Monoculus モノクルス 戦う神父と魔物の男との禁断の愛

TA-gu

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30話 剣を振るう青い神父

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ざわざわとする部隊の中にあって【神父】はやはり異質だった。

彼の周りだけが静寂に包まれているような気がする。
ボーズマンは少し離れた場所から部隊長のウォードと話をしている神父を見ていた。
ボーズマンが所属する組織は英国陸軍だ。
陸軍の中には特殊な敵に対処する部隊が存在する。
【害獣部隊】と呼ばれるその隊は、実のところ今日のように魔物である【ディアヴァル】に対処するための組織であった。

──害獣──

表向きはそう言っているが、ここで言う害獣とはディアヴァルの事に他ならない。
ディアヴァルは人の肉を喰らう。
大昔からいるが、その昔は悪魔とも呼ばれて恐れられていたそうだ。
だからこそ、過去ディアヴァルを退治するのは神の加護を受けた神父の役割であったらしい。その名残りか、今もディアヴァルを狩る者をボーズマンたちは【神父】と呼んでいる。
今の彼らは実際の神職の身ではない。ただの通称に過ぎなかった。

都市伝説のような怪物の出現は、現代情報化社会においては伝説ではなく「現実」としてすでに市民に認識されている。
その姿が初めてネットに登場した時には「よくできたコラ」などと言われていたが、被害が大きくなると皆はそれに恐れ慄いた。
人喰いの怪物など映画の中での出来事だ。そう思っていた事が現実になったからだ。
国は市民を守るため、軍に特殊部隊を創設した。怪物を駆除する専門の部隊だ。
だが害獣部隊はディアヴァルを殺す事は基本的にできない。

ディアヴァルが現れるとまず害獣部隊に出動要請がある。部隊は3交代勤務であり、どんな時でも国内であれば1時間以内に展開する事が可能だ。
部隊の使命は被害拡大の阻止。怪我人の搬送と処置、それから近隣住人の避難が最も重要な任務だ。
ディアヴァルが現れた場所を封鎖し、魔物をあぶり出し駆除できる場所まで追い込むのも大きな役割だ。
ディアヴァルをある程度囲い込むと【神父】の登場だ。部隊は神父が来るまでディアヴァルを逃さないようにその場所に足止めをする。

ディアヴァルがどこから生まれてどこから来たのか。市民の間でも色々な推察がされたが、未だに真実は闇の中だ。
だが知られている事も少しはある。
それは恐ろしい事実であるが、ディアヴァルがそもそも「人間」であったという事だ。
ディアヴァルが放つ瘴気、いわゆる毒気にあたり続けると同じ様な怪物に変異するという。変異できなかった者は、死ぬ。
だから軍の防護服を身に付けていても生きたディアヴァルには近寄る事はできない。

今や怪物は、頭と身体が切り離された状態で揃って横たわっていた。
シートが掛けられ、防護服に身を包んだ作業員がトラックに乗せるための作業をしている所だった。
死んだディアヴァルから毒は放出されないが、やはり規定で処理部隊には防護服の着用が義務付けられている。
「あれ、どうするんですか?燃やすんですかね?」
先ほど情けなく悲鳴を上げた新人の男がボーズマンに尋ねてくる。
「どこかの研究室に持ち込まれるんだとよ」
「アレを?研究しているんですか?」
「そりゃあするだろうさ」
新人の男はぞっとしたように自身の腕を抱えた。気持ちは理解できる。ボーズマンも最初は思ったことだ。

先ほどの神父はまだウォードと話をしている。
神父にはボーズマンも何度か会ったことがあるが、今日の神父は初めて見る男だった。
彼は大人しそうな若い男に見える。その顔つきは、成人しているのか疑わしいような幼さだ。
あのような怪物と戦うとはとても思えない。
ましてや一刀で殺したなんて信じられない。
公園の街灯の灯りを跳ね返して光る、蜂蜜のような色の髪のせいで甘くまろやかな印象さえ覚えた。

だが小柄ながら引き締まっている体を、上から下まで漆黒で埋め尽くしている。顔の幼さに反してシックな印象を持たせる、やや古風な衣装は「神父」に与えられる「加護」なのだそうだ。
黒い神父服は、魔物の毒を受け付けないという。
カソック風の上着だが、丈は膝あたりまでの長さで襟元はきっちりと止められており、小さな銀色のボタンが光っていた。
神父は誰もが信じられない屈強さを秘めていることを、害獣部隊の隊員たちは知っている。
軍人以上かもしれない、並外れた体力と戦闘力、俊敏性やパワー。
それぞれ個性はあるものの「神父」たちは皆、鬼神の如く覇気を纏い、強い。

