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第2章 商会の設立
41.【サーシス伯爵1 襲来】
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翌日、俺は伯爵が来た時に備えて準備を開始する。クリス様いわく、サーシス伯爵は早ければ明日、遅くとも明後日にはこの町に来るだろうとのことだ。それまでに体制を整えなければならない。
使えるツテは何でも使うつもりだ。俺は、今日まで知り合った様々な方に連絡を取る。本来は俺自信が出向くべきなのだが、今の状態で支店を離れるのは不安だったため、速達で手紙を届けてもらった。
夕方には手紙を受け取ったミッシェルさんが支店に来てくれたので、応接室に案内する。忙しい中、調整してきてくれたのだろう。大商会の会頭がこんなに早く来てくれるとは思っていなかった。
「お忙しい中、ありがとうございます」
「かまへんよ。ブリスタ子爵にあんさんを紹介したんはわてや。今回の件、わてがあんさんを巻き込んだようなもんやし、気にすることあらへんよ。せやけど――」
ミッシェルさんが声を落として言う。
「あんさんはああいう子が好みやったんやね。てっきり胸の大きいんが好みやと思って娘を派遣したんやけどなぁ」
「……胸の大きさで女性を区別したりしません! そういうのとは別にクリス様は素敵な方です!」
つい、大きな声で答えてしまったが、応接室は防音がしっかりしているから大丈夫だろう。――そう思っていたのだが、ミッシェルさんが懐から何かを取り出して操作すると先ほどの音声が聞こえてくる。
「『そういうのとは別にクリス様は素敵な方です!』」
「――んなっ!?」
聞き覚えのない声だったが、おそらく自分の声だろう。ミッシェルさんが懐から出されたのは、録音と再生ができる魔道具のようだ。
「いやぁ、いい台詞が聞こえたわ。クリス嬢に聞かせたろか」
「うっ…………」
決して、聞かれて困るようなことは言っていない。が、どうにも恥ずかしい。出来れば内緒にしてほしいが、そう言えば、さらにからかわれる気がする。俺が困っていると、ミッシェルさんが訝しげに聞いてくる。
「……反論しいひんの?」
「? 何にですか?」
「今の声や。あんさんの声には聞こえんかったやろ?」
「……自分が聞いている自分の声と、実際の声が違うことくらい知っています」
何を当たり前の事を、と思ったが、ミッシェルさんは驚かれた。
「いやいや! 普通知らへんよ。この魔道具を最初につこうた時は、皆驚くもんや! あんさん、どこでそんなん知ったんや?」
冷静に考えてみれば、この世界で自分の声を聞く機会などめったにない。現に俺も、自分の声を聞いたのは先ほどが初めてだ。
(やべ……どうやってごまかそう……)
俺が答えに困っていると、ミッシェルさんが話を進めてくれる。
「……まぁええわ。この魔道具がどういうもんかはわかりぃしたな?」
「あ、はい。音を保存して再生することができる魔道具ですね」
「そや。保存された内容は犯罪の証拠としても認められる。これ、貸したるからうまく使いや」
サーシス伯爵の発言を録音して、犯罪行為の証拠にしろということだろう。これで、言った言わないで揉めることはなくなりそうだ。
「ありがとうございます。遠慮なく使わせて頂きます。」
「わてにできるんはこれくらいやからな。治安部隊やごうm……尋問部隊も貸したろかと思うたけど、エロおやじに変な言いがかりつけられるやもしれへん。たいして力になれず、かんにんな……」
ミッシェルさんはそうおっしゃるが、横流しの件の後始末や、ブリスタ子爵領のフォローなどで色々忙しい中、わざわざ来てくださったのだ。感謝こそすれ、文句などなかった。
「十分ですよ。お忙しい中、来てくださったのです。本当に感謝してます」
「……ブリスタ子爵はな。貴族にしては珍しく誠実な方なんよ。そんな方がサーシス伯爵みたいんに好き勝手されるんは我慢ならん。クリス嬢もええ子やと聞いとる。今回の件、わてとしても何とかしてやりたいんや」
ミッシェルさんのこんな切実な声は初めて聞いた。
「わてにできることならなんでも協力したる。だから頼むで、アレンはん」
「――はい! 早速ですが、いくつかお願いしたいことが――」
こんなに期待されて応えなければ男じゃない。ミッシェルさんの期待も背負って、俺は準備を進めた。
そして、翌朝。昨日と同じく、朝礼を開始し、今日か明日、伯爵が来るかもしれないことを、皆に周知している時だった。
バキッ! ガッシャーン!
