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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-284. J.B.(142)Nervous(緊張感)
しおりを挟む俺たちの部族が入れ墨魔法を伝えていたのと同様に、残り火砂漠中央から南方の南方人部族の一部には霊薬の秘法が伝わっていた。今は亡き廃都アンディルの王族はそれら霊薬の秘法を独占しその支配力を強めていたそうだが、その一部はそちらでの勢力争いから逃れたシーリオ南方の諸部族、その中のパンテーラ族にも伝わっていた。と言うか、アンディルが滅びた今じゃ、その霊薬の秘法を伝える南方人部族はパンテーラ王家のみだろう。
そのパンテーラ王家に代々伝わる霊薬の1つが、王権を継ぐ者にのみ許された祖霊の薬。パンテーラ王家の祖霊には様々な守護聖獣が居るとされ、霊薬を飲み儀式をする事で祖霊たちからの加護を得る。
そしてイングェ・パンテーラ王太子に加護を与えたのは、密林の夜の支配者、黒豹だったと言う。
黒豹の守護祖霊はパンテーラ王家にとって特別だ。伝承における始祖もまた黒豹の守護祖霊の加護を得ている。イングェ王太子の他にも現王の跡継ぎ候補は居るが、成人の儀で黒豹の守護祖霊の加護を得たことで、イングェ王太子こそが次期王に相応しいとの評判を得た。跡継ぎに関しては王の独断で簡単には決められない。出来るだけ多数の貴族、有力者たちの支持が必要になる。
ボバーシオで最大の権力を持つ部族は確かにパンテーラ族だが、主要な部族は他にも居る。場合によっては他の部族が王位を継ぐこともあり得る。王政と言いつつ、その点では部族共同体の合議制にも近い。
いずれにせよそれらの経緯もあり、イングェ王太子は現時点で次期ボバーシオ王の最有力候補だ。
□ ■ □
そのイングェ・パンテーラ王太子の指揮のもと、ボバーシオ近海の憂いを少ない兵力で素早く取り除き、シーエルフ、クトリアから数は少ないが高い戦力の助勢も得て、じゃあそれでリカトリジオス軍への反抗、逆転は可能か? と言えば、まず難しい。
そこでイングェ・パンテーラ王太子を中心に立てた策は、かなりむちゃくちゃなもんだ。
端的に言えば街を捨てる。王家だけじゃなく、全ての住人が、分散して“難民”となる。
その為、マレイラ海の海賊達の拠点を急襲し占領した。
事前に内通していた一部の海賊達は独立勢力のまま協定を結び海軍の一部となる。捕縛した海賊も恭順を誓うならばそれらに組み入れもする。
リスクはある。ボバーシオは城壁もあり防衛拠点として有用で、それをそのままリカトリジオス軍に奪われるのはかなりの損失だ。長期的に見れば廃都アンディル以上の拠点を与えてしまうことにもなる。
だがリカトリジオスには港湾都市を十分に活用出来る術がない。
犬獣人は船をほとんど使わないし、水軍なんぞ当然持ってないからだ。
だが、全住人が都市を放棄してしまえば、住人を奴隷化して軍船を運用することは出来ない。元シーリオの住人も居るだろうが、あちらは元々川船の運用はしていたが、軍船、海での船の運用にはさほど長けてない。
そしてだからこそ、リカトリジオスは裏で海賊達を手懐けて利用しようとしていた……と言うのもある。
この辺の事は、あの鹿人のレイシルドの分析や、狼っぽくて図体のデカい犬獣人のルゴイ、そしてスナフスリー等の斥候、諜報活動から知れた事だと言う。
「かつてのリカトリジオス軍とは、全体の方針が違って来ている」
とは、レイシルドの弁。
「以前は、“不死身”のタファカーリを筆頭に、人間種への強烈な憎しみ、怒りが全体の方針にあった。だが奴の死後からか、人間種であっても有用な者は利用して行こうと言う考え方が中心になって来ている」
“不死身”のタファカーリ……。
まあ、懐かしい名前じゃあある。俺やグレント、カラムやジーミスが奴隷として連れまわされていた部隊の将軍で、あの当時のリカトリジオス軍の中でもかなりの“つるつる肌嫌い”の最右翼。だが奴の廃都アンディル占有策が不運と奴隷の叛乱で潰されたのを切っ掛けに、ヤツの属していた極度な“つるつる肌嫌い”派閥は勢いを無くしたと言う。
その路線変更の一つの現れが、例えばカーングンスとの同盟策だったり、ここボバーシオでの海賊懐柔策であったり……或いは、“毒蛇”ヴェーナへの接近だったりもするワケだ。
