プリンセス諸国漫遊記

しおしお

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第10章 「二つの王冠、ひとつの未来」

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 初春の風が王都を包み、街路の樹々は新芽を揺らしていた。冷たさの中にも柔らかなぬくもりを含んだ風は、確かに季節の変わり目を告げていた。

 その日、リューヴェン帝国の正規使節団が王都を訪れるという報が鳴り響くと、宮廷だけでなく市民の間にも張りつめた空気が漂った。新しい時代の到来を予感させるその訪問は、単なる外交儀礼にとどまらない重みを持っていた。

 城門前に並んだ儀仗兵の列。その向こうから、白銀に彩られた騎馬隊がゆっくりと進んできた。中央にいるのは、堂々たる姿の青年――アーヴィン皇子その人である。

 マントの裾を翻し、静かに馬を降りた彼は、礼装に身を包んだアリシアの前で一礼した。

「改めて、帝国皇子アーヴィン・エクス・リューヴェンです。陛下のご容態を案じつつ、このたびのご同盟に心より感謝申し上げます」

「ようこそ。我が王国へ。あなたの言葉を、民も私も待ち望んでいました」

 短く、しかし確かな眼差しの交差。二人の間に言葉以上の信頼が流れた。

 歓迎の儀式が進む一方で、城内では緊張が続いていた。アリシアの提示した「対等な同盟」は、旧来の体制に慣れきった貴族たちにとって、未だに受け入れ難いものであった。

 会議室では、対等条約案を巡って激しい議論が交わされていた。

「対等などと、我が国の主権を損なう気か!」 「帝国に弱みを見せれば、飲み込まれるのが目に見えている!」

 怒号が飛び交う中、アリシアは静かに言葉を重ねた。

「私たちは、もはや過去の王国ではありません。民の力と声に支えられた、新しい国家を築いていくのです。帝国との同盟は、その未来への礎となります」

 その声には、揺るぎない意思と未来への希望が宿っていた。

 やがて議論は収まり、条約草案は多数決により承認される。

 翌日、調印式が行われた。

 玉座の間には、王族、貴族、軍の要人、そして帝国の使節たちが集まり、歴史的瞬間を見守っていた。

「この同盟が、双方の未来に繁栄をもたらすものでありますように」

 アリシアとアーヴィンが並んで署名を交わすと、場内から自然と拍手が湧き上がった。

 しかし――その直後、ひとりの兵が血相を変えて駆け込んできた。

「謀反の残党が動きました!城下の武器庫を制圧し、一部の兵を引き入れた模様です!」

 その言葉に、場内が一瞬にして凍りつく。

「衛兵はどこだ!?」「なぜ警備が破られたのか!」

 混乱する中、アーヴィンが静かに前に出た。

「この場は私に任せてください。リューヴェン帝国皇子としてではなく、戦士として」

 その言葉に、王国側の騎士団長ガイアがうなずく。

「我らも共に行こう、皇子殿下」

 アーヴィン、ガイア、そしてシグレを中心に、即座に討伐部隊が編成され、城下へと出撃していった。

 城の外では、武器を手にした一団が市街へ進軍しようとしていた。

「王女は王にあらず!我らの国を取り戻すのだ!」

 だが、反乱軍の勢いは、数に勝る討伐隊の前に瞬く間に崩れ去る。

「この剣は、民のために振るわれる!」

 ガイアの大剣が反乱軍の隊長を一閃し、シグレの双剣が音もなく敵陣を貫く。

 そして、アーヴィン。

「未来を切り拓くとは、こういうことだ!」

 帝国剣術の粋を凝らしたその一撃に、最後の抵抗も砕かれた。

 戦いが終わったころ、空はすでに薄明に染まり始めていた。

 アリシアは塔の上から静かにその光景を見つめていた。

 彼女の心に、確かなものが宿っていた。

 ――私は一人ではない。

 この国には、支えてくれる民がいて、仲間がいて、信頼できる同盟者がいる。

 そして私は、その先頭を歩む覚悟を決めたのだ。

 新たな戴冠式の日は、間もなく訪れようとしていた。

 戴冠式当日。王宮は朝早くから慌ただしさに包まれていた。内装は真新しく整えられ、玉座の間には純白と金で彩られた新しい王冠が輝いていた。

 王都の通りには民があふれ、祝祭の装いで賑わいを見せている。貴族も平民も、その境を超えてこの日を祝い、アリシアの戴冠を見届けようと王城の周囲に集まっていた。

 陽光が差し込む中、アリシアは玉座の間の中央へと進み出る。彼女のドレスは白銀に輝き、胸元には王家の紋章と、リューヴェン帝国から贈られた蒼玉のブローチが添えられていた。

