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第15話 干からびた王太子、図書館奥地にて発見される
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第15話 干からびた王太子、図書館奥地にて発見される
無限魔導図書館・開館前。
いつものように、ソラーラは受付カウンターの上に書類をきっちりと並べ、
魔導端末の起動確認をしながら、ふと首をかしげた。
「そういえば最近、殿下のお姿が見えませんわね」
魔力残量のグラフを確認しつつ、さらっと物騒なことを言う。
「サヴィ様、何かご存じです?」
カウンターの反対側では、サヴィが“司書見習い用”のマニュアル冊子を前に、
ペンをくるくる回しながら座っていた。
「え? いいえ、存じませんわ」
サヴィは小首を傾げて、素直に答える。
「……そもそも、殿下って図書館に来るタイプでしたっけ?」
「来ましたわよ。無駄に胸を張って、騒がしく」
「まあ……そうでしたわね」
サヴィは軽く流したが――サヴィは知らない。
あの日。
行方不明になった魔術師たちを探すため、
サヴィが勢いよく蔵書室へ突入し、そのまま戻らなくなった“あの日”のことを。
◆
――時間は少しだけさかのぼる。
サヴィが無限魔導図書館の奥へ消えていった直後。
受付フロアには、腕を組んで扉の前に立つアクトロス王太子の姿があった。
「どうせ、すぐ泣きながら戻ってくる」
自信満々の顔である。
「“こわかったですぅ”とか言いながら、私の胸に飛び込んでくるに決まっている」
……と、なぜか勝手にイベントシーンを妄想していた。
三分経過。
「…………」
アクトロスは、まだ余裕の笑みを浮かべていた。
「ふむ。多少は苦戦しているようだな。
いいだろう、試練というものは必要だからな」
十分経過。
「…………おかしいな?」
片眉がぴくりと動く。
「ははーん。さては、私を心配させるつもりだな、サヴィ」
なぜか相手のせいにした。
三十分経過。
さすがに受付にいた魔術師たちが、互いに顔を見合わせ始める。
「……王太子殿下。
そろそろ、捜索隊を――」
「い、いらん!」
アクトロスは勢いよく遮った。
「私の婚約者だぞ? あれしきで迷子になるはずが――」
言いかけて、脳裏によみがえるサヴィの姿。
(暗いのやだぁぁぁ! 本棚こわいぃぃ!)
――過去の名言の数々。
アクトロス 「…………」
(……なるのでは? 普通に)
一時間後。
「……遅い」
さすがのアクトロスも顔色が悪くなっていた。
「こ、これはさすがにおかしい……!
まさか、本当に迷子になったのか……!? 司書なのに……!」
受付の魔術師が、気まずそうに横を向いた。
(……そもそも、司書になったのが間違いなのでは……)
心の声は、誰も口には出さない。
アクトロスはついに堪えきれず、拳を握りしめた。
「くそっ!! もう待っておれん!!」
バンッとカウンターを叩き、胸を張って宣言する。
「私が助けに行く!!」
そして、そのまま勢いよく蔵書室の扉へと消えていった。
――それが、彼の最後の“元気な姿”である。
◆
現在。
……そして、その後。
サヴィも戻り、迷子たちも戻り、
図書館の迷宮化もソラーラの復帰で収束しつつあるというのに。
――アクトロスだけが、なぜか戻ってきていない。
という事実に、王宮中が気づくまでに、さらに数日を要した。
(存在感の方向性って、大事ですわね……)
ソラーラは、報告書の束を思い出しながら、心の中だけで小さくため息をつく。
◆
その日の閉館後。
来館者の数と退館者の数がきちんと一致していることを確認し、
ソラーラは受付の明かりを少し落とした。
「では、今日は館内の損耗確認をしてまいります。
サヴィ様は、貸し出し記録の整理をお願いできますか?」
「は、はいっ、お姉様!」
サヴィが勢いよく返事をするのを見届けてから、
ソラーラはランタンを片手に、ひとり静かな書架の森へと歩み出す。
薄暗い通路。
誰もいない館内では、書物の紙がこすれる、かすかな音がやけに大きく響く。
(……目録の更新に合わせて棚の移動が多かったせいか、
この辺りの魔力の循環が少し乱れていますわね)
ソラーラは書架に指先を触れ、流れる魔力の具合を確かめる。
「……後日、魔力制御陣を再調整しないと」
などと職務熱心なことを考えながら、
静かな通路を進んでいた、その時だった。
ふ、と視界の端で“何か”が横たわっているのが見えた。
(……また迷子ですの? でも今日は入館者数と退館者数、
ぴったり一致したはずですが)
首をかしげながら近づき、ランタンの光を向ける。
そこには――
「…………?」
床に倒れている、細く痩せた人影。
豪奢だったはずのシャツはシワだらけ、
上着はどこかで引っかけたのか破れ、
髪はぼさぼさ。
顔色は土のようで、唇はひび割れている。
(……誰ですの、この砂漠から帰還できなかった旅人のような方は)
ソラーラはランタンをさらに近づけ、その顔を照らした。
光が額、頬、唇を順に照らし――
「…………殿下?」
声が、ひときわ低く落ちた。
王太子アクトロス。
紛れもなく、彼だった。
「……本当に、殿下?」
ソラーラは思わず二度目をこする。
しかしどう見ても本人である。
(……同姓同名のそっくりさん、という可能性も……)
と、一瞬だけ現実逃避をしかけたが、
この状況でそんな可能性を考えるのはむしろ現実逃避だった。
ソラーラは、震える指先で彼の肩を軽く揺らす。
「殿下!? 殿下、お分かりになりますか?
