ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

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16話 まだお別れじゃない

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 翌日、私は朝からアパートに向かった。
 結局夕べ、父とはたいした会話をせずに眠った。
 盗み聞きしちゃった手前、顔を合わせるのが気まずかったのだ。
 正直、聞いた内容をどう受け止めていいのか分からずに混乱している自分がいる。
 大人の男の人の会話って……私には複雑すぎて理解できない。
 お姉ちゃんと先生の仲も分からずじまいだ。

 住み慣れた『眞島』家のカギを開けて中に入る。
 夕べ、遅くに降り出した雨も今は小康状態で、昼過ぎには太陽が顔を出すそうだ。
 引っ越しのトラックが来るのは二時だから、それまでに荷物をまとめないといけない。
 シングル布団と小さなベビー布団を布団袋に入れ、組み立てた段ボールに身の回りの道具を詰めていたらチカさんがやって来た。
「おー、千尋ちゃん、結構荷物あるねぇ」
 そうなのだ。
 体一つで飛び出してきた私だったけど、ここで一年半も暮らしてそれなりに荷物が増えた。
 まあ、一番多いのはベビー用品だけど。
 こうして、改めて見ると必要に迫られて買ったものばかりだ。
「チカさん、お姉さんからお借りしていたベビーバスはこっちでいいですか?」
 今日、チカさんが手伝いに来てくれたのはお姉さんから借りていたベビー用品を返すためでもあった。
「うん、もう使わないものはこっちの隅にまとめようか? あとで軽トラで運ぶから……あ、でもその前に、ちょっと早いけどお昼にしない? 僕、朝飯抜きで来たからお腹すいちゃって」
 そう言ってチカさんはペロッと舌を出す。
 相変わらず、こういうかわいい仕草が似合う。
「じゃあ、どこかに食べに行きますか?」
「いや、弁当持ってきた」
 チカさんは玄関から大きな風呂敷包みを運んでくる。
「千尋ちゃんに食べさせたいって、お袋が張り切っちゃって……」
「奥さんが……?」
「うん、さぁ、食べようよ」
 チカさんとダイニングに移動する。
 三段重ねの重箱には、美味しそうな料理が山ほど詰められていた。
 私の好物ばかりだ。
 チカさんは紙皿と割りばしを渡してくれる。
「うわぁー、美味しそう!……でもこれ多すぎません?」
「あーそれは……」
「千尋ちゃーん! お待たせ―!」
 玄関から甲高い声が聞こえて私は急いで廊下に出る。
「え? お姉さん!?」
 なんとチカさんのお姉さんも引っ越しの手伝いに来てくれたのだった。
 チカさんのお姉さんは私にとって事務仕事の先輩であるだけじゃなく子育ての先輩でもある。
 この地で最もお世話になっている人だ。
「お姉さん! 来てくれたんですか!? うわぁ、せっかくのお休みにすみません」
「いいの、いいの、ムネチカだけじゃ頼りないでしょ?」
 思いがけないお姉さんの来訪を私が小躍りして喜んでいると、
「えー、千尋ちゃん、僕が来た時より明らかにテンション高くない?」
 チカさんが不満そうに唇を突き出した。
 ふふっ、チカさんったら。同い年の男の人とは思えない程かわいい……。
「あ? 今また僕の事をカワイイって笑ったでしょー?」
 チカさんがジトっとにらんできたので私はそっと視線を外した。

 奥さんの美味しいお弁当を食べた後は再び段ボールに荷物を詰めて、トラックが来る前には部屋の掃除も全て終わらせた。
 一年半暮らした私の部屋は気が付いたら段ボールでいっぱいになった。
 これをすべて運び出せば、ここはまたがらんどうの部屋に戻る。
 タツキ君の冷蔵庫や洗濯機などの家電や家具はすべてそのままにしておく予定だから本来の眞島家の姿に戻るだけ。
 
 あるじのタツキ君の姿はどこにもないけど……。 

「さあ、後は引っ越しのトラックを待つだけね」
「そうですね……今日は本当にありがとうございました。すごく助かりました」
 二人にお礼を言ってふとチカさんを見たら何だか思いつめたような表情をしている。
「チカさん……?」
「ねえ、千尋ちゃん……やっぱりこの荷物、僕んちに運ばない?」
 え?
「僕んちって、森家に?」
 チカさんは今も実家に住んでいて社長と奥さんとの三人暮らしだ。
「そうだよ、だってこの一年半、僕達家族同然で暮らしてきたんじゃないか! 親父とお袋も本当は千尋ちゃんと蓮と離れたくないんだ!……もちろん、僕だって……!」
「ムネチカ……ムリ言わないの。千尋ちゃんを困らせない約束でしょ? 千尋ちゃんが自分で決めた事なんだから私たちは応援しようって昨日も話し合ったじゃないの」
「そうだけど……僕は二人が心配なんだよ。だって千尋ちゃん男が苦手なのに、これからどうするの? もう僕たちは守ってあげられない。実家に帰ったっていっても安心できないよ。そもそも父親のせいで家を出たのにその父親のもとに戻るなんて……」
 チカさん……。
 チカさん、ありがとう。
 チカさんはどんな時も私の味方でいてくれたね。
 でも……。
「大丈夫だよチカさん、家にはお母さんがいるし、私を助けてくれる人もいるから大丈夫」
「だって仕事のあてもないんでしょう?」
「それが……私、ハウスキーパーをすることになって。その人は昔からの知り合いだから怖くないの。平気だよ」
 私はチカさんを少しでも安心させたくて笑顔を作る。
 うまく笑えているかは分からないけど。
「その人はいい人なの?」
「……いい人……?」
「千尋ちゃんに……」
 チカさんは一瞬言いよどんだ。
 言葉を探しているようだ。
「……嫌なことをしたりしない?」
「うん……」
 トーマ先生に昨日されたことを思い出す。
 先生の嵐のような激しさを。 
……いっぱいキス、されちゃったな……。
 でも……嫌じゃなかった。

