ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

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18話 初めてのキス

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「なにを怒っていらっしゃるんですか?」
 冬馬先生がソファーの隣に座る。
「千尋さん」
「別に怒っているわけじゃ……」
 私はそっぽを向いたまま答える。
「ねえ、こっちを向いて……」
 膝の上に置いた手に先生の手が重なった。
「ね……」
 そっと手を握られる。
 私は赤く火照った顔を見られたくなくてうつむいた。
 先生の手、大きい。
 指が細くて長くて筋張っていて、何というか……セクシーだ。
 その綺麗な指をからめてくる。
 こ、これって『恋人つなぎ』ってやつだよね……。
「せ、先生……?」
 肩が触れるほどの距離に耐え切れない。
 先生はずるいよ。
 私ばっかりこんなにドキドキしてる。
 心臓の音が聞こえてしまいそうな位に強く脈打っている。
 鼓動がどんどん早くなって息が苦しいよ。
 わたし、私は……。
 出会った時から先生の事が好きだった。
 でも、今思えば最初は単なる憧れだったと思う。
 先生が五歳も年下の私の事を妹としか見ていないことは分かっていた。
 だから、ずっと先生を見つめていたものの、この片想いは成就しないって心のどこかで諦めていた。
 いつかは私も大人になる。
 幼い初恋も卒業する時が来る。
 きっと恋心は冷めるに違いないって……。
 なのに……どうしていまだに忘れられないんだろう?
 こうして大人になって、金曜日、先生に再会してから、私はずっと感じてる。
 この恋はもう、子供の憧れなんかじゃない。
 今も冬馬先生の事が好きだ。
 私の人生で今が一番先生の事が好き。
 隠せないほどの想いがあふれてくる。 
 
 この想いは誰にも止められない。
 先生に、触れたいし……触れて欲しい。
 私がそう思うのは先生だけ……。
 だけど私は気が付いてしまった。
 どんなに熱いキスを交わしてもそこに……愛がなければ淋しいよ。
 先生は私の事どう思っているの?
 
 私は隣に座る先生の顔を見上げた。
 眼鏡の奥の切れ長の瞳が私を見つめている。
 少し潤んだ熱いまなざし。
 その綺麗な瞳を開いたまま先生の顔がスッと近づいた。
 また、キスされてしまいそう。
「ヤッ……」
 私はとっさに顔をそらしてキスを避けた。
 先生と一緒にいられるだけでいい。
 そこに愛情はいらない、と思っていたくせに私は欲張りだ。
 愛情が伴わない行為を悲しく思うなんて。
 先生の……心まで欲しいと思うなんて。
「せ、先生、そういえば母と作った料理を持ってきたので冷蔵庫に入れておきますね」
「え、ええ」
 私はさっと先生の指をほどいて立ち上がるとママバッグを抱えてキッチンに向かった。
 先生はそんな私をソファーからじっと見ている。
 気まずい……。
 視線を感じながら冷蔵庫に持ってきた密閉容器をおさめていたら蓮が「ふぇ……」と弱々しく泣き出した。
 蓮はまだ一時間も寝ていない。
 お昼寝を終えるには早すぎる時間だ。
 私は蓮の隣に寝ころぶと蓮の体を優しくさすった。
 蓮、まだ、寝てていいんだよ……。
 おでこを優しくなでてあげると瞳を閉じる。
 うん、いい子だね……。
 蓮、大好きだよ……。



 ハッ、またやってしまった!
 気が付いたら私は蓮の隣で眠っていた。
 夕べ遅くまで荷解きをしていて寝不足気味だったのだ……。
 ポケットに入れていたスマホで時間を確認したら、もう三時だ。
 三十分以上も眠っていたなんて。
 金曜日も車で寝ちゃったのに!
 蓮が起きない様にそっと体を起こして驚いた。
 先生……?
 冬馬先生が蓮を挟んだ反対側で静かな寝息をたてていた。
 先生の大きな手が蓮の小さな手を握っている。
 二人は向かい合って眠っていた。
 なぜだか胸がきゅんとして切なくなる。
 あ、先生、眼鏡をしたまま眠ってる……。
 一瞬迷ってから銀色のフレームに触れる。
 眼鏡を外しても先生は起きなかった。
 綺麗な横顔……。
 先生が眠っているのをいいことに私はまじまじとその顔を眺める。
 スッと通った鼻筋も、長いまつげも、なんて美しいんだろう。
 それに、私に優しく激しく触れて、甘い言葉を紡ぐ薄い唇も……。

