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第5章 転換期
119.【王都出店1 手紙】
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15歳の成人の誕生日の半年前のある日、クランフォード商会支店に貴族院から手紙が届いた。
(貴族院から手紙? なんで? ……しかも宛先は俺!?)
よく見ると、宛先は俺個人になっていた。緊張を抑えながら震える手で手紙を開ける。無駄に豪華な便箋を開くと、『成人したら王都に店を出さないか』という内容が書かれていた。手紙の押印を確認し、いたずらでないことを確認した俺は歓喜する。
(まじか!? え、まじなの!? やばい、めっちゃ嬉しい!)
王都の建物は全て貴族院が管理しているため、貴族院に認められる事なく王都に店を構える事はできない。貴族院に認められる事が、商人の登竜門となっているのだ。
ちなみに、『王都に店を出している事』と『ロイヤルワラントを授与される事』では、『ロイヤルワラントを授与される事』の方が格としては上だ。だが、『ロイヤルワラント』が王族の誰か1人に推薦してもらえれば授与されるのに対し、『王都に店を出す』ためには、貴族院という組織に認められる必要がある。貴族院は中立の組織であるため、忖度で認めると言事はあり得ない。つまり、俺の実力が忖度なしに、貴族院に認められたという事になる。
(これで俺達は『たまたま王族の目に留まっただけのラッキーな商会』じゃないことを証明できる!)
断る理由はなかった。しかし、王都に行くには片道1週間近くかかる。流通はミッシェルさんに相談すれば、何とかなるだろうが、従業員のあては一切ない。支店は好調な分忙しく、今の従業員を連れて行くためには、追加で従業員を雇わないと難しい。だが以前と違い、クランフォード商会の名前で従業員を募集したら、山のような応募が来てしまう。その中から信頼のおける従業員を選出するのはかなり骨が折れる作業だ。
(どうしよう……)
困った俺は、翌日、父さん達に相談するために、実家に戻った。
大事な話があるからと、いつものトレーニングを断り、父さん達に手紙を見せる。
「王都か……いつかは来ると思っていたが、まさかこんなに早く来るとはな」
「しかも、アレン個人宛に。私達も嫌われた物ね」
「?? ……どういう事?」
父さん達の予想外の反応が気になって聞いてみた。
「母さんが騎士爵位を授かっていた話は前にしたよな?」
俺は黙って頷く。
「俺と結婚するときに騎士爵位は返上してるんだが……貴族院は貴族位を返上した者を軽蔑する傾向にあるんだよ」
「え? なんで?」
「国王陛下から頂いた貴族位を返上するのよ? 貴族であることにプライドを持っている人が怒るのも無理ないわ」
言われてみればその通りだ。しかも母さんは恋愛結婚のために貴族位を返上している。政略結婚が主である貴族からしたら軽蔑の対象になっても仕方ないのかもしれない。
「だから『ロイヤルワラント』が授与されていても、王都に店を出すのは貴族院が許さない。出せるようになるのは、早くても俺達が引退した後……だと思ってたんだけどな」
「よほどアレンの開発した遊具が気に入ったのね。貴族院には王妃やモーリス王子の権力は通じないもの」
「それでも、『アレンが成人したら、アレン個人が』って指定してくるあたり、俺達は嫌われているみたいだな」
「そうね。……でもいいじゃない。アレンが認めてもらえたのだから」
「まぁな」
父さん達は驚きながらも俺が貴族院に認められた事には喜んでくれた。
「それで、王都に店を構えようと思うんだけど、従業員をどうしようかなって。支店のメンバーは変えたくないし……」
「普通に募集したら大変なことになるだろうからな。ミッシェル様やカートンさんに聞いてみたらいいんじゃないか? 信頼できる人を教えてくれると思うぞ」
「……迷惑じゃないかな?」
アナベーラ商会もキュリアス商会も忙しい事に違いない。優秀な人材は自分達の商会で働いていて欲しいはずだ。