こんなところで何をなさって……」
と、言いかけて、冷静に状況を見つめ直す。
「いえ、その前に――干からびてますわよ!!」
ほとんどつっこみに近い悲鳴になった。
アクトロスのまぶたが、かすかにぴくりと動く。
「……み、水……」
かすれた声。
(……まだ生きてたの?)
心の声が、危うくそのまま口から出そうになり、
ソラーラは慌てて咳払いでごまかした。
「しっかりなさってくださいませ。
ここは無限魔導図書館の――どの辺りでしょうね、ここ」
「……通路が……動く……」
アクトロスは虚ろな目で、天井を見つめたまま呟く。
「出口が……ない……。
ずっと……回って……元の場所に……戻れん……」
「殿下、それは図書館です。昔からそういう仕様です」
ソラーラは即答した。
「動くと知って入られたのでは?」
「知るかぁ……!」
魂だけが元気なのか、気力だけで怒鳴ってみせるが――
「……ぐふッ」
すぐに力尽きて、また床にぺたりと沈み込んだ。
ソラーラは肩をすくめる。
「……サヴィ様より迷子スキルが高いのではなくて?」
呟きは、書架に吸い込まれていった。
とはいえ、このまま放置すれば本当に“伝説のミイラ王太子”になってしまう。
「仕方ありませんわね……」
ソラーラはランタンの魔力調整リングをひねった。
灯りの色がわずかに変わり、通信陣が浮かび上がる。
「――こちら、無限魔導図書館。
王宮医療班に連絡を。
行方不明となっていた王太子殿下を発見しました。
……はい。場所は第七層と第八層の境界付近、歴史書区画です。
状態は――そうですね……簡潔に申し上げますと、餓死寸前です」
その一言で、王宮は再び大騒ぎとなった。
◆
ほどなくして、図書館の奥まで救護班が駆けつけ、
アクトロスは担架に乗せられて搬送された。
「脈、ぎりぎりです!」
「水分と魔力の両方が枯渇しています!」
「よくこれで一週間も……」
「一週間!?」
現場にいた魔術師たちが一斉にどよめく。
「そんなにさまよっていたのか、殿下は……」
「図書館ナメて入ってはならぬという、最高の見本では……」
「いや、教訓というか、戒めというか……」
アクトロスは治療魔法と点滴のおかげで、どうにか一命を取り留めた。
――結局。
王太子の行方不明が正式に確認されてから一週間後。
餓死寸前の状態でソラーラに発見される、という
前代未聞の結末を迎えたのである。
◆
数日後。
ソラーラが休憩時間に、サヴィへ状況を説明すると――
「……そんな……本当に迷ってたんですの?」
サヴィはカップを持ったまま固まった。
「ええ。いろいろと……驚異的でしたわ」
「驚異的?」
「飢えと渇きと恐怖にさらされながらも、
なお“自分は王太子だぞ”というプライドだけは、
最後までぎりぎり残っていたところが、ですわね……」
「……方向感覚は残ってませんでしたわね?」
「皆無でしたわ」
ふたりは同時に、遠い目になった。
「迷子の才能だけは……天才的ですわね、殿下」
サヴィがぽつりとこぼす。
「否定できませんわね……」
ソラーラは微笑みながら紅茶を一口。
こうして、またひとつ――
無限魔導図書館の恐ろしさと、
**王太子の脆弱さ(主に方向感覚と図書館耐性)**が、
王国中に広く知れ渡ることになったのだった。
無限魔導図書館・開館前。
いつものように、ソラーラは受付カウンターの上に書類をきっちりと並べ、
魔導端末の起動確認をしながら、ふと首をかしげた。
「そういえば最近、殿下のお姿が見えませんわね」
魔力残量のグラフを確認しつつ、さらっと物騒なことを言う。
「サヴィ様、何かご存じです?」
カウンターの反対側では、サヴィが“司書見習い用”のマニュアル冊子を前に、
ペンをくるくる回しながら座っていた。
「え? いいえ、存じませんわ」
サヴィは小首を傾げて、素直に答える。
「……そもそも、殿下って図書館に来るタイプでしたっけ?」
「来ましたわよ。無駄に胸を張って、騒がしく」
「まあ……そうでしたわね」
サヴィは軽く流したが――サヴィは知らない。
あの日。
行方不明になった魔術師たちを探すため、
サヴィが勢いよく蔵書室へ突入し、そのまま戻らなくなった“あの日”のことを。
◆
――時間は少しだけさかのぼる。