すさまじい音が休憩室まで鳴り響く。
「キャー!」
「な、なに!? 今の音!? 売り場から?」
突然の轟音に皆パニックになりかけている。皆を落ち着けるため、俺は大声で指示を出す。
「私が見てきます! 皆はここで待機してください! マグダンスさん、ここを任せます!」
「分かりました。お気をつけて!」
冷静そうなマグダンスさんに皆を任せて売り場に急ぐ。ちらりとクリス様を見ると、顔を真っ青にされていた。
(伯爵……だよな。くそ、予想より早い!)
売り場に着くと、とんでもない光景が広がっていた。入口の扉は反対側の壁まで吹き飛んでいる。衝撃に巻き込まれたのか、そこら中にリバーシが散らばっていた。
「な、なにが……」
俺が言葉を失っていると、扉がなくなった入り口から背は低いがかなり太った男が入ってくる。
「店長はいるか?」
この男が扉を破壊したのだろうか。店の外には男の部下らしき者達の姿がある。あまり刺激しない方がいいかもしれない。扉を壊されたことを問い詰めたかったのだが、ぐっと我慢して丁寧に応対する。
「私が店長です。何か御用でしょうか」
「はっ! 貴様のようなガキが店長だと? こんな田舎町なら誰でも店長になれるんだな」
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
「この私を知らないとは、無能め。いいか、よく聞け。我こそは偉大なるサーシス領の領主、アーノルド=サーシス伯爵である!」
そう言って、サーシス伯爵は胸を張った。服の上からでも腹の脂肪が揺れるのがわかる。
(男の腹揺れとか誰得だよ……)
「これは失礼しました、サーシス伯爵。本日はどのようなご用件で?」
「はっ! そんな事もわからないのか! 我の嫁を迎えに来たに決まっているだろう!」
「奥様……ですか? こちらには、伯爵と同じ『サーシス』姓の従業員はおりませんが」
クリス様の事を言っているのは分かっていたが、あえて分からないふりをした。すると、サーシス伯爵は激昂してわめき散らす。
「はっ! 馬鹿か貴様! 我の嫁と言えばクリスの事に決まっているだろうが! ここにいるのは分かっているのだ! とっとと出せ!」
(まぁそうだよなぁ。それにしても、さっきから決めつけの多い人だな。まともな話し合いは無理そうだ。さて――)
俺はポケットの中で3つの魔道具を起動する。1つは昨日ミッシェルさんから借りた録音用の魔道具で、残り2つもミッシェルさんにお願いして借りたものだ。
魔道具の準備はできたが、まだ手がそろっていない。時間を稼ぐ必要があるのだが、この男の前にクリス様を出すわけにはいかない。
「お言葉ですが。クリス様はクランフォード商会の従業員で――」
「貴様!! 誰の許可を得てクリスの名前を呼んでいる!?」
俺の言葉を遮り、サーシス伯爵がわめいた。
「もちろん、クリス様の許可を得ております」
「なっ! 貴様、我の前で堂々と浮気を宣言するとはいい度胸だな!?」
なぜ、名前を呼ぶ許可を得ていることが浮気になるのだろうか。もしかしたら、貴族のしきたりなのかもしれないが、そもそもクリス様は結婚していないので、浮気も何もない。
「サーシス伯爵。クリス様はまだ結婚しておりませんので――」
「ええい黙れ!」
サーシス伯爵が俺に右手を向けた。その指には複数の指輪がしてあったが、その中の1つが赤い光を放つ。次の瞬間、俺は強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。勢いを殺すことができず、そのまま壁に叩きつけられる。
「――がはっ!」
肺の空気が勝手に吐き出された。打ち付けた背中が燃えるように熱く、手足は感覚を失ってしまい、踏ん張りもきかない。立っていることができず、そのまま座りこんでしまう。何とか顔を上げてサーシス伯爵を見る。
「いい気味だ」
「――い、いきなり、なにを……」
「はっ! 貴様がクリスを監禁した挙句、名前を呼ぶので仕置きをしたまでよ! さっさとクリスを連れてこい!」
