知識チートの正しい使い方 〜自由な商人として成り上ります！ え、だめ？ よろしい、ならば拷問だ〜

第2章 商会の設立

26.【休息日 襲撃】

　翌朝、前回以上につやっつやの母さんとげっそりした父さんを見て、俺は心の中で合掌する。

　その隣で、ユリは栄養ドリンクを飲んだのにげっそりしている父さんを不思議そうに見ていた。

「栄養ドリンク効かなかったの？」
「い、いや効いたよ。効いたからこうなったというか……」

　俺は無言で朝食を食べた。母さんはひたすらにこにこしている。

「また買ってこようか？」
「え……えっと…………娘から渡されるのはちょっと…………」

　父さんの助けを求める視線を感じるが、俺にはどうすることもできない。気付かないふりをして、朝食を食べ続けた。

「ふふふ。それより、ユリちゃん。今日は看板描くの？」
「うん！　ベーカリー・バーバルの看板描くの！　その後、アナベーラ商会の看板の下絵を描いてミッシェル様に見てもらうんだ！」

　見るからに上機嫌な母さんが話を変えてくれる。

（この流れにのる！）

「そういえば、ミッシェル様が、ユリに看板描いてもらうデザイン料として100万ガルド払うっておっしゃっていたよ」
「100万ガルド！？」

　父さんが話を変えるために、あえて大袈裟に驚いて……いるのではなく、素で驚いていた。母さんも驚愕に目を見開いている。

「うん！　支店の看板とチェスのデザイン画見て絶賛してた。将来的にはその10倍の依頼料でもおかしくないっておっしゃっていたよ」
「「10倍！？」」

　2人がユリを見つめた。

「あ、あの……ユリ。前に看板描いて下れた時のデザイン料はいずれということで……」
「そ、そうね。他にもいろいろ描いてもらってるからちゃんと払わなきゃね」

　父さんも母さんも俺と同じ反応をする。それに対してユリは――。

「だからいいって！　家族からお金なんかもらえないってば！」

　俺に対して言ったように、怒って言った。

「俺も同じこと言われた。まぁそこは家族サービスってことで」
「…………そっか。変なこと言って悪かったな。それにしても我が商会のデザイナーがそこまで優秀だったとはなぁ」
「本当ね。さすが我が子だわ」

　父さんがユリの頭を撫でた。母さんもほほ笑んでいる。ユリの機嫌も直ったようで、笑顔で撫でられていた。




　朝食後、さっそくユリは看板を描きに向かった。今日は母さんには休んでもらって、俺と父さんで本店の開店準備を進める。開店準備を進めていると、開店時間前にお店のドアがノックされた。

「すみません。まだ開店時間前なので、少々お待ち頂けますか？」
「わしはヤムダ＝マダックと言ってマダック商会の会頭だ。クランフォード商会の会頭はいるかな？」

　俺の言葉を無視してマダック会頭と名乗る男が店に入ってくる。マダック会頭は杖を突いた高齢の男性で、その指には複数の指輪がついていた。

　父さんが店の奥から顔を出す。

「私が会頭のルーク＝クランフォードです。何か御用ですか？」
「――単刀直入に言おう。リバーシの特許権を譲渡して欲しい。金は払う」
「申し訳ありませんが、譲渡する気はありません」
「3000万ガルド用意した。譲渡へ同意したことを確認する魔道具も用意してある。問題なかろう？」
「ですから。譲渡する気はありません」
「では、5000万払う。これで十分だろう？」
「いくら積まれても譲渡しません」
「…………一体いくら欲しいんだ？」

　話が嚙み合っていない。というより、マダック会頭は父さんの話を聞く気がないようだ。

「譲渡する気はありません。開店準備が残っています。お帰り下さい」

　父さんはそう言って店のカウンターへ向かう。それでもマダック会頭は出て行かない。

「後悔するぞ？」
「脅しですか？」
「――ああ……その通りだ！」

　マダック会頭が杖で床をたたく。すると、マダック会頭の背後から覆面をした男が2人現れた。

　俺は突然のことにとっさに動けなかった。が、父さんは予期していたのか、カウンターから護身用の剣を取り出して俺の前で構える。

「力ずくでは、特許権は奪えませんよ」
「かまわんさ。お前達を足止めしておけば、すぐにかたがつく」

（俺達を足止めして片が付く？？）

「――っ！？　しまった！　ユリと母さんが！」

　俺は慌てて裏口から家に戻ろうとしたが、父さんに止められた。

「落ち着けアレン！　ユリなら母さんと一緒のはずだ」
「でも！」
「いいから落ち着け！　俺から離れるな！　なんとか時間を稼ぐんだ！」
「はっはっは。馬鹿め。そんなにのんびりしてていいのか？　時間が経てばわしの手下がお前の妻と娘を連れてくるぞ」

