7 / 7
女スパイと幹部くん 【ディアナ編】
ep6
しおりを挟む
「ルルーちゃん」
リヒトにそう声を掛けられて振り返ったディアナは始末書の山から顔を上げた。
「はい?」
「ちょっとだけ話があるんだけど、いいかな? …一応、君にも言っておかないといけないから」
そう言われたので、ディアナが怪訝そうな顔をしてリヒトについて行った。
そして、まだ誰もいない休憩室に足を踏み入れると、彼はちょっと迷ったような顔をしていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ヴィンセント・イシュカのことなんだけど」
「へ? ヴィンセントの? …あの、彼がどうかしましたか?」
少し焦ったような顔をしたディアナにリヒトは瞼を伏せた。
「結婚することになったようだから、その報告だよ」
「え…」
ディアナの見開かれた表情を見ながらリヒトは続ける。
「お相手は、僕らが救おうとしていたお嬢様。――ごめんね、ルルーちゃん。僕の不手際で、君の恋人だなんて知らなかったから…」
「ちょっと待ってください。なんでヴィンセントに白羽の矢が?」
「普通なら、だけど…彼女のいわゆる専属侍女になっているのが出仕奉公中のリアラ・イシュカだということは知っている?」
「はい。リアラちゃんと会わないように細心の注意を払ってきました。数年前まではかなり家計が苦しかったと聞いています。苦しいはずなのに、わざわざ私たちのために保釈金を支払ってくれて…イシュカ家には恩があります。それに、ヴィンセントの妹であるリアラちゃんとも一緒に遊んでいたので…」
「そのリアラ・イシュカに接触して、僕は彼女の親である今や一山あてて大金持ちとなったガルフ・イシュカにお嬢様と子息の縁談を取り付けてはどうかと言ったんだ。彼女はディアナさんが死んだのを、屋敷周りで探ろうとしていたヴィンセントと会った時に知ったらしい。――だから、彼女も許可した」
「…お嬢様を逃がすため?」
「そう。一度家を出てしまえば、こちらで何とでもできるからね。リアラからガルフに話が流れる前に別ルートを使ってガルフに接触し、パル伯爵の金欠問題と、ちょっとかわいそうな境遇のご令嬢の話をした。ガルフがパルへ経路を広げたいと思っていた情報もきちんとつかんできたからね」
「でも、お兄さんであるガイラクティオさんは既婚。弟のヴィンセントは独身で私を失ったばかりだから恋人もいない…ということですもんね」
「他意があったわけじゃないんだけど、きちんと謝っておこうと思って。――ごめんなさい」
深く頭を下げた彼を見ながらディアナは複雑な面持ちで瞼を伏せ、首を横に振った。
「頭を上げてください、班長。私は…彼の恋人であったディアナ・フェレウスは死にました。――いつか、そうなることはわかっていたんです。それが今になってしまっただけの話ですから。それに、お嬢様が救えるなら、私のしくじりもようやくピリオドを打てるというものです」
頭を上げたリヒトにディアナはポスッと椅子に座ると、深くため息を漏らした。
「ただ、今は一人にしてほしいですけど」
「…少し、僕にもできる範囲の仕事を手伝っておくね」
「…できるものがあればお願いします」
「うん…」
気まずい空気の中、リヒトが休憩室を出て行ったのでディアナは天井を仰いだ。
視界が歪んでぼやけて見えにくくなった。
「うん、わかってる。…わかっているけど、私の失敗は代償が大きいな……」
目尻を一筋、雫が伝った。
リヒトにそう声を掛けられて振り返ったディアナは始末書の山から顔を上げた。
「はい?」
「ちょっとだけ話があるんだけど、いいかな? …一応、君にも言っておかないといけないから」
そう言われたので、ディアナが怪訝そうな顔をしてリヒトについて行った。
そして、まだ誰もいない休憩室に足を踏み入れると、彼はちょっと迷ったような顔をしていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ヴィンセント・イシュカのことなんだけど」
「へ? ヴィンセントの? …あの、彼がどうかしましたか?」
少し焦ったような顔をしたディアナにリヒトは瞼を伏せた。
「結婚することになったようだから、その報告だよ」
「え…」
ディアナの見開かれた表情を見ながらリヒトは続ける。
「お相手は、僕らが救おうとしていたお嬢様。――ごめんね、ルルーちゃん。僕の不手際で、君の恋人だなんて知らなかったから…」
「ちょっと待ってください。なんでヴィンセントに白羽の矢が?」
「普通なら、だけど…彼女のいわゆる専属侍女になっているのが出仕奉公中のリアラ・イシュカだということは知っている?」
「はい。リアラちゃんと会わないように細心の注意を払ってきました。数年前まではかなり家計が苦しかったと聞いています。苦しいはずなのに、わざわざ私たちのために保釈金を支払ってくれて…イシュカ家には恩があります。それに、ヴィンセントの妹であるリアラちゃんとも一緒に遊んでいたので…」
「そのリアラ・イシュカに接触して、僕は彼女の親である今や一山あてて大金持ちとなったガルフ・イシュカにお嬢様と子息の縁談を取り付けてはどうかと言ったんだ。彼女はディアナさんが死んだのを、屋敷周りで探ろうとしていたヴィンセントと会った時に知ったらしい。――だから、彼女も許可した」
「…お嬢様を逃がすため?」
「そう。一度家を出てしまえば、こちらで何とでもできるからね。リアラからガルフに話が流れる前に別ルートを使ってガルフに接触し、パル伯爵の金欠問題と、ちょっとかわいそうな境遇のご令嬢の話をした。ガルフがパルへ経路を広げたいと思っていた情報もきちんとつかんできたからね」
「でも、お兄さんであるガイラクティオさんは既婚。弟のヴィンセントは独身で私を失ったばかりだから恋人もいない…ということですもんね」
「他意があったわけじゃないんだけど、きちんと謝っておこうと思って。――ごめんなさい」
深く頭を下げた彼を見ながらディアナは複雑な面持ちで瞼を伏せ、首を横に振った。
「頭を上げてください、班長。私は…彼の恋人であったディアナ・フェレウスは死にました。――いつか、そうなることはわかっていたんです。それが今になってしまっただけの話ですから。それに、お嬢様が救えるなら、私のしくじりもようやくピリオドを打てるというものです」
頭を上げたリヒトにディアナはポスッと椅子に座ると、深くため息を漏らした。
「ただ、今は一人にしてほしいですけど」
「…少し、僕にもできる範囲の仕事を手伝っておくね」
「…できるものがあればお願いします」
「うん…」
気まずい空気の中、リヒトが休憩室を出て行ったのでディアナは天井を仰いだ。
視界が歪んでぼやけて見えにくくなった。
「うん、わかってる。…わかっているけど、私の失敗は代償が大きいな……」
目尻を一筋、雫が伝った。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる