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「120人中32位、か。まぁまぁだな」
2年の期末の成績上位者40名が張り出された掲示板を見ながら、リチャード殿下が言いました。
(いやいや! 確かに学年には120人いるけど上位クラスには38人しかいないのよ!? 王族ともあろう方が半分以下の順位でどこがまぁまぁなのよ!!)
この国では、国政に関われるのは、この学園の上位クラスを卒業した者だけと決まっています。当然、成績上位は上位クラスが独占しているですが、その上位クラスの中で半分以下の順位というのは、決して楽観視していい状況ではありません。しかも……。
(そもそもこの成績上位者の掲示だって本来成績上位者20名しか掲示しないのよ!? それなのに、リチャード殿下が32位だったから仕方なく40位まで張り出してくれているというのに……分かっているの!?!?)
つまり、リチャード殿下は学校から王家への忖度で、成績上位者として名前が掲示されているのです。このことは学院の生徒であればだれもが知っており、はっきり言ってかなりまずい状況です。
本来であれば、リチャード殿下の婚約者である私の役目は、リチャード殿下に苦言を呈して、もっと勉学に励んで頂くよう導く事………………なのですが、私にはそうする事は出来ません。かわりに、私は理性を総動員して言うべき言葉を言います。
「すごーい! 流石リチャード様です! 尊敬します!」
「はは! そうか! 凄いか?」
「はい! とっても凄いです」
「そうかそうか! あはっははは!」
上機嫌で笑うリチャード殿下の隣で、私は全力で心を殺しながら必死で笑顔を保ちます。
(あぁ! 皆の視線が痛い! 止めて! そんな目で見ないで!! 恥ずかしい! こそばゆい! 気持ち悪い!! 何が『すごーい』よ! 何がさすがなのよ! 今のリチャード殿下のどこを尊敬できるのよ! あぁぁぁダメ! ダメダメ考えちゃダメ! 無心! 無心になるのよ!!)
引きつりそうになる口元を、ピクつきそうになる眉を、顔を覆いたくなる手を、全神経を使って押しとどめ、されに私は言葉を続けます。
「それに比べて私は……もっと頑張らないとですね……」
掲示板に張り出された上位50名の中に私の名前はありません。
「そうだなぁ。だがまぁ、良いのではないか? レイチェルの良さは、俺が一番分かっているぞ。レイチェルの苦手な事は俺がカバーしてやる。だからあまり気にするな」
「うぅ。なんてお優しい言葉を……ありがとうございます、リチャード様ぁ」
(あぁぁ私は何を言って! じゃなくてここで上目遣い! ちょっと目を潤ませて、両手を組んで……)
「気になるのならば、また勉強会をやろう。分からないところがあれば、俺が教えてやるさ」
「! ありがとうございます! リチャード様!!」
(誰のための勉強会だと思っているのよ!! ああんもう! そうじゃなくて! ここは頬を上気させて本当に嬉しそうな笑みを浮かべて……)
リチャード殿下が喜ぶ表情を浮かべてから、私は内心でリチャード殿下に文句を言いました。
(そもそも何のために私が勉強を教えてもらっていると思っているのよ!そのおかげでリチャード殿下の成績がぎりぎり保てているのが分からないの!?)
私がリチャード殿下に質問した箇所がよくテストに出題されることを疑問に思わないのでしょうか。と、声に出して言いたいところではりますが、それを全て押し殺し、私は偽りの尊敬の念を視線に込めてリチャード殿下を見ます。
これで、特別な王妃教育で教わった『男の庇護欲をそそるポーズ』は完璧なはずです。
「ふふふ。ああ、レイチェル。俺の愛おしい婚約者よ」
「――っ!」
どうやら庇護欲を刺激しすぎてしまったようです。リチャード殿下が私を抱きしめようとしてきたので、私は慌てて距離を取ります。
「り、リチャード様。そろそろHRのお時間です。教室に戻りましょう!」
「恥ずかしいのかい? ふふ、残念。でもそんなところも可愛いねぇ。とはいえ、確かに時間か……良し、戻ろうか!」
「は、はい!!」
そう言うとリチャード殿下は教室に向かって歩き出しました。私はその後ろを半歩遅れてついて行きます。先ほど一瞬壊してしまった仮面を被りなおして。
(こんなところで、何考えているのよ!! 王族が! 未婚の女性を抱きしめようとするなんて!! あぁ、もう! 気持ち悪い! あっ! じゃなくて……あぁんもう!! ぁぁああああ!!!!)
