僕の可愛い閨棲虫【BL】

高牧 まき

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短編

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「テルヘ様、こちらのお部屋でございます」

 テルヘは宮殿の中では最も南の奥に位置する選びの塔の一室へと、案内された。

 部屋の豪奢な内装に目を丸くしながら、召使のマルキュスに導かれるままに部屋に立ち入った。

 今日からこの部屋に住むのだと思うと少し豪華すぎる気がしたが、かといってテルヘの自由になるわけではない。

「ご苦労だった、マルキュス」

「では、何か御用がございましたら、こちらの呼び鈴の紐をお引き下さいませ」

 マルキュスは慣れた様子で会釈をし、部屋から退室した。

 彼は今日から、テルヘの専属の召使となるのだそうだ。

 テルヘは比較的経済的には恵まれた家庭に育ち、家には召使も何人かはいたのだが、自分専属の召使などは今まで持ったことがなかった。

 それだけ、貴双体シュウダートが貴重だということなのだろう。

 テルヘは着衣のまま、煌びやかで贅沢な寝台の上に倒れこんだ。

 今まで使ったことがないほどやわらかで心地よい寝具の感触に、テルヘは却って落ち着かなさを感じた。

 知らず知らずのうちに、嘆息を重ねてしまう。

 何故僕は、貴双体シュウダートなんてものに生まれてしまったのか……。

 豪華な暮らしなど、欲しくない。

 普通で……普通が良かったのに。

 普通の男女の両親から生まれる貴双体シュウダートは、300万人に一人と言われている。

 それほど数の少ない貴双体シューダートに生まれついたという理由で、テルヘは選びの塔に迎え入れられた。

 貴双体シュウダートは一見、男性のような体躯を持つ。

 だが実際は雌雄両方の機能を持ち、女性を妊娠させることもできるし、男性との間に子供を作ることも出来る。

 この選びの塔は、王族の中でも身体能力に優れ天才的な頭脳をもつ嵩秀種ビーリアン、すなわち王位の継承権を持つ男女が、集められた貴双体シュウダートの中から伴侶を選ぶためのものだ。

 それなのに僕は。

 男性を伴侶にするには高すぎる身長。

 女性を伴侶にするには細身で貧弱な身体。

 目は一重で細く切れ長で、涼やかではあるものの印象が薄い顔立ちだし、髪も黒く華やかさに欠ける。

 美しい貴双体シューダートから選ばれていくというのに、普通の顔立ちの僕には全く選ばれる要素がない。

 しかしそれ以上に、王族だろうが何であろうが、知らない誰かに選ばれ、無理矢理伴侶にされるのは苦痛だ。

 一年前、両親から真実を告げられるまで、男だと信じて生きてきたのに、場合によっては男性の嵩秀種ビーリアンの伴侶に選ばれてしまう可能性もある。

 そのことを考えると、テルヘは恐怖で体が強張る。

 現在、まだ伴侶がいない嵩秀種ビーリアンは、6人。

 集められている貴双体シューダートは、テルヘを含めて8人だ。
 
 貴双体シュウダートの存在を知った子供の頃のテルヘは、彼らが可哀想かわいそうだと、ずっと思っていた。

 他人事のように、そう思っていたのだ。

 だから両親からの告白を聞いた後も、何かの冗談だと思ったし、すぐに受け入れられるようなものではなかった。

 しかし、へそのやや下で、普段は下着に隠れてしまう場所にあるしわのような横線が、妊娠すれば出産口になるのだと説明を受けた時は、衝撃で頭が真っ白になった。

 改めて考えると、確かにこれまでの両親の言動には不思議な点が多かった。

 テルヘは、学校の教科や行事の中で着替えや宿泊が必要なものはすべて受けさせてもらえなかった。

 そして両親から告げられる理由はいつも、「あなたは体が弱いから」だった。

 確かに、名誉ある騎士団員の兄2人に比べると、少しは弱く見えるかもしれない。

 しかし、自分はひ弱かもしれないけど病気などではないのにと、いつも悲しい思いをしていたものだ。

 だけどまさか、自分が崇秀種ビーリアンを産むかもしれない貴双体シュウダートだなどと、想像したこともなかったのだ。

 こんなところ嫌だよ……!!

