ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

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11話 フォレスト

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 二階建ての社屋の一階は車庫兼資材置き場になっていて事務所は二階にあるそうだ。外階段をチカさんと大野君に続いてのぼる。
「まだ、早い時間で誰もいないから気にせずにくつろいでよ」
 チカさんはそう言って事務所の扉を開けた。
「うわぁ……素敵……」
 私は思わずつぶやく。
 足場屋さんっていうから、なんかもっと殺風景な事務所を想像していたんだけど……。
 目の前に広がるのは北欧風のカフェのような空間だった。
 明るい色調のフローリングに水色の壁紙。
 部屋の一角は応接スペースになっていて三人掛けのソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。
 テーブルの上のダクトレールには黒いシェードのペンダントライトが三つ下がっており、明るい朝の陽ざしが差し込む窓際には沢山の観葉植物が並んでいた。
 部屋と家具と照明が見事に調和して居心地の良い空間を作り上げている。 
 入り口からは見えない衝立の向こうが事務スペースなのだろう。
「素敵な事務所ですね」
「そう? ありがとう……ここ、二年前にリフォームしたんだけど内装業をやってる姉貴の旦那に頼んだらはりきっちゃって。気が付いたらこんなおしゃれ空間になってしまったってワケ……あ、そこ座って」
 チカさんはそう言ってソファーを勧めてくれる。
 私は軽く一礼して腰かけた。
 大野君は私の隣に、チカさんはその向かいに座る。
「あまりの変わりようにウチの職人さんは皆ぽかんとしてたけどね。まあ、でも僕の両親は大喜びだったんだよ。なにしろ、社名も『森組』とかじゃなくて『フォレスト』って付けるような人たちだからね」
「?」
 私が意味が分からずにきょとんとしているのに気が付いたのか大野君が説明してくれる。
「ほら小田桐、ここの社名『株式会社フォレスト』っていうんだよ。名字が森だから英語でフォレスト。社長がノリで決めたらしい」
 な、なるほど……。どうやら森夫妻はかなりおちゃめな方たちのようだ。

 株式会社フォレストはチカさんのお父さんが三十代の時に独立しておこした会社だそうだ。
 お父さんが社長でお母さんが副社長。事務はチカさんのお姉さんがしていたんだけど、三カ月前に二人目のお子さんを出産して現在育休中らしい。
「いやー、姉貴が子育て中で事務員が足りないもんだから僕まで事務仕事にかり出されることもあって困ってたんだよね、小田桐さんが来てくれたら助かるよ」
「えっと、あのチ、森さん?」
 私、まだここで働けるかどうかは……。
「あ、僕の事はチカでいいよ。この会社『森』だらけだから」
 チカさんはそう言ってハハハッと笑った。
 その笑顔のあまりの屈託のなさに体の力が抜ける。
……私、この人は平気かも……?
 なんだろう、チカさんって心に壁を作らないっていうのかな?
 まるで昔から友人だったみたいにスッと馴染んでしまう。
 かわいらしい見た目もあって全く怖いと思わなかった。
 こう見えてチカさんって……すごい人なのかも……?
「じゃあ、簡単に仕事の説明をさせてもらうね……ああ、でもその前にウチの会社について少しだけ聞いて貰ってもいい?」
 うん。
 私はうなずく。
 事務員の仕事内容を聞く以前に、この会社がどういう会社なのか知っておくことは大切な事だろうから。
「では、ちょっとだけ」 
 そう言ってチカさんは話し始めた。

