愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南

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3話

ちくん、ちくん。

(また胸が痛い。
最近、胸に棘がちくちく刺さった感じがする。
そんな時は何故か気持ちが落ち込んで……。
今まで余り気にしなかったのに、何故か心が騒つくの。
社交界デビューで、とクリストファーの談笑が余りに衝撃的で……。
それが引き金になっているのかな?)

……。

今まで見た事もないクリストファーの表情を垣間見た瞬間、私はその場にただただ呆然と立ち竦む事しか出来なかった。
あれ以来、ずっと心の中に蔓延るモヤモヤとした感情。
私には一度も見せた事もない微笑みを目撃したあの時から鼓動が煩い位にどくどくと騒いで収まりがつかない。
それと同時に鬱屈とした気持ちが重なってクリストファーに会うのが、正直、億劫となっている。

ふう……。

(やだ、自然と溜息が出てしまう。
最近、矢鱈と深い溜息を吐いている。
だって……。
今日のリンドベルク家主催のパーティーには、本当は参加したくなかった。
いくらパートナー同伴が参加条件だからと言って、クリストファーには本当に私との同伴が必要だったのかしら。
クリストファーだけの参加でも、リンドベルク家は両手を広げて大歓迎するに決まっている。
だってあそこの伯爵家には妙齢の令嬢が2人いて、姉妹共々クリストファーにかなりのご執心だと小耳に挟んでいたから、変な緊張を強いられたわ……)

ふう。

や、やだ、また、溜息が。

……。

何時もそう。
リンドベルク家だけでは無い。
社交の場そのものが私にとって、鬱々とした想いにさせられる場所でしか無い。

リンドベルク家のパーティー参加は、事実、針の筵としか言えなかった。
クリストファーの婚約者である私が令嬢達にとってどんな存在か、嫌でも思い知らされる。

(だってあからさまに嫌な顔をされたもの。
私の顔を見た瞬間、顔を歪ませて。
令嬢らしくない、嫉妬心丸出しの険しい目付きで睨まれたら誰だって参加したくは無いって。
全く、クリストファーがモテ過ぎるのがいけないのよ。
眉目秀麗で凛々しく神々しい迄の存在感が憎らしい。
婚約者の立場を少しは考えて欲しいわ……)

あら、嫌だ、私……。

なんて勝手な言い分なの。
頭では理解出来る。
クリストファーが令嬢達の羨望の的だって事は。
姿だけは完璧な貴公子だもの。
見た目はね!

性格は何を考えているか分からないけど。
表情が乏しいし、殆ど無口だし。

……。

でも、それだけでは無いのよ。
今日参加したパーティーで、彼女に会ったから。

コゼット・ケンティフォリア侯爵令嬢。

ケンティフォリア家の薔薇姫と謳われ、社交界では女王の如く君臨している。
漆黒の髪は烏の濡れ羽色の様に美しくピーコックグリーンの瞳は煌めいていて。
妖艶な笑みを真紅の唇に浮かべながら豊満な胸を押し付ける様にクリストファーの腕に絡もうとしていた。

(な、何なの、あれは!
せ、セックスアピールでクリストファーを落とす魂胆なの?
クリストファーになんて事をするのよ!)

余りにも大胆な行動に唖然としてる私に気づいたのか、彼女はゆったりと口角を上げあからさまに侮蔑を含んだ目で私を射抜いた。

どうして私がクリストファーの婚約者なのか。
自分の方が遥かにクリストファーに相応しいのに、何故、私が。

睨みを利かせる視線に一瞬、たじろいでしまった。
私を非難する感情を隠す事なく真っ直ぐに向ける彼女の視線に耐えられなくて……。

(だって仕方ないじゃない。
クリストファーの婚約者が私だからと言って、私に憎しみの感情を抱かれてもいい迷惑だわ。
だって私達は……)

ちくん、ちくん、ちくん。

(まただわ。
また痛みが走った。
だってクリストファーとは父親同士が勝手に決めた婚約で、私の意思での婚約では無いもの。
そもそも貴族同士の婚約に本人の意思や気持ちが尊重されるのは稀な事よ。
ただ私達の場合は貴族としての双方の利害や家柄に見合った相手として決まった訳では無い。
父親同士が親友でになりたいが為の定めた婚約。
それだけの為……)

