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第8話 王太子、余裕の待機から即・迷子へ
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第8話 王太子、余裕の待機から即・迷子へ
無限魔導図書館・受付フロア。
王国の頭脳とも呼ばれる場所の正面には、荘厳な魔導扉が鎮座している。
その前で――王太子アクトロスは、やけに余裕そうな顔で腕を組んでいた。
(まあ、あの様子なら……三分だな)
先ほど、勢い任せに「責任を取ります!」と宣言して突入していった新聖女サヴィ。
アクトロスの脳裏には、すぐに泣きながら戻ってくる未来図が描かれていた。
「どうせすぐ戻ってくる」
自信満々に鼻を鳴らす。
「あのサヴィのことだ、三分もすれば『こわかったです~!』と泣きついてくるに違いない」
扉の前で仁王立ちし、
「困ったな、まったく。仕方のない婚約者だ」
などと、優雅に言ってみせる自分の姿まで想像する。
……そのイメージだけなら、実に王太子らしい絵面である。
受付にいた魔術師たちは、遠巻きにその様子を見守りながら、
小声でひそひそと囁き合っていた。
「殿下、ずいぶん余裕ですな……」
「中がどれだけ危険か、ご存じないのか……?」
「いや、だからこそああしていられるのかもしれん……」
当のアクトロス本人は、そんな囁きなど耳に入っていない。
彼はただ、扉をちらりと見ては、ふんと鼻を鳴らしていた。
三分経過。
(そろそろだな……)
アクトロスは、わざとらしく肩を回し始める。
いつ扉が開いてもいいように、
「困ったな、しかしよく頑張った」と温かい言葉をかける準備も万端だ。
――扉は、ぴくりとも動かなかった。
十分経過。
「……うむ。迷路の構造を確認しているのだろう」
やや不安になりつつも、そう自分に言い聞かせる。
魔術師のひとりが、おそるおそる口を開いた。
「あの、殿下。聖女様、なかなか戻られませんが……」
「慌てるな。聖女ともあろう者が、十数分で泣きついて戻るわけがないだろう」
(……さすがに長くないか?)
内心のざわつきを、なんとか表情筋で押さえ込む。
三十分経過。
受付の空気が、妙に重くなってきた。
魔術師たちの間には、
「これは本当に大丈夫なのか」という不安が、じわりじわりと浸透し始めている。
アクトロスは、ついに小さく呟いた。
「……少々、遅いな」
隣に控えていた騎士が、気まずそうに咳払いする。
「殿下、その……無限魔導図書館は、司書の制御なしでは極めて危険と聞きます。
中に入られたサヴィ様も、もしかすると――」
「サヴィは聖女だぞ!」
アクトロスは、勢いよく言い返す。
「聖女が、図書館ごときで迷子になるものか!」
魔術師たち(※口には出さない)
(いや、その“図書館ごとき”がいま問題なんですが……)
(魔王城に単身突撃するよりよほど危険なのでは……)
一時間経過。
「…………」
さすがのアクトロスも、眉間の皺が深くなってきた。
何度目かの深いため息のあと、ぽつりと漏らす。
「……遅い」
魔術師たちが一斉に視線をそらす。
誰も「はい」とも「いいえ」とも言えない。
「まさか、本当に迷子になったのか……?」
アクトロスは、扉を睨みつけた。
「司書なのに……!」
受付の魔術師が、さらに気まずそうに視線を逸らした。
(殿下……あの方、一日も司書教育を受けておられません……)
(サヴィ様の司書スキルは、ほぼ“ゼロ”からのスタートで……)
(図書館からすれば、“一般人”に近いのですが……)
誰も、それを口に出せなかった。
二時間経過。
我慢の限界は、唐突にやってきた。
「……もう、待っておれん!!」
アクトロスは勢いよく立ち上がり、マントを翻した。
「私が助けに行く!!」
その宣言自体は、王太子として非常に立派である。
そこだけ切り取れば、英雄譚の一場面にもなり得た。
魔術師の一人が慌てて止めに入ろうとする。
「で、殿下! しかし館内は――」
「黙れ! 婚約者を危険に晒したまま、王太子が外で腕を組んでいるなど……!」
自分で言って、胸がずきりと痛む。
実際、二時間ほど腕を組んでいたからだ。
「……行かねばならんだろう!」
アクトロスはそのまま、蔵書室へと続く扉を初めて押し開いた。
背後で魔術師たちは揃って頭を抱える。
「殿下まで行方不明になったら、我々どうすれば……」
「誰かひとりくらいは止めるべきだったのでは……?」
「あなたが行ってきてください」
「嫌です」
「ですよね」
王国の頭脳たちは、口だけはよく回るのであった。
◆
一方その頃――。
図書館の深部で、サヴィは文字どおり“迷子の聖女”と化していた。
「みなさーーん!!」
がらんと響く通路に、甲高い声が飛ぶ。
「どこですかーー!?