「アリシア・ルヴァン、ここに立つ」

 彼女の声が響いた瞬間、会場は水を打ったように静まりかえった。

「この国は、新しい時代を迎えます。王の命令が絶対であった時代を超え、民と共に悩み、共に未来を描く国家として歩み始めます」

 その言葉一つひとつが、心に染み入るように響いていた。

「私は王となります。けれど、それは玉座に座る者という意味ではありません。この国の道を共に歩む者、そして責任を負う者としてです」

 司祭が新王冠を捧げ持ち、アリシアの頭上へと捧げる。その瞬間、王都の鐘が鳴り響き、城外からは一斉に歓声が沸き上がった。

 アリシアの瞳はまっすぐ未来を見据えていた。

 即位演説の後、彼女は玉座を後にしてバルコニーへと向かう。そこには、群衆が待っていた。

「王女陛下、万歳!」

 響き渡る歓呼の中、アリシアは笑みを浮かべ、右手を高く掲げた。そして、次の言葉を口にする。

「そして、もう一つの発表があります」

 ざわめきが広がる。

「私は、リューヴェン帝国第三皇子、アーヴィン・エクス・リューヴェンとの婚約をここに公にいたします」

 その言葉に、群衆は一瞬驚き、すぐに拍手と歓声に包まれた。

 アーヴィンがアリシアの隣に立ち、軽く礼を取る。

「この日が来ることを、ずっと願っておりました。私は、ただ隣に立ちたかった。貴女の光を陰らせぬよう、共に歩みたかったのです」

 その告白に、民の間に感嘆と微笑が広がる。

 かつて、王国と帝国は幾度も争ってきた。だが今、ここに新たな時代の扉が開かれようとしている。民もまた、それを理解していた。

 城内に戻った二人は、祝宴の席に迎えられた。

 賓客には各国の使節も含まれ、アリシアの即位と婚約に対する祝意が次々と述べられた。

 だが、すべてが祝福で終わるわけではない。

 一人の客人――北方連邦の代表が、杯を手に立ち上がる。

「素晴らしい演説でした、アリシア王女殿下。ですが、少々不安もあります。帝国との急な連携、民の声とはいえ王権の再構築……それがもたらす影響を、他国として静観してよいものか」

 その言葉に、場の空気がぴんと張り詰めた。

 だがアリシアは微笑を浮かべたまま、堂々と応じた。

「疑念を持たれることは、当然です。けれど、私は私の言葉と行動で示してまいります。信じるかどうかは、あなた方の選択。ただし――」

 そこで一拍、間を置いた。

「私が選んだ未来は、誰かに押しつけられたものではなく、私自身の意思によるものです。王として、民として、そして一人の人間として」

 その凛とした言葉に、客人は沈黙し、やがて苦笑しながら杯を掲げた。

「見事だ。では、まずは友として、乾杯を」

 空気が和らぎ、再び祝宴が賑やかさを取り戻していく。

 夜も更け、広間の灯りが少しずつ落とされていく中、アリシアはアーヴィンとともに塔の上へと上がった。

 かつて旅立ちの日に見つめていた、あの窓。

「ようやく、ここまで来たね」

 アリシアの言葉に、アーヴィンは隣で静かに頷いた。

「これからが本当の始まりだ。君の夢を、君の理想を、共に守っていこう」

 星のきらめきが二人を包む。

「でも、まだ旅は終わってない。私は“旅する王”でいたい。民の声を、肌で感じ続けたい」

「ならば、僕もその旅の仲間にしてくれ」

 二人はそっと微笑み合い、夜空を見上げた。

 新たな時代が、確かに動き出していた。

 そして、王国の未来は、今まさにその第一歩を踏み出したのだった。





エピローグ

 それから数年後。

 王都は、かつての姿とは比べものにならないほどに活気に満ちていた。整備された街道、開かれた市政広場、民の声を届けるための公共会議所。そして何より、笑顔で交差する人々の姿。

 アリシアが目指した「共に歩む国」は、確実に形になりつつあった。

 その中心にいるのは、王である彼女――だが、彼女は玉座に縛られてはいなかった。

 ある日、王宮の側仕えが息を切らして駆け寄ってくる。

「王陛下が……!また王都の外へお出かけに?」

 近衛騎士が苦笑する。

「馬に乗って、村の畑へ向かわれたよ。地元の作物の育ち具合を自分の目で確かめたいと……」

 王でありながら、変わらぬ旅人。

 アリシアはその姿勢を貫き続けていた。

 民の中に立ち、耳を傾け、時に泥にまみれながら声なき声を拾い上げる。

 人々はその姿に感謝と尊敬を込め、「旅する王」と呼び親しんだ。

 アーヴィンはというと、宮務を支えつつも、よくアリシアