『公爵令嬢には、見えざるものが見える。話せる。殴れる。 話が通じないなら、へなへなぱーんち!』

しおしお

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第27話 逃げた両親

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第27話 逃げた両親

使用人たちが集められたのは、
かつて応接間だった部屋だった。

今は――
椅子は欠け、
テーブルには傷が走り、
窓際のカーテンは裂けている。

それでも、
彼らはここに集まった。

「……説明いたします」

執事が、
深く頭を下げたまま、
口を開く。

「旦那様と奥様は――
三日前、
屋敷を離れられました」

アヴァンシアは、
何も言わなかった。

(……やはり)

驚きは、
なかった。

執事が続ける。

「最初は、
“別邸へ向かう”と……」

「しかし、
その後の連絡はなく」

「私どもが知る限り、
戻る予定も……」

言葉が、
自然と途切れる。

使用人の一人が、
声を震わせて言った。

「……夜でした」

「屋敷の中が、
急に騒がしくなって」

「何かが、
廊下を走り回って……」

別の者が、
続ける。

「旦那様は、
“こんな家に
住めるか”と……」

「奥様は、
“呪われている”と……」

それ以上、
言葉は要らなかった。

『……置いてったんだ』

見えざる者が、
低く呟く。

「……ええ」

アヴァンシアは、
ゆっくりと頷いた。

(逃げたのですね)

(自分たちだけ)

その事実は、
胸に刺さらなかった。

むしろ――
静かに、
整理された。

「……執事」

視線を向ける。

「皆さんは、
なぜ残ったのです?」

問いは、
責めるものではない。

ただの確認だ。

執事は、
少しだけ背筋を伸ばした。

「……ここが、
私どもの仕事場だからでございます」

「そして……」

一瞬、
言葉を探す。

「……お嬢様が、
戻られる可能性を
捨てられなかった」

その言葉に、
使用人たちが
小さく頷いた。

アヴァンシアは、
目を伏せた。

(……期待、ですか)

重い言葉だ。

けれど――
拒む理由は、
なかった。

神官が、
苛立ったように口を挟む。

「……つまり、
依頼主は不在か」

「それでは――」

アヴァンシアは、
静かに首を振った。

「いいえ」

視線を上げる。

「ここにいる方々が、
依頼主です」

神官は、
言葉を失う。

「住み込みの使用人が、
逃げられずに残り」

「屋敷は荒れ」

「悪意あるものが、
好き放題している」

淡々と告げる。

「――十分、
依頼の理由になります」

『……言うね』

「……事実ですもの」

アヴァンシアは、
屋敷の奥へ
視線を向けた。

(そして)

(最大の問題は、
まだ――
ここにある)

「……もう一つ、
確認したいことがあります」

執事が、
息を呑む。

「屋敷を守っていた
“あの存在”を、
最後に見たのは
いつです?」

その瞬間、
空気が
変わった。

使用人たちが、
顔を見合わせる。

「……」

沈黙。

それが、
答えだった。

『……完全に、
いなくなってる』

「……ええ」

アヴァンシアは、
静かに目を閉じた。

(逃げたのではない)

(……追い出されたか)

(あるいは――
耐えられなかった)

家を守る者が消えた家。

それは、
“殻”に
等しい。

彼女は、
目を開く。

「……わかりました」

「まずは、
この屋敷を
落ち着かせましょう」

それは、
命令ではない。

約束でもない。

宣言だった。

使用人たちは、
その声に
わずかな希望を見た。

そして――
見えざる者たちは、
彼女の背後で
静かに集まり始めていた。


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