人間種への憎しみが強ければ、過剰な虐殺や抑圧になる。だがそれらは同時に人間種からの強い抵抗と警戒、反抗心を生む。けれども軟化することで対話、交渉の余地が出来ると状況が変わる。
もちろんそれが、本当に対話、交渉なら問題ねぇ。ヤバいのはあくまで「見せ掛けの」対話、交渉の余地だ、って事だ。
カーングンスとの「交渉」っぷりからしてもそれは明らかだ。同盟を持ちかけつつも、裏じゃ毒や策略で操ろうとしている。あくまでも支配が前提の「軟化」だ。
言うなりゃ、「おまえ達を殴る!」と宣言してから殴るか、「握手をしよう!」と言ってから殴るか。その違いだ。
ボバーシオ放棄策には利点もある。
海洋航海技術に乏しいリカトリジオス軍は、新たに拠点とする群島への攻めが弱い。対リカトリジオス軍としてならば、この海は城壁以上の防壁となる。また、群島側からの海上封鎖が出来るので、ボバーシオの拠点としての機能を十分には発揮出来なくさせられる。特に、食料としての海産物が十分に穫れなくなる。
そこにさらに、河川まで利用すればシーリオへの急襲も出来る。
また、限定的とは言え、シーエルフのネミーラ達を味方に出来ているから、海上での防衛力はかなり高い。
それでも……歴史あるボバーシオの街から完全に撤退すると言うこの策に、納得し賛同する者はそう多くは無い。
そんな事をするくらいなら、一か八かで特攻した方が“マシ”だ、と。そう言う考え方もある。
外からすりゃあ、もはや陥落直前の街。歴史あるなんて言っても所詮はクトリア王朝の傀儡でしかねぇ。それでも、そこに生まれ、育ち、年老いて死ぬはずだった者達にとっちゃあかけがえのない故郷であり祖国だ。そう簡単に割り切れるもんじゃあねぇし、まして……この国の中でこそ特権的地位や利益を得られていた層ならなおさらだ。意味合いはまた違うとしても、な。
◇ ◆ ◇
物見の塔から響く鐘の音は敵軍の襲来を知らせる警告の音。
寄せては返す攻勢の波に、ボバーシオ側は常に警戒態勢だ。
弓兵の一部を指揮しているのはボーノ。元“砂漠の咆哮”レイシルド預かりの傭兵扱いだが、個人の弓術のみならず、指揮官としての経験もありなかなか有能だ。
弓の扱いが上手くない犬獣人だが、隊列を組んで盾で身を隠しながら、投石兵、投げ槍兵、そして梯子兵が連なる。また、高く組まれた攻城塔からの投げ槍、投石攻撃もある。こっちは城壁上の兵に対しては、むしろより高い位置からの攻撃にもなる。
ただそれ以外、地べたからの投石、投げ槍は城壁上の兵を狙うには難しい上、一つ一つが重く、また矢と違って投げ返されもするから、攻撃しただけ相手に武器を与えちまう。それでもこの繰り返されてた動きの練度は包囲当初とは比べられないほど上がっていて、城壁に梯子が掛けられることも度々だ。
その掛けられた梯子に、俺は上空から【突風】を叩きつける。煽られ倒れた梯子から何人ものリカトリジオス兵が落ちて行く。
やりきれねぇ話だ。あそこで登ってる奴らの中には、かつての俺同様の奴隷兵も居るだろう。廃都アンディルでの叛乱が無ければ、あるいはあそこで梯子を登らさせられていたのは俺やグレントだったかもしれねぇ。
だがそんな感傷は今は脇に置いておくしかない。ボバーシオでの作戦の正否は、クトリアにも大きく影響する。今のこれは既にクトリア防衛戦の一環だ。
俺の役割は、今みたいに上空から城壁防衛の援護をする事。そしてそれより重要なことの一つが……。
『JB、西小城門付近に不審な動きとの報告だ』
司令塔のレイシルドからの指示を受けて旋回する。
こちら側にもリカトリジオス軍の5部隊ほど、500人近くが押し寄せているが、南正面ほどの勢いはない。必然、防衛兵力も南正門前に集中するし、こちらの防衛兵力も何か動きがあれば南正面前へ援軍に行く。つまり、ここの防衛兵力はどうしても目の前の敵に集中出来てない。
国軍、市民兵主体の防衛兵力のそれら隙間を埋めるのが、レイシルドを中心とする元“砂漠の咆哮”戦士を中心とした獣人戦士達だ。
兵力としてももちろんだが、もう一つの役割が食屍鬼犬獣人兵の警戒。
