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1章
9話 彼のシャツは私の涙でびしょぬれになった
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愛美さんはトシヤさんからあらかたの事情を聴いていた様でちいちゃんを問い詰めるようなことはしなかった。
「子供の名前、蓮っていうのよね……。ねえ、蓮に会わせてくれる?」
和室でもう眠りについている蓮君を愛美さんは本当にいとおしそうに見つめていた。
うん、大丈夫だね。
ちいちゃんちは大丈夫。
「お父さんとお母さんにも連絡したの、二人とも千尋と蓮が帰ってくるのを待ってる。ね、明日、私休みが取れたから一緒に長崎に帰ろう?車は、チャイルドシートが付いたものを私の家の近くのレンタカー屋さんで借りられるから、一緒に帰ろう」
ちいちゃんは答えなかった。
明日のお昼ぎりぎりまで彼を探すつもりだったのだ。ここで実家に帰ったらもう彼との未来はない。
でもちいちゃんは気が付いているはずだ。
とっくにその男との縁は切れていると。
自分の子供がお腹にいる事を知っていたのに捨てた男だ。
もしまた、一緒になってもちいちゃんと蓮君は幸せにはなれない。
「私……帰ってもいいのかな?」
ちいちゃんは絞り出すように言った。
「いいよ、いいに決まってるじゃない! ずっと、ずっとお母さんたち千尋を探していたんだよ。まさか一人で子供を産んで育てていたなんてっ……!」
愛美さんの瞳から涙があふれた。そして、ラグの上に座っているちいちゃんに覆いかぶさるようにして抱きしめた。
「千尋……頑張ったね。ホントに頑張ったね、一人で怖かったでしょう、あんなに小さい子供の命が千尋の手にかかっていたんだもんね。お父さんもお母さんもまだ若いしこれからは千尋の事を助けてあげられるよ」
「……お姉ちゃんっ……!」
ちいちゃんは愛美さんにすがってわんわん泣いた。
きっと今まで気をはってこらえていたのだろう。
我慢せずに思いっきり泣いてお姉ちゃんに甘えたらいいよ。
私も一緒に号泣した。
良かった、ちいちゃん、よかったよぉ……。
ちいちゃんと蓮君は今夜は愛美さんの家に泊まることになった。
明日はそこからレンタカーで長崎に帰るらしい。
「葵さん、本当に妹がお世話になりました。ありがとうございました」
愛美さんは綺麗にお辞儀をした。
そっか……デパガのお辞儀はこんなに丁寧なのか?
私は感情がぐちゃぐちゃでこんな時なのにそんな馬鹿なことを思った。
もうすぐ、タクシーが来る。
そろそろ、下に降りないと……。
ちいちゃんが蓮君を抱っこしている。
「葵ちゃん、ありがとう、今度ちゃんとお礼をするからね」
ちいちゃんが泣き笑いで言った。
「お礼なんていいよ、ちいちゃん、せっかく仲良くなれたのにもうお別れなんて寂しいよ……。でも、ほんとうに良かったね、蓮君と幸せになってね」
「葵ちゃん」
私は思わず蓮君ごとちいちゃんを抱きしめた。
昨日会ったばかりのちいちゃんだけど私はちいちゃんがすごく好きだ。
蓮君を一人で愛情をもって育ててきた強いちいちゃんはかっこいい。
きっとこれからも逞しく生きていける。
「葵ちゃん、大好きだよ」
ちいちゃんがそう言ってくれたのが嬉しくて私はまた泣いた。
「じゃあ、俊哉。連絡してくれて本当にありがとう……また、連絡するわ」
ちいちゃんと蓮君、愛美さんはタクシーに乗っていってしまった。
あとには私とトシヤさんが残された。
「うー、ちいちゃん、蓮君、寂しいよう……」
私はこれでも我慢していたのだ。
タクシーが見えなくなったら涙が止まらなくなった。
トシヤさんがふわっと抱きしめてくれたから、彼のシャツは私の涙でびしょぬれになった。
結局そのままトシヤさんも帰宅して土曜の夜に一人になってしまった。
ソファーに座って部屋を見渡す。
この部屋、今の私には広すぎる……。
さっきまであんなに賑やかだったのに。
ひとりがこんなに寂しいなんて知らなかった。
高校を卒業してからずっと一人で暮らしている。
大学時代に 恋人が出来たこともあったけど教職課程は本当にハードだ。
周りの学生の様には過ごせない。
勉強を頑張れば頑張るほど、いつの間にか恋人との間に出来た溝は広がっていく。
気が付くといつも、一人ぼっちになっていた。
だから、私は恋はあまりしたくない。
一緒にいる時間が楽しければ楽しいほど離れたとたんに悲しくなる。
寂しいのはごめんだ。
ああ……あんなに楽しかったのに今は火が消えたみたい。
ちいちゃんはもう寝たかな?
