ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

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12話 れん

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「ところでその『大野君』『小田桐』って呼び合うのどうにかならないの?」
 え?
「仮にも恋人で通すなら、呼び方変えないと……っていうか、小田桐さん、大野は今は眞島だよ」
 た、たしかにチカさんの言う通りだ。
……こ、恋人が『眞島君』を『大野君』って呼ぶのは変だよね。
 この一週間、二人きりだったのでつい今まで通り大野君って呼んでしまっていた。
「じゃ、じゃあ……眞島君?」
 とりあえずそう呼んでみるけど。
 な、慣れない……。
 知らない人みたいだ。
「いや、そこは『タツキ君』でしょう? 一応彼女なんだから」
「そ、そんなぁ……」
 チカさんはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
 いきなり『タツキ君』なんてハードルが高すぎるよ。
「タツキも千尋ちゃんって呼べよ」
「分かったよ……チヒロ……ちゃん」
 大野君が少し頬を染めながら名前を呼ぶ。
『チヒロちゃん』なんて……男の子に呼ばれたことないよ。
 は、破壊力がすごいんですけど……!
「……タ、タツキ君……」
 うきゃー、ムリ、ムリでしょー!
 私が赤くなってもじもじしていると、
「ねえ、僕も千尋ちゃんって呼んでもいい?」
 なんて、チカさんが聞いてくる。
「おい、チカお前は遠慮しろよ」
「イヤだよ、僕だって呼びたいよ」
『タツキだけなんてずるいよ! ね、、いいでしょ?』なんて早速チカさんが千尋ちゃんって呼び始めたので大……じゃないタツキ君も『そりゃ……小、…‥チヒロ……ちゃんがいいならいいけど……』なんて言って私の方を見る。 
 ふふふっ、じゃれあう様子がかわいい。
 二人はホントに気の置けない仲のようだ。

 結局、私はこの日から株式会社フォレストで働き始めた。
 森社長と奥さんは本当に素敵な人で、私に仕事の大切さややりがいを教えてくれた。
 職人さんたちはちょっぴりぶっきら棒なところもあったけど次第に打ち解けることが出来て、本当は温かい人たちなんだと気づくことが出来た。
 父と離れ、多くの優しい人々と一緒に働いたことでこのまま恐怖心を克服できる気さえしていた。

 私と……タツキ君も上手くやっていたと思う。
 そして、これからも上手くやれると思っていた。

 四月のあの日までは……。






「千尋さん、着きましたよ」
 冬馬先生の低い声に私はハッとする。
 随分長い事眠っていた気がするけど、ほんの一瞬の事の様だった。
 車はもう自宅の前に停まっている。
「送って貰ったのに寝てしまってごめんなさい」
 爆睡しちゃうなんて、先生に失礼なことをしてしまった。
「いいんですよ。きっと寝不足でしょうから」
 さりげなく私を気遣ってくれる先生の声が優しくてまいる。
「千尋さんの職場、遠すぎますからね」
 そう、私はまだフォレストに通っている。
 長崎市内の実家から電車とバスを乗り継いで往復三時間以上の通勤だ。
 大変じゃないとは言わない。
……でも、ホントにホントに会社のみんなにはお世話になったのだ。
 この一年半、どんな日もずっと支えて貰ってた。
 だから、実家に戻ったからって急に辞めるような無責任な事はしたくなかったんだ。
「あちらにはいつまで通うのですか?」
「今、もともと事務をしていた社長の娘さんに私の担当分の引継ぎをしているので……来週いっぱい通ってから辞めることになると思います」
 大好きだった職場。
 大好きだった人たち。
 チカさん、社長さん、奥さん、お姉さん、職人さん達、取引先さん達、それから……。
 もう、一緒に働けなくなると思うと本当に淋しいよ! 
 もうすぐホントにお別れだ。
「千尋さん、今の仕事を辞めたあとはどうされるおつもりですか?」
 それはね……まだ、決めていないんだ。
 父は大学に戻れというけど、私は働きたいと思っている。
 働く事が好きだし、いずれ自立したいから。
 また、お金を貯めないと!
「仕事を探します」
「それでは……ひとつご提案が……」
 冬馬先生はそう言うと私の右手を握った。
「手が……随分荒れていますね」
 先生の長い指が私の指先をなぞる。
「そ、それは……」
 そりゃ、毎日家事をやってれば手も荒れるよ。
 女子大生の頃とは違う。
 そういえば、美容院にだって随分行ってないなぁ。
 邪魔だからひとつにまとめているだけで最近はおしゃれとは縁遠い生活を送っていた。
 やつれていたのは実家に戻ったことで少しはましになったはずだけど……。
「これ以上荒れる事がないように」
 冬馬先生はそう言うと視線は私に固定したまま私の指先にチュッと口づけた。
「ち、ちょっと、トーマ先生っ」
 そ、そういう思いがけない接触はやめてもらいたい。
 ドキドキしてしまうから。 