行方不明の方々ー! 返事してくださーーい!!
ついでにソラーラさまもーー!!」
返事はない。
あるのは、薄暗い静寂と、無数の背表紙だけ。
「ううう……なんでこんなに薄暗いのよ!」
サヴィはぶるりと肩を震わせた。
「っていうか、窓がない!?
図書館って、普通窓があるでしょう!?
日当たりとか、風通しとか、そういうの大事じゃないんですか!?」
もちろん、サヴィは知らない。
本というものは、直射日光と湿度変化に弱く、
貴重な魔導書を保護するために、窓をなくすのは常識である――ということを。
「……これは確定しましたね」
サヴィは腕を組み、勝手に結論を出した。
「欠陥建築です!!」
誰もいないのに、本気でドヤ顔である。
「行方不明者を助け出したら、絶対に言いましょう。
『明るい窓をつけなさい! ガラス張りのサンルーム読書室を作りなさい!』って!」
彼女の頭の中には、陽光の差し込むガラス張りの部屋で、
優雅に紅茶を飲みつつ本を読む自分の姿が浮かんでいた。
「はぁぁ……素敵だわ……」
妄想によって、さっきまで青ざめていた顔色が、
ふわりと明るくなっていく。
――その瞬間。
もそ……もそり……
どこか、通路の奥で影が揺れた。
背の高い書架の列の向こう、何かがゆっくりと動いている。
「……遭難者の方!?」
サヴィはぱっと顔を上げた。
「大丈夫ですか!? 助けに来ました、聖女サヴィです!!」
スカートをつまみ、パタパタと駆け寄ろうとしたその瞬間――
ガガガガガガッ!!
轟音とともに、巨大な本棚が横滑りし、
まるで壁のようにサヴィの目前に迫ってきた。
「えっ」
至近距離で見る本棚は、もはや“家具”というより“巨大構造物”である。
きしむ木材の音、背表紙が擦れ合うざわめき、
棚の隙間から漏れる魔力の気配。
「ほ、本棚が……動いてる!?」
視界いっぱいに迫る本棚に、サヴィの顔から血の気が引いた。
「きゃああああああああああああああ!!!」
図書館全体に、肺活量だけは立派な絶叫が響き渡る。
「出たぁぁぁぁぁ!! 本怪よぉぉぉぉ!!