なぜ俺がクリス様を監禁したことになっているのだろうか。意味が分からなかったが、指摘したところで理解してもらえないだろう。
「――クリス様が……望まない……限り……彼女を出すことはありません」
「はっ! 犯罪者め。ならば勝手に探すわ」
サーシス伯爵は俺が出てきた休憩室へ続く廊下へ向かう。しかし、廊下に入ろうとした時に、見えない壁にぶつかった。俺が発動した2つ目の魔道具は正常に作動しているようだ。
「なっ! これは……」
2つ目の魔道具の効果は、『指定した範囲内への人の出入りを禁ずる』ものだ。起動した後は、起動した者の同意なく、解除することはできない。起動した者が解除せずに死んだ場合、中にいる人間は外に出られなくなってしまうため、強硬手段への抑止力にもなる。
俺が指定した範囲は売り場だ。サーシス伯爵は店の奥に行けないし、部下達は店内に入れない。これで、手がそろうまで時間稼ぎができるだろう 。
「貴様……何をした?」
「ここの出入りを封じました。俺を殺したら一生出れませんよ」
時間が経ったことで、身体が少し回復した。壁に寄りかかりながら、何とか立ち上がる。
「はっ! 私まで監禁するか!」
サーシス伯爵が俺に近づいてきた。
「その手の魔道具は本人の意思で解除が可能だ。違うか?」
「……だから何だというんですか?」
俺に解除するつもりがないことぐらい分かっているだろう。俺を殺せない以上、暴力で解決することもできないはずだ。
「はっ! 殺されはしないと高を括ったか。この愚か者め。貴様は全く分かっていない」
そう言ってサーシス伯爵は俺に右手を向けた。
(衝撃波を打つつもりか!? あんなもの何発も食らったら死ぬぞ。俺が死んだらここから出れなくなるって分かってないのか?)
「殺す気ですか?」
「はっ! 殺しはしないさ。殺しはな」
何をするつもりだろうか。わからないがろくなことでないのは確かだ。
「無知な貴様に教えてやる。この世には、死ぬよりつらい事があるのだ」
サーシス伯爵の指輪の1つが黄色い光を放った。
使えるツテは何でも使うつもりだ。俺は、今日まで知り合った様々な方に連絡を取る。本来は俺自信が出向くべきなのだが、今の状態で支店を離れるのは不安だったため、速達で手紙を届けてもらった。
夕方には手紙を受け取ったミッシェルさんが支店に来てくれたので、応接室に案内する。忙しい中、調整してきてくれたのだろう。大商会の会頭がこんなに早く来てくれるとは思っていなかった。
「お忙しい中、ありがとうございます」
「かまへんよ。ブリスタ子爵にあんさんを紹介したんはわてや。今回の件、わてがあんさんを巻き込んだようなもんやし、気にすることあらへんよ。せやけど――」
ミッシェルさんが声を落として言う。
「あんさんはああいう子が好みやったんやね。てっきり胸の大きいんが好みやと思って娘を派遣したんやけどなぁ」
「……胸の大きさで女性を区別したりしません! そういうのとは別にクリス様は素敵な方です!」
つい、大きな声で答えてしまったが、応接室は防音がしっかりしているから大丈夫だろう。――そう思っていたのだが、ミッシェルさんが懐から何かを取り出して操作すると先ほどの音声が聞こえてくる。
「『そういうのとは別にクリス様は素敵な方です!』」
「――んなっ!?」
聞き覚えのない声だったが、おそらく自分の声だろう。ミッシェルさんが懐から出されたのは、録音と再生ができる魔道具のようだ。
「いやぁ、いい台詞が聞こえたわ。クリス嬢に聞かせたろか」
「うっ…………」
決して、聞かれて困るようなことは言っていない。が、どうにも恥ずかしい。出来れば内緒にしてほしいが、そう言えば、さらにからかわれる気がする。俺が困っていると、ミッシェルさんが訝しげに聞いてくる。
「……反論しいひんの?」
「? 何にですか?」
「今の声や。あんさんの声には聞こえんかったやろ?」
「……自分が聞いている自分の声と、実際の声が違うことくらい知っています」
何を当たり前の事を、と思ったが、ミッシェルさんは驚かれた。