「今度ハンドクリームとゴム手袋をプレゼントします。ですから千尋さん……私の家のハウスキーパーをしてくれませんか?」

「ハ……ハウスキーパー!?」
 先生は急に何を言い出すんだ。
 それって……私がトーマ先生のお家で働くってこと?
「そう……お願いできませんか? 報酬はきちんとお支払いしますので」
 そ、それは……ありがたいお話だ。
 正直すぐに次の仕事が見つかるか分からないからちょっと困っていたんだよね。
 それに、克服したつもりの恐怖症もぶり返してしまったみたいだし……。
 どういう仕事につけるのか自分でも分からずにいた。
 その点、先生の家なら安心だ。
 先生しかいないんだもの。
「千尋さんの次の職場が決まるまでの間だけで結構ですから……ね、お願いします」
 冬馬先生は私の手をガシッと両手で握ると頭を下げる。
 確かにあの部屋の乱れようじゃあ、困っているには違いないだろうけど……。
 ど、どうしよう?
「どうか私を助けると思って、ね、千尋さん!」
 うーん、こんな風に頼まれたら断れないよ。
 それに、あんなに乱れた生活をして先生が病気にでもなったら困るし。
「じゃ、じゃあ少しだけなら……」
 私はついうなずいてしまった。
「千尋さんっ、ありがとう」
 冬馬先生は大げさに喜んで私を抱きしめる。
「ト、トーマ先生っ」
 く、苦しいよ。
 強く抱きしめ過ぎだって!
 先生、ちょっと緩めてよっ。
 もうっ、家の目の前でこんなことをするのはやめて欲しい。
 でも先生はなかなか離してくれない。
「先生……?」
「すみません、もう少しだけ……」
 その声が少し震えている気がする。
「……私があの日……あなたを捕まえて離さなければ、こんな事にはならなかったのでしょうか?」
 思いがけず聞こえてきた先生の苦しそうな声に私の呼吸も苦しくなる。
 こんな事……か……。
 私、先生にも辛い思いをさせてしまっていたんだ。
 だって、タツキ君と『偽装駆け落ちギソカケ』したあの日、最後に会ったのは先生だったんだもんね。

 あの日……成人式のあの日、もしトーマ先生に止められていたら今の私はいないだろう。
 タツキ君と再会することもチカさんの会社で働く事もなかった。
 でも……。
 こういう結果にはなったけどこの一年半、決して不幸だったわけじゃない。
 私はかけがえのない宝物を手に入れたんだから。
「先生?」
「……千尋さんのお帰りを首を長くして待っているでしょうから、あなたを家に帰さないといけませんね……今夜、私にもを紹介して頂けますか?」
 彼……?
『彼』なんて、こんな表現もトーマ先生らしい。
 そう、私の宝物。
 私がいま最も愛する存在。
 私の命より大切な人が今、家で私を待っている。
……れん。

 蓮、私の愛しい……赤ちゃんが。

 冬馬先生と連れ立って玄関のインターフォンを鳴らすと母がすぐに出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「奥様、遅くなりまして申し訳ありません」
 冬馬先生は丁寧に挨拶をして母の腕の中をのぞき込む。
 六ヶ月の私の息子、蓮が母の腕の中でまどろんでいた。
 もう、九時過ぎだもんね。
 さすがに眠そうだ。
「蓮、遅くなってごめんね」
 こんなに長い時間離れていたのはこの子が産まれてから、今日が初めてだ。
 ううう、蓮、会いたかったよぅ。
 私は母から蓮を受け取ると優しく抱きしめた。
 ずっしりと重いけど、抱き心地はふわふわとして温かい。
「かわいらしい男の子ですね」
「ええ、そうでしょう? 本当にかわいいの。四宮先生、とりあえずあがってちょうだい」
「ええ、お邪魔致します」
 先生とリビングのソファーに並んで座る。
 先生が私の腕の中の蓮をまじまじと見つめている。
「あの……先生? 抱っこしてみます?」
「い、いいんですか?」
 冬馬先生は一瞬戸惑った表情を浮かべたもののおずおずと両手を差し出してきた。
 先生って子供苦手なのかな?
 そんなこと今まで気にしたこともなかった。
 でも、昔から私にも大人に話すような口調で話していたから子供の扱いに慣れている感じはしない。
 蓮を抱っこした先生は緊張からかカチンコチンに固まっている。
 うわぁー、スーツ姿のクールな先生と赤ちゃんってこの世で一番合わない組み合わせだよ。
 先生、ぎこちなさすぎる。
 それでも、
「初めまして……蓮さん」
 と柔らかく笑いかける様子に胸がトクンとしてしまった。
 こ、こんな光景を目にする日が来るなんて……!
 おまけに先生、六ヶ月の赤ちゃんに向かって『蓮さん』って……!
 たとえ赤ちゃんでも『彼』とか『蓮さん』と呼んで『一人の人』として扱ってくれるのは、先生らしい誠実さだ。
 先生のこういうところ、私はずっと尊敬している。
「ふゎ……」
 先生の抱っこがあまり居心地良くないのか蓮がついにぐずり始めてしまった。
 まあ、もう眠たいっていうのが一番の理由だろうけどね。
「ち、ちょっと、千尋さん、助けてくださいっ! 蓮さんが泣いてしまいました」
 普段は絶対に見せないような困った顔でオロオロするさまがかわいくて私はつい笑ってしまった。
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