 父さん……母さん……!!

 今すぐ家に帰りたい……!!

 テルヘは寝台の上で体を丸めて、両手で顔を覆い……静かに泣いた。

 それからどれほどの時間が過ぎただろう。

 何かの気配を感じたテルヘは、誰もいないはずの室内を見回した。

 気のせい?

 そう思った時、タンポポの綿毛を少し大きくしたような丸いフワフワが、テルヘの前に下りてきた。

 そのフワフワは、ゆらゆらと空中をただよい、テルヘの息がかかるとわずかに向こうに飛ばされた。

 しかしそうなったのは一瞬で、再びテルヘの方へ向きを変え、飛んでくる。

 ナニコレ?

 虫?

 おそるおそる、そのフワフワへと手を伸ばしたのだが、フワフワの内側でぎょろりと眼のような黒い影が動いたので、驚いてその手を引いた。

 やっぱり生き物………だけどこんな虫、今まで見たことがない。

 フワフワはしばらく、ゆっくりとした動きでテルヘの周辺を回っていた。

 しかしノックが聞こえてくるのと同時に、一瞬で姿を消してしまった。

 テルヘがあっけにとられていると、再びノックがなされた。

 テルヘははっとして、涙の跡を手でぬぐい、伏せたままの体を起こすと、「どうぞ」と声をかけた。

 マルキュスが一礼をして、部屋に入ってくる。

「お食事のお時間が迫っておりますので、衣装を持ってまいりました」

「そう……」

 テルヘはマルキュスから衣装を受け取ろうとしたのだが、マルキュスは衣装を専用の小さなテーブルの上に衣装を置いて、テルヘの服を脱がせ始めた。

 どうやら宮殿では、衣装の着替えすらままならないようだ。

「テルヘ様、化粧はいかがいたしましょうか。

 男性らしく……?

 それとも女性のように?」

「化粧?

 私が?」

「はい、皆さま化粧をし、着飾っておりますので……」

 他の貴双体シュウダートたちは、そんなことしてまでするのかと、テルヘは衝撃を受けた。

 もしかしたら嫌々ここを訪れたテルヘとは、考え方が違っているのかもしれない。

 テルヘが貴双体シュウダートだと知った友人たちの中には、「なんでお前みたいなやつが、貴双体シュウダートなんだ」と、妬みを隠さずに言う者もいたのだ。

「………化粧はしない」

「その………皆さま、化粧と装飾品をされて嵩秀種ビーリアンの方々とお会いになられるのですが………」

 マルキュスは困ったように言葉を濁す。

 そんな様子に、テルヘは小さくわらった。

「いいのだ。

 マルキュス。

 私は自分に出来ないことはしたくない。

 私には………こびを売り、誰かを誘惑するなど………無理だ」

 誰にも、選ばれたいとは思わない。

 テルヘはただそう思い、マルキュスへとまっすぐ視線を向けた。

「かしこまりました」

 マルキュスはテルヘの衣装を整えながら、随分と変わられていらっしゃる……と、そう思った。

 この選びの塔を訪れた貴双体シュウダートたちは、皆優れた嵩秀種ビーリアンに選ばれようと必死だ。

 それなのにテルヘは自分が選ばれることを、最初から放棄してしまっている。

 確かに宮殿でもてはやされているような、丸顔で柔和な顔立ちとは言えない。

 しかし、面立ちはきりっとしていて涼やかで、独特の雰囲気がある。

 この方を誰かに、王のご子息は無理でも、せめて甥のトムト様やカッレ様などに選んでいただく方法はないものだろうかと、マルキュスは人知れず頭を悩ますのだった。

 


