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第5章 転換期

169【自分の気持ち】

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「「王妃様!?」」

俺とおばあちゃんが同時に叫んだ。

「うぅ……ミリアーミリアー……よかったねぇ……」
「王妃様、落ち着くのじゃ! そもそも、なぜ、あんな所にいたのじゃ?」
「えっと……ミリアがアレン君と話すって言うから……できれば私も同席したいなって」
「……それがなぜ、『緊急用の非常通路』で盗み聞きする事になるのじゃ!?」

(ああ、あの壁、非常通路だったんだ……)

よくよく見ると王妃様が飛び出してきた壁は回転扉になっていた。おそらく、あの扉の裏で俺達の話を聞いていたのだろう。

「だって! 顔を出そうとしたらミリアが昔の話をはじめちゃうんだもん! 出るタイミング逃しちゃったよ……」
「はぁ……もうよいのじゃ。それより、この場にはアレンもおる。もう少し、王妃らしく振舞うのじゃ。アレンが動揺しておる」
「えー……でも、ミリアの家族ならいいかなって。ミリアも私に敬語じゃないし」
「む……まぁ、の」

 正直、王妃様のキャラが崩壊している事にも驚いたが、動揺している原因はそこではない。

(おばあちゃん、王妃様に馴れ馴れしすぎないか!?)

「あ、あの……お二人はどのような関係なのでしょうか?」
「ん? ああ、わしは、もともとはファミール侯爵家で王妃様、当時はのリアじゃが、を護衛していたんじゃよ。リアが国王に嫁いでからは、王妃様の専属騎士をしておる」
「専属騎士……それにしてはおばあちゃんの態度が……」
「ああ、王妃様に頼まれての。『王宮は堅苦しくて息が詰まるから、公式の場以外では、砕けた態度で接して欲しい』とな」
「ふふふ。ミリアやイリスのような気心が知れた相手といる時だけが私の癒しなのよ」

 思わず、『国王陛下といる時は癒されないのか』と思ったが口には出せなかった。代わりに以前気になったことを王妃様に聞いてみる。

「そう言えば、王妃様は母さんの事もご存じでしたね」
「ええ。イリスは私の子供の頃からのお友達よ。結婚して疎遠になっちゃったけど……心から信頼できる大切な友達なの。だからね――」

 王妃様が姿勢を正すと、一瞬にして空気が変わった。

「アレン君。イリスとルーク様の件、本当にごめんなさい。私の子供達の権力争いに貴方達を巻き込んでしまって……謝っても謝り切れないわ。本当に……本当にごめんなさい」

 そう言って、王妃様は深く頭を下げる。そんな王妃様を、俺は黙って見つめていた。

(王妃様のせいじゃない……とは言えないよな。国王や王妃なら今回の件は防げたんだろうし)

 上に立つ者が全知全能でなければならないとは言わない。だが、権力争いをしている子供達が暴走しないかどうかは見ていて欲しかった。

(側室があてにならない事も、カミール王子とサーカイル王子が追い詰められている事も分かっていたはず。なら、もっと警戒してくれれば……いや、それは俺も同じか)

 心の中で王妃様を責めてしまったが、冷静に考えれば、それらは俺にも言える事だ。謝罪してくれた王妃様を許さないのは、筋が通らない。

「頭を上げてください。今回の件は王妃様だけでなく、私にも責任があります。謝罪は受け取りましたので、もう気にされないでください」

 謝罪を受け取っただけで、許したわけではない。謝罪した王妃様に返す言葉としては、不敬な内容だ。だけど、俺はあえて言葉を飾らずに、本心で返事をした。

「ふふふ。アレン君は優しいですね。ええ、許して頂かなくて結構です。謝罪を受け取って頂けるだけで十分ですよ。ありがとうございます」

 たとえ口先だけで『許す』と言っても、王妃様は許された気にならないだろう。ならば、謝罪だけ受け取って、許さないでいる方が、王妃様としても気が楽なはずだ。そう思っての返事だったのだが、王妃様には見抜かれてしまったらしい。

「はは、それでこそ、わしの孫じゃ。さて、アレンよ。おぬしにはこの後、イリーガル家で一緒に暮らして欲しいのじゃがどうだろうか? もちろん他の家族も一緒に、じゃ」

 王妃様とのお話が一段落ついた所で、おばあちゃんが一緒に住む提案をしてくれた。

「いえ、お店がありますので、一緒に住むのは難しいかと。ですが、近いうちに皆を連れてお邪魔させて頂きたいです」
「ん? なんじゃ? 店は続けるのか? 特許権を奪われて休業中と聞いておるが」
「ええ。新しく開発した商品がありますので。それで、店を続けるつもりです」
「むぅ、そうか……。ならば、せめてイリーガル家の側に店を構えなんか? 黒幕はまだ誰かもわからないんじゃ。アレン達が再び狙われる可能性は高いぞ」
「ありがとうございます。ですが、それも大丈夫です。いざという時、皆で逃げる用意はしてありますしイリーガル家の側では、敵も

 おばあちゃんの心配も分かるが、それではダメなのだ。逃げていては、敵を捕える事は出来ない。

「――!? お、おぬし! 自分達を囮にする気か!?」
「ええ。前回は慌てて隊長を殺してしまいましたからね。次は間違えません」

 黒幕、もしくはそれに近い人物を知っているのは隊長だけ。そうと分かったからには、隊長は必ず生かしたまま捕まえなければならない。少なくとも、情報を話すまでは。そのための準備も進めている。

「な、ならん! そんな危険な事させられるか! 安心するのじゃ。今回の件をなぁなぁで済ませるつもりはない! 関係者にはきっちり責任を取ってもらう! だから、おぬしらがそんな危険な事をする必要はないのじゃ!」
「……おばあちゃんの心配は分かりますが、これは俺達に売られた喧嘩です。俺達が何もせず、ただ見ているだけというわけにはいきません」
「じゃ、じゃが! じゃが!」
 
 そこまで話して、俺は気付いてしまった。黒幕を殺すのは、『自分達の力を示し、身の安全を守るため』というのが建前である事に。

(俺、黒幕に復讐したいんだ)

 身の安全を守るだけなら、おばあちゃんに助けてもらっても良かっただろう。しかし、復讐心が、『俺達の知らないところで終わらせる』という事をよしとしない。

(なるべく残酷な方法で、なるべく苦痛を与えて、惨たらしく殺してやりたいんだ)

 今まで漠然と黒幕を殺す事を考えていた。今まで盗賊達を殺してきたように、黒幕も殺すのだと。だが、簡単に殺す事すら、俺の復讐心はよしとしていない。

 この日、俺ははっきりと自分の中にあるどす黒い気持ちを自覚した。
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