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姫様の専属侍女
閑話 アイネクライネナハトムジーク
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エメル国、南西の街、商業都市クア=ドルガ。
その商業区域に立ち並ぶビル群の一つ。尾を咥えた翼をもつ龍がISALの文字を抱く金色の看板を掲げるそのビルにて――
ナハトが目深にフードを被ったまま頭に白い鳥を乗せ、会長室と表札の入った部屋のドアをノックした。
「はい」
返事が聞こえ、ナハトが足を踏み入れる。
「失礼します」
中に足を踏み入れると、金髪碧眼の若い男が会長席に座っており、その傍にはぽよよんと揺れるアホ毛のような触手を垂らしているスライム魔族らしき女性が漆黒のスーツを着て佇んでいる。
「おや、アイネクライネナハトムジーク君ではないですか!」
「あなたのネーミングセンスのなさのせいで俺は大変苦労しているのですが…コードネームは勝手にナハトと変えておきましたので」
「何を言っているのですか、アイネクライネナハトムジーク君」
「あの…本気で首を狩りにってほしいということでしょうか、会長?」
白い鳥がブワッと白い花と散り、ナハトの目の前で収束して一振りの剣に変化した。スライム魔族らしい女性が二人の間に割って入り、首を横に振る。
「ナハト…勝てない。やめて…死ぬ」
「チリィ、俺は分身だから別に死なないと――」
「会長、本体…首、狩れる。どこ…いても」
か細い声でそう言った彼女の方を見てナハトが怪訝そうな顔をした時、首筋にナイフが当てられ、いつの間にか会長が後ろに立っていた。
「伊達に1000年生きていますしねぇ。――それと、チリィ、いい子です」
にこやかに笑う会長にナハトが目を見開いた。
「いつの間に」
チリィは目を伏せて言った。
「シリウス様、は、…会長、…ナイフ、一本…、で、街、一つ…皆殺し、する…言って、た…」
「するではなく、出来るですよ、チリィ。昔は国一つなら簡単でしたけど、やはり武器が時代の流れで変わってきましたからねぇ。少し先、強力な魔法を覚えていなくとも戦争で勝てる時代が来るでしょう」
「…うん」
会長はナハトから離れると、蝶の羽の片刃をイメージしたような独特の流線型を持つナイフを弄びながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さて、おふざけはこれくらいにして…今日は何の御用ですか? 定時報告以外であなたが来るとは珍しい」
ナハトは剣を花と散らし、それが白い鳥に戻るのを確認した後、会長を振り返った。
「新聖女の動向についてのご報告を」
「新聖女、ね。私はハッキリ言うと、異世界から来た人間など信用していないのですがね…? まあ、シリウスの理論で言うならば、始祖龍が受け入れることを決めた人間は信じてやるほかない――となるのでしょうが」
「新聖女は教皇の元で修業をしているようです。魔法さえ使えず苦労しているようですが…」
「でしょうねぇ。異世界の人間がこの世界の体を持たずして速攻で魔法を使えたなら、異世界転移者はおそらく、この世界で誰も逆らうことが出来ない強大な『悪』となるでしょうし?」
やれやれと首を横に振った会長にナハトは仮面の奥の目を細めた。
「それと、元聖女についてのご報告が一つ」
会長は瞬いた。
「元聖女。ぜひとも我が社に欲しい人材ではありますが、…まあ、無理をして手に入れなくてもいいでしょう。それよりももう一つのお仕事の方はいかがですか?」
「…そこまで芳しい成果はありません。そもそも、俺は――」
「まあ、いいでしょう。ナハト君、くれぐれもシリウスの逆鱗に触れないように頑張ってくださいね? あなたには期待しているんですから」
ナハトが顔をしかめた。
「勘違いするなよ、フェリーニ・ドヴォルジーク。俺があんたらの元に下ったのは、相互の利益につながると思っただけだ。あんたらの犬になったつもりはない」
「よく言いますねぇ? 前の件、掴んだのは我々です。そして、あなたが惚れこんだアリシア様に少しでも近づけるように配慮してあげたではないですか。狩場へ敵をおびき出す工作も、あなたが潜入できるように手引きも、教会とのやり取りもすべて」
会長はパシッとナイフの柄を受け止めるとナハトを振り返って黒い笑みを浮かべた。
