王子とあの子と【彼女】の秘密

ノ木瀬 優

文字の大きさ
4 / 4

しおりを挟む
《sideレイチェル》

(――と、言うわけで、彼女達は私と同じ場所で生きていた人達だと思う。私達みたいに身体を共有してるんじゃなくて、身体を乗っ取っちゃったんじゃないかな)

 王城に向かう馬車の中で、彼女・・が先ほどのフォーレンス伯爵令嬢達の言葉の意味を教えてくれました。私も彼女・・に身体を乗っ取られていたのかもしれない。そう思うと少し怖いです。

 まぁ、それ以上に彼女・・には感謝しているのですが……。

(あはは。ってば、昔はほんとわがままだったもんね。私のいう事聞いておいてよかったでしょ?)

 彼女はの事も彼女自身の事も『私』と言います。紛らわしいのでやめて欲しいのですが……。

(だって、私は私なんだもん)

 とのことです。何はともあれ、彼女・・のおかげでフォーレンス伯爵令嬢達の奇行の意味は分かりました。決して理解は出来ませんが……。

(それでいいと思うよ。よその世界の価値観なんて、そう簡単に理解できるわけないし。私達くらいの距離感がちょうどいいんだよ)

 その通りですね。彼女・・がそういう人間で本当に良かったと思います。

(あはは。照れるなぁ)

 ……思考が全て伝わってしまうため、彼女・・に隠し事が出来ない事が、唯一の難点です。



 しばらくすると、馬車が王宮に着いたようです。顔なじみの執事さんが馬車の扉を開けてくれました。

「お待ちしておりました。レイチェル公爵令嬢。リチャード殿下がお待ちです」
「ええ。ご苦労様」

(くー! が執事にちゃんとお礼を言えるようになって……成長したね!)

 うるさいですよ。事あるごとに貴女・・に諭されれば、態度も改まるという物です。

(ふふふ。私も頑張った!)

 ……。

 調子に乗る彼女・・を無視して執事さんの後について行くと、いつも王妃様とお茶会をしている会場に案内されました。

(あれ? って事は)

 そういう事なのでしょう。

 会場に着くと、私の予想通り、リチャード殿下とクリス王妃が私達を待っていました。

「お待たせ致しました。クリス王妃。リチャード殿下」
「いえいえ。むしろよく来てくれたわ。もう来てくれないかもと思ったもの」
「母上……不吉な事をおっしゃらないでください」

 リチャード殿下が苦々し気にクリス王妃におっしゃいます。

「何が『不吉な事』よ。貴方、レイチェルが本当にあと一歩で婚約解消しようとしていた事、気付いてなかったでしょ?」
「え!?」

 クリス王妃のお言葉に、リチャード殿下は驚いてこちらをご覧になりました。

「クリス王妃のおっしゃる通りです。私では、リチャード殿下の婚約者として、力不足なのではと……」

 本当に後一歩で私の心は折れていたと思います。少なくとも、クリス王妃がいらっしゃらなければ、とっくに折れていたでしょう。

「そんな! 何を言ってるんだ! 君程王妃にふさわしい人間はいないというのに!」

 リチャード殿下はそうおっしゃいますが、私はそうは思いません。確かに私自身の成績は悪くないですが、私は、リチャード殿下の成績を上げる事が出来なかったのですから。

「ねぇ、リチャード。貴方、成績の事、レイチェルになんて言ってたの?」

 私達の様子を見ていたクリス王妃が、リチャード殿下に尋ねました。

「なんてって……『次こそ王族にふさわしい成績をとる』って」
「それ、具体的には何点で何位を取るつもりだったの?」
「今回のテストは435点を目指した。それで31位になれると思ったから。ちょっと読み違えて32位だったけど……」

 は?

(え??)

 435点で31位を目指した?? それはつまり、31位を目指すために点数調整をしたという事でしょうか? だとすると、なぜそんなことを??