「んー、大丈夫だろ。王都の店で働くっていうのはそれだけでキャリアになるからな。有望な人材に経験を積ませる場としては最適だ。その機会を得られるんだから迷惑じゃないと思うぞ。まぁ向こうが人手不足なら無理だろうが、少なくとも聞いて失礼に当たるような話じゃないよ」
町の店の従業員と王都の店の従業員では、今後の人生が大きく異なる。給料はそこまで変わらないが、転職や結婚の際の影響が大きく異なるのだ。
「そっか……なら、相談してみる」
「それが良い。それで、支店はどうするんだ?」
「今まで通り、皆に任せるよ。マグダンスさんとニーニャさんがいれば俺がいなくても何とかなるだろうし――」
「――私も行きたい!」
俺の言葉を遮って、ユリが言った。
「私も一緒に行きたい! お兄ちゃんと一緒に行きたい!」
いつになく強気なユリの発言に思わず黙ってしまう。そんな俺の様子に焦ったのか、ユリが再び口を開いた。
「私がお兄ちゃんのお店の看板描いてあげる!」
「店番もできるし、今なら護衛も出来るよ!」
「お兄ちゃんが作った遊具を一番分かっているのは、私だと思うの!」
「お給料もいらないから……」
途中から捲し立てるように、最後は泣きそうな声でユリが言う。自分で言うのもなんだが、その様子は以前俺が父さん達にリバーシをプレゼンした時に似ていた。
俺としては、ユリが来てくれるのは心強い。ユリがお店の看板を描いてくれれば、それだけで客足は増える。母さんとのトレーニングを経て、護衛として十分な身体能力も手に入れている。俺が開発した遊具の事を一番よく分かっているのもユリだ。こっそり父さん達を見ると、二人とも俺を見ている。決定権は俺にあるらしい。ならば……。
「わかった。ユリも一緒に来て。ちゃんと給料も払――!?」
気付いたら、俺は仰向けに倒れていた。下を見るとユリが抱き着いている。どうやら座っていた俺にタックルしたらしい。
「ありがと! 頑張る!」
ユリは満面の笑みを浮かべている。口に出かけた文句は口から出ることはなかった。何も言えなくなった俺を父さん達は暖かい眼で見ている。その横でバミューダ君が迷っていた。
「僕も……でも……僕……うぅ」
どうやら俺と一緒に来るか迷っているらしい。その理由は何となく想像がついた。
「バミューダ君には支店をお願いしたいな。力仕事のエキスパートがいなくなったら皆困るしね」
実際、バミューダ君がいなくなったら、色々困ることも出てくるだろう。だが、一番の理由はそれではない。
「それにミーナ様と離れ離れになるの、嫌でしょ?」
「うぅぅ……」
王都に店を出すとなったら、当分帰って来れないだろう。
「バミューダ君。クランフォード家の一員として、支店の皆の事、頼んだよ」
「お兄ちゃん……はい! ……です!」
俺とユリがいなくなったら、支店にはクランフォード家の者はバミューダ君しかいなくなる。皆のリーダーという意味では、マグダンスさんやニーニャさんがいるので、リーダーシップを取って貰う事にはならないと思うが、今後どうなるか分からないので、バミューダ君にも頑張ってもらいたい。
そこまで話して、俺はある事に思い至った。
「お兄ちゃん……クリス様はどうするの?」
そう、バミューダ君の事を気にするより先に自分の事を気にする必要があったのだ。
(本音を言えばついて来てほしい……だけど……)
クリスが俺の婚約者であることはすでに知れ渡っている。お互い成人したら結婚するつもりだ。だが、いまだにクリスに執着している貴族がいるという事を、俺はモーリス王子から聞いていた。そんなクリスを王都に連れて行くのは憚られる。
「クリスには……支店に残ってもらう」
「大丈夫?」
「……ちゃんと話し合うよ」
クリスなら『一緒に行く』と言ってくれるだろう。だが、どうしても、それは嫌だったのだ。
(『クリスの安全を想って』とか言えば聞こえはいいけど……いや、これは俺のわがままだな)
「……振られないようにね」
「不吉な事言わないでくれ!」
絶対に振られないと分かって言っているユリの冗談が、予想以上に俺の心を抉るのだった。
(貴族院から手紙? なんで? ……しかも宛先は俺!?)
