ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

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10話 チカさん

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 大野君が働いているのは建設現場で主に足場の組み立てや解体を行う、いわゆる『足場屋』さんといわれる会社だそうだ。
「足場屋……?」
「そう、つまり俺は足場鳶あしばとびってワケ」
 足場鳶……。
「実は今俺が世話になっている社長夫婦って、チカっていう高校時代の友達の両親でさ……ホント、面倒見のいい人たちなんだよ。あの親子はさ、困っている人を見ると手を差し伸べずにはいられない人たちなんだ。……そういうところ小田桐に似てるかもな? で、今朝チカに小田桐の事を相談したら……ちょうど事務員を募集しているから一度職場を見に来ないか? って話になって……」
 大野君の会社の事務……?
 事務職なんて考えたこともなかった。
 やってみたい気はする。 
 ホントにありがたい話だけど……。
「ム、ムリだよ、大野君……足場屋さんなんて。そんな大人の男の人ばかりの職場で働ける自信がないよ……」
「小田桐が男が苦手なことは話してある。でも、だからこそ、俺の職場の方がいいんじゃないかって話になったんだ。小田桐は俺の『彼女』って事にしとけば他の男どもに手出しされずに済むだろ?」
 か、かかか、彼女って……。
 タオルを握る手に力が入る。
 そ、そんなの……。
「お、大野君はいいの……?」
「まあ、俺、今はフリーだし……いいよ」
 大野君はそう言って頷いた。
 今はフリーっていう事は以前は付き合っていた人がいたんだね。 
「そういう小田桐はいないの?……好きな人」
 大野君の問いに私は一瞬戸惑う。
 好きな人……か。
「いるよ……中学の頃から好きな人がいる……」
 その人には妹としか思われていないけどね。
「そうか……小田桐って一途な女の子なんだな」
「そうだよ、私は純粋なんです!」
「違いない」
 そう言って大野君はハハハッと笑った。
「なあ、小田桐、近くにいれば俺が……守ってやれる。だからさ、月曜日、一緒に事務所に行ってみないか?」
 そう言ってくれるのは嬉しいけど……。
「……ありがとう……でも私、大野君に迷惑かけたくないんだよ」
 世間知らずの私がちゃんと働けるんだろうか?
 ただでさえ大野君にお世話になっているのにこれ以上負担になりたくないんだ……。
「いいんだ、小田桐……中学の時、俺を助けてくれたろ? 今、あの時の恩を返すよ」
 大野君がそう言ったので中学生の頃の記憶が一気に私の中によみがえりはじめた……。



