頭を掻き毟りたい心境に陥ったけど、ここでそれをすると更に印象が壊れるのでぐっと我慢をする。
そして心を落ち着かせる為に、ぬるくなってしまったお冷を一口飲んで忘れる事にした。
そう、記憶から綺麗に抹消してやるんだからっ!
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