 
 現王ミッケの長子、カイは、気怠けだるい朝を過ごしていた。

 昨日の夜、貴双体シュウダートらと過ごした時間を思うと、自分がしていることが無駄のような行為に思えて嫌になる。

 それに男性の自分が、同性のような外見の持ち主を伴侶とするのには抵抗があった。

 女性の嵩秀種ビーリアンならば、そんな嫌悪感はないかもしれない。

 だが何故ほかの男性の嵩秀種ビーリアンたちが、ためらいもなく彼らを伴侶と出来るのか、カイには不思議でならなかった。

 崇秀種ビーリアンと普通の人間の間には崇秀種ビーリアンは生まれないというだけの理由で、彼らを選ぶのは何かが歪んでいる。

 現在、ミッケの長子カイは、王位継承権が第一位だ。

 間違いなく王になるだろう。

 だが、カイにはそれほど、自分の子に王位を継がせることが、大事には感じられない。

 カイは、子供が嵩秀種ビーリアンでなくてもいい、とすら思う。

 そもそも、貴双体シュウダートであっても、子供が嵩秀種ビーリアンになる確率は4分の1しかない。

 父と父の伴侶の間には6人もの子供がいるが、嵩秀種ビーリアンは二人だけだ。

 過去には嵩秀種ビーリアンを産まなかった貴双体シュウダートだっていたのだ。

 それにカイは貴双体シュウダートが嫌いだ。

 彼らに秋波を送られるたびに、その節操のなさに、嫌悪感しか抱けないのだ。

 貴双体シュウダートにとって、嵩秀種ビーリアンは権力と財を与える道具に過ぎない。

 それでなくとも不自由のない贅沢な暮らしができるというのに、最も王に近い者に選ばれようとこびを売る姿が、いやしく浅ましくうつるのだ。

 嵩秀種ビーリアンは、年長者から順に貴双体シューダートを選ぶ権利がある。

 だが彼らは優秀な子供を作るために、伴侶選びには相応の時間を費やす。

 現在、最も年長の嵩秀種ビーリアンは、従兄弟のトムトだ。

 その次が、カイの番になる。

 トムトがなかなか選ばないお陰で、カイの順番はやってこない。

 まだ、誰も選ばなくてもいいのだと、それだけが、今のカイには慰めだ。

 夜の晩餐は、彼らを知るため一緒に過ごす。

 18歳を超え、伴侶のいない者は全員参加しなければならない決まりに、カイは言いようもない虚しさを感じるのだ。

「そういえば、今日から新しい貴双体シュウダートが、選びの塔に仲間入りしたそうですね」

「そうか……」

 従者の言葉に、カイは気のない返事をした。

 どうせ誰が来ても、一緒だ。

 また一人わずらわしさが増すだけだ。

 夕刻になり、カイは気が進まないまま選びの塔に向かった。

 部屋に入ると、ほとんどの席には埋まっていた。

 だが従者の言っていた、新顔の貴双体シュウダートは現れていないようだ。

 さてさて、どんな化粧をしてくるつもりなのか………。

 カイは遅れてくる理由が、身支度に時間をかけているせいだと、疑いもしない。

 だからテルヘが時間ぎりぎりに、化粧もせず何の装飾品もつけずに現れた時は、思わず見入ってしまった。

 会場に集う、嵩秀種ビーリアンと、貴双体シュウダートの会話が一瞬途切れ、テルヘに視線が集まる。

「テルヘ様にございます」

 召使の案内に、テルヘは膝を折り、嵩秀種ビーリアン貴双体シュウダートへ最低限の挨拶はするものの、ニコリとも笑顔を見せない。

「テルヘにございます」

 小さくそう言うと、さっさと席に着いてしまった。

 その後も、黙々と食事をするばかりで、周りの誰にも話しかけるような素振そぶりもない。

 カイは近くに座る貴双体シュウダートに話しかけられていたが、その視線はテルヘに向けられていた。