「次の問題、大野……大野! 大野!! 寝ているのか!?」
 午後の教室に先生の怒声が響き渡った。
 数学の行武先生は私が通っていた中学で最も怖い先生だ。
 大野君、どうしたんだろう……?
 いつも、真面目な彼がこんな風に先生に怒鳴られるのは珍しいことだ。
 私はそっと隣の席の大野君の様子をうかがった。
 いつもは真面目な男子なのに今朝は珍しく遅刻してきた。
 しかも三時間目が終わる頃に登校して来るという大遅刻だ。
 本人は朝からお腹の調子が悪かったって言っていたけど……。
 見ると大野君は机の下でお腹を押さえていた。
 しわになるほどきつく制服ブレザーを握りしめている。
 顔からは汗がふき出ていた。 
 私はとっさに立ち上がった。
「せ、先生! 大野君具合が悪そうなので保健室に連れて行ってもいいですか!?」
「あ、ああ……じゃあ、小田桐、そうしてくれ」
 私の剣幕に押されたのか行武先生はそう言うと授業に戻った。
「……では、次、木下」
「大野君、大丈夫?」
 私は大野君の体を支えながら保健室に向かった。
「小田桐……悪い……っ……く」
 保健室は私達の教室がある旧校舎から少し離れた新校舎の一階にある。
「階段……大丈夫? お腹が痛いなら先にトイレに寄ろうか?」
「いや……うっ」
 階段に差し掛かると大野君が痛みに顔をゆがめた。
 この痛がりようは普通じゃない。
「大野君、もしかして……怪我してる?」
 大野君はハッとした表情で私を見た。
 やっぱりそうなんだ。
「ごめん……誰にも言わないでくれ……」
 人気のない階段の踊り場に大野君が座り込んだので私も隣に座った。
……聞いても、いいのかな……?
「ねえ、その怪我、どうしたの?……喧嘩?」
 いつも穏やかな大野君が喧嘩するとはとても思えないけど……。
「イヤ……親父」
「お父さん?」
「ああ……最近酒を飲むと母親に暴力を振るうようになって……今日は朝から大荒れだった。隙をみて母親と妹を逃がしたのがばれて……こうだよ」
……それって、DVってこと……? 
「母親は離婚しようとしてるんだけど親父が応じなくてさ……」
 そんな……。
 どうにか出来ないの? って思うけれど……まだ中学生の私たちに何ができるんだろう。
「……そう言えば小田桐の親父も暴君だったな」
「うん……」
「お互い父親には苦労させられるな……」
 大野君は力なく呟いた。
 でも、大野君はお母さんや妹さんのために父親に立ち向かった。
 すごいよ。
「……お父さんの事、怖くないの?」
「あんなサイテーな奴、怖くない」
 大野君はお腹を押さえたまま壁に寄りかかると天を仰ぎ見た。
「俺が怖いのは、大人になって酒の味を覚えたら自分も同じようになるんじゃないかって……それが一番怖い」
 大野君の整った横顔がなんとも淋しげに見えた。
「ならないよ……大野君は大丈夫だよ」
 なんの力も持たない私はただ励ますことしか出来ない。
「ありがとう……小田桐はやさしいな」
 それでも、大野君はフッとほほ笑んでくれたから私も笑い返した……。

 この日から大野君は私にとって特別な友人になった。 
 大野君は私に助けられたって言ってくれたけど、大野君だって私を助けてくれていた。

「小田桐さんって、いつも、私達と遊びに行かないよね」
 クラスの皆で出かける予定を立てていた時、クラスのリーダー的存在の木下さんがこんなことを言い出した事があった。
 私はなんて返事をしたらいいのか分からずにうつむく。
 その時、大野君が助け舟を出してくれた。
「小田桐を責めてもしょうがないだろ? 一番つらいのは本人なんだから」
 その一言でクラスの空気が変わったのが分かった。
「そ、そうだよね……。小田桐さんゴメンね」
 木下さんがすぐに謝ってくれてこの話は終わった。



 大野君はいつも私を助けてくれる。
「あのさ……小田桐が働くかどうかとは別に、俺が今どういう仕事をしているのか知ってもらいたいんだよ……な、一度見に来てよ」
「う、うん……じゃあ……」
 こうして私は週明けに大野君の職場に着いて行くことになった。

 大野君が勤める会社はアパートからバイクで三分程の場所にあった。
 大野君に手を貸して貰ってバイクからおりていたら、
「あれ? こんなかわいい子を乗せてくるなんてタツキも隅に置けないね」
 と声をかけられた。
「よお、チカ……ああ小田桐、こいつが高校からの友達でここの社長の息子の森宗親むねちか
 振り返ると大野君と同じ紺色の鳶服を着た青年が人懐っこそうな笑みを浮かべて立っていた。
 身長は百七十センチ位かな?
 大野君と比べると随分小柄で幼く見える。
 森、むねちかさん……?
 あ、ああ、それでチカ!
 私、てっきりチカさんって女の人だと思ってた!
「は、はじめまして……」
 私は慌てて頭を下げる。
「うん、よろしくね、小田桐さん……じゃあ、とりあえずついて来て」
 私が男の人が怖いことを聞いているからだろう。
 チカさんは適度な距離を保ちながら事務所に案内してくれた。
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