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24話 無力な男
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そのうちにいよいよウィリアムの食事が枯渇した。
そもそも廃村だの辺境の村だのには暴ける墓自体が圧倒的に少ないのだ。村は狭く墓地は人目につきやすい。
だからといって自殺者などそうはいない。致死の疫病も近年は目立ってはない。
飢餓になると力を取り戻したウィリアムは危険だ。理性がそがれた時、彼の持つ力はあまりに大きく、ギルバートでは対処できないだろう。
ギルバートと交わる事も出来なくなったために、ウィリアムのそちらの欲求も満たされなくなっていた。やみくもに暴れたりする事はないが、毒気の制御にも苦労していて、法衣を纏った自分でさえ近くに寄れない事もあった。
喰わさねばならない事はわかっているが、生きた人間を攫ってくる訳にはいかない。
ギルバートは苛つくウィリアムを宥めて「少し待っていてくれ」と言いおいて街の墓地に向かった。ブランブルから随分離れた街までたどり着いたが、依然としてここはまだ教会の影響下にある。
墓暴きが露見すれば教会が調査に来るかもしれないが、他に手がなかった。
だが、結局は、その墓は暴けなかった。
墓守が多かったのだ。
つい数か月前、つまりウィリアムがまだ教会に捕らわれていた頃にここはディアヴァルが出たらしい。
ミラーに連れまわされていたギルバートは知る由もなかったが、ドルトンかアッシャーが退治したのだろう。
それから墓の警備は強化されていた。
ディアヴァルは新鮮な肉を好むが、極限まで飢えると腐った死肉でも喰うからだ。
何も得る事が出来ずに、街をさまよった。時刻は夜中を通り越してほとんど明け方だった。街はひっそりと静まり返って、まだ人々は夢の中だろう。
ウィリアムは最後に食事をしたのが10日も前になる。どうにかしなければと焦っていても良い案が浮かばなかった。
街の外れの門まで来た時に異変を感じた。中規模を超える街の門には、罪人がとどめ置かれる牢がある。
街道や街で罪を犯した者をそこに檻ごと吊るし、見せしめにする風習が古くからあった。
そこにしがみ付く者が一人。
中の罪人の悲鳴は聞こえないが、何をしているのか一目瞭然だった。
ウィリアムだった。
空腹に耐えかねた彼は、危険を承知でここまでやってきて、罪人を喰っていた。
「やめろ!」
ギルバートは走り寄りウィリアムを牢から引き離した。鉄製の牢の格子は曲げられ、中の罪人は首を折られて絶命していた。血だまりの中で、腕はすでになかった。
「邪魔をするな!」
ウィリアムは満たされぬままになった事に苛立ち、声を荒らげた。
「やめろ、こんな事をしたら目立ってしまう、モノクルスたちにお前の痕跡を探されると逃げきれなくなる!」
「・・・じゃあお前が、人を連れて来いよ!くそっ、喰わなきゃ、俺は、また!」
ウィリアムはギルバートの腕を振り払い飛び退く。彼は飢餓による理性の喪失を何よりも恐れていた。
2人で居るのに、触れ合えない。
彼が理性を失えば、一緒にいるギルバートの死に繋がる。
物理的な距離で感じる寂しさは、いくら愛していると声に出しても埋められない壁を二人の間に作っていた。
今だってギルバートとウィリアムはお互いが精一杯腕を伸ばしても手が届かぬほど離れている。
ふたりが安全のために暗黙に取っているその距離は、実際の距離よりもずっと遠く2人を隔てていた。
「無理だ!お前には、無理だろ?おれは、こんな事ならお前といるんじゃなかった。もう無理だ、ダメだ、お前は倫理の中にいるのがお似合いだ。お前は人間なんだ、だから、、もう」
苦しげなウィリアムの叫びを聞き、ギルバートは悟った。自分がモノクルスとしての立場を捨てたようには、彼は魔物としての性を捨てる事はできない。
性質が、根本が違う。彼はディアヴァルだ。それは決して変わることのない事実だ。寂しくても、悲しくても決断を後悔しても、決して後戻りできぬ道だった。
そしてギルバートは人の範疇から出る事など敵わない。だって自分は悲しい程に無力な人間だから。
どうあってもウィリアムの全てを受け止め切れてやれない、そのもどかしさ。
ウィリアムを納得させるだけの言葉も、行動も、ギルバートは与えてやることができないのだ。
「人は人へ、帰れ。ギルバート・ホーガン」
ウィリアムは言い放って地を蹴った。高く舞い上がる彼の体は、あっと言う間に森の中に消えていった。
取り残されたのは、無力な男だった。
ギルバートはがっくりとその場に膝を付く。
瞳から熱いものが噴出して、それが悲しみであるのか痛みであるのか、わからないままギルバートはただ涙を流した。
無残な事に、それでも確かにギルバートは彼を愛していた。愛している、今も。