よく見ると、宛先は俺個人になっていた。緊張を抑えながら震える手で手紙を開ける。無駄に豪華な便箋を開くと、『成人したら王都に店を出さないか』という内容が書かれていた。手紙の押印を確認し、いたずらでないことを確認した俺は歓喜する。
(まじか!? え、まじなの!? やばい、めっちゃ嬉しい!)
王都の建物は全て貴族院が管理しているため、貴族院に認められる事なく王都に店を構える事はできない。貴族院に認められる事が、商人の登竜門となっているのだ。
ちなみに、『王都に店を出している事』と『ロイヤルワラントを授与される事』では、『ロイヤルワラントを授与される事』の方が格としては上だ。だが、『ロイヤルワラント』が王族の誰か1人に推薦してもらえれば授与されるのに対し、『王都に店を出す』ためには、貴族院という組織に認められる必要がある。貴族院は中立の組織であるため、忖度で認めると言事はあり得ない。つまり、俺の実力が忖度なしに、貴族院に認められたという事になる。
(これで俺達は『たまたま王族の目に留まっただけのラッキーな商会』じゃないことを証明できる!)
断る理由はなかった。しかし、王都に行くには片道1週間近くかかる。流通はミッシェルさんに相談すれば、何とかなるだろうが、従業員のあては一切ない。支店は好調な分忙しく、今の従業員を連れて行くためには、追加で従業員を雇わないと難しい。だが以前と違い、クランフォード商会の名前で従業員を募集したら、山のような応募が来てしまう。その中から信頼のおける従業員を選出するのはかなり骨が折れる作業だ。
(どうしよう……)
困った俺は、翌日、父さん達に相談するために、実家に戻った。
大事な話があるからと、いつものトレーニングを断り、父さん達に手紙を見せる。
「王都か……いつかは来ると思っていたが、まさかこんなに早く来るとはな」
「しかも、アレン個人宛に。私達も嫌われた物ね」
「?? ……どういう事?」
父さん達の予想外の反応が気になって聞いてみた。
「母さんが騎士爵位を授かっていた話は前にしたよな?」
俺は黙って頷く。
「俺と結婚するときに騎士爵位は返上してるんだが……貴族院は貴族位を返上した者を軽蔑する傾向にあるんだよ」
「え? なんで?」
「国王陛下から頂いた貴族位を返上するのよ? 貴族であることにプライドを持っている人が怒るのも無理ないわ」
言われてみればその通りだ。しかも母さんは恋愛結婚のために貴族位を返上している。政略結婚が主である貴族からしたら軽蔑の対象になっても仕方ないのかもしれない。
「だから『ロイヤルワラント』が授与されていても、王都に店を出すのは貴族院が許さない。出せるようになるのは、早くても俺達が引退した後……だと思ってたんだけどな」
「よほどアレンの開発した遊具が気に入ったのね。貴族院には王妃やモーリス王子の権力は通じないもの」
「それでも、『アレンが成人したら、アレン個人が』って指定してくるあたり、俺達は嫌われているみたいだな」
「そうね。……でもいいじゃない。アレンが認めてもらえたのだから」
「まぁな」
父さん達は驚きながらも俺が貴族院に認められた事には喜んでくれた。
「それで、王都に店を構えようと思うんだけど、従業員をどうしようかなって。支店のメンバーは変えたくないし……」
「普通に募集したら大変なことになるだろうからな。ミッシェル様やカートンさんに聞いてみたらいいんじゃないか? 信頼できる人を教えてくれると思うぞ」
「……迷惑じゃないかな?」
アナベーラ商会もキュリアス商会も忙しい事に違いない。優秀な人材は自分達の商会で働いていて欲しいはずだ。
「んー、大丈夫だろ。王都の店で働くっていうのはそれだけでキャリアになるからな。有望な人材に経験を積ませる場としては最適だ。その機会を得られるんだから迷惑じゃないと思うぞ。まぁ向こうが人手不足なら無理だろうが、少なくとも聞いて失礼に当たるような話じゃないよ」