彼もそうだ。腰に差した一対の剣で銃弾すら効かぬ魔物の首を斬り落とした。
いくらあの剣が「神具」だといってもそう簡単に行えるものではない。
ディアヴァルの体は例えるなら鎧を着た騎士のようなものだ。つまり彼は相当の怪力だという事だ。
硬いだけなら対処のしようもあるが、ディアヴァルに備わる驚異的な回復力でいくら傷を負わせてもまたたく間に治ってしまうため、通常の武器では殺す事はできない。
神父が持つ武器だけが、ディアヴァルを殺すことができる。
ならやはりディアヴァルは悪魔なのかもしれない。

信じがたい事だがこの悪魔の存在は、森に住む妖精などの御伽話ではなくこの近代ビルが立ち並ぶ現実社会の事実である。

今宵討伐に来た彼は、隊長であるウォードの言葉に何度か頷くとこちらを向いた。
襟元はうなじの見える短い頭髪、その長めの前髪がはらりと額にかかっている。その下の顔は穏やかだった。
薄い青い双眸に抜けるような白い肌。ぽってりとした唇に丸みのある輪郭。耳には何の素材か、銀色の輪のピアスが光った。
黒い服と揃いの革製ではない黒い手袋は、戦闘用なのか指貫きタイプだ。
彼はボーズマンと目が合うと、すっと瞳を伏せた。瞳を伏せると金色のまつ毛の長さが際立った。
ボーズマンは思わずごくりと喉を鳴らす。

こんな中性的な男が、本当にあの化け物を殺したのか?

自分の目で見ても信じられない。彼は儚くどこか寂しげで、触れると崩れる淡雪なような繊細さがあった。
だが彼は紛れもなく神父だ。

ボーズマンは過去に何人かの神父と会った事があるが、現場にかけつける神父は都度違う。
かといって神父の数は多くはない。ボーズマンが会った事のある神父は今日の彼を除いて3人しかいない。
そのうちの一人は女だった。
彼ら神職ではない神父の多くは謎に包まれている。上層部は知っているのかもしれないが、やはりボーズマンのような一般的な隊員には詳しい事はわからない。
出自であるとか、どこに帰属する組織であるのか、公的なものなのか、誰の認可を受けているのか、それすらよく知らされていない。

この小柄な若い神父は、今日一人でやって来た。
それはとてもめずらしい事だった。
神父は決まったバディを組んでいるのか大抵は2人。多い時は3、4人でやって来る。
神父が使う武器は人によって違う。女の神父はボウガンだったし、今日の神父のように刃物の場合もある。
共通するのは神父は古風な武器を好むという事ぐらいだろうか。
だが今日来た彼が、他の神父と決定的に違うのはその目にあった。

彼らは自分たちを【モノクルス】と自称している。

モノクルス。片眼鏡の古い言い方らしい。その名の通り彼らは片目を常にアイパッチで隠している。
神父服にアイパッチ。
最初に見た時はその異様な風体に度肝を抜かれたものだが、そのアイパッチの下の目を見た時はさらに驚いた。
そして、彼らがそれを隠す理由をボーズマンは理解した。
アイパッチの下の目には、色がない。虹彩も瞳孔も、白目の部分と同じく白いのだ。暗闇の中ではその白い瞳が光って見える時すらあった。
その白い瞳こそがディアヴァルを狩る【神父】の証でもある。
彼らはその特別な目で、ディアヴァルの毒気を可視化できるという。
元は人であったディアヴァルは、空腹でなければ人を襲わず、凶暴性のなりを潜めるように街の暗がりで人の姿を取っている。言葉を使えず社会性がないので市民に紛れる事はないが、その姿は一見、浮浪者や精神疾患患者のようでもあった。

彼らを見分ける事ができるのは【神父の瞳】だけだった。

モノクルスと呼ばれる彼らだけに与えられた神の特権であり、恩寵なのだそうだ。
だが、今日の男はアイパッチをせず、その瞳を持っていないのにも関わらず【神父】と呼ばれていた。

彼の両目は、南国の透き通った海のように美しい青だった。

神父の瞳を持たないのはどういう理由なのかボーズマンは知らないし、知ろうとしても多分無駄だろう。
ウォードは彼を「オニール」と呼んだ。
だからボーズマンはその神父の名前だけを知ったのだ。
「オニール」とは、アイルランド系の苗字だ。だが彼の顔つきからすると、明らかに他国の血が混在していそうだった。

「お疲れさま」

彼はボーズマンたちの横を通り過ぎる時にぽつりとそう言った。若々しい声質ながら、淡々と落ち着いたトーンだった。

ふわり、と風が揺らいだ。

ボーズマンの瞳の端に、青い風が見えたような気がした。

神父が去った方向に顔を向ける。

小さな背中は、やはり寂しそうに見えた。
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