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第2章 商会の設立

45.【後始末1 クリスさん】

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 俺はクリス様と一緒に、急いで休憩室に向かう。途中、休憩室に近づくにつれ、何やら扉をたたく音が聞こえきた。不審に思いながらも、休憩室に急ぐと、なぜか休憩室の扉は閉まっていて、中からドンドンドンと扉が叩かれていた。

「えっと……これは……」
「うぅぅ……」

 クリス様がうつむいてしまう。俺は扉をたたく音に負けないよう、大きな声を出した。

「マグダンスさん、聞こえますか!」
「あ、店長! 無事だったんですね! 大変です! クリス様が!」
「?」

 俺が混乱していると、クリス様が扉にそっと触れる。青い光と放ったかと思えば勢いよく扉が開き、マグダンスさんとナタリーさん、それにユリとマナが倒れこんできた。

「ぐげぇ」

 女性陣につぶされたマグダンスさんが変な声を上げる。それを気にすることなく、素早く立ち上がったユリとマナが俺に抱き着いてきた。

「お兄ちゃん! クリス様も! 無事なの!? 怪我は? 痛いところない!?」
アレンさん・・・・・! 大丈夫なの!? ちゃんと生きてる!? クリス様も平気ですか?」
「あ、ああ。何ともないぞ。シャル様に治してもらった。クリス様も無事だ。こっちは何があったんだ?」

 俺とクリス様が無事であることを確認したユリとマナは泣きそうな顔を浮かべた。

「はぁー。よかった……心配したんだよ? 皆で待ってたら急にお兄ちゃんの悲鳴が聞こえてきて――」
 
 冷静に考えてみれば、クリス様が売り場に来たってことは、休憩室まで俺の悲鳴が届いたということだ。

「私とマナちゃんが売り場に行こうとしたらマグダンスさんに止められたの。『サーシス伯爵が来ているなら女性はいかない方がいい』って」

 ナイス判断だ。あのロリコンサーシスがユリやマナを見たら、『我の妻に!』とか言い出した可能性がある。

「でも、クリス様が駆けだしたの! ニーニャさんとナタリーさんが止めようとしたんだけど――」

(ニーニャさんとナタリーさん2人がかりならクリス様を止められるとおもうけど……)
 
「バミューダ君が2人の邪魔をしたの……」
「――え?」

(バミューダ君が? なんで?)

 そう言えば、バミューダ君の姿が見えない。休憩室の中を見ると、ソファーに座って泣いているバミューダ君の姿があった。両脇にはニーニャさんとナタリーさんが座っている。俺は泣いているバミューダ君に声をかけた。

「バミューダ君? どうしたの?」
「うぅぅ……ごめんなさい……です」

 バミューダ君は泣きながら謝罪をした。

「ほ、ほら。わてらもう大丈夫やから! 元気だしぃーな!」
「そうですよ! もう何ともないですから!」 

 ニーニャさんとナタリーさんがバミューダ君をなだめている。

「えっと……何があったんですか?」
「いやぁー、クリス様を止めようとしたら、バミューダ君が立ちはだかってな。わてらバミューダ君に取り押さえられてもうたんよ」
「――え? お二人同時に……ですか?」

 ニーニャさんとナタリーさんが頷く。

「そうや。油断したんもあるけど、バミューダ君凄いわ。全く動けんかった」
「私、ニーニャ様の護衛のために護身術も習っているんですけどね……一瞬で組み伏せられて何もできませんでした」

 ……バミューダ君の事をなめていたかもしれない。肉体労働が得意だとは聞いていたが、そこまでの肉体能力だとは思わなかった。

「なんでバミューダ君は2人を止めたの?」

 店長の仮面は、今は外した方がいいだろう。俺はなるべく優しい声でバミューダ君に聞いた。

 バミューダ君は泣きながら答えてくれる。

「……クリス様……手伝わなきゃ……思った……です」

 そういえば、バミューダ君にはクリス様の手伝いをお願いしていた。それで、売り場に行こうとしたクリス様を手伝ったのか。

「そっか! クリス様の手伝いをしたかったんだね」
「……(コクッ)」
「それならバミューダ君が気にすることはないよ。頑張ったね!」

 俺が褒めるとバミューダ君は意外そうな顔をした。

「怒らない? ……です?」
「クリス様のために動いたんだから怒らないよ」

 悪いことをしたわけではないのだ。まず、認める。そして褒める。言わなければならないことがあるなら、そのあとでいい。

「それでクリス様は廊下に出られたんですね。あれ? でも、扉はなんで開かなくなっていたんですか?」
「その……ユリ様とマナ様が来てはまずいと思い、わたくしが扉に魔法をかけました……」