シーリオで秘密裏に作られてた食屍鬼犬獣人兵部隊の事は、以前船大工のイスマエルを探しに来たときに同行した急襲部隊による偵察で確認している。だがその後その食屍鬼犬獣人部隊が運用された気配はないらしい。向こうからすれば少なくとも隠していたその存在がこちらにバレた事は分かっている。ならばもはや隠しておく必要はない。特に特殊な能力を持つ食屍鬼犬獣人兵は、いわば魔人部隊みてぇなもんだ。とは言え数の問題もあるから、それらだけで戦局を変えられるってもんでもねぇ。つまり、どこでどう使うかが重要な特殊部隊。
事前に警戒してたことの一つは、初期の食屍鬼の特性である「昼間は普通の生者と区別がつかない」と言う事を利用した潜入工作。だが今の戦時下のボバーシオで、人間の食屍鬼ならばまだしも獣人、犬獣人の潜入を見逃すことは有り得ねえ。少なくとも俺達が以前船大工のイスマエルを探しに来たときのような“緩さ”はねぇ。
正門からではなく裏口からの潜入なら有り得なくもねぇが、まあそこは元“砂漠の咆哮”戦士の中の腕利きが要所を監視してもいる。コッソリ忍び込もうとするくせ者を見つけ出すのも、獣人戦士の得意とするところだ。
ならば、攻城時のあるタイミングでの工作が有り得る策。
異常な跳躍力に突進の破壊力。特殊食屍鬼兵のそれらは、攻城時の隙をついて突破口を開くのには有用だろう。俺や一部の獣人兵は戦った経験があるが、他の獣人兵はもとより、ボバーシオ王国兵も奴らとの戦いは未経験。その脅威と恐ろしさを肌身で知ってる者はごく一握りだ。
だから、存在そのものを知られていたとしても、十分に隠し玉としての価値がある。
またレイシルドに言わせると、むしろ「存在を警戒させること」だけでも、十分効果がある、って事でもある。
こっちは、「いつそいつ等が来るのか?」を常に警戒してなきゃならねぇからな。
どこで奴らが食屍鬼犬獣人兵を使うか? いや、むしろどこで使わせるか?
そしてコイツには、駆け引き戦略だけじゃなく、ある種の幸運、流れってなのも必要になる。
その“幸運”が、あるいは誰かの不運の上に成り立っていたとしても、だ。
□ ■ □
「こりゃ、確かに奇跡的幸運だな」
そうどっかりと大きな木製の長椅子に座りながら言うのはイベンダーのオッサン。
王太子の離宮のさらに奥、焼きレンガと白いモルタル壁の、簡素だが整った応接室での事だ。
城壁の外ではまた、そろそろ本日の攻城がはじまる早朝前。リカトリジオス軍の攻撃は以前よりも頻繁かつ絶え間なくなってきて、また時には夜襲もするようになり、兵たちのストレスも増大している。
部屋の中に居るのはイベンダーのオッサン、俺、ルチア、そしてネミーラと副官に、獣人部隊のレイシルド等々。以前王国軍守備隊の指揮をしていたドミンゴ将軍は……と言うと、今はリカトリジオス軍の攻撃に備え指揮をしてはいるが、実のところドミンゴ将軍は元々はイングェ王太子の兄の派閥だったため、イングェ王太子の即位が有望視されてきた今じゃあ立場も発言力も弱い。
で、ここでの会合の議題はもちろん海賊討伐後のまとめと、指針の確認。
「既に段階的な移送は始まっており、少なくともあと一週もかからずに手はずは整うでしょう」
レイシルドが淡々と報告をする。
「仕掛けも順調。あの大軍相手にどれほどの効果かは難しいところだが、外部からの揺さぶりも含めれば十分時間稼ぎになるでしょうな」
とは、城壁防衛の弓兵隊長にまで抜擢されてるボーノの弁。
「頼まれた品は十分に持ってきてある。
その後の海上においても、我らの支援を期待して貰って構わない。痴れ犬どもが海で我らに敵うことなど有り得ぬからな」
ネミーラの副官が自信ありげに言う。まあ確かにこれはそうだろう。
「後は地上部隊の攪乱と、どこまで奴らを騙しきれるか……」
イベンダーのオッサンの言う奇跡的幸運は、ここにきてこれら様々な策、要素、下準備、援軍のそれぞれが、カッチリ噛み合ってきている事。どれが抜けてもまず巧くは行かない。
だがどれだけ援軍を呼び寄せ策と計略を重ねても、戦局がボバーシオ劣勢なのは変わりはしない。
早さ、機会、情報、そして運。すべてが絶妙に揃わないと難しい。
知らせが来たのはまさにそのタイミング。イングェ・パンテーラ王太子の私兵の1人が持ってきたその情報により、計画は前倒しになる。
現ボバーシオ王が崩御し、非公式ながらもイングェ・パンテーラがその王位を継ぐことになったからだ。
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