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第3章 躍進の始まり

84.【サーシスの傷跡1 心構え】

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 ブリスタ子爵領を出た日の翌日、俺達はサーシス伯爵領についた。予定では、もっと早く着くはずだったのだが、3回も盗賊に襲われたため遅くなってしまったのだ。

 サーシス伯爵領は一見すると、ブリスタ子爵領と変わらないように見えるが、所々荒れた家があったり、住人の顔に笑顔が無かったりと、重苦しい雰囲気が漂っていた。

「まずはミッシェル様と合流しましょう。アナベーラ商会の支店にいらっしゃるはずです」

 支店に向かう道中も明るい雰囲気はどこにもない。まだ、この町はサーシスの被害から立ち直れていないのだと実感する。

 支店に着くと、アナベーラ商会の従業員が店長室まで案内してくれた。

「ルークはん。アレンはんも。来てくれたんやね」

 ミッシェルさんが出迎えてくれたが、声にいつもの元気がない。ヴェール越しにも疲れた顔が想像できる。店長室には書類の山ができており、しゃべりながらもミッシェルさんの手は書類仕事を行っていた。

「ミッシェル様……大丈夫ですか?」
「大丈夫……とは言えんなぁ。ゲニールもよくやってくれとるが、そろそろ限界やし――」
「――いえ! 自分は大丈夫です!」

 部屋の奥から男性の声がする。改めて見返すと、部屋の一番奥の机で男性が書類仕事をしていた。

「あぁ、紹介するわ。アナベーラ商会サーシス伯爵領支店支店長のゲニール=オーウェンや」
「座ったままで申し訳ありません。ゲニール=オーウェンです」

 ゲニールさんはちらりとこちらを見ると、挨拶だけしてまたすぐに書類仕事を再開する。

「慌ただしくてかんにんな。後、7分待ってや。ゲニール、いけるな?」
「…………すみません。9分ください」
「しゃーないか。終わったら手伝ったるさかい、気張りや」
「はい!」

 邪魔にならないよう、ミッシェルさん達の仕事ぶりを見ていたが、嘘のように書類が片づけられていく。結局、ミッシェルさんの机の上にあった、山のようだと感じた書類は5分ほどで片づけられた。

「よっしゃ。ゲニール半分よこしぃや」
「すみません! こちらをお願いします!」

 鬼気迫ると言った勢いで書類が片づけられ、7分後には全ての書類が片づけられる。

 最後の書類が片づけられた直後、ゲニールさんが机に突っ伏した。

「大丈夫ですか!?」
「あー。疲れとるだけやからそっとしといてやってや。ここんところ働きづめやったからな」

 慌ててゲニールさんに駆け寄ろうとするも、ミッシェルさんに止められる。机の上を見ると、以前父さんが飲んでた栄養ドリンクと色違いの瓶の空き瓶が10本近く置いてあった。

「もうすぐ役人が来る予定でな。その前にこれを片付けとかんといけんかったんよ」

 ミッシェルさんが言った直後、応接室をノックする音が聞こえた。

「ミッシェル様、役所の方がいらしてます」
「ちょうどええタイミングやな。案内したってや」

 従業員さんに案内されて役所の方が入ってくる。

「お疲れ様です、ミッシェル様。書類を受け取りにまいりました」
「はばかりさん。ほら、種類はこれや。確認しとってぇな」
「………………確かに。まさか本当に1日で仕上げるとは」
「わてらがこの書類を出すのが遅くなれば、国からの支援金が支給されるんが遅くなるんやろ? だったら急ぐに決まっとるやん。ほんにこういう時位、少しは融通して欲しいもんやわ」
「お役所仕事で申し訳ありません。――本日、12時前に間違いなく、受領致しました。午前中の提出ですので、本日中には承認されるでしょう」
「おおきに。後はよろしゅう頼むわ」
「はっ! それではこれにて失礼致します。」

 役所の方が出て行くとミッシェルさんが大きく伸びをした。ミッシェルさんの胸が大きく揺れたが、見なかったことにする。

「いやぁ、さすがにこの年で徹夜は疲れるな。せやけどこれで明日には国から被害者支援の給付金が支給されるはずや。さて、ほんならアレンはんらが持って切れくれた娯楽品の配給に行こか」

 ミッシェルさんは立ち上がって俺達を案内しようとするが、足元がふらついていた。

「あの、ミッシェル様……大丈夫ですか?」
「なにがやー? わては元気やよ?」
「どう見てもふらついてるじゃないですか! 少し休まれた方が……」
「んー? ふらついてるって……わての胸がか? よう見とったな」
「違います! というかそんなこと言ってる場合では――」
「――そう。そんなこと言っとる場合やないんよ」

 ミッシェルさんが真剣なまなざしで答える。

「今回の件、被害者達にとってまだまだ傷跡は残っとる。はよ、の笑顔を取り戻さんとな。休むんはその後や」

 確かに、町中は重苦しい雰囲気に包まれていてとてもではないが、傷が癒えたとは言い難い。

「まずはあんさんらをあの子らの所に案内する。アレンはんの娯楽品、期待しとるで」

 これから、今回の件の被害者の家を回って、娯楽品を配る予定だ。少しの時間ではあるが、一緒に遊んで子供達の笑顔を引き出す予定でもある。

 そのため、ユリとバミューダ君にも同行してもらうつもりだったのだが、父さんが許さなかった。また、ミッシェルさんの指示で、マリーナさんとミケーラさんも支店に残ってもらう。

 ミケーラさんは一緒に来たがると思っていたが、意外にも素直に従った。

「悔しいですが、私は行かない方が良いと思うので」

 とのことだった。結局、俺とクリス、父さんと母さん、そしてミッシェルさんの5人で被害者の家を回ることにした。

 ミッシェルさんが栄養ドリンクを取り出して一気に呷った。

「んぐ、んぐ、んぐ……っぷはー!! よっしゃ! ほな行くで!」

 ミッシェルさんに案内されて、1人目の被害者の家に向かう。栄養ドリンクのおかげか、ミッシェルさんの足取りは落ち着いていた。

 道中、ミッシェルさんが俺に注意する。

「これから被害者に会うんやけどこれだけは言っとくわ。絶対に同情したらあかんで」

(同情しちゃいけない?)

 ミッシェルさんの言葉の意味が分からなかった。

「理解できとらんようやな。ええか? 今、あの子らは立ち直ろうとしとる。それなのに周りの人間が被害者として扱っとったらいつまでたってもあの子らは普通の子になれんのや。もちろん、被害にあった分、優遇されてしかるべきや。支援金を受け取ったり、わてらからの配給を受け取ったり、な。けど同情したらあかん。あの子らを可哀そうや思う気持ちは分かる。せやけど、あの子らを可哀そうな子として扱っちゃいかんのや。わかったな?」

 ミッシェルさんに言われて気付かされた。知らず知らずのうちに俺は被害にあった子供達を『可哀そうな子』と思っていたことを。『普通じゃない子』と思っていたことを。

「分かりました。すみません、助かりました」

 このままではフォローに来たはずが、子供達をさらに傷付けるところだった。ミケーラさんが来なかった理由も、恐らく『同情しない』ことが出来そうになかったからだろう。

「気にすんなや。言うたやろ。気持ちは分かるって。それよりもうすぐ着く。覚悟しいや」

 同情してはならない。普通の子と同じように扱わなければならない。分かってはいたのだが、この時の覚悟が全く足りなかった事を俺はすぐに思い知らされるのであった。
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