 ふと、食事を口へと運ぶテルヘの視線が、カイの視線と絡み合った。

 戸惑う様子でそのまま視線をそらしたテルヘの首筋や頬に、ほんのりと赤みがさしている。

 化粧をしていないからこそ、テルヘの白く美しい肌がきれいに色づくのが分かる。

 その様子が、何とも言えない色香を放っており、カイは自分の心がざわざわとかき乱されるのを感じて、狼狽ろうばいした。

 それからテルヘは、伏せていた目を上げ、恐る恐る、カイへと視線を走らせた。

 そしていまだにカイの視線が自分に向けているのを知ると、驚いて唇を震わせた。

 テルヘは羞恥で、体が熱くなった。

 なぜあの人は、僕を見つめるんだろう。

 物珍しくて見ているんだろうか。

 テルヘは動揺を悟られまいと、息を整え再び視線を逸らすと、二度とはカイの方を見ようとはしなかった。

 耳まで朱色に染めたその様子が、カイの目を奪っていることも知らずに。



 

「カイ様が、今日もまたテルヘ様を見てらっしゃいましたね」

 数日後、夕食を終えたテルヘはマルキュスとともに自室に下がるところだった。

 あまり伴侶探しに積極的でなかったカイが、このところテルヘばかり見ていることは、この数日の間にすっかり噂になっていた。

「マルキュス。

 きっと、化粧もしない貴双体シュウダートが珍しいだけだろう。

 そのうち……きっと飽きて、他の方を探すはず」

 そうだろうか、と、マルキュスは思ったものの、それを口にはしなかった。

 カイはもう4年、貴双体シュウダートと食事を共にしているものの、自分から誰かに話しかけたり、テルヘに送るような視線を向けたことはなかったのだ。

 きっと、他の貴双体シュウダートの方々にはない魅力に、カイ様は引き付けられているに違いない。

 テルヘはこの数日の間に召使からは絶大な支持を集めている。

 物静かで優しく、質素で穏やかに毎日を過ごしている。

 贅沢な暮らしを好み、召使にわがままばかりを言いつける他の貴双体シュウダートとは、まるで違っている。

 特に、中庭の椅子に座り華やかに咲く花を見ながら、テルヘ様が物憂げにため息をつく様子は、他の方々にはない楚々そそとした魅力がある。

 この方がカイ様の伴侶になれば、きっと素晴らしい国になるであろうと、マルキュスはそう思うのだ。

 そんなマルキュスの思いなど知らないテルヘは、ただただカイの視線に戸惑うばかりだ。

 美しい人だと思う。

 居並ぶ嵩秀種ビーリアンの中でも一番目を引く人だ。

 貴双体シュウダートの皆は、なんだかんだとカイ様を狙っているような感じがする。

 貴双体シュウダートの中には、テルヘの真似をして化粧をやめた者もいるのだ。

 なのにカイは、彼らをあざ笑うようにテルヘにしか関心を示さない。

 どうしてあの方は、僕を見るんだろう………。

 見つめられると、ドキドキしてどうしていいのか分からなくなる。

 自室に戻り、一人になったテルヘは、すぐさま「ヤンネ」を呼んだ。

 ヤンネは、テルヘが初めてこの選びの塔へとやってきた日に現れた、あのフワフワ虫だ。

 テルヘが一人になると必ずと言っていいほど現れるヤンネは、今ではテルヘの手のひらの上でお菓子を食べるほどになついている。

 しばらくすると、ヤンネがどこからともなく現れた。

 テルヘがお菓子を取り出して、手のひらに乗せると、ヤンネが風に漂い近づいてきた。

 フワフワの中心から、細くて黒い手のようなものが二つ伸びてきて、お菓子を少しずつ割りながらフワフワの中に持ち帰っている。

「ヤンネ。

 僕はどうしたらいい?