仮面は被りなおしましたが、私の心は過去一と言ってもいいほど荒れ狂っています。そんな私を周囲の皆が憐みの視線で見ている事に、私は気付きませんでした。
その後、HRを終えた私は、王妃であるクリス王妃とのお茶会の為に1人で王城を訪れました。
「よく来たわね、レイチェル。さぁ、いらっしゃい。お茶の準備は出来ているわ」
「ありがとうございます、クリス王妃。失礼致します」
クリス王妃が用意して下さるお茶は、いつも美味しい。この時が、リチャード殿下の婚約者になって良かったと思える唯一の時間です。
「それで、リチャードの成績はどうだったかしら?」
「はい、クリス王妃。リチャード殿下の成績は、学年で32位でした」
「そう……ふふ。まぁまぁね」
(……はぁ)
歴代最高の王妃と名高いクリス王妃の唯一ともいえる欠点は、リチャード殿下に甘過ぎる事だと、私は思っています。現に、クリス王妃がこんな調子だから、国王陛下もリチャード殿下には強く言えずにいるらしいのです。
「お言葉ですが、クリス王妃。リチャード殿下は入学当初は学年2位の成績を収めておりました。それが1年の期末試験では、36位まで成績を落とされたのですよ? 今回は……今回は頑張ると……『ちゃんと王族としてふさわしい点数を取る』って。そうおっしゃっていたのに! 結果は32位! このままでは――」
「そうね……確かにちょっと落とし過ぎね。でもまぁ仕方ないわ。それがあの子の実力なのだから」
「――っ!!!」
(そんなことない!!!)
思わず叫びそうになる口を必死に押しとどめます。ですが、心の中で荒れ狂う感情は止められそうにありません。
(そんなことない! そんなわけがない! そんなだったら、私は婚約を受け入れたりしてない! あの人は……あの人は!!!)
少なくとも入学するまでは尊敬できる人でした。優秀なクリス王妃のもとに産まれたリチャード殿下。幼き頃からその才覚を発揮し、周囲の期待を一身に受けた彼が、どれだけ努力してきたか、私は知っています。
だからこそ、私は彼を支えたいと思いましたし、婚約者に選ばれた時は、本当に嬉しかったのです。大変だった王妃教育も頑張れたし、周囲からのやっかみも乗り越えられました。それなのに……。
(なぜなの? リチャード……貴方はなぜ……)
入学してから、リチャード殿下は変わってしまいました。いえ、正確には入学式で主席として挨拶をしてから、でしょうか。
急激に成績を落としてしまい、悪い時は38位という、上位クラス最下位を取ってしまった事もあります。
(やっぱり女性がらみの問題なの? でも……でも!!!)
その頃から、私の王妃教育に特別な王妃教育が加わりました。リチャード殿下のモチベーションを上げるため、学園内で天真爛漫な少女を演じろ、というです。
確かに校内でリチャード殿下がそういう女生徒達に興味を示していたのは知っていました。だからこそ、私はその異様としかいえないような王妃教育も受け入れました。
正直、とても嫌で恥ずかしかった。皆が私を奇異の目で見たし、昔からの友人達は、私の元を離れて行きました。それでも、私は頑張りました。どんなに後ろ指を指されても、どんなに目で見られても、リチャード殿下の力になれるなら、と、その一心で頑張りました。それなのに、リチャード殿下の成績は、上がりませんでした……。
(………………もう、限界かな)
リチャード殿下を支えたいという思いはまだ残っています。リチャード殿下のためならどんなことでもするという気持ちも、まだ残っています。ですが、先ほど、リチャード殿下の行動に思わず嫌悪感を抱いてしまったのも、また事実なのです。
相反する感情の整理をつける事が出来ず、気が付いたら私の眼から涙が零れ落ちていました。
「……レイチェル」
「――! す、すみません! お見苦しい所を……あ、あれ。あれ……」
クリス王妃の前で涙を流すなど、リチャード殿下の婚約者として、ありえない失態です。ですが、王妃教育で身に着けた、感情をコントロールする術を用いても、涙を止める事は出来ませんでした。
「あ、あの……も、申し訳……わ、私……」
「いいの。いいのよ。だけど……ごめんなさいね。もう少しだけあの子に付き合ってあげて。その後は、貴女の好きにしていいから」
泣き崩れる私を、クリス王妃が優しく慰めてくださいます。叱責されてもおかしくない場面なのに、です。
クリス王妃の言う『もう少し』が何なのか、私にはわかりません。正直、今のリチャード殿下を信じる事は難しいです。それでも、もう少し……もう少しだけ頑張ってみよう。そう私は思いました。
2年の期末の成績上位者40名が張り出された掲示板を見ながら、リチャード殿下が言いました。
(いやいや! 確かに学年には120人いるけど上位クラスには38人しかいないのよ!? 王族ともあろう方が半分以下の順位でどこがまぁまぁなのよ!!)