「嫌なことをされたことはないよ。その人……トーマ先生っていうんだけど、私、その人とね……昨日、婚約したの」

「は? 婚約!? ちょっと千尋ちゃん! どういうこと?」
 チカさんがものすごい勢いで私に詰め寄る。
 ちょ、ちょっとチカさん、近いって!
「ムネチカ!」
 お姉さんはエプロンのポケットから小銭入れを取り出すとチカさんの胸に押し付けた。
「そこの自販機でコーヒーでも買ってきてよ」
「え? 今!? このタイミングで!?」
「そう、今! ちょっと頭冷やしてきな!」
 チカさんはすごくイヤそうな顔をしながらも怒ったお姉さんには絶対に勝てないので素直に家を出て行った。
「ねえ、千尋ちゃん……こんなに急に婚約するって、一体どうなっているの?」
「えっと……それが実は……」
 お姉さんに嘘はつけずに私はこの婚約が偽装であることを告げた。
「あ、でもお姉さん、心配しないで下さいね。父親に対抗するための偽りの婚約だから、結納を交わしたわけでもないし、いずれちゃんと解消しますから」
 私の言葉を受けてお姉さんは大きくはぁっとため息をついた。
「あのねぇ、千尋ちゃん、こんなこと聞いて安心できるわけないでしょ?……とりあえずこの婚約が偽装だっていう事はチカには秘密にしておいた方がいいわね。もちろんウチの両親にもね」
 そ、そうだよね……偽装婚約なんて余計な心配をかけるだけだよね。 
……うううっ、また心配をかけてしまった。
 ホントに申し訳ない。

 缶コーヒーを三本抱えて戻って来たチカさんはいくらか冷静さを取り戻したようだった。
「千尋ちゃんさ、とりあえず来週いっぱいは事務所に来てくれるんでしょ?」
「うん……」
 缶コーヒーを受け取りながらうなずく。
 ちゃんとそれぞれが好きな銘柄のコーヒーだ。
「じゃあ、詳しい話は今度聞かせてよ。今日はもうムリ。だって僕、どう受け止めたらいいのか分かんないもん」
 うん。
 私はうなずく。
 うん。
 ごめんね、チカさん。
 私が一人だった時、チカさんや、お姉さんが支えてくれた。
 最後まで心配かけてゴメン。
 私の事をいつも気にかけてくれてホントにありがとう。
「わたっ、わたし……」
 涙が浮かんできて二人の顔がぼやける。
「私ね……チ、チカさんと、お、おねえさんに、会えて本当に良かったよ」
「千尋ちゃん……泣かないでよ」
 チカさんはグイっとコーヒーを一気に飲み干すと、
「まだお別れじゃないんだから、ね」
 と言ってくれる。
 そうだね。
 まだお別れじゃない。
 ああ、でも。
 淋しくてたまらない。
 
 その位私、この街とここで暮らす人たちを好きになっていたんだ。

 時間ぴったりに引っ越し業者さんが来たので早速荷物を運び出して貰う。
 大きな家具や家電がないのであっという間にトラックに積み終わってしまった。
 あっけないほどの早さだ。
「じゃあ、お願いします」
 私達はトラックを見送って部屋に戻った。
 戸締りやガスの元栓を確認してブレーカーを落とすと眞島家のカギをかける。
 さようなら、眞島家。
 いままでお世話になりました。
「カギは僕が預かるよ」
 チカさんがそう言って手を差し出したのでその手にカギを乗せる。

 これで、私の駆け落ちは本当に終了だ。

 チカさんとお姉さんにお礼を言って私は家路についた。
 私の荷物を積んだ引っ越しのトラックはすでに実家に向かっている。
 実家では母が立ち会って、荷物は二階の空き部屋に入れてもらう予定だ。
 そこは元々姉の部屋だったんだけどもう長い事物置きになっていた。
 母は『いずれは蓮の部屋にしてもいいかもね?』なんて言っている。
 急いで帰宅したら荷物はもう全て部屋に収まっていた。
 結局その日は寝るまで荷解きをして過ごした。

 翌朝、蓮を抱っこしてパジャマ代わりにしているスウェットのまま階下に降りたら、もうリビングに冬馬先生の姿があった。先生は日曜日なのにバシッとスーツを着こなしている。
 今日もとてもカッコイイ……。
「千尋さん、おはよう」
「……オ、オハヨウゴザイマス……」
 あ、しまった!
 ね、寝起きの顔を見られてしまった。
 おまけに髪もボサボサだ!
 うぁぁあああん。
 恥ずかしいよー。
 私は慌てて洗面所で顔を洗った。

 それにしても先生、迎えに来るのが早すぎない? 
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