 先生に触れたい。
 今すぐキスしたい。
 どうしよう
 キス……したい。

 私、なんて、勝手なんだろう?
 さっき先生のキスを避けたくせに。
 でも、触れたい。
 そうか、愛しい人にはキスしたくなるものなんだ……。 

 先生の顔のすぐそばに手をついて先生を見下ろす。
 どうしよう。
 こ、こんなことやっちゃいけないよね、でも……。
 触れたい。

 私はゆっくり腕を曲げて先生の頬にほんの少しだけ唇で触れた。

 私のドキドキが先生に伝わっちゃうんじゃないかっていう位に呼吸が早くなる。
 先生の首元からかすかに香るシトラス。
 胸が、苦しい。
 私はぎこちない動きで体を起こすと先生の寝顔を見下ろした。
 先生は規則正しい寝息をたてている。
 きっと先生も寝不足なんだね。
 今日だって日曜日なのに早朝から父と仕事をしていたんだもん。
 蓮は先生の横で気持ちよさそうに眠っている。
 その安らかな寝顔に、
「はぁ、癒される……」
 私も、もうちょっとだけ……。
 蓮の隣に再び寝ころんで私は瞳を閉じた。
 蓮を囲んで冬馬先生とお昼寝をする日が来るなんて。
 こんなに穏やかな日曜日を過ごすのは久しぶりな気がする。
 今日はなんて幸せな休日なんだろう。
 この午後の事をずっと覚えていたい……。

 蓮の眠りが浅くなってもぞもぞし始めて私は目覚めた。
 時刻は三時半、そろそろお昼寝は終わりだ。
 蓮が目覚めたらオムツを替えてミルクをあげないとね。
 とりあえず、ミルクの準備をしておこうとそっとキッチンに向かう。
 冷蔵庫の前に置いたままのママバッグから哺乳瓶を取り出していたら、蓮が泣き出した。
「蓮、ちょっと待っててね」 
 私は急いでミルクを作る。
「ん……蓮さん……?」
 先生が目覚めて蓮を抱っこしてくれた。
 でも、お腹が空いたこととオムツが濡れていて気持ちが悪いって事を伝えたい蓮は大泣きだ。
「ち、千尋さんっ、れ、蓮さんがっ!」
 先生は大きくのけぞってガチ泣きする蓮を抱えたままキッチンにやって来た。
 蓮はギャンギャン泣いている。
 きっと『お腹が空いたよー! 早くミルク飲ませろー』って力の限りに叫んでいるんだろうな。
 赤ちゃんはいつだって全力投球だ。
 近頃は特に自己主張が激しくなってきた気がする。
 まあ、これも成長なんだろうけどね。
 大泣きする蓮に困惑した表情を浮かべる先生から蓮を受け取るとソファーに座って小さな口に哺乳瓶の乳首を差し込んだ。
 蓮はあれだけ大騒ぎしたくせにケロッとして私の膝の上で大人しくミルクを飲んでいる。
「はぁ……かわいいですね……」
 冬馬先生は私の隣に座るとうっとりとした表情で呟いた。
 そう、必死にミルクを飲んでいる赤ちゃんってホントにかわいいの。
 この瞬間、さっきの大騒ぎは全部チャラになっちゃう。
 子育てって不思議だ。
 我が子に疲れて、我が子に癒される……なんて。
 ほんと何なんだろう。
 こういうかわいい瞬間や、愛しい時間を重ねて母親になっていくのかな?
 私の母も……同じように私を育ててくれたのかな……?
 
「あれ? 千尋さん、私の眼鏡を知りませんか?」
 先生の問いに私は蓮を見つめたまま答えた。 
「あ、お布団の枕元にあると思います。先生が眠っていたから……私が外しました」
 さっき眠っている先生に一方的にキスしたことを思い出して先生の顔が見れない。
「そうですか、それはありがとうございます……いやぁ、昼寝なんて久しぶりにしましたが、案外いいものですね」
 先生はそんな私にかまわずそう言いながら和室に向かった。
 よかった。
 キスしたことは、ばれていないみたい。
 なんだか、いたずらっ子になった気分だ。
 こんなに心臓に悪いことはもうやめよう。
 そう思うけど……さっきの、頬に触れただけのキスの感触を思い出すだけで自然と唇がにやけてしまう。

 私、自分から初めて男の人にキスしてしまった!!
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