この国では、国政に関われるのは、この学園の上位クラスを卒業した者だけと決まっています。当然、成績上位は上位クラスが独占しているですが、その上位クラスの中で半分以下の順位というのは、決して楽観視していい状況ではありません。しかも……。
(そもそもこの成績上位者の掲示だって本来成績上位者20名しか掲示しないのよ!? それなのに、リチャード殿下が32位だったから仕方なく40位まで張り出してくれているというのに……分かっているの!?!?)
つまり、リチャード殿下は学校から王家への忖度で、成績上位者として名前が掲示されているのです。このことは学院の生徒であればだれもが知っており、はっきり言ってかなりまずい状況です。
本来であれば、リチャード殿下の婚約者である私の役目は、リチャード殿下に苦言を呈して、もっと勉学に励んで頂くよう導く事………………なのですが、私にはそうする事は出来ません。かわりに、私は理性を総動員して言うべき言葉を言います。
「すごーい! 流石リチャード様です! 尊敬します!」
「はは! そうか! 凄いか?」
「はい! とっても凄いです」
「そうかそうか! あはっははは!」
上機嫌で笑うリチャード殿下の隣で、私は全力で心を殺しながら必死で笑顔を保ちます。
(あぁ! 皆の視線が痛い! 止めて! そんな目で見ないで!! 恥ずかしい! こそばゆい! 気持ち悪い!! 何が『すごーい』よ! 何がさすがなのよ! 今のリチャード殿下のどこを尊敬できるのよ! あぁぁぁダメ! ダメダメ考えちゃダメ! 無心! 無心になるのよ!!)
引きつりそうになる口元を、ピクつきそうになる眉を、顔を覆いたくなる手を、全神経を使って押しとどめ、されに私は言葉を続けます。
「それに比べて私は……もっと頑張らないとですね……」
掲示板に張り出された上位50名の中に私の名前はありません。
「そうだなぁ。だがまぁ、良いのではないか? レイチェルの良さは、俺が一番分かっているぞ。レイチェルの苦手な事は俺がカバーしてやる。だからあまり気にするな」
「うぅ。なんてお優しい言葉を……ありがとうございます、リチャード様ぁ」
(あぁぁ私は何を言って! じゃなくてここで上目遣い! ちょっと目を潤ませて、両手を組んで……)
「気になるのならば、また勉強会をやろう。分からないところがあれば、俺が教えてやるさ」
「! ありがとうございます! リチャード様!!」
(誰のための勉強会だと思っているのよ!! ああんもう! そうじゃなくて! ここは頬を上気させて本当に嬉しそうな笑みを浮かべて……)
リチャード殿下が喜ぶ表情を浮かべてから、私は内心でリチャード殿下に文句を言いました。
(そもそも何のために私が勉強を教えてもらっていると思っているのよ!そのおかげでリチャード殿下の成績がぎりぎり保てているのが分からないの!?)
私がリチャード殿下に質問した箇所がよくテストに出題されることを疑問に思わないのでしょうか。と、声に出して言いたいところではりますが、それを全て押し殺し、私は偽りの尊敬の念を視線に込めてリチャード殿下を見ます。
これで、特別な王妃教育で教わった『男の庇護欲をそそるポーズ』は完璧なはずです。
「ふふふ。ああ、レイチェル。俺の愛おしい婚約者よ」
「――っ!」
どうやら庇護欲を刺激しすぎてしまったようです。リチャード殿下が私を抱きしめようとしてきたので、私は慌てて距離を取ります。
「り、リチャード様。そろそろHRのお時間です。教室に戻りましょう!」
「恥ずかしいのかい? ふふ、残念。でもそんなところも可愛いねぇ。とはいえ、確かに時間か……良し、戻ろうか!」
「は、はい!!」
そう言うとリチャード殿下は教室に向かって歩き出しました。私はその後ろを半歩遅れてついて行きます。先ほど一瞬壊してしまった仮面を被りなおして。
(こんなところで、何考えているのよ!! 王族が! 未婚の女性を抱きしめようとするなんて!! あぁ、もう! 気持ち悪い! あっ! じゃなくて……あぁんもう!! ぁぁああああ!!!!)