家具が自力で動くなんて、もはや怪異の域ですーーー!!」
本怪(ほんかい)という謎の新種モンスターの名が、その場で誕生した。
◆
その頃、蔵書室に足を踏み入れたばかりのアクトロスの耳にも、
サヴィの悲鳴はしっかり届いていた。
「サヴィの声!?」
アクトロスはビクリと肩を跳ねさせる。
「やはり危険ではないか! まったくあの女は!!」
そう叫びながらも、足は自然と駆け出していた。
「ま、待っていろ!! 今行く!!」
勢いよく、通路の奥へと走り出す。
――が。
数歩、十数歩と全力で駆けたところで。
ギギ……ギギギギ……
嫌な音を立てて、周囲の棚が動き始めた。
「む?」
ほんの一瞬、足を止めた隙に、通路がねじれる。
さっきまで真正面にあったはずの棚が、いつの間にか斜めにせり出し、
床の目印模様も、どこかおかしい。
「……ん? 同じ方向に進んでいる、はずだが……」
違和感を覚えて振り返ったアクトロスは――固まった。
入ってきた扉が、消えていた。
あるのは、見覚えのない書棚の壁だけ。
「な……」
喉がひゅっと鳴る。
「な、な、なんだこれは!? どこだここは!!?」
右を見ても本棚。左を見ても本棚。
少し歩けば、書架、書架、書架。
見渡す限り、本、本、本。
それは確かに“知識の宮殿”なのだろうが、
今のアクトロスにとっては、ただの“木でできた巨大な監獄”にしか見えなかった。
棚は、彼の動きに合わせるように、
ゆっくりと位置を変え続けている。
通路は分岐し、曲がり角が増え、
足音は、厚い本の背表紙に吸い込まれるように、遠く、遠くへ消えていく。
「サヴィーー!!」
アクトロスは必死に声を張り上げた。
「返事をしてくれーーー!!」
返事はない。
遠くで、別の棚が動く音だけが、低く響いている。
「ま、まさか……」
額に冷や汗が流れる。
「入室して、三分で迷子か……!? あり得ん……!」
(私は王太子だぞ……!)
心の中で叫んでも、現実は何も変わらない。
むしろ図書館は、そんな彼のプライドなど意に介さぬとばかりに、
さらに棚を動かし、通路を細く、暗くしていく。
ギギギギ……ッ。
「ひ、ひぃっ!?」
間近までせり出してきた本棚に、アクトロスは思わず後ずさった。
「こ、こんな……こんな死地に、ソラーラを放り込んでいたのか、私は……!?」
思えば、ソラーラは毎日、笑顔でこの中を歩き回っていた。
迷子になった魔術師を案内し、
古い本を修復し、
ときには棚の動きさえ諌めるように、軽く叩いていた。
(あいつは、こんな場所で……毎日……?)
今さらながらに、胃のあたりがきりきりと痛み出す。
――プライドは、音を立てて粉砕された。
王太子としての威厳も、
「図書館ごとき」という軽い認識も、
すべてこの迷宮の中で、静かに、そして確実に崩れ落ちていくのだった。
無限魔導図書館・受付フロア。
王国の頭脳とも呼ばれる場所の正面には、荘厳な魔導扉が鎮座している。
その前で――王太子アクトロスは、やけに余裕そうな顔で腕を組んでいた。
(まあ、あの様子なら……三分だな)
先ほど、勢い任せに「責任を取ります!」と宣言して突入していった新聖女サヴィ。
アクトロスの脳裏には、すぐに泣きながら戻ってくる未来図が描かれていた。
「どうせすぐ戻ってくる」
自信満々に鼻を鳴らす。
「あのサヴィのことだ、三分もすれば『こわかったです~!』と泣きついてくるに違いない」
扉の前で仁王立ちし、
「困ったな、まったく。仕方のない婚約者だ」
などと、優雅に言ってみせる自分の姿まで想像する。
……そのイメージだけなら、実に王太子らしい絵面である。
受付にいた魔術師たちは、遠巻きにその様子を見守りながら、
小声でひそひそと囁き合っていた。
「殿下、ずいぶん余裕ですな……」
「中がどれだけ危険か、ご存じないのか……?」
「いや、だからこそああしていられるのかもしれん……」
当のアクトロス本人は、そんな囁きなど耳に入っていない。
彼はただ、扉をちらりと見ては、ふんと鼻を鳴らしていた。
三分経過。
(そろそろだな……)
アクトロスは、わざとらしく肩を回し始める。
いつ扉が開いてもいいように、
「困ったな、しかしよく頑張った」と温かい言葉をかける準備も万端だ。
――扉は、ぴくりとも動かなかった。
十分経過。
「……うむ。迷路の構造を確認しているのだろう」
やや不安になりつつも、そう自分に言い聞かせる。
魔術師のひとりが、おそるおそる口を開いた。
「あの、殿下。聖女様、なかなか戻られませんが……」
「慌てるな。聖女ともあろう者が、十数分で泣きついて戻るわけがないだろう」
(……さすがに長くないか?)