蓮君は泣いていないかな?
今頃久しぶりのお姉さんとの時間を楽しんでいるだろうか?
この夜、私はなかなか寝付けなかった。
次の日、目が覚めたらスマホにトシヤさんからのメッセージが入っていた。
愛美さんから連絡が来て、ちいちゃん達と無事に長崎に向けて出発したらしい、とのことだった。
葵ちゃん本当にありがとう、だって……。
私は衝動的に言葉をつづった。
後先考えずに。
『トシヤさん……スゴク寂しいです。
この家、私一人には広すぎるんです……。』
送信した後でハッとした。
こんなこと書くべきじゃなかった。
すぐに、既読になり返信が来た。
『じゃあ、一緒にいてあげるよ。
美味しいコーヒーを淹れてくれるならね』
私はあわてて取り繕う。
『すみません。
どうかしてました。
やっぱり大丈夫です』
『僕が葵ちゃんちのコーヒーが飲みたいんだ』
トシヤさんは優しい。
『でもわざわざ休みの日に面倒じゃないですか?』
『遠慮しないで、
一番通い慣れているルートだよ。
通勤定期で会いに行くよ』
通勤定期って……。
たしかに……。
たしかにそうだ。
ふふっ、なんかおかしい。
メッセージアプリで無言で会話をしていたらなんかおかしくなってきた。
……会って話せばいいのにね。
話したいことが沢山ある。
美味しいコーヒーを淹れて待っていよう。
私は『ありがとうございます』と『待っています』のスタンプを送信してから立ち上がった。
「子供の名前、蓮っていうのよね……。ねえ、蓮に会わせてくれる?」
和室でもう眠りについている蓮君を愛美さんは本当にいとおしそうに見つめていた。
うん、大丈夫だね。
ちいちゃんちは大丈夫。
「お父さんとお母さんにも連絡したの、二人とも千尋と蓮が帰ってくるのを待ってる。ね、明日、私休みが取れたから一緒に長崎に帰ろう?車は、チャイルドシートが付いたものを私の家の近くのレンタカー屋さんで借りられるから、一緒に帰ろう」
ちいちゃんは答えなかった。
明日のお昼ぎりぎりまで彼を探すつもりだったのだ。ここで実家に帰ったらもう彼との未来はない。
でもちいちゃんは気が付いているはずだ。
とっくにその男との縁は切れていると。
自分の子供がお腹にいる事を知っていたのに捨てた男だ。
もしまた、一緒になってもちいちゃんと蓮君は幸せにはなれない。
「私……帰ってもいいのかな?」
ちいちゃんは絞り出すように言った。
「いいよ、いいに決まってるじゃない! ずっと、ずっとお母さんたち千尋を探していたんだよ。まさか一人で子供を産んで育てていたなんてっ……!」
愛美さんの瞳から涙があふれた。そして、ラグの上に座っているちいちゃんに覆いかぶさるようにして抱きしめた。
「千尋……頑張ったね。ホントに頑張ったね、一人で怖かったでしょう、あんなに小さい子供の命が千尋の手にかかっていたんだもんね。お父さんもお母さんもまだ若いしこれからは千尋の事を助けてあげられるよ」
「……お姉ちゃんっ……!」
ちいちゃんは愛美さんにすがってわんわん泣いた。
きっと今まで気をはってこらえていたのだろう。
我慢せずに思いっきり泣いてお姉ちゃんに甘えたらいいよ。
私も一緒に号泣した。
良かった、ちいちゃん、よかったよぉ……。
ちいちゃんと蓮君は今夜は愛美さんの家に泊まることになった。
明日はそこからレンタカーで長崎に帰るらしい。
「葵さん、本当に妹がお世話になりました。ありがとうございました」
愛美さんは綺麗にお辞儀をした。
そっか……デパガのお辞儀はこんなに丁寧なのか?