「あなたが会社の看板も背負っている限り協力はしましょう。でも、あなたがこの看板を下ろしたなら、もう差し伸べる手はありません。欲するならばそれ相応の対価を示しなさい」
ナハトが苦い顔をした。
「等価交換、か…」
「その通り。全ての事象は等価交換で成り立っている。ビジネスも同じこと。我らに仕事を求めるならば、給料というおつりがくるほどの仕事を行うか、我らに組せず力を求めるなら報酬を要求するのは妥当ではないですか?」
ナハトは会長の涼しい顔を見ながら小さく舌打ちした。
「不老不死の古狸が…」
「何千年も生き死にを繰り返す聖龍とどっこいどっこいですよ。親友であるシリウスを連れ戻すためなら、あなたのことを生贄にしてもいい。あなたはとても素敵な土産物になるでしょうから」
「悪党、だな…」
ナハトが吐き捨てるようにそう言うと、会長はニヤリと笑みを浮かべた。
「もちろんです。我が社の始まりはそもそも、マフィア崩れの足掛かりでしかなかった。それがそのまま継承されたにすぎないのですから。頭がいつまでも同じなら、その体質が変わるわけはない」
「…まだ、あんたらの元を離れるとは言っていない」
「なら、今まで通り、犬を演じていてくださいね? そして、我らに頭を垂れて耐え抜いている間はきちんと約束を守ってあげましょう。――ねえ、銀龍…いえ、無の聖龍ギルストーレ・ファレノ・ノシュ・ダーヴィス?」
チリィがナハトに封筒を差し出した。
「星獣…の、特効薬…つくり、方…、です」
「…確かに受け取った。渡しておく」
会長はナイフを鞘に戻すと会長席に歩いていき、トスッと腰を下ろした。
「あなたには期待していますよ、アイネクライネナハトムジーク君?」
「俺の名前はナハトです」
苦い声でそう言うと、さっさとナハトは会長室を退室した。
そんな彼の背中を見送って会長はやれやれと首を横に振った。
「人間もそうですが、聖龍というのも面倒くさい生き物ですねぇ。――そう思いませんか、チリィ?」
チリィは表情を変えずに告げた。
「会長、も、…じゅう、ぶん…面倒…」
その言葉を聞いて会長は腹を抱えて笑った。
「アハハッ、その通り。まったくもってその通りですね、チリィ。ですが…一つだけ訂正させてください。私はヒトのあるべき姿から逸脱こそしていますが、人間ですよ?」
「怪物、…じみ、た…人間?」
「酷い言い草ですねぇ」
そう言いながらも少しだけ楽しそうに顔を綻ばせた。
「さて、踊ってもらいますよ、ナハト」
その商業区域に立ち並ぶビル群の一つ。尾を咥えた翼をもつ龍がISALの文字を抱く金色の看板を掲げるそのビルにて――
ナハトが目深にフードを被ったまま頭に白い鳥を乗せ、会長室と表札の入った部屋のドアをノックした。
「はい」
返事が聞こえ、ナハトが足を踏み入れる。
「失礼します」
中に足を踏み入れると、金髪碧眼の若い男が会長席に座っており、その傍にはぽよよんと揺れるアホ毛のような触手を垂らしているスライム魔族らしき女性が漆黒のスーツを着て佇んでいる。
「おや、アイネクライネナハトムジーク君ではないですか!」
「あなたのネーミングセンスのなさのせいで俺は大変苦労しているのですが…コードネームは勝手にナハトと変えておきましたので」
「何を言っているのですか、アイネクライネナハトムジーク君」
「あの…本気で首を狩りにってほしいということでしょうか、会長?」
白い鳥がブワッと白い花と散り、ナハトの目の前で収束して一振りの剣に変化した。スライム魔族らしい女性が二人の間に割って入り、首を横に振る。
「ナハト…勝てない。やめて…死ぬ」
「チリィ、俺は分身だから別に死なないと――」
「会長、本体…首、狩れる。どこ…いても」
か細い声でそう言った彼女の方を見てナハトが怪訝そうな顔をした時、首筋にナイフが当てられ、いつの間にか会長が後ろに立っていた。
「伊達に1000年生きていますしねぇ。――それと、チリィ、いい子です」
にこやかに笑う会長にナハトが目を見開いた。
「いつの間に」
チリィは目を伏せて言った。
「シリウス様、は、…会長、…ナイフ、一本…、で、街、一つ…皆殺し、する…言って、た…」
「するではなく、出来るですよ、チリィ。昔は国一つなら簡単でしたけど、やはり武器が時代の流れで変わってきましたからねぇ。少し先、強力な魔法を覚えていなくとも戦争で勝てる時代が来るでしょう」
「…うん」