それだけが心の中にずっしりとあって、ギルバートは途方に暮れたままウィリアムが消えた森をただぼんやりと見ているしかできなかった。
そもそも廃村だの辺境の村だのには暴ける墓自体が圧倒的に少ないのだ。村は狭く墓地は人目につきやすい。
だからといって自殺者などそうはいない。致死の疫病も近年は目立ってはない。
飢餓になると力を取り戻したウィリアムは危険だ。理性がそがれた時、彼の持つ力はあまりに大きく、ギルバートでは対処できないだろう。
ギルバートと交わる事も出来なくなったために、ウィリアムのそちらの欲求も満たされなくなっていた。やみくもに暴れたりする事はないが、毒気の制御にも苦労していて、法衣を纏った自分でさえ近くに寄れない事もあった。
喰わさねばならない事はわかっているが、生きた人間を攫ってくる訳にはいかない。
ギルバートは苛つくウィリアムを宥めて「少し待っていてくれ」と言いおいて街の墓地に向かった。ブランブルから随分離れた街までたどり着いたが、依然としてここはまだ教会の影響下にある。
墓暴きが露見すれば教会が調査に来るかもしれないが、他に手がなかった。
だが、結局は、その墓は暴けなかった。
墓守が多かったのだ。
つい数か月前、つまりウィリアムがまだ教会に捕らわれていた頃にここはディアヴァルが出たらしい。
ミラーに連れまわされていたギルバートは知る由もなかったが、ドルトンかアッシャーが退治したのだろう。
それから墓の警備は強化されていた。
ディアヴァルは新鮮な肉を好むが、極限まで飢えると腐った死肉でも喰うからだ。
何も得る事が出来ずに、街をさまよった。時刻は夜中を通り越してほとんど明け方だった。街はひっそりと静まり返って、まだ人々は夢の中だろう。
ウィリアムは最後に食事をしたのが10日も前になる。どうにかしなければと焦っていても良い案が浮かばなかった。
街の外れの門まで来た時に異変を感じた。中規模を超える街の門には、罪人がとどめ置かれる牢がある。
街道や街で罪を犯した者をそこに檻ごと吊るし、見せしめにする風習が古くからあった。
そこにしがみ付く者が一人。
中の罪人の悲鳴は聞こえないが、何をしているのか一目瞭然だった。
ウィリアムだった。
空腹に耐えかねた彼は、危険を承知でここまでやってきて、罪人を喰っていた。
「やめろ!」
ギルバートは走り寄りウィリアムを牢から引き離した。鉄製の牢の格子は曲げられ、中の罪人は首を折られて絶命していた。血だまりの中で、腕はすでになかった。
「邪魔をするな!」
ウィリアムは満たされぬままになった事に苛立ち、声を荒らげた。
「やめろ、こんな事をしたら目立ってしまう、モノクルスたちにお前の痕跡を探されると逃げきれなくなる!」
「・・・じゃあお前が、人を連れて来いよ!くそっ、喰わなきゃ、俺は、また!」
ウィリアムはギルバートの腕を振り払い飛び退く。彼は飢餓による理性の喪失を何よりも恐れていた。
2人で居るのに、触れ合えない。
彼が理性を失えば、一緒にいるギルバートの死に繋がる。
物理的な距離で感じる寂しさは、いくら愛していると声に出しても埋められない壁を二人の間に作っていた。
今だってギルバートとウィリアムはお互いが精一杯腕を伸ばしても手が届かぬほど離れている。
ふたりが安全のために暗黙に取っているその距離は、実際の距離よりもずっと遠く2人を隔てていた。
「無理だ!お前には、無理だろ?おれは、こんな事ならお前といるんじゃなかった。もう無理だ、ダメだ、お前は倫理の中にいるのがお似合いだ。お前は人間なんだ、だから、、もう」
苦しげなウィリアムの叫びを聞き、ギルバートは悟った。自分がモノクルスとしての立場を捨てたようには、彼は魔物としての性を捨てる事はできない。
性質が、根本が違う。彼はディアヴァルだ。それは決して変わることのない事実だ。寂しくても、悲しくても決断を後悔しても、決して後戻りできぬ道だった。
そしてギルバートは人の範疇から出る事など敵わない。だって自分は悲しい程に無力な人間だから。
どうあってもウィリアムの全てを受け止め切れてやれない、そのもどかしさ。
ウィリアムを納得させるだけの言葉も、行動も、ギルバートは与えてやることができないのだ。
「人は人へ、帰れ。ギルバート・ホーガン」
ウィリアムは言い放って地を蹴った。高く舞い上がる彼の体は、あっと言う間に森の中に消えていった。
取り残されたのは、無力な男だった。
ギルバートはがっくりとその場に膝を付く。
瞳から熱いものが噴出して、それが悲しみであるのか痛みであるのか、わからないままギルバートはただ涙を流した。
無残な事に、それでも確かにギルバートは彼を愛していた。愛している、今も。
それだけが心の中にずっしりとあって、ギルバートは途方に暮れたままウィリアムが消えた森をただぼんやりと見ているしかできなかった。
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