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第6章 裏側

181【王子の傷跡1 あの男】

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 それからというもの、俺達はに向けて、準備を進めた。具体的には、カミール王子の余罪について調べたのだ。

 というのも、もともとカミール王子が女性好きだというのは有名な話だったが、それは、カミール王子には金品を贈るより、女性をあてがった方が喜ばれるという話であり、あくまで女性側も同意の上で行為に及んでいるとされていた。カミール王子の世話をする女性達は、その手の事に長けた者達で固められており、嫌がる女性を無理やり犯しているという噂は聞いた事が無い。

 だが、実際にはカミール王子はダームさんの身体を使って、たくさんの女性を襲っていたし、アンナさんに至っては、カミール王子自身が襲っていた。となると、アンナさん以外にも被害にあった女性がいるのではないかと思い、聞き取りを始めたのだが、結果は想像を上回る物だった。

 カミール王子の誘いを断ったとして、家族を殺され、家族の死体の前で犯された者、面白半分に顔を焼かれた者、カミール王子に犯された後、貧困街に連れていかれ、不特定多数の男に犯された者など、実に3桁にも上ろうかという数の女性が、カミール王子の被害にあっていたのだ。

 さらに、被害にあった女性達は、周囲に被害を訴えても、なぜか相手にしてもらえず、権力を欲した娼婦の戯言だと捉えられてしまったという。詳しく調べると、この辺りはカミール王子ではなく、側室の仕業だと判明した。どうやら、側室がカミール王子を守るために、女性達を貶める噂を流したようだ。側室については、復讐の対象外だったのだが、側室も始末する事を決めた。

 そんなある日、俺は予想外の人物に出会う事になる。

 その日、俺はいつものように病院を回っていた。カミール王子の被害者を探すために、病院で心を病んでいると診断された人を探していたのだ。イリーガル家の力を使って、病院の院長に面会を申し込み、ここ数年で、心が病んでしまった人がいなかったか聞き出す。

「わ、私の病院の患者に、心を病んでいる者はおりません。カルテを確認しましたので、間違いないと思われますです、はい」

 院長は額に汗をかきながら答えてくれた。イリーガル家の名前がよほど効いたようだ。院長と2人の医者が全力で病院のカルテを確認してくれた。

(病院は軍への影響力が強いイリーガル家の名前に敏感だって聞いてたけど……予想以上だな)

「そうですか……ありがとうございます」

 俺は探している相手がいなくて、。必要な事だと分かっているが、心を病むような体験をしてしまった女性の話を聞くのは辛いのだ。

「い、一応、何らかの人的要因で外傷を負っている人物のリストも作成しております。ご、ご覧になりますか?」
「……そうですね。拝見させて頂きます」
「ひっ! は、はい! 直ちに!」

 院長が飛び上がって分厚いファイルを差し出してきた。俺は一瞬考えただけなのだが、何か誤解させてしまったらしい。

(おばあちゃん……病院の人に何したのさ)

 若干申し訳なく思いながら、ファイルを受け取り、ページを開く。その中には、酔っ払いの喧嘩による頭部の強打から、業者が馬車の操作を誤り、馬車を暴走させてしまった事による事故まで、ありとあらゆる人的要因による怪我人の情報が記載されていた。

(これ完全に個人情報だよな……俺が見てもいいのか? いやまぁ、個人情報なんて概念あんまないんだろうけど。それにしてもこの数は俺一人じゃ精査しきれないぞ。応援を呼ぶか――って、ん?)

 ファイルを流し読みしていると、その中に見覚えのある名前を見つける。

「すみません、この男は今どこにいますか?」
「え? ……あ、あぁ! はい! この男でしたら特別病棟に入院してます! 症状も大分収まって、一日の半分くらいは会話が可能ですよ。お会いになられますか?」
「……ええ。お願いします」

(大分収まって、一日の半分しか会話できない状態なのか……)

 俺の内心の憤りを変に誤解したのか、院長は慌てて立ち上がった。

「し、承知しました! どうぞ、こちらに!」

 俺は院長の案内で、男のもとに向かう。途中、大きな扉の前で、院長が俺に腰を低くしてお願いしてきた。

「あ、アレン殿。大変申し訳ないのですが、こちらで、武器をお預かりさせて頂けますでしょうか?」
「武器を……ですか?」
「ひっ! あの、はい! 規則なんです、すみません!」

(そんなにおびえなくても……でも、なんで病院の入り口じゃなくてここで?)

 気になってよくよく見ると、大きな扉には、『隔離病棟』と書かれた案内板が設置されており、その下の注意書きには『この先、自傷行為が可能となる物(鋭利な物・ロープ状の物・その他危険物)の持ち込みを禁ずる』と書かれていた。

(ああ、患者の自傷行為を防ぐためか……と言っても、俺の武器はなぁ)

「院長、そんなにおびえないでください。規則ならもちろん従いますが、私の武器はこれです」

 そう言って俺は院長に魔法銃を見せる。

「こ、これは……魔道具、ですか?」
「ええ。私用の魔道具なので、他人が簡単に使えるようなものではありません。それでも、という事であれば預けますが……」
「あ、いえ! そういう事でしたら大丈夫です。お、お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません。それでは少々お待ちください」

 そう言って院長は大きな扉の側にいた守衛さんにペンや医療用の小道具を預けた。

「お、お待たせしました。どうぞ、こちらへ」

 院長に連れられて隔離病棟に入る。隔離病棟の中は真っ白な廊下が伸びており、その両脇に複数の扉が設置されたいた。扉には小窓がついていて、廊下から部屋の中を確認できるようになっている。

(まるで牢屋みたいだな)

 廊下は清潔感があり、ゴミ一つ落ちていない。だが、その廊下からは冷たさしか感じなかった。

「こちらです。どうやら今は落ち着いているようですね。鍵は開けましたのでどうぞ、お入りください。私は部屋の中には入れませんが、患者が暴れましたらで眠らせますので、ご安心ください」

 院長が懐から取り出した魔道具を見せながら言った。魔道具には複数のスイッチがついていて、それぞれに番号が振られている。『鑑定』してみると、『特定の魔道具を起動させる』魔道具だと分かった。

(なんか……院長の顔つきが変わったな。医者の顔になったっていうか)

 先ほどまでは、急にやって来た偉い人の対応を何とかこなす『経営者』の顔だったが、今は、患者の事を想う一人の『医者』の顔をしている。おそらく、こっちが本来の顔なのだろう。

「ありがとうございます。失礼します」

 俺は、院長に案内された部屋に入った。部屋の中も廊下と同じく白く塗られており、清潔そうなベッドやトイレが置かれている。そのベッドに、1人の男が腰かけていた。男は、俺が部屋に入って来ても全く反応を示さない。俺は意を決して、男に話しかけた。

「お久しぶりです。私が分かりますか?」
「………………あ、あ……あぅ……あ……あぁ……」

 男は声にならない声を出した。俺の声には反応したが、眼の焦点はあっていないし、俺が誰かも分かっていないようだ。だが、少しすると、俺の方を向き、両目でしっかりと俺を見る。 

「あ……アレン……アレン=クランフォード……ですか?」
「ええ。お久しぶりですね。ガンジール=ドットさん」
 
 ガンジール=ドット。かつてクランフォード商会支店の隣に店を構えていた商会の会頭であり、薬によってサーカイル王子の策略の駒にされてしまった男がそこにいた。
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