「いやいや! 普通知らへんよ。この魔道具を最初につこうた時は、皆驚くもんや! あんさん、どこでそんなん知ったんや?」
冷静に考えてみれば、この世界で自分の声を聞く機会などめったにない。現に俺も、自分の声を聞いたのは先ほどが初めてだ。
(やべ……どうやってごまかそう……)
俺が答えに困っていると、ミッシェルさんが話を進めてくれる。
「……まぁええわ。この魔道具がどういうもんかはわかりぃしたな?」
「あ、はい。音を保存して再生することができる魔道具ですね」
「そや。保存された内容は犯罪の証拠としても認められる。これ、貸したるからうまく使いや」
サーシス伯爵の発言を録音して、犯罪行為の証拠にしろということだろう。これで、言った言わないで揉めることはなくなりそうだ。
「ありがとうございます。遠慮なく使わせて頂きます。」
「わてにできるんはこれくらいやからな。治安部隊やごうm……尋問部隊も貸したろかと思うたけど、エロおやじに変な言いがかりつけられるやもしれへん。たいして力になれず、かんにんな……」
ミッシェルさんはそうおっしゃるが、横流しの件の後始末や、ブリスタ子爵領のフォローなどで色々忙しい中、わざわざ来てくださったのだ。感謝こそすれ、文句などなかった。
「十分ですよ。お忙しい中、来てくださったのです。本当に感謝してます」
「……ブリスタ子爵はな。貴族にしては珍しく誠実な方なんよ。そんな方がサーシス伯爵みたいんに好き勝手されるんは我慢ならん。クリス嬢もええ子やと聞いとる。今回の件、わてとしても何とかしてやりたいんや」
ミッシェルさんのこんな切実な声は初めて聞いた。
「わてにできることならなんでも協力したる。だから頼むで、アレンはん」
「――はい! 早速ですが、いくつかお願いしたいことが――」
こんなに期待されて応えなければ男じゃない。ミッシェルさんの期待も背負って、俺は準備を進めた。
そして、翌朝。昨日と同じく、朝礼を開始し、今日か明日、伯爵が来るかもしれないことを、皆に周知している時だった。
バキッ! ガッシャーン!
すさまじい音が休憩室まで鳴り響く。
「キャー!」
「な、なに!? 今の音!? 売り場から?」
突然の轟音に皆パニックになりかけている。皆を落ち着けるため、俺は大声で指示を出す。
「私が見てきます! 皆はここで待機してください! マグダンスさん、ここを任せます!」
「分かりました。お気をつけて!」
冷静そうなマグダンスさんに皆を任せて売り場に急ぐ。ちらりとクリス様を見ると、顔を真っ青にされていた。
(伯爵……だよな。くそ、予想より早い!)
売り場に着くと、とんでもない光景が広がっていた。入口の扉は反対側の壁まで吹き飛んでいる。衝撃に巻き込まれたのか、そこら中にリバーシが散らばっていた。
「な、なにが……」
俺が言葉を失っていると、扉がなくなった入り口から背は低いがかなり太った男が入ってくる。
「店長はいるか?」
この男が扉を破壊したのだろうか。店の外には男の部下らしき者達の姿がある。あまり刺激しない方がいいかもしれない。扉を壊されたことを問い詰めたかったのだが、ぐっと我慢して丁寧に応対する。
「私が店長です。何か御用でしょうか」
「はっ! 貴様のようなガキが店長だと? こんな田舎町なら誰でも店長になれるんだな」
「……失礼ですが、どちら様ですか?」
「この私を知らないとは、無能め。いいか、よく聞け。我こそは偉大なるサーシス領の領主、アーノルド=サーシス伯爵である!」
そう言って、サーシス伯爵は胸を張った。服の上からでも腹の脂肪が揺れるのがわかる。
(男の腹揺れとか誰得だよ……)
「これは失礼しました、サーシス伯爵。本日はどのようなご用件で?」
「はっ! そんな事もわからないのか! 我の嫁を迎えに来たに決まっているだろう!」
「奥様……ですか? こちらには、伯爵と同じ『サーシス』姓の従業員はおりませんが」
クリス様の事を言っているのは分かっていたが、あえて分からないふりをした。すると、サーシス伯爵は激昂してわめき散らす。
「はっ! 馬鹿か貴様! 我の嫁と言えばクリスの事に決まっているだろうが! ここにいるのは分かっているのだ! とっとと出せ!」