　悔しいがヤムダ・・・の言う通りだ。時間が俺達の味方とは思えない。とはいえ、俺一人で飛び出して行ったところで、何もできず、ただ捕まるのがおちだろう。

　嫌な空気の中、にらみ合いが続く。そんな中、裏口から声がする。

「――――面白いことをおっしゃるのね。誰・が誰・を連れてくるって？」
「母さん！」

　声の主は、母さんだった。

（よかった！　母さん、無事だったんだ！　ユリは？　ユリは一緒？？）

「……え？」

　色々と考えながら裏口を見ると、右手に剣を持ち、左手でヤムダの手下と思われる男を3名引きずりながら、無表情でこちらに歩いてくる母さんがいた。

「……か、母さん？？」

　いつもニコニコほほ笑んでいる母さんは、怒った時でも笑顔を絶やしたことはない。そんな母さんが無表情で歩いてくる。俺は思わず、母・さ・ん・か・ら・隠れてしまう。


　
「先ほどおっしゃっていた雇い主というのはこの人ですか？」

　母さんが引きずっている男達に聞いた。

「は、はい…………そう……です……」

　男達の中の1人が息も絶え絶えといった感じで答える。残りの2人は意識を失っているのか、反応が無い。

「そうですか。ちなみにあそこにいるのが私の夫と息子です。先ほどおっしゃられてたことをもう一度聞かせて頂けますか？」
「い、いや…………その……」

　男が言いよどむ。なかなか話さないことに焦れたのか、母さんは反応が無い2人から手を放して男の首をつかみ、そのまま持ち上げた。左・手・一・本・で・。

「がっ！　…………ぐぇ」

　男は苦しそうに暴れるが母さんは意にも介していないようだ。

「もう一度聞かせて頂けますか？」
「ぐ…………ぐるじい……」
「お、お母さん……そのままじゃ、しゃべれないよ」

　母さんの後ろからユリが言った。衝撃の光景に目を奪われていて気付かなかったが、どうやら母さんの後ろにユリがいたようだ。声をかけられた母さんの顔に表情が戻る。

「あら、いけない。このままじゃ楽に・・死なせてしまうわね」

　表情は戻ったが、母さんから感じる恐怖は変わらなかった。

「がはっ！　はー！　はー！　はー……」
「さて、話してくれるかしら？」
「そ、その…………貴女と娘を旦那の前に連れてこいと」
「ええ。そうね。……それから？」
「旦那が……特許権の譲渡に同意すればよし……同意しなければ旦那の前で貴女を刺せ……と」

　母さんを刺す？

「ほう……妻を刺す気だったのか？」

　父さんの顔から表情が消えた。

「ヤムダ・・・だったな？　俺が譲渡しなかったら妻を刺すつもりだったのか？」

　父さんがヤムダに詰め寄ろうとしたが、側にいた覆面の男達がヤムダを守る。

「わ、わしはそんなことは命じておらん！」
「さっきは脅しだと言ってたよな？」
「そ、それは…………」

　父さんの気迫にヤムダが押し黙った。

「はぁ…………これ以上は無理か。アレン、ユリ。父さんと一緒に治安部隊を呼びに行くぞ。母さん、ここは任せる」
「あらあら。か弱い乙女をこんなところに置いていくなんて」
「「「「…………」」」」

（誰がか弱い乙女だ！）

　そう思ったのは俺だけじゃないはずだが、誰も何も言えない。

「――何か？」
「い、いや何も！　母さんにはこいつらを捕まえておいて欲しいからな！　子供達がいたら危ないだろう？」
「確かに子供達を守りながらこの人達を殺さずに・・・・捕まえるのは難しいわねぇ」
「だろ？　さ、アレン！　ユリ！　行くぞ！　父さんの側を離れるなよ」

　そう言って父さんは裏口から外に出た。俺とユリも父さんに続き、3人で治安部隊の詰め所に向かう。

「母さんって強かったんだね」

　詰め所に向かう途中に父さんに聞いてみた。

「そうだな。もともとは騎士だからなぁ」
「「え！？」」

（騎士？　騎士ってあの騎士か！？）

「言ってなかったか？　母さんの実家は代々騎士爵位を授かっていた騎士一家だぞ」
「「騎士爵位！？」」

　騎士爵位は他の爵位と違い、子供に受け継がせることはできない。自分で手柄を立てて授かるしかない爵位だ。そんな騎士爵位を代々授かる一家。

「もしかして母さんの実家ってエリート一家？」
「んー、エリート一家っていうより、脳きn……武術一家って感じだな」

（今、絶対『脳筋』って言った！）

「『身体強化』の使い手が多くて性別問わず全員めちゃくちゃ強い。初めて挨拶に行った時は死ぬかと思った……」

　父さんが遠い目をしている。

（ってあれ？）

「父さん、今『身体強化』って言った？」
「言ったぞ」
「それって…………魔法？」
「あー、『強化』属性の魔法の一種らしいぞ」

（こんな近くに魔法の使い手がいた！！）

　まさか母さんが魔法を使えるとは思っていなかった。

　戻ったら魔法について教えてもらおうと思っていると、父さんに声をかけられる。

「言っとくが、母さんに魔法のことを聞いても意味ないぞ」
「え？」
「父さんも前に聞いたんだけどな。『使える人はいずれ必然的・・・に使えるようになる』としか教えてくれなかったんだ」
「それって……」
「ターナーさんと一緒だな」

　アナベーラ商会の転移魔法の使い手、シャムル＝ターナーさんがミッシェルさんに言ったという言葉と同じだ。

「それ以上は言えないし、言っても意味がないらしい。気になる気持ちは分かるが、あんまり聞かないでやってくれ」

　確かに『言えない』のであれば、聞かれても困ってしまうだろう。

「わかった」
「いい子だ。よし、あんまり母さんを待たせたら可哀そうだ。詰め所に急ぐぞ！」
「「うん！」」

　そう言って俺達は詰め所に急いだ。