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罪過の炎が身を焦がす 【2】

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ダンダのじっさまが、なぜあれほどまでに怒りを隠すことなくぶつけてきたのか、俺には分からない。分かりはしないが、恐らくは前の生が関わっているのだろう。けれど、俺には前の生の記憶などない。
なぜ、ヒースを殺してでも生きなければならないのか。なぜ、愛しいものを犠牲にしてでも生きながらえなければいけないのか。
鍵となるであろう俺の前の生を知る者たちは、揃いもそろって俺の前の生を口にしようとしない。それゆえに、俺が理由を知ることが出来ない。

今はこうして、鎮静剤と筋弛緩剤が効いているから、ヒースに襲いかからずにいられるが、この薬剤の効果が切れたら平常心は保っていられないだろう。切れてしまえば、ヒースだけではなく、周りの人間たちも殺してしまうことは、想像に難くない。

「あの、イアン様・・・」

おずおずと口を開く、憐れな標的ヒース。どうして逃げていないんだ。このままでは、お前もロベルトも殺してしまうのに。

「逃げろ、ヒース。ロベルトを連れて逃げろ。
俺が把握できぬほど遠くまで、逃げてくれ。薬剤の効果が切れる前に、出来る限り遠くへ。」

このまま俺の近くに居ては、きっと、逃げ切ることは難しいだろう。俺は魔族で、ヒースたちは人間種族だ。本能のままに獲物を求める俺から逃げることは困難を極める。

ヒースには、死んでほしくない。俺が死んだとしても、永く、永く、幸せに生きていてほしい。

だが、俺の気を知ってか知らずか、ヒースは顔を覗きこんでくる。

「あまり近づくな。ダンダのじっさまがどれくらいの量の薬剤を俺に打ったのか分からない。
いつ効果が切れるか分からないんだ。早く俺から離れろ。
ああ、逃げるときには魔族になるべく接触するな。まともな奴よりもイカれた奴の方が多いんだ。だから・・・」

言い終わる前に、口を塞がれる。
視界いっぱいに、ヒースの整った顔がある。唇には少しかさついた、けれども柔らかい感触が。

「イアン様、これが私の覚悟です。受け取っていただけますか?」

その言葉で、俺はヒースに唇を奪われたのだと気がついた。

「さっきのお方から聞きました。サリエル様という方が来られるまで、イアン様は何かしらの生命エネルギーを摂取し続けなければいけないと。
私、生命力には自信がございます。この屋敷に拾っていただいた御恩を、どうか返させてください。」

分かっているのか?本当に?ダンダのじっさまに、いいように言いくるめられたんじゃないのか?

「命を粗末にするな。俺は、そんな、使い捨ての命としてお前たちを連れてきたんじゃない!」

「私は、死んだりいたしません。」

そっと手を取られ、その手に顔を寄せられる。

「死ぬような目に遭っても、私は死んだことはありませんから。」

死んだことがないから大丈夫だ、なんてことは暴論だと分かっているのに、どうしようもなく心臓が高鳴る。

「強情だな。」

「何とでもおっしゃってください。私は、あなたのお役に立ちたいだけですから。」

その強情を受け入れてしまえば、ヒースを殺してしまうのに。
俺はヒースに、笑顔で生きていてほしいのに。
俺のために強情を張るヒースが、どうしようもなく愛おしくて。

「・・・・・・勝手にするがいいさ。後悔しても知らんぞ。」

「後悔など、いたしませんよ。」

その強情を、受け入れてしまった。
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