(まぁそうだよなぁ。それにしても、さっきから決めつけの多い人だな。まともな話し合いは無理そうだ。さて――)
俺はポケットの中で3つの魔道具を起動する。1つは昨日ミッシェルさんから借りた録音用の魔道具で、残り2つもミッシェルさんにお願いして借りたものだ。
魔道具の準備はできたが、まだ手がそろっていない。時間を稼ぐ必要があるのだが、この男の前にクリス様を出すわけにはいかない。
「お言葉ですが。クリス様はクランフォード商会の従業員で――」
「貴様!! 誰の許可を得てクリスの名前を呼んでいる!?」
俺の言葉を遮り、サーシス伯爵がわめいた。
「もちろん、クリス様の許可を得ております」
「なっ! 貴様、我の前で堂々と浮気を宣言するとはいい度胸だな!?」
なぜ、名前を呼ぶ許可を得ていることが浮気になるのだろうか。もしかしたら、貴族のしきたりなのかもしれないが、そもそもクリス様は結婚していないので、浮気も何もない。
「サーシス伯爵。クリス様はまだ結婚しておりませんので――」
「ええい黙れ!」
サーシス伯爵が俺に右手を向けた。その指には複数の指輪がしてあったが、その中の1つが赤い光を放つ。次の瞬間、俺は強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。勢いを殺すことができず、そのまま壁に叩きつけられる。
「――がはっ!」
肺の空気が勝手に吐き出された。打ち付けた背中が燃えるように熱く、手足は感覚を失ってしまい、踏ん張りもきかない。立っていることができず、そのまま座りこんでしまう。何とか顔を上げてサーシス伯爵を見る。
「いい気味だ」
「――い、いきなり、なにを……」
「はっ! 貴様がクリスを監禁した挙句、名前を呼ぶので仕置きをしたまでよ! さっさとクリスを連れてこい!」
なぜ俺がクリス様を監禁したことになっているのだろうか。意味が分からなかったが、指摘したところで理解してもらえないだろう。
「――クリス様が……望まない……限り……彼女を出すことはありません」
「はっ! 犯罪者め。ならば勝手に探すわ」
サーシス伯爵は俺が出てきた休憩室へ続く廊下へ向かう。しかし、廊下に入ろうとした時に、見えない壁にぶつかった。俺が発動した2つ目の魔道具は正常に作動しているようだ。
「なっ! これは……」
2つ目の魔道具の効果は、『指定した範囲内への人の出入りを禁ずる』ものだ。起動した後は、起動した者の同意なく、解除することはできない。起動した者が解除せずに死んだ場合、中にいる人間は外に出られなくなってしまうため、強硬手段への抑止力にもなる。
俺が指定した範囲は売り場だ。サーシス伯爵は店の奥に行けないし、部下達は店内に入れない。これで、手がそろうまで時間稼ぎができるだろう 。
「貴様……何をした?」
「ここの出入りを封じました。俺を殺したら一生出れませんよ」
時間が経ったことで、身体が少し回復した。壁に寄りかかりながら、何とか立ち上がる。
「はっ! 私まで監禁するか!」
サーシス伯爵が俺に近づいてきた。
「その手の魔道具は本人の意思で解除が可能だ。違うか?」
「……だから何だというんですか?」
俺に解除するつもりがないことぐらい分かっているだろう。俺を殺せない以上、暴力で解決することもできないはずだ。
「はっ! 殺されはしないと高を括ったか。この愚か者め。貴様は全く分かっていない」
そう言ってサーシス伯爵は俺に右手を向けた。
(衝撃波を打つつもりか!? あんなもの何発も食らったら死ぬぞ。俺が死んだらここから出れなくなるって分かってないのか?)
「殺す気ですか?」
「はっ! 殺しはしないさ。殺しはな」
何をするつもりだろうか。わからないがろくなことでないのは確かだ。
「無知な貴様に教えてやる。この世には、死ぬよりつらい事があるのだ」
サーシス伯爵の指輪の1つが黄色い光を放った。
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