 カイ様はずっと僕のこと見るんだ」

 キュキュ、と、ヤンネは鳴き声を上げる。

「きっと……気まぐれ、だよね?」

 テルヘはそう言いながらも、どこかで自分が選ばれるのではないかとそんな期待を抱いてしまっていることに、当惑していた。

 期待してはいけないと思うのに、彼の視線を感じると鼓動が早くなり、食事が喉を通らなくなってしまう。

 カイが伴侶になれば、テルヘは女性のようにカイを受け入れなければならない。

 嫌悪感しかなかったはずのその行為を想像するだけで、テルヘは体の奥が痺れ、熱くなる。

 感極まって、涙が出そうになったテルヘを慰めるように、ヤンネはフワフワの綿毛をテルヘの頬に寄せる。

「フフ……くすぐったい、ヤンネ」

 誰にも言えない心の内をヤンネに話すことで、テルヘはどれだけ助けられているか知れない。

 だけど、マルキュスに聞いても、このヤンネの正体は分からなかった。

 マルキュスはもう20年近く宮殿で働いているが、そんな虫は見たことも聞いたこともないという。

 だけどヤンネ以外のフワフワも、時折廊下や部屋の片隅で漂っているのを見たことがある。

 なぜみんな気づかないんだろう?

「ヤンネ、お前はな~に?」

 そう問うと体をふるふると震わせた。

「かわいいね、ヤンネ」

 そう言うと、ヤンネは嬉しそうにキュキュと、鳴いた。






 それから数日後、嵩秀種ビーリアンで最も年長のトムトから、伴侶が発表された。

 選ばれた貴双体シュウダートには、拒否権はない。

 その者は、その日のうちに選びの塔から宮殿の中のトムトの住む一画へと居を移していった。

 次は、カイの番だ。

 カイが他の誰かを選ぶことを考えるだけで、やるせない気持ちなる。

 しかしその翌日、選びの塔を訪れたカイは何の予告もなく、突然、「テルヘを選ぶ」と、そう宣言した。

 もちろん、テルヘには、何の拒否権もない。

 瞬く間に選びの塔のテルヘの荷物は片づけられ、カイの住む宮殿の西翼のエリアにそれらは移された。

 突然のことに戸惑うテルヘのせめてもの慰めは、ヤンネがテルヘの後を追って、飛んできてくれたことだ。

 マルキュスら召使達が集まって、テルヘを入浴させ、今夜の支度を整えていく。

 テルヘはその後も何の覚悟もできないまま、初夜を迎える寝室へと導かれた。

 寝室には香炉がたかれ、寝台には赤い花びらが撒かれている。

 ここで僕は………カイ様と?

 そんなこと!!

 そんなこと、無理だ………!!!

 誰とも……そんなこと、出来ない!!!