「ど、どういう意味ですか!?」
「どういう意味って……入学の試験でレイチェルが1位で俺が2位だったろ? それなのに私が主席として入学式で挨拶をする事になって……誰かが王家に忖度したって事だろ? 公正な学園であってはならない事だ」

 学園による王族貴族への忖度は、国法で禁じられています。とはいえそれは、テストの内容を特定の人間にだけ教えたり、特定の人間の点数を不当に上げたりする行為の事だと思っていました。

(2位の王族を主席にするのも、十分忖度だよ)

 ……確かに彼女・・の言う通りです。リチャード殿下が主席の方が良いと思って失念していました。

「で、ですが……」
「それに、テストの時だけレイチェルが『ミリア』という偽名を使っていたのも知っている。それが、学園長であるフォーレンス伯爵からの指示だってこともな」
「――!!」

 入学試験の後、フォーレンス伯爵から『婚約者である貴女が、リチャード殿下より高得点を取るのは見栄えが良くない。次回からテストは『ミリア』という名前で受けてくれ』と言われていました。

「学園での忖度は、総じて生徒のやる気をそぐ行為だ。たとえどんなに軽い物でも、決して認める事は出来ない」

 リチャード殿下は力強くおっしゃいます。

「もしかしてリチャード殿下が31位を狙われていたのは……」
「成績上位40名を掲示させて、レイチェルの名前が無い事を確認するためだ。王家から学園に問い合わせたら、警戒されてしまうからな」

 簡単におっしゃいますが、それはとても難しい事です。少なくとも私は、テストで満点を取る事は出来るかもしれませんが、狙った順位をとる事は出来ません。

「ク、クリス王妃が『これがあの子の実力』とおっしゃったのは」
「ああ、学友の成績を見誤ったことに対して、よ。次期国王たるもの、周囲の人間の成績をきちんと把握して、狙った成績ぐらい取れるようにならないと。ね?」
「……力不足でした。スミスのやつが思ったより高得点だったようです」

 リチャード殿下が苦々し気におっしゃいました。

(スミス君、勉強頑張っただけなのに……哀れ)

 しかし、そうなると一つ疑問が残ります。

「ではなぜ、私にあのような・・・・・王妃教育を?」

 私の質問にリチャード殿下は暗い顔をされてしまいました。

「…………フォーレンス伯爵について調べていくうちに、今回の件を裏で糸を引いている存在がいる事が分かったのだ」

 話が飛んでいる気がしたのですが、リチャード殿下のお声は真剣そのものです。ここは、黙って聞く事にします。

「それが、フォーレンス伯爵の娘、マリア=フォーレンスだ」
「……え?」

 あの方が……黒幕??

 自分でも考えてみますが、どうもしっくりきません。あの方に、そのような知恵があるとは思えないのです。

「たかが伯爵令嬢にそんなことが出来るのか、か? ああ、その通りだ。私も彼女が黒幕だとは思っていない。恐らく本当の黒幕がいるのだろう」

それならば、納得できます。リチャード殿下の言葉に、私は頷きました。しかし――

(うーん。多分黒幕はいないと思う……)

 彼女・・の意見は異なるようです。どういう意味でしょうか。

(多分、あのマリアって子は、前世の記憶にあるイベントを、無理やり起こそうとしたんだと思うよ。そのためのフラグとして『主席入学のリチャード殿下』と『成績が悪いレイチェル公爵令嬢』が必要だったんじゃないかな?)

 『いべんと』や『ふらぐ』については、彼女・・から聞いていました。正直、理解できたとは言い難いのですが、何となく、状況は分かりました。

 つまりは強引に自分に都合のいい状況に持ち込もうとしたようです。ですが……。

「フォーレンス伯爵令嬢の事は分かりました。ですが、それがあの・・王妃教育とどのような関係が?」

 それが分かりませんでした。

「フォーレンス伯爵令嬢の事を調べていて分かったのだが……彼女はつい最近急に性格が変わったらしい。そして、時同じくして複数の令嬢の性格が変わり、皆天真爛漫な……私好みの性格になっていることが分かったのだ」

 リチャード殿下は言いにくそうにおっしゃいました。

そうですか。あのような性格が本当に好みなのですか。

(ちょ、ちょっと? 気持ちは分かるけど今は抑えて!)

 彼女・・に言われて、リチャード殿下のお顔が引きつっている事に気付きました。どうやら、私の中の怒気が漏れ出してしまっていたようです。

「失礼しました。続きをお願い致します」
「あ、ああ。と、とにかく! これは何か裏があると思ってな? レイチェルにも同じような性格を演じてもらったのだ」

 確かに黒幕がいれば、その手は正しかったのかもしれません。自分が指示した内容を、自分が指示していない令嬢が実施していれば、気になるのが人の性という物です。

「結果、黒幕を捕える事が出来なかった事は、申し訳なく思う。だが、6人もの令嬢を捕まえる事が出来たのだ。彼女達から、真の黒幕にたどり着く事が出来るだろう」

 申し訳ありません。恐らく真の黒幕は神様です。そして彼女達から、真の黒幕にたどり着く事は出来ないでしょう。

 それにしても……。

「お話は分かりました。それにしても……リチャード殿下って、本当にああいう・・・・性格が好みなんですか?」
「え、いや、まぁ……可愛いとは思うけど…………」
「………………そうですか」

