王宮メイドは元聖女

夜風 りん

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姫様の専属侍女

ep5

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 ギュスターヴが息を切らせながら店のドアを開けると、ロシュと別の男性客が飲み比べを開始しており、酒場が大盛り上がりをしていた。
 一度、そっとドアを閉めたギュスターヴはもう一度ドアを開けると、飲み比べの隅でスヤスヤと寝息を立てているアリシアの姿を見つけ、ホッと胸を撫で下ろした。
 彼はアリシアの傍に歩み寄ると、肩をゆすった。

 「アリシアさん、大丈夫か?」

 アリシアはうーんと声を上げた後、まだ赤みが差し、トロンと寝ぼけたような、蕩けたような表情をして目を覚ました。
 そして、ギュスターヴを見つめると、ちょっと甘えたような口調で囁くように言った。

 「ふにゃぁん…もうちょっと寝かせてください…にゃん」

 いろいろな意味で凍り付いたギュスターヴを余所に、アリシアはスヤスヤと寝息を立て始めてしまった。ふにゅふにゅと緩んだ彼女の表情は穏やかだった。
 ギュスターヴはしばらくして冷静になってくると、そっと立ち上がってトイレに消えた。


 「いやぁ、快勝快勝! おかげで二人分の飲み代、無料にしてもらっちまったってね。…って、アリシア、…大丈夫?」


 大きく欠伸をしたアリシアはまだトロンとした表情のままだった。

 「おかしいんです…酔いが抜けきらないんです。…ううっ、5人に勝ったのに…」

 「でも、二人で13人抜きしたんだから、いいじゃないか。楽しかったんだからさぁ?」

 「はい、とっても」

 アリシアが満面の笑みを浮かべてそう言うと、ロシュも不敵な笑みを浮かべた。

 「それにしても、意外。飲める人だったなんてねぇ」

 「えへへ…飲めちゃうんです。ロシュさんほどじゃないですけど」

 「あたしは龍人だからね。龍の血は割と酒に強いんだよ。――でも、千差万別で龍種によっては弱いやつもいるし、個体差も大きいけど」

 アリシアは眠そうに目をこすった。

 「酔っている時、何か変なことを言いませんでした?」

 「あたしは見ての通り素面だけど、アリシアは割と早い段階から蕩けていたけどさぁ? でも、変なことは口走っていなかった気がするけど?」

 「そ、そうですか…」

 アリシアは不意に誰かにぶつかられ、耳元で微かに『すみません』という言葉と共にポケットの中に重みを感じた。
 顔を上げると騎士服の男がそそくさといなくなるところだった。

 「アリシア、大丈夫かい?」

 「はい。お財布も無事です」

 「ったく、よそ見するんじゃねぇって言いたいくらいだよ」

 そう言いながらそっちに向かって舌打ちを飛ばしたロシュは肩をすくめた。

 「アリシアと一緒じゃなかったら中指を立てて下品に吐き捨てるところ、だけど…まあ戻って来られて刺されたらたまったもんじゃないし、やめておいてやるけど」

 アリシアはポケットを探って出てきた大粒のエメラルドの護符を見つめ、目を輝かせた。

 「あれ?」

 「うわっ、高そー…。さっさとしまっちまいなよ? そんなもの持っていると知られたら狙われるから」

 アリシアは首から下げ直し、服の中にしまい込んでから満面の笑みを浮かべた。

 「さっきの人、わざわざ届けてくれたみたいです」

 「落したの?」

 「いつもはポケットに入れているんですけど、いつの間にか落としたみたいです。大切な形見の品なのですけど、全然気が付きませんでした」

 「なんで気づかないのさ…?」

 「今日、武器を入れるためにメイド服に仕込み武器と同じ重さの重りを入れましたよね? そうしたら、全然重さがわからなくなってしまって…」

 「次から気を付けなよ?」

 「はい…」

 アリシアが頷くと、ロシュは大きく欠伸をした。

 「あたしも眠くなってきたし、さっさと帰るとしますかね」

 酔っぱらい二人はやや早足に自室へと帰っていった。



     ☆



 「ギュスターヴ、持ち場を離れたと聞いたからどうしたのかと思ったのだけど、どうしたの?」

 ギュスターヴはマリアンヌにそう問いかけられ、視線をそらした。

 「いえ、その…」

 「まあ、その時間、私の傍にいる担当じゃなかったし、特に城内に問題がないようならいいのだけどね」

 「…それは、その…」

 「あなたの立場もわかっているけど、定時報告の時間じゃなかったでしょう? どこかに行っていたの?」

 ギュスターヴは瞼を伏せた。

 「…その…忘れ物を届けに。――あ、あの…」

 「なあに?」

 小首を傾げたマリアンヌに彼は意を決したように尋ねた。

 「女性が『ふにゃん』とか『にゃん』とか、そういうのって甘えているときですか?」

 「花街で遊んできたの? とことん羽目を外されても責任者としては困るのだけど、そういうのは酔っぱらっているか、ぶりっ子の二択じゃないかしら? それか、そうとうふざけているのか…」

 「は、花街は行っていないです。ただ、忘れ物を届けに飲み屋には足を踏み入れましたけど…その…」

 「まあ、なんだっていいわ。私はあなたみたいに板挟みの立場にならなくてよかった…と思うことにしましょうか。王家に尻尾を振るのか、それとも、今まで通りに貫き通すのか…あなた次第よ」

 マリアンヌはそう言うと、曖昧に微笑んだ。


 「ああ、そうだ。アリシアさんにルピルのことは伝えたの?」


 ギュスターヴが表情を曇らせた。

 「…いえ、まだです。今朝までは特に異常がなかったのでおそらくは…」

 「そう…。明日、彼女をお休みにしてあげて。もし必要なら、あなたも手伝ってあげなさいな」

 「え? 俺が…彼女を?」

 「嫌?」

 「いえ、光栄です」

 「あなたの非番を潰してしまって申し訳ないけど、王家としても管理責任を取ってあげたいの。だから、ね?」

 ギュスターヴはマリアンヌの楽しそうな微笑みを見ながら、少しだけ苦笑いを浮かべていた。


 「お見通し、って奴ですか…」


 マリアンヌは不思議そうに尋ねる。

 「何か言った?」

 「いいえ」

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