 そもそもテルヘには、何の知識もない。

 どう交わるのかも、知らされていない。

 マルキュスには、「ただカイ様にお任せしたら良いのです」と言われたけれど……。

 心細さのあまり、テルヘは身を縮こまらせた。

 その時、ヤンネがテルヘを励ますように、テルヘの目の前をグルグルと周りはじめた。

「ヤンネ………。

 怖いよ。

 どうしたらいいの?」

 テルヘがそう言うと、ヤンネが淡い光を放ちながらテルヘの胸のあたりに吸い込まれていった。

 驚く間もなく、テルヘは力が入らず、寝台の横へと座り込んだ。

 何が起きてるのか、テルヘには分からなかった。

 しかし自分の体が、どうしようもない状態になってしまったことは、分かった。

 テルヘはただ、体を震わせて、時が過ぎるのを耐えた。





 準備が整い、カイが寝室へと導かれたのは、夜も更けてからのことであった。

 あまりに突然の宣言に、すべてがあわただしく行われたせいだ。

 カイ自身、自分がなぜそれほど性急に事を運んだのか、分からない。

 ただテルヘを見た瞬間、もう待つ必要がないのだとそう思った。

 そしてそのまま、その思いが口から出てしまった。

 一言も言葉を交わさぬままテルヘを選ぶつもりなど、無かったというのに。

 だが、済んでしまったものは仕方ない。

 カイは、伴侶となったテルヘの待つ部屋に入ると、まずかぐわしい匂いを感じ、思わず立ち止まった。

 香の匂いかとも思ったが、それとは何か、違う匂い。

 テルヘは入り口に背を向け、寝台の側面に座りながら、倒れこんでしまいそうなほど体を傾けている。

 カイに気付いていないはずがないが、テルヘが立ち上がりカイを出迎えようとはしなかったことに、少なからず傷つけられた。

 好かれてはいなくても、少なくとも嫌われてはいないと思っていただけに、ショックは大きい。

 だがテルヘがどう思おうと、後戻りはできないのだ。

 カイは寝台へと近づき、テルヘの肩に手を置いた。

 そしてその瞬間、部屋に入ったときの香しい匂いが立ち上がり、その匂いがテルヘから発せられていることに驚いた。

 テルヘはそれまで、化粧はおろか香水なども付けた様子はなかった。

 しかもこの匂いは、普通の香水とはどこか違う気がする。

「テルヘ……震えている。

 気分がすぐれぬのか?」

 テルヘは首を横に振るのだが、どうも腕に力が入らないようで、今にも倒れてしまいそうな様子だった。

 カイはいらだちも忘れて心配になり、テルヘの横に腰かけ、テルヘの上半身を抱きかかええた。

「カイ……さま……」

 テルヘは小さな声で囁いた。

「テルヘ?

 一体、どうしたのだ?」

 カイはテルヘの顎に手をかけ顔を強引に上げさせた。

 濡れた目がフルフルと震え、わずかに開いた唇から甘い吐息が漏れた。

 カイははっとして、薄い着物を身にまとうテルヘの体を見下ろした。

 わずかに透けて見えるテルヘのペニスが、張りつめて液を垂らしていた。

「見ない……で」

 テルヘの声は息も絶え絶えで、恥ずかしそうに身をよじった。

 媚薬か何かを飲まされたのだろうか?