仮面は被りなおしましたが、私の心は過去一と言ってもいいほど荒れ狂っています。そんな私を周囲の皆が憐みの視線で見ている事に、私は気付きませんでした。
その後、HRを終えた私は、王妃であるクリス王妃とのお茶会の為に1人で王城を訪れました。
「よく来たわね、レイチェル。さぁ、いらっしゃい。お茶の準備は出来ているわ」
「ありがとうございます、クリス王妃。失礼致します」
クリス王妃が用意して下さるお茶は、いつも美味しい。この時が、リチャード殿下の婚約者になって良かったと思える唯一の時間です。
「それで、リチャードの成績はどうだったかしら?」
「はい、クリス王妃。リチャード殿下の成績は、学年で32位でした」
「そう……ふふ。まぁまぁね」
(……はぁ)
歴代最高の王妃と名高いクリス王妃の唯一ともいえる欠点は、リチャード殿下に甘過ぎる事だと、私は思っています。現に、クリス王妃がこんな調子だから、国王陛下もリチャード殿下には強く言えずにいるらしいのです。
「お言葉ですが、クリス王妃。リチャード殿下は入学当初は学年2位の成績を収めておりました。それが1年の期末試験では、36位まで成績を落とされたのですよ? 今回は……今回は頑張ると……『ちゃんと王族としてふさわしい点数を取る』って。そうおっしゃっていたのに! 結果は32位! このままでは――」
「そうね……確かにちょっと落とし過ぎね。でもまぁ仕方ないわ。それがあの子の実力なのだから」
「――っ!!!」
(そんなことない!!!)
思わず叫びそうになる口を必死に押しとどめます。ですが、心の中で荒れ狂う感情は止められそうにありません。
(そんなことない! そんなわけがない! そんなだったら、私は婚約を受け入れたりしてない! あの人は……あの人は!!!)
少なくとも入学するまでは尊敬できる人でした。優秀なクリス王妃のもとに産まれたリチャード殿下。幼き頃からその才覚を発揮し、周囲の期待を一身に受けた彼が、どれだけ努力してきたか、私は知っています。
だからこそ、私は彼を支えたいと思いましたし、婚約者に選ばれた時は、本当に嬉しかったのです。大変だった王妃教育も頑張れたし、周囲からのやっかみも乗り越えられました。それなのに……。
(なぜなの? リチャード……貴方はなぜ……)
入学してから、リチャード殿下は変わってしまいました。いえ、正確には入学式で主席として挨拶をしてから、でしょうか。
急激に成績を落としてしまい、悪い時は38位という、上位クラス最下位を取ってしまった事もあります。
(やっぱり女性がらみの問題なの? でも……でも!!!)
その頃から、私の王妃教育に特別な王妃教育が加わりました。リチャード殿下のモチベーションを上げるため、学園内で天真爛漫な少女を演じろ、というです。
確かに校内でリチャード殿下がそういう女生徒達に興味を示していたのは知っていました。だからこそ、私はその異様としかいえないような王妃教育も受け入れました。
正直、とても嫌で恥ずかしかった。皆が私を奇異の目で見たし、昔からの友人達は、私の元を離れて行きました。それでも、私は頑張りました。どんなに後ろ指を指されても、どんなに目で見られても、リチャード殿下の力になれるなら、と、その一心で頑張りました。それなのに、リチャード殿下の成績は、上がりませんでした……。
(………………もう、限界かな)
リチャード殿下を支えたいという思いはまだ残っています。リチャード殿下のためならどんなことでもするという気持ちも、まだ残っています。ですが、先ほど、リチャード殿下の行動に思わず嫌悪感を抱いてしまったのも、また事実なのです。
相反する感情の整理をつける事が出来ず、気が付いたら私の眼から涙が零れ落ちていました。
「……レイチェル」
「――! す、すみません! お見苦しい所を……あ、あれ。あれ……」
クリス王妃の前で涙を流すなど、リチャード殿下の婚約者として、ありえない失態です。ですが、王妃教育で身に着けた、感情をコントロールする術を用いても、涙を止める事は出来ませんでした。
「あ、あの……も、申し訳……わ、私……」
「いいの。いいのよ。だけど……ごめんなさいね。もう少しだけあの子に付き合ってあげて。その後は、貴女の好きにしていいから」
泣き崩れる私を、クリス王妃が優しく慰めてくださいます。叱責されてもおかしくない場面なのに、です。
クリス王妃の言う『もう少し』が何なのか、私にはわかりません。正直、今のリチャード殿下を信じる事は難しいです。それでも、もう少し……もう少しだけ頑張ってみよう。そう私は思いました。
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