龍騎士の花嫁 Extra

夜風 りん

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女スパイと幹部くん 【ディアナ編】

ep5

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 ディアナがようやく仕事に復帰したのはリハビリを始めて2か月後のことだった。

 歩行訓練は安定してきていたが、まだ走ることもままならなかったし、握力も衰えてきていたせいで、書類を手に取るのがやっと。
 ペンを握ってもプルプルと手が震えてしまい、字がうまく書けなかったのだ。

 それゆえに仕方がなくペンを取り、文字を書く練習をし直さねばならなかった。


 「ディアナ、おかえり!」


 フィカに抱き着かれ、ディアナはふらついた。
 「ただいま、フィカ。うー、やっと帰れたよ」

 「リハビリはどう?」

 「しんどい。でも、走れるようになったら戦闘訓練に戻れるって言われているし、もうちょっとかな…」

 ディアナはようやく帰ってこられた安心感に浸っていると、他の面々も立ち上がって彼女に声を掛けた。

 「失恋で国外逃亡していたって本当?」
 「国外に逃げるってどれだけしんどかったのよ?」
 「任務を放り出したくなることってあるよなぁ」

 そんな言葉を掛けられ、ディアナはだいぶムッとした。

 「失恋で国外逃亡なんてしてないです。でも、心配してくれてありがとうございます」

 ディアナが仲間と歓談していると、能天気な声がオフィスに響いた。

 「おはよー、みんな」

 振り返るとメガネの地味な青年が出勤してきたところだった。

 「おはよー、班長」
 「おはようございまーす」
 「おはようさん」

 ディアナが振り返ると、フィカがようやく離れて彼に挨拶をした。

 「リヒトっち、おはよー!」

 大きく手を振るフィカにリヒトと呼ばれた青年が笑顔で手を振り返した。
 「うん、おはよう」

 そしてディアナを振り返った彼はにっこりと笑った。さわやかな笑顔にたじろいでいると彼は人懐っこい笑顔で言った。

 「よろしくね、ルルカちゃん」

 「はえ?」

 挨拶が一瞬で終わったことに戸惑っていると彼がもう、挨拶を終えてデスクの方に行ってしまい、取り残されているディアナにフィカがのんびりと言った。

 「あんまり構えられるのも嫌なんだって。変わった人だよね。あの若さで幹部昇格試験に合格して幹部になったっていうのに、超フレンドリーだよ?」

 「…裏を返せばなれなれしい…」

 ディアナが顔を引きつらせていると、フィカが肩をすくめた。

 「そうかもだけど、リヒトっち、すごくいい人だから嫌気はささないよ?」

 「…いい人だったらスパイなんてしてない」

 「あ、そうだね」

 ディアナは気を取り直して始末書の処理に取り掛かろうとしていると、リヒトが声をかけてきた。

 「僕はいい人じゃないけど、せめて仲間内ではいい班長でありたいから、何か班長としてふさわしくない言論や行動があったら指摘してね。できる限り直すから」

 「え?」

 「僕は見ての通り、新米班長なんだ。このオフィスを管理する責任者になって日が浅いし、班長としてのイロハみたいなものも正直、よくわかっていない。単なる叩き上げで、偶然仕事がうまくいっていただけの若造っていうのは事実だからね。――でも、みんなとはうまくやっていきたいと思っているんだよ」

 人懐っこい笑みを浮かべたリヒトはそう言うと、少し考えた後にポンッと拳で手のひらを打った。

 「あ、そうだ!」

 「はい?」

 「ルルー」

 唐突に彼がそう言ったのでディアナがキョトンとしていると、リヒトが目を輝かせて言った。


 「今日から君はルルーだ!」


 他の面々から失笑が出た。
 「出たよ、班長の名付け癖」

 「ルルーちゃん、よろしくね!」

 ディアナはぽかんとしていたが、顔をしかめた。

 「ルルーって新しいコードネームですか?」

 「ううん、あだ名だよ? ファブルモさんはファーさんで、フィカちゃんはフィーちゃん。ベルモンテさんはベルさんで、ゴトルザさんはゴーさん」

 「…コードネームの方で名付けるんですね」

 「? だって、班長クラスじゃあ本名、知らないから。仮に知っていたとしても、みんな本名を捨ててきた人たちなのに、本名であだ名呼びして、任務中に間違って呼んじゃったら大変だからコードネームをいじっているんだよ」

 「あだ名呼びしなければいいだけでは?」

 「え、それは嫌だなぁ」

 「でも、私のルルカっていうコードネームがこれから私の本名なんですけど…」

 「安心して。僕が別の名前を登録しておいたから!」

 そう言って手渡されたのはディアナ・ノーラ・カトラスというの名義。

 「カトラス男爵という架空の男爵の娘っていう設定ね。みんなも死ぬたびにいろいろな貴族の末裔にされるから、気を付けた方がいいよ?」

 リヒトの言葉でディアナ以外の一同がプフッと吹いた。

 「それは嫌かな。貴族の柵なんて欲しくないし」

 フィカはそう言うと、リヒトも笑いだし、オフィス内が和やかな雰囲気に包まれた。ただ一人、ディアナを除いては。

 「変な人…」

 その呟きが誰にも届くことなく消えた。

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