 そんな説明は受けていないのだが、とにかく苦しむテルヘを何とかしなければ。

 カイはテルヘの服の紐をほどいた。

 カイは何故テルヘだけが特別なのか、自分でも分からなかった。

 テルヘはあれだけ嫌っていた貴双体シュウダートだというのに、愛おしく恋い焦がれる思いが募り、抗えないのだ。

「ああっ……!!」

 カイが直接テルヘの肌に触れた、たったそれだけのことに、テルヘは恍惚として声を漏らす。

 カイはテルヘの体をゆっくりとベットへと横たわらせた。

 強く湧き上がる情動を逃すこともできずに、テルヘの体はカイの思うがままだ。

 カイの手が、淫猥にちあがったテルヘのペニスにのばされた時も、テルヘは体をのけぞらせて、我が身の浅ましさに怯えた。

 いまやペニスだけでなく、常には排泄のために使われている後孔からは、男性を受け入れるための蜜液が溢れ出している。

 じわりと蜜液がしみ出すその感覚が、恥ずかしくもテルヘの興奮をあおる。

 ここにカイを受け入れるのだと思うと、情欲がかきたてられ、カイのことしか考えられなくなる。

「うぅ………カイ様………ああぁ!!!」

 テルヘの喘ぐ声に触発され、カイのペニスも自然とたかぶってきた。

 それを見たテルヘは、思わず手を差し伸べ、優しく愛撫を始めた。

 そんなカイを求めるようなテルヘの行動は、カイに身震いするほどの興奮をもたらした。

 テルヘの後孔は蜜液に濡れ、カイを誘っている。

 カイはテルヘの後孔に指を差し入れた。

 ぐちゅ、ぐちゅ、と、カイの指の動きに合わせて蜜液がいやらしい音を立てていた。

 カイはじわじわと指を増やし、中をほぐしていく。

 その指が、ある一点に触れた時、テルヘは耐え切れずに精を放った。

「ああっ……」

 テルヘはカイに刺激される後孔が、ひくひくと痙攣したのを感じた。

 精を放ったくらいでは、体のほてりが冷めようとしない。

「カイ様……ど、うか……お願い……」

 テルヘが途切れ途切れのように言葉をつなぐと、カイもテルヘの気持ちを察したようだ。

「テルヘ……」

 カイはテルヘを見つめながら後孔にペニスを添わせると、一気に突き立てた。

「あぁん………カイさまぁ……」

 テルヘは思わずカイにしがみついた。

 あまりの快感に、体がとけてしまいそうになる。

 我知らず、カイを求めて腰を揺らしてしまう。

「テルヘ……テルヘ……」

 カイが狂おしくテルヘを呼ぶ声に、テルヘは思った。

 好き……カイ様が、好き。

 美しいカイ様に選ばれて、こうして一つになれるなんて……。

 しあわせ……。

 カイは飽きることなくテルヘを攻め立て、朝方二人が揃って力尽きて寝台に倒れこむまで、夢中で体を貪り合った。

 テルヘはぼんやりとカイの腕に抱かれていた。

 昨夜はカイと、何度交合したのか分からない。

 カイの精は、何度もテルヘの体の奥に注がれた。

 そうなると、早ければ10ヵ月後には子供が生まれてくるはずだ。

 恐怖でしかなかったそれが、今はテルヘには希望に感じられた。

 カイ様の、子を産む。

 それは、カイの伴侶であるテルヘにしかできないことだ。

 こんなわずかな期間で、これほど自分の運命が変わるとは思ってもみなかった。

 それに昨夜の出来事は、夢の中の出来事のようだった。

 ………そういえば、自分の中に消えたヤンネはどうなったのだろう。

 テルへの体のほてりは、いつしか冷めていた。

 目を閉じていたテルヘは知りようがなかったのだが、その一部始終を、カイは見ていた。

 テルヘがカイとともに、寝台に倒れこんだとき、テルヘの胸からふっと閨棲虫リグラードが飛び出してきたのだ。

 一瞬で姿を消してしまったが、見違えるはずはない。

 虫という名前がついているが、虫ではなく、選びの塔に住んでいると言われている幻の妖精だ。

 カイはまさか閨棲虫リグラードが実在しているとは思わなかった。

 そしてその姿を思いがけず見ることが出来たことに、少なからず感動を覚えていた。

 閨棲虫リグラードには伝説がある。

 それを見た者に幸運をもたらす。

 そして、閨棲虫リグラート神双躯オーフェルガルの前にしか、姿を現さず、懐かない。

 貴双体シュウダートの中でも、女神のようにあがめられる神双躯オーフェルガルは、嵩秀種ビーリアンの出生率は100%と、妊娠すればすべての子供が嵩秀種ビーリアンに生まれてくる。

 その閨棲虫リグラードが、テルヘの体から出てきたその理由は、一つしかない。

 テルヘは神双躯オーフェルガルということだ。

 前回現れた神双躯オーフェルガルは現王からさかぼぼること七代も前のことで、もはや伝説の存在だった。

 その神双躯オーフェルガルが、伴侶として、自分の腕の中にいる。

 でもカイは、そのことを心の中に納めておくことに決めた。

 そんなことは、子供たちが生まれたら、いつか自然に分かることだ。

 だから今はまだ、私だけの貴双体シュウダートとして、思う存分テルヘを愛していこう。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