私は感情がぐちゃぐちゃでこんな時なのにそんな馬鹿なことを思った。
もうすぐ、タクシーが来る。
そろそろ、下に降りないと……。
ちいちゃんが蓮君を抱っこしている。
「葵ちゃん、ありがとう、今度ちゃんとお礼をするからね」
ちいちゃんが泣き笑いで言った。
「お礼なんていいよ、ちいちゃん、せっかく仲良くなれたのにもうお別れなんて寂しいよ……。でも、ほんとうに良かったね、蓮君と幸せになってね」
「葵ちゃん」
私は思わず蓮君ごとちいちゃんを抱きしめた。
昨日会ったばかりのちいちゃんだけど私はちいちゃんがすごく好きだ。
蓮君を一人で愛情をもって育ててきた強いちいちゃんはかっこいい。
きっとこれからも逞しく生きていける。
「葵ちゃん、大好きだよ」
ちいちゃんがそう言ってくれたのが嬉しくて私はまた泣いた。
「じゃあ、俊哉。連絡してくれて本当にありがとう……また、連絡するわ」
ちいちゃんと蓮君、愛美さんはタクシーに乗っていってしまった。
あとには私とトシヤさんが残された。
「うー、ちいちゃん、蓮君、寂しいよう……」
私はこれでも我慢していたのだ。
タクシーが見えなくなったら涙が止まらなくなった。
トシヤさんがふわっと抱きしめてくれたから、彼のシャツは私の涙でびしょぬれになった。
結局そのままトシヤさんも帰宅して土曜の夜に一人になってしまった。
ソファーに座って部屋を見渡す。
この部屋、今の私には広すぎる……。
さっきまであんなに賑やかだったのに。
ひとりがこんなに寂しいなんて知らなかった。
高校を卒業してからずっと一人で暮らしている。
大学時代に 恋人が出来たこともあったけど教職課程は本当にハードだ。
周りの学生の様には過ごせない。
勉強を頑張れば頑張るほど、いつの間にか恋人との間に出来た溝は広がっていく。
気が付くといつも、一人ぼっちになっていた。
だから、私は恋はあまりしたくない。
一緒にいる時間が楽しければ楽しいほど離れたとたんに悲しくなる。
寂しいのはごめんだ。
ああ……あんなに楽しかったのに今は火が消えたみたい。
ちいちゃんはもう寝たかな?
蓮君は泣いていないかな?
今頃久しぶりのお姉さんとの時間を楽しんでいるだろうか?
この夜、私はなかなか寝付けなかった。
次の日、目が覚めたらスマホにトシヤさんからのメッセージが入っていた。
愛美さんから連絡が来て、ちいちゃん達と無事に長崎に向けて出発したらしい、とのことだった。
葵ちゃん本当にありがとう、だって……。
私は衝動的に言葉をつづった。
後先考えずに。
『トシヤさん……スゴク寂しいです。
この家、私一人には広すぎるんです……。』
送信した後でハッとした。
こんなこと書くべきじゃなかった。
すぐに、既読になり返信が来た。
『じゃあ、一緒にいてあげるよ。
美味しいコーヒーを淹れてくれるならね』
私はあわてて取り繕う。
『すみません。
どうかしてました。
やっぱり大丈夫です』
『僕が葵ちゃんちのコーヒーが飲みたいんだ』
トシヤさんは優しい。
『でもわざわざ休みの日に面倒じゃないですか?』
『遠慮しないで、
一番通い慣れているルートだよ。
通勤定期で会いに行くよ』
通勤定期って……。
たしかに……。
たしかにそうだ。
ふふっ、なんかおかしい。
メッセージアプリで無言で会話をしていたらなんかおかしくなってきた。
……会って話せばいいのにね。
話したいことが沢山ある。
美味しいコーヒーを淹れて待っていよう。
私は『ありがとうございます』と『待っています』のスタンプを送信してから立ち上がった。
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