会長はナハトから離れると、蝶の羽の片刃をイメージしたような独特の流線型を持つナイフを弄びながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さて、おふざけはこれくらいにして…今日は何の御用ですか? 定時報告以外であなたが来るとは珍しい」
ナハトは剣を花と散らし、それが白い鳥に戻るのを確認した後、会長を振り返った。
「新聖女の動向についてのご報告を」
「新聖女、ね。私はハッキリ言うと、異世界から来た人間など信用していないのですがね…? まあ、シリウスの理論で言うならば、始祖龍が受け入れることを決めた人間は信じてやるほかない――となるのでしょうが」
「新聖女は教皇の元で修業をしているようです。魔法さえ使えず苦労しているようですが…」
「でしょうねぇ。異世界の人間がこの世界の体を持たずして速攻で魔法を使えたなら、異世界転移者はおそらく、この世界で誰も逆らうことが出来ない強大な『悪』となるでしょうし?」
やれやれと首を横に振った会長にナハトは仮面の奥の目を細めた。
「それと、元聖女についてのご報告が一つ」
会長は瞬いた。
「元聖女。ぜひとも我が社に欲しい人材ではありますが、…まあ、無理をして手に入れなくてもいいでしょう。それよりももう一つのお仕事の方はいかがですか?」
「…そこまで芳しい成果はありません。そもそも、俺は――」
「まあ、いいでしょう。ナハト君、くれぐれもシリウスの逆鱗に触れないように頑張ってくださいね? あなたには期待しているんですから」
ナハトが顔をしかめた。
「勘違いするなよ、フェリーニ・ドヴォルジーク。俺があんたらの元に下ったのは、相互の利益につながると思っただけだ。あんたらの犬になったつもりはない」
「よく言いますねぇ? 前の件、掴んだのは我々です。そして、あなたが惚れこんだアリシア様に少しでも近づけるように配慮してあげたではないですか。狩場へ敵をおびき出す工作も、あなたが潜入できるように手引きも、教会とのやり取りもすべて」
会長はパシッとナイフの柄を受け止めるとナハトを振り返って黒い笑みを浮かべた。
「あなたが会社の看板も背負っている限り協力はしましょう。でも、あなたがこの看板を下ろしたなら、もう差し伸べる手はありません。欲するならばそれ相応の対価を示しなさい」
ナハトが苦い顔をした。
「等価交換、か…」
「その通り。全ての事象は等価交換で成り立っている。ビジネスも同じこと。我らに仕事を求めるならば、給料というおつりがくるほどの仕事を行うか、我らに組せず力を求めるなら報酬を要求するのは妥当ではないですか?」
ナハトは会長の涼しい顔を見ながら小さく舌打ちした。
「不老不死の古狸が…」
「何千年も生き死にを繰り返す聖龍とどっこいどっこいですよ。親友であるシリウスを連れ戻すためなら、あなたのことを生贄にしてもいい。あなたはとても素敵な土産物になるでしょうから」
「悪党、だな…」
ナハトが吐き捨てるようにそう言うと、会長はニヤリと笑みを浮かべた。
「もちろんです。我が社の始まりはそもそも、マフィア崩れの足掛かりでしかなかった。それがそのまま継承されたにすぎないのですから。頭がいつまでも同じなら、その体質が変わるわけはない」
「…まだ、あんたらの元を離れるとは言っていない」
「なら、今まで通り、犬を演じていてくださいね? そして、我らに頭を垂れて耐え抜いている間はきちんと約束を守ってあげましょう。――ねえ、銀龍…いえ、無の聖龍ギルストーレ・ファレノ・ノシュ・ダーヴィス?」
チリィがナハトに封筒を差し出した。
「星獣…の、特効薬…つくり、方…、です」
「…確かに受け取った。渡しておく」
会長はナイフを鞘に戻すと会長席に歩いていき、トスッと腰を下ろした。
「あなたには期待していますよ、アイネクライネナハトムジーク君?」
「俺の名前はナハトです」
苦い声でそう言うと、さっさとナハトは会長室を退室した。
そんな彼の背中を見送って会長はやれやれと首を横に振った。
「人間もそうですが、聖龍というのも面倒くさい生き物ですねぇ。――そう思いませんか、チリィ?」
チリィは表情を変えずに告げた。
「会長、も、…じゅう、ぶん…面倒…」
その言葉を聞いて会長は腹を抱えて笑った。
「アハハッ、その通り。まったくもってその通りですね、チリィ。ですが…一つだけ訂正させてください。私はヒトのあるべき姿から逸脱こそしていますが、人間ですよ?」
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