 リチャード殿下のお考えは分かりました。少しだけ感じていた嫌悪感も、今はもう感じません。ですが、リチャード殿下を本当に支えたいと思ったら、あの・・キャラを演じる必要があるようです。

 人前では絶対に無理。でも、2人っきりの時なら……。

(あはは。本当にってば可愛いんだから)

 うるさいですよ、

 リチャード殿下と二人っきりになれない事も、彼女・・がいる事の難点かもしれません。



◆あとがき◆
ちなみに、『起』で書いた『レイチェルの苦手な事』は、『周囲の気持ちを察する事』です。『成績上位者の一覧に名前をのせないようにする』というフォーレンス伯爵(令嬢)の悪意や、『成績上位者のクラスにいるのだから、成績上位者のはずなのに、大人の事情で名前を乗せてもらえないレイチェル』を可哀そうに思っている他のクラスメイト達の気持ちに、レイチェルは全く気付いていませんでした。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
少しでも、面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、ブックマーク、高評価を頂けると嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

辺境国の第三王皇女ですが、隣国に宣戦布告されたので後宮に乗り込んでやりましたが、陰謀に巻き込まれました

ととせ
恋愛
辺境の翠国(すいこく)の第三王女、美蘭(みらん)は突然やってきた焔国(ほむら)の使者の言い分に納得がいかず、侵攻を止める為に単身敵国の後宮に侵入した。 翠国の民だけに代々受け継がれる「魔術」を使い、皇帝に近づこうとするが、思わぬ事態に計画は破綻。 捕まりそうになったその時、次期皇帝を名乗る月冥(げつめい)に助けられ……。 ハッピーエンドのストーリーです。 ノベマ!・小説家になろうに掲載予定です。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

[きみを愛することはない」祭りが開催されました~祭りのあと2

吉田ルネ
恋愛
出奔したサーシャのその後 元気かな~。だいじょうぶかな~。

【短編】「推しに挟まれたいので、結構です!」ー推しに挟まれたいのに、攻略対象たちが追いかけてきます。今幸せなので、結構です

碧井 汐桜香
恋愛
大好きな乙女ゲームに転生した私は、ヒロインの妹のモブキャラだった!? ということは、大好きな女キャラたちを拝み放題!? 幸せいっぱいに推しに挟まれていたら、何故か攻略キャラたちが私を追いかけてきます!? きっとヒロインのお姉様を追いかけているんだよ、気のせい気のせい。

婚約破棄ってかっこいい…ですって!?

リオン(未完系。)
恋愛
私達は仲良しカップル、だと思っていたのに、たまたま婚約者が「婚約破棄ってかっこいいよな」と話しているのを聞いてしまって…!? ほのぼのしています。

悪役令嬢ではあるけれど

蔵崎とら
恋愛
悪役令嬢に転生したみたいだからシナリオ通りに進むように奔走しよう。そう決意したはずなのに、何故だか思った通りに行きません! 原作では関係ないはずの攻略対象キャラに求婚されるわ悪役とヒロインとで三角関係になるはずの男は一切相手にしてくれないわ……! そんな前途多難のドタバタ悪役令嬢ライフだけど、シナリオ通りに軌道修正……出来……るのか、これ? 三話ほどで完結する予定です。 ゆるく軽い気持ちで読んでいただければ幸い。  

国王一家は堅実です

satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。 その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。 国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。 外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。 国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。

【完結】そして、ふたりで築く場所へ

とっくり
恋愛
 二十年の時を経て、ふたりは再び出会った。  伯爵家三男のバルタザールは十二歳の時に 二歳歳下の子爵家の次女、ミリアと出会う。 その三年後に、ミリアの希望で婚約が結ばれたがーー  突然、ある理由でミリアが隣国に移住することになり、 婚約が有耶無耶になってしまった。  一度は離れた時間。その間に彼女は、自分の未来と向き合い、 彼は建築家としての信念を試される。 崩れゆく土地を前に、人々の手で再び築かれる暮らし。 「待っていた」と言えるその日まで。 ――これは、静かに支え合いながら生きるふたりの、再出発の物語。 ※「君を迎えに行く」のバルタザールの話になります。 「君を迎えに行く」を読んでいなくても、大丈夫な内容になっています。

処理中です...