……。

でもそれが令嬢達の反感を買っているのをひしひしと感じている。
クリストファーに年頃の令嬢達が憧れと思慕の念を募らせている事は気付いていた。
幼少の頃からの際立っていた美貌が大人になるに連れて周りを魅了する程の完璧な貴公子として、クリストファーは成長を遂げていた。

クリストファーに私と言う婚約者がいる。
婚約者の私に嫉妬と憎しみの感情を抱く事は自然の理だと一応、理解は出来るけど……。

でもそれって本当に正しい訳?
私を憎んだって仕方ないでしょう。
何度も言うけど父親同士が決めた婚約なんだから!

……。

私が婚約者だと社交界に広まった時の令嬢達の視線。
あからさまに軽蔑を含んだ刺々しい言葉の数々。

「父親同士が親友だからと言って、どうしてあんな娘がクリストファー様の婚約者なの」

「母親の美貌を受け継いでいればまだしも、あの顔でクリストファー様の婚約者だなんて何て図々しい!
開いた口が塞がらないのだけど」

「あら、母親の美貌だって怪しいモノだわ。
だってあの娘の母親でしょう?
クリストファー様のお母様と若い頃社交界で美貌を競っていたと聞いた途端、思わず吹き出してしまったわ。
どうしてあの娘の母親がクリストファー様のお母様と……。
きっと紛い物の美貌に相違ないわ」

「ふふふ」

(ど、どうして私だけではなく、お母様まで侮辱されないといけないのよ!
クリストファーの婚約者だからと言う理由で心無い言葉を浴びるなんて……)

これも全ては父親同士が子供の気持ちを無視し、勝手に決めた婚約の所為。
産まれた時には既に決まっていた。

私もクリストファーも抗う事を赦されず、受け入れてきたけど……。

(もし、私がクリストファー以外の男性を好きになったら。
クリストファーが誰かを好きになったら、この婚約は破棄できるのでは)

と、浮かんだ言葉に胸が詰まる。
何故?と疑問符が浮かぶ。

何故、こんなにも心が掻き乱されるの?
クリストファーに恋情を抱いた事なんて無いのに……。

父親同士が勝手に決めた婚約者だから、だから私達はこうして今も一緒に社交の場に赴いて。

ただそれだけなのに。


「……マリアンヌ」

クリストファーの呼び掛けにマリアンヌは現実へと思考を戻す。
一瞬、クリストファーが己の名を呼んだ事に違和感を感じる。

(ここが馬車の中と言う事を忘れていた。
それ程考え込んでいたのね、私。
……。
それにしても珍しい。
クリストファーが私の名を呼ぶなんて……)

「クリストファー。
どうかしたの?」

「……」

「……」

(ああ、全く会話にならないんだから。
一体、何が言いたいの?
私にクリストファーの何を知れって言うのかしら。
ああん、もう、イライラする!
今日のパーティーにも、コゼット・ケンティフォリアにも、そしてクリストファーにも!
私と言う婚約者がいるのに、何故、コゼット・ケンティフォリアを近づけるの!
どうして私がクリストファーにご執心の令嬢達から嫌味の言葉を聞かされないといけないのよ!
どうしてクリストファーは私を社交の場にパートナーとして参加させようとするの!
もう、いや!
もう、うんざり!
耐えられないのよ、こんなの……)

泣きたくなる。
最近いつもこんな感じ。
感情が不安定でイライラして気持ちが落ち込んで。

クリストファーとの関係も名ばかりの婚約者だと言う間柄で何の進展も無い。

親愛の情を込めた目で見詰められる事も、愛を囁かれる事も無く、ただ、淡々と時が過ぎて行き。

……。

私、このままでいいのかしら?

こんな感情を抱いたままクリストファーと婚姻を結ぶの?
愛のない結婚生活を営んでいくの?

一体、クリストファーは私の事をどう思っているのかしら?
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