町の店の従業員と王都の店の従業員では、今後の人生が大きく異なる。給料はそこまで変わらないが、転職や結婚の際の影響が大きく異なるのだ。
「そっか……なら、相談してみる」
「それが良い。それで、支店はどうするんだ?」
「今まで通り、皆に任せるよ。マグダンスさんとニーニャさんがいれば俺がいなくても何とかなるだろうし――」
「――私も行きたい!」
俺の言葉を遮って、ユリが言った。
「私も一緒に行きたい! お兄ちゃんと一緒に行きたい!」
いつになく強気なユリの発言に思わず黙ってしまう。そんな俺の様子に焦ったのか、ユリが再び口を開いた。
「私がお兄ちゃんのお店の看板描いてあげる!」
「店番もできるし、今なら護衛も出来るよ!」
「お兄ちゃんが作った遊具を一番分かっているのは、私だと思うの!」
「お給料もいらないから……」
途中から捲し立てるように、最後は泣きそうな声でユリが言う。自分で言うのもなんだが、その様子は以前俺が父さん達にリバーシをプレゼンした時に似ていた。
俺としては、ユリが来てくれるのは心強い。ユリがお店の看板を描いてくれれば、それだけで客足は増える。母さんとのトレーニングを経て、護衛として十分な身体能力も手に入れている。俺が開発した遊具の事を一番よく分かっているのもユリだ。こっそり父さん達を見ると、二人とも俺を見ている。決定権は俺にあるらしい。ならば……。
「わかった。ユリも一緒に来て。ちゃんと給料も払――!?」
気付いたら、俺は仰向けに倒れていた。下を見るとユリが抱き着いている。どうやら座っていた俺にタックルしたらしい。
「ありがと! 頑張る!」
ユリは満面の笑みを浮かべている。口に出かけた文句は口から出ることはなかった。何も言えなくなった俺を父さん達は暖かい眼で見ている。その横でバミューダ君が迷っていた。
「僕も……でも……僕……うぅ」
どうやら俺と一緒に来るか迷っているらしい。その理由は何となく想像がついた。
「バミューダ君には支店をお願いしたいな。力仕事のエキスパートがいなくなったら皆困るしね」
実際、バミューダ君がいなくなったら、色々困ることも出てくるだろう。だが、一番の理由はそれではない。
「それにミーナ様と離れ離れになるの、嫌でしょ?」
「うぅぅ……」
王都に店を出すとなったら、当分帰って来れないだろう。
「バミューダ君。クランフォード家の一員として、支店の皆の事、頼んだよ」
「お兄ちゃん……はい! ……です!」
俺とユリがいなくなったら、支店にはクランフォード家の者はバミューダ君しかいなくなる。皆のリーダーという意味では、マグダンスさんやニーニャさんがいるので、リーダーシップを取って貰う事にはならないと思うが、今後どうなるか分からないので、バミューダ君にも頑張ってもらいたい。
そこまで話して、俺はある事に思い至った。
「お兄ちゃん……クリス様はどうするの?」
そう、バミューダ君の事を気にするより先に自分の事を気にする必要があったのだ。
(本音を言えばついて来てほしい……だけど……)
クリスが俺の婚約者であることはすでに知れ渡っている。お互い成人したら結婚するつもりだ。だが、いまだにクリスに執着している貴族がいるという事を、俺はモーリス王子から聞いていた。そんなクリスを王都に連れて行くのは憚られる。
「クリスには……支店に残ってもらう」
「大丈夫?」
「……ちゃんと話し合うよ」
クリスなら『一緒に行く』と言ってくれるだろう。だが、どうしても、それは嫌だったのだ。
(『クリスの安全を想って』とか言えば聞こえはいいけど……いや、これは俺のわがままだな)
「……振られないようにね」
「不吉な事言わないでくれ!」
絶対に振られないと分かって言っているユリの冗談が、予想以上に俺の心を抉るのだった。
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