「小田桐さんも街中で工事現場の足場を見かけたことはあるでしょ? その足場を組んだりばらしたりするのが僕達足場鳶の仕事なんだ。足場ってね、どれも同じようにみえるかもしれないけれど……じつは結構センスが出るものなんだよ」
「センス?」
「そう、足場と一口で言っても組み方は十人十色。いかにその現場にふさわしい足場を効率よく、素早く、頑丈に、そしてそれを使う職人さんたちが作業しやすい配置で組んでいくか? どこもそうだろうけどウチの会社はかなりこだわって組んでる。足場はね、機械じゃ組めない。どんなに高くて大きいものでも全て人の手で組むんだ。高度な技術はもちろん気力も体力も必要な仕事だよ。……ところで小田桐さん、高いところは平気?」
「特に苦手ではないけど……」
「それは羨ましいな。僕は高いところが苦手でさ……最初の頃は苦労したよ。今は建物が高層化していて、それこそ命がけだし、正確で息の合った作業が求められるから仲間に対する信頼とかチームワークがとても大切なんだ」
 チカさんは一気に話すとニコッとほほ笑む。
「鳶って体格がいい人が多いし、基本男ばかりの職場だから怖いと思うかもしれない……でもウチの職人は皆いい人だから……だからタツキだって君を連れてきたんだろうし……そこは信じて欲しい」
 私、大人の男の人が怖い。
……でも、大野君とチカさんがこの会社の人は大丈夫だって言うのなら……信じてもいいのかな?
「まあ、ちょっと試してみて小田桐がムリだって思ったら辞めてもいいんだから」
 大野君がそうフォローしてくれる。
「足場ってさ、誰も気にも留めないような存在で、いずれ役目を追えれば解体されてしまうだろ? 建物が完成した時には跡形もなく姿を消している……そういう、はかないところが俺は好きなんだ」
「僕は、上手くバチッと組めた時に快感をおぼえるんだけど……まあ、タツキも今じゃすっかりこの仕事にはまってるよな……いずれは、ウチの親父みたいに独立したいんだろ?」
 独立?
 大野君はそんな夢をもっていたんだ。
「ああ、いつかはね。そのために今、金を貯めてるから……」
「足場鳶は高卒でもちゃんと稼げるからね。頑張れば自分の会社も持てるし」
 二人のこんな会話を聞いていたら、二人がどれだけ足場鳶の仕事が好きなのか伝わってきて、私は何だか胸がジーンとしてしまった。
 こんなに大野君やチカさんが夢やプライドを持って頑張っている仕事なら……。
 私も……やってみたい。
 鳶はムリだけど、この会社で一緒に働いてみたい。
「チカさん……あの……」
 私はちょっとだけ勇気を出して声をかける。

「私を……ここで働かせて貰えませんか?」

「ホント? 小田桐さん、いいの?」
 う、うん。
 私はうなずきながら隣に座る大野君を見上げる。
 大野君も私を見下ろして優しくほほ笑んでくれたのでホッとして私も笑い返した。

「ねえ、ところでさ、二人はホントに付き合ってないの?」
「え? そ、そうだよ。つ、付き合ってないよ」
「ふーん、じゃあ僕、絶賛恋人募集中だから、小田桐さんはタツキの恋人なんて事にしないで僕と付き合ってみるっていうのはどう?」
 え? 
 私は、チカさんの突然の提案に驚いてしまう。 
 チ、チカさん! そ、それはちょっと軽くない?
 私達初対面だよ!
「あのなぁ、チカ。出会ったそばから俺の友達を口説くなよ」
 大野君もあきれている。 
「え? だって小田桐さんってめちゃくちゃかわいいんだもん。もう、僕の理想通り」
 チカさんは悪びれもせずにそう言う。
「あの、理想って……?」
「僕ね、背が低い女の子が好きなんだ」
……って背かよ!
 私、頭の中でツッコミをいれてしまった。
 背かよ……たしかにチビだけどさ……。
「あのなぁ……小田桐には好きな人がいるんだぞ」
 大野君がチカさんに告げる。
「そうなの?」
「う、うん……片想いだけどね」
「そっかー……でも人の気持ちなんて変わるもんだしね」
 チカさんはそう言うけど……。
 
……変わらないよ。変えられないからこんなに苦しいんじゃないか。
 どうやったら変わるのか……教えて欲しい。
 そもそも、簡単に変えられたら、今、こんな事にはなっていない。
「そうだね……変えられたら苦労しないんだけどね」
 私はそう答えるのが精いっぱいだった。
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