サヴィが無限魔導図書館の奥へ消えていった直後。
受付フロアには、腕を組んで扉の前に立つアクトロス王太子の姿があった。
「どうせ、すぐ泣きながら戻ってくる」
自信満々の顔である。
「“こわかったですぅ”とか言いながら、私の胸に飛び込んでくるに決まっている」
……と、なぜか勝手にイベントシーンを妄想していた。
三分経過。
「…………」
アクトロスは、まだ余裕の笑みを浮かべていた。
「ふむ。多少は苦戦しているようだな。
いいだろう、試練というものは必要だからな」
十分経過。
「…………おかしいな?」
片眉がぴくりと動く。
「ははーん。さては、私を心配させるつもりだな、サヴィ」
なぜか相手のせいにした。
三十分経過。
さすがに受付にいた魔術師たちが、互いに顔を見合わせ始める。
「……王太子殿下。
そろそろ、捜索隊を――」
「い、いらん!」
アクトロスは勢いよく遮った。
「私の婚約者だぞ? あれしきで迷子になるはずが――」
言いかけて、脳裏によみがえるサヴィの姿。
(暗いのやだぁぁぁ! 本棚こわいぃぃ!)
――過去の名言の数々。
アクトロス 「…………」
(……なるのでは? 普通に)
一時間後。
「……遅い」
さすがのアクトロスも顔色が悪くなっていた。
「こ、これはさすがにおかしい……!
まさか、本当に迷子になったのか……!? 司書なのに……!」
受付の魔術師が、気まずそうに横を向いた。
(……そもそも、司書になったのが間違いなのでは……)
心の声は、誰も口には出さない。
アクトロスはついに堪えきれず、拳を握りしめた。
「くそっ!! もう待っておれん!!」
バンッとカウンターを叩き、胸を張って宣言する。
「私が助けに行く!!」
そして、そのまま勢いよく蔵書室の扉へと消えていった。
――それが、彼の最後の“元気な姿”である。
◆
現在。
……そして、その後。
サヴィも戻り、迷子たちも戻り、
図書館の迷宮化もソラーラの復帰で収束しつつあるというのに。
――アクトロスだけが、なぜか戻ってきていない。
という事実に、王宮中が気づくまでに、さらに数日を要した。
(存在感の方向性って、大事ですわね……)
ソラーラは、報告書の束を思い出しながら、心の中だけで小さくため息をつく。
◆
その日の閉館後。
来館者の数と退館者の数がきちんと一致していることを確認し、
ソラーラは受付の明かりを少し落とした。
「では、今日は館内の損耗確認をしてまいります。
サヴィ様は、貸し出し記録の整理をお願いできますか?」
「は、はいっ、お姉様!」
サヴィが勢いよく返事をするのを見届けてから、
ソラーラはランタンを片手に、ひとり静かな書架の森へと歩み出す。
薄暗い通路。
誰もいない館内では、書物の紙がこすれる、かすかな音がやけに大きく響く。
(……目録の更新に合わせて棚の移動が多かったせいか、
この辺りの魔力の循環が少し乱れていますわね)
ソラーラは書架に指先を触れ、流れる魔力の具合を確かめる。
「……後日、魔力制御陣を再調整しないと」
などと職務熱心なことを考えながら、
静かな通路を進んでいた、その時だった。
ふ、と視界の端で“何か”が横たわっているのが見えた。
(……また迷子ですの? でも今日は入館者数と退館者数、
ぴったり一致したはずですが)
首をかしげながら近づき、ランタンの光を向ける。
そこには――
「…………?」
床に倒れている、細く痩せた人影。
豪奢だったはずのシャツはシワだらけ、
上着はどこかで引っかけたのか破れ、
髪はぼさぼさ。
顔色は土のようで、唇はひび割れている。
(……誰ですの、この砂漠から帰還できなかった旅人のような方は)
ソラーラはランタンをさらに近づけ、その顔を照らした。
光が額、頬、唇を順に照らし――
「…………殿下?」
声が、ひときわ低く落ちた。
王太子アクトロス。
紛れもなく、彼だった。
「……本当に、殿下?」
ソラーラは思わず二度目をこする。
しかしどう見ても本人である。
(……同姓同名のそっくりさん、という可能性も……)
と、一瞬だけ現実逃避をしかけたが、
この状況でそんな可能性を考えるのはむしろ現実逃避だった。
ソラーラは、震える指先で彼の肩を軽く揺らす。
「殿下!? 殿下、お分かりになりますか?