 クリス様が解除されていたからそうかと思っていたが、やはりか。

 ユリとマナがクリス様をキッっと睨む。見られたクリス様は気まずそうに視線をそらした。

「やっぱりクリス様が! 心配したんですよ!」
「一人で行くなんて何考えてるんですか!」
「相手の狙いはクリス様なんですよ!」
「ご自分の事をもっと大事にしてください!」
「お兄ちゃんが何のために頑張ったと思ってるんですか!」

 ユリとマナが捲し立てた。色々我慢していたものが爆発したようだ。

「うぅぅ……ごめんなさい」
「ま、まぁまぁ2人とも落ち着いて。状況は分かったよ」

 休憩室の状況に驚いてしまい、忘れていたが、開店時間までもう時間がないのだ。俺は店長として声を上げる。

「皆さん、聞いて下さい。現在、売り場は扉が破壊され、店内は荒れています。このままでは、店内にお客さんを入れることはできません。そこで、店外に臨時の販売所を設置します。ユリは販売所の設営を頼む。机を置いて、お釣り用のお金を用意しておいて」
「むぅ……わかった! クリス様! まだ後でお話ししますからね!!」

 そう言い残してユリが休憩室から出て行く。

「ニーニャさんとナタリーさんとマナはリバーシの確認をお願いします。売り場のリバーシを確認して無事なものを販売所に運んでください。足りなければ、倉庫から運んでください」
「はいな」「分かりました!」「らじゃ!」

 3人も休憩室から出て行く。時間が無い事は、皆分かってくれているようだ。

「マグダンスさんとバミューダ君は店内の片付けをお願いします。扉の残骸やリバーシの破片があるので、注意してください」
「分かりました!」「分かった! ……です!」

 2人が出て行く。残ったのはクリス様だけだ。

「最後に、クリス様ですが……まずは休憩してください」
「はい! ……え?」
「気丈に振る舞われてますが、時折手が震えています。まずは休んでください。私も休ませてもらいます。その後、外の販売所を手伝いに行きましょう」

 皆が働いている中、自分だけ休めと言われて休めるような人ではない。だが、『俺も休むから』と言えば、俺を休ませるために一緒に休んでくれるだろう。

「……分かりました」

 案の定、クリス様は了承してくれた。俺達は向かい合ってソファーに腰かける。

(何を話そう……)

 クリス様の魔法について聞いてみたかったが、今聞くのは違う気がしたのだ。何とも言えぬ沈黙が、心に痛い。

 俺が必死に話題を探していると、クリス様が口を開いてくれる。

「アレン様、この度はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
「――クリス様に非はありません。謝るべきはサーシスです」
「それでも……私がいなければ、こんなことにはならなかったでしょう」

 そうかもしれないが、クリス様が謝る話ではない。

「クリス様がいない方が嫌なので、気にしないでください」

 何気なく言った言葉だったが、言ってから言葉が含む意味に気が付いた。クリス様も顔を赤くされている。

「あ、いや、違っ! いえ、違わないんですが、そうではなくて!」

 自分でも何が言いたいのかわからなくなってしまう。

「だから……その……これからもよろしくお願いします」
「は、はい……こちらこそ、よろしくお願いします」

 しまらないし、結局自分が何を言いたいのかもわからなかったが、心地よかった。クリス様も同じようで、手の震えは止まっている。俺の視線に気付いたのか、クリス様が手を見せてくれた。

「震え、止まりました」
「そう、ですね。もう大丈夫ですか?」
「はい。色々ありがとうございます」

 その顔は、決して無理をしているようには見えなかった。本当に大丈夫そうだ。

「それでは、皆の様子を見に行きましょう。クリス様はニーニャさん達の手伝いをお願いします」
「――『クリス』」
「え?」
「クリスと呼んでください。『アレン』…………さん」

 クリス様は顔を真っ赤にされている。恥ずかしかったが頑張ってくださったのだろう。

(あぁ、もう俺は! 毎回毎回クリス様に言ってもらって!)

「わかりました。『クリス』………………さん」

 好意を寄せている女性を呼び捨てで呼ぶことがこれほど難しいとは思わなかった。『さん』付けしてしまったクリスさんの気持ちがよくわかる。

(それでも!)

「今は……さん付けで呼ばせてもらいます」
「そう……ですね」

 言葉を発するのにこれほど緊張するのは初めてだ。それでもこれ・・は俺から言いたい。

「……私は、クリスさんと正式に婚約を結びたいと考えています」
「!!」
「その時には……『クリス』と呼ばせてください」
「………………はい!」

 子爵令嬢を婚約者にするのは大変かもしれない。それでもすると決めたのだ。絶対にして見せる。
 
「それでは、行きましょうか。クリスさん」
「ええ。アレンさん」

 そう言って俺達は休憩室を後にした。
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