内心のざわつきを、なんとか表情筋で押さえ込む。
三十分経過。
受付の空気が、妙に重くなってきた。
魔術師たちの間には、
「これは本当に大丈夫なのか」という不安が、じわりじわりと浸透し始めている。
アクトロスは、ついに小さく呟いた。
「……少々、遅いな」
隣に控えていた騎士が、気まずそうに咳払いする。
「殿下、その……無限魔導図書館は、司書の制御なしでは極めて危険と聞きます。
中に入られたサヴィ様も、もしかすると――」
「サヴィは聖女だぞ!」
アクトロスは、勢いよく言い返す。
「聖女が、図書館ごときで迷子になるものか!」
魔術師たち(※口には出さない)
(いや、その“図書館ごとき”がいま問題なんですが……)
(魔王城に単身突撃するよりよほど危険なのでは……)
一時間経過。
「…………」
さすがのアクトロスも、眉間の皺が深くなってきた。
何度目かの深いため息のあと、ぽつりと漏らす。
「……遅い」
魔術師たちが一斉に視線をそらす。
誰も「はい」とも「いいえ」とも言えない。
「まさか、本当に迷子になったのか……?」
アクトロスは、扉を睨みつけた。
「司書なのに……!」
受付の魔術師が、さらに気まずそうに視線を逸らした。
(殿下……あの方、一日も司書教育を受けておられません……)
(サヴィ様の司書スキルは、ほぼ“ゼロ”からのスタートで……)
(図書館からすれば、“一般人”に近いのですが……)
誰も、それを口に出せなかった。
二時間経過。
我慢の限界は、唐突にやってきた。
「……もう、待っておれん!!」
アクトロスは勢いよく立ち上がり、マントを翻した。
「私が助けに行く!!」
その宣言自体は、王太子として非常に立派である。
そこだけ切り取れば、英雄譚の一場面にもなり得た。
魔術師の一人が慌てて止めに入ろうとする。
「で、殿下! しかし館内は――」
「黙れ! 婚約者を危険に晒したまま、王太子が外で腕を組んでいるなど……!」
自分で言って、胸がずきりと痛む。
実際、二時間ほど腕を組んでいたからだ。
「……行かねばならんだろう!」
アクトロスはそのまま、蔵書室へと続く扉を初めて押し開いた。
背後で魔術師たちは揃って頭を抱える。
「殿下まで行方不明になったら、我々どうすれば……」
「誰かひとりくらいは止めるべきだったのでは……?」
「あなたが行ってきてください」
「嫌です」
「ですよね」
王国の頭脳たちは、口だけはよく回るのであった。
◆
一方その頃――。
図書館の深部で、サヴィは文字どおり“迷子の聖女”と化していた。
「みなさーーん!!」
がらんと響く通路に、甲高い声が飛ぶ。
「どこですかーー!?
行方不明の方々ー! 返事してくださーーい!!
ついでにソラーラさまもーー!!」
返事はない。
あるのは、薄暗い静寂と、無数の背表紙だけ。
「ううう……なんでこんなに薄暗いのよ!」
サヴィはぶるりと肩を震わせた。
「っていうか、窓がない!?
図書館って、普通窓があるでしょう!?
日当たりとか、風通しとか、そういうの大事じゃないんですか!?」
もちろん、サヴィは知らない。
本というものは、直射日光と湿度変化に弱く、
貴重な魔導書を保護するために、窓をなくすのは常識である――ということを。
「……これは確定しましたね」
サヴィは腕を組み、勝手に結論を出した。
「欠陥建築です!!」
誰もいないのに、本気でドヤ顔である。
「行方不明者を助け出したら、絶対に言いましょう。
『明るい窓をつけなさい! ガラス張りのサンルーム読書室を作りなさい!』って!」
彼女の頭の中には、陽光の差し込むガラス張りの部屋で、
優雅に紅茶を飲みつつ本を読む自分の姿が浮かんでいた。
「はぁぁ……素敵だわ……」
妄想によって、さっきまで青ざめていた顔色が、
ふわりと明るくなっていく。
――その瞬間。
もそ……もそり……
どこか、通路の奥で影が揺れた。
背の高い書架の列の向こう、何かがゆっくりと動いている。
「……遭難者の方!?」
サヴィはぱっと顔を上げた。
「大丈夫ですか!? 助けに来ました、聖女サヴィです!!」
スカートをつまみ、パタパタと駆け寄ろうとしたその瞬間――
ガガガガガガッ!!