読者様へ

「僕のかわいい閨棲虫」をお読みいただきましてありがとうございます。

 実は今月末を持ちまして、この小説の削除を予定しています。

 詳しくは近況ボードをお読みくださいませ。

 長らくご愛顧いただいた感謝に、短いですがこの後書き後半に番外編を掲載しました。

 お楽しみいただくと幸いです。

 これまでの応援、ありがとうございました。     

                            高牧まき

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


special Thanks



番外編 カイの嫉妬



 テルへを伴侶に選んではや2カ月が過ぎていた。

 最初こそぎこちなかった二人だが、徐々に打ち解けはじめた、そんなある日のこと。

 いつもの時間より少し執務が早めに終わったカイは、テルへのもとへと急いでいた。

 今朝ほんの少し体調の悪かっただったテルへ。

 側にいてやりたがったが、一国の王子であるわが身ははたから思われているほどの自由はなく。

 医師を呼び、侍従となったマルキュスにテルへのことを任せると、後ろ髪をひかれながらも自分に課せられた仕事を全うするため執務室へと向かったのだ。

 その仕事も終え、テルへのもとへと向かう途中、マルキュスにテルへの様子を尋ねた。

「マルキュス、テルへの様子はどうだ」

「はい。陛下。テルへ様はお昼はお召し上がりになりましたが、まだ体調がすぐれないご様子で寝台にてお休みになられていらっしゃいます」

「そうか……」

 カイはマルキュスにねぎらいの言葉を授けると、伴侶の待つ寝室へと足を進めた。

 しかし寝室のドアの前で、中から人の声がして思わず立ち止まった。

 ……テルへの声……ここは寝所だぞ?

 私以外の者を立ち入らせたのか……?

 しかも……楽しそうに笑っているではないか……!!!!

 テルへ、一体、誰と!!!!!

 カイはとても冷静ではいられず、目の眩むような怒りを抱いて寝室のドアをバン!! と、押し開いた。

 そしてそのカイの目に飛び込んできたのは……。

 寝台の上で上半身を起こし、驚いてこちらへと振り向いたテルへの姿だった。

「テルヘ!!! あっ? ……ひと……り……?」

 すぐにドアを開けたというのに、テルヘは部屋に一人。

 しかもこの部屋には誰も隠れられるような場所などなかった。

 ということは、やはり、最初から一人だった?

 しかしなぜ、話し声が……?

 いるはずの人を探し、カイの視線が部屋の中を彷徨う。

「カイさま……?」

 テルヘは、そんなカイの様子を不思議そうに見ていた。

 カイは、咳ばらいをし、気を取り直して「いや、仕事が早く終わったのでな」と、テルへのいる寝台へ歩みを進めた。

 テルヘは、「ホント?」と嬉しそうに笑みを浮かべた。

 不意打ちのような笑顔に、カイの胸中はトクリと音を立てる。

「テルヘ……体調はどうだ?」

「うん……さっきまであまり良くなっかけど、ヤンネが来てくれたから……?」

 カイは、せっかく浮上した気持ちが、急降下するのを感じた。

「……ヤンネ?」

 一体誰だ、その男は……と続ける前に、テルヘはフフ……とはにかみながら、答えた。

「うん、フワフワ虫の、ヤンネ」 

 フワフワ虫……閨棲虫か……!!!

 カイは驚きとともに、ほっと胸をなで下ろした。

 テルヘとのはじめての同衾の折に見かけた閨棲虫。

 それ以来カイが目にすることはなかったため、まさか頻繁にその閨棲虫が現れていたとは、誰が想像するだろう。とにもかくにも、カイは深呼吸を繰り返し、できるだけ気持ちを抑えこもうと躍起になった。

「それにしても、フワフワ虫……ヤンネと話せるとは知らなかったぞ?」

「……!!

 あのね、カイ様。

 ヤンネは話せるわけではないの。

 きゅきゅって鳴くけど。

 その……僕が勝手に話してる……だけで……」

 テルヘは恥ずかしそうに頬を染めた。

「テルヘ……!!!」

 カイはもう辛抱が出来ずにテルヘの体をきゅっと抱きしめた。

「あ……ぅん……カイ様ぁぁ……」

 途端に、甘い声がテルヘの唇から零れ落ちた。

 そして……カイはゆっくりとテルヘの体を横たえ乍ら、自らも寝台へと、身を投じるのだった。
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目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

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