こんなところで何をなさって……」
と、言いかけて、冷静に状況を見つめ直す。
「いえ、その前に――干からびてますわよ!!」
ほとんどつっこみに近い悲鳴になった。
アクトロスのまぶたが、かすかにぴくりと動く。
「……み、水……」
かすれた声。
(……まだ生きてたの?)
心の声が、危うくそのまま口から出そうになり、
ソラーラは慌てて咳払いでごまかした。
「しっかりなさってくださいませ。
ここは無限魔導図書館の――どの辺りでしょうね、ここ」
「……通路が……動く……」
アクトロスは虚ろな目で、天井を見つめたまま呟く。
「出口が……ない……。
ずっと……回って……元の場所に……戻れん……」
「殿下、それは図書館です。昔からそういう仕様です」
ソラーラは即答した。
「動くと知って入られたのでは?」
「知るかぁ……!」
魂だけが元気なのか、気力だけで怒鳴ってみせるが――
「……ぐふッ」
すぐに力尽きて、また床にぺたりと沈み込んだ。
ソラーラは肩をすくめる。
「……サヴィ様より迷子スキルが高いのではなくて?」
呟きは、書架に吸い込まれていった。
とはいえ、このまま放置すれば本当に“伝説のミイラ王太子”になってしまう。
「仕方ありませんわね……」
ソラーラはランタンの魔力調整リングをひねった。
灯りの色がわずかに変わり、通信陣が浮かび上がる。
「――こちら、無限魔導図書館。
王宮医療班に連絡を。
行方不明となっていた王太子殿下を発見しました。
……はい。場所は第七層と第八層の境界付近、歴史書区画です。
状態は――そうですね……簡潔に申し上げますと、餓死寸前です」
その一言で、王宮は再び大騒ぎとなった。
◆
ほどなくして、図書館の奥まで救護班が駆けつけ、
アクトロスは担架に乗せられて搬送された。
「脈、ぎりぎりです!」
「水分と魔力の両方が枯渇しています!」
「よくこれで一週間も……」
「一週間!?」
現場にいた魔術師たちが一斉にどよめく。
「そんなにさまよっていたのか、殿下は……」
「図書館ナメて入ってはならぬという、最高の見本では……」
「いや、教訓というか、戒めというか……」
アクトロスは治療魔法と点滴のおかげで、どうにか一命を取り留めた。
――結局。
王太子の行方不明が正式に確認されてから一週間後。
餓死寸前の状態でソラーラに発見される、という
前代未聞の結末を迎えたのである。
◆
数日後。
ソラーラが休憩時間に、サヴィへ状況を説明すると――
「……そんな……本当に迷ってたんですの?」
サヴィはカップを持ったまま固まった。
「ええ。いろいろと……驚異的でしたわ」
「驚異的?」
「飢えと渇きと恐怖にさらされながらも、
なお“自分は王太子だぞ”というプライドだけは、
最後までぎりぎり残っていたところが、ですわね……」
「……方向感覚は残ってませんでしたわね?」
「皆無でしたわ」
ふたりは同時に、遠い目になった。
「迷子の才能だけは……天才的ですわね、殿下」
サヴィがぽつりとこぼす。
「否定できませんわね……」
ソラーラは微笑みながら紅茶を一口。
こうして、またひとつ――
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