轟音とともに、巨大な本棚が横滑りし、
まるで壁のようにサヴィの目前に迫ってきた。
「えっ」
至近距離で見る本棚は、もはや“家具”というより“巨大構造物”である。
きしむ木材の音、背表紙が擦れ合うざわめき、
棚の隙間から漏れる魔力の気配。
「ほ、本棚が……動いてる!?」
視界いっぱいに迫る本棚に、サヴィの顔から血の気が引いた。
「きゃああああああああああああああ!!!」
図書館全体に、肺活量だけは立派な絶叫が響き渡る。
「出たぁぁぁぁぁ!! 本怪よぉぉぉぉ!!
家具が自力で動くなんて、もはや怪異の域ですーーー!!」
本怪(ほんかい)という謎の新種モンスターの名が、その場で誕生した。
◆
その頃、蔵書室に足を踏み入れたばかりのアクトロスの耳にも、
サヴィの悲鳴はしっかり届いていた。
「サヴィの声!?」
アクトロスはビクリと肩を跳ねさせる。
「やはり危険ではないか! まったくあの女は!!」
そう叫びながらも、足は自然と駆け出していた。
「ま、待っていろ!! 今行く!!」
勢いよく、通路の奥へと走り出す。
――が。
数歩、十数歩と全力で駆けたところで。
ギギ……ギギギギ……
嫌な音を立てて、周囲の棚が動き始めた。
「む?」
ほんの一瞬、足を止めた隙に、通路がねじれる。
さっきまで真正面にあったはずの棚が、いつの間にか斜めにせり出し、
床の目印模様も、どこかおかしい。
「……ん? 同じ方向に進んでいる、はずだが……」
違和感を覚えて振り返ったアクトロスは――固まった。
入ってきた扉が、消えていた。
あるのは、見覚えのない書棚の壁だけ。
「な……」
喉がひゅっと鳴る。
「な、な、なんだこれは!? どこだここは!!?」
右を見ても本棚。左を見ても本棚。
少し歩けば、書架、書架、書架。
見渡す限り、本、本、本。
それは確かに“知識の宮殿”なのだろうが、
今のアクトロスにとっては、ただの“木でできた巨大な監獄”にしか見えなかった。
棚は、彼の動きに合わせるように、
ゆっくりと位置を変え続けている。
通路は分岐し、曲がり角が増え、
足音は、厚い本の背表紙に吸い込まれるように、遠く、遠くへ消えていく。
「サヴィーー!!」
アクトロスは必死に声を張り上げた。
「返事をしてくれーーー!!」
返事はない。
遠くで、別の棚が動く音だけが、低く響いている。
「ま、まさか……」
額に冷や汗が流れる。
「入室して、三分で迷子か……!? あり得ん……!」
(私は王太子だぞ……!)
心の中で叫んでも、現実は何も変わらない。
むしろ図書館は、そんな彼のプライドなど意に介さぬとばかりに、
さらに棚を動かし、通路を細く、暗くしていく。
ギギギギ……ッ。
「ひ、ひぃっ!?」
間近までせり出してきた本棚に、アクトロスは思わず後ずさった。
「こ、こんな……こんな死地に、ソラーラを放り込んでいたのか、私は……!?」
思えば、ソラーラは毎日、笑顔でこの中を歩き回っていた。
迷子になった魔術師を案内し、
古い本を修復し、
ときには棚の動きさえ諌めるように、軽く叩いていた。
(あいつは、こんな場所で……毎日……?)
今さらながらに、胃のあたりがきりきりと痛み出す。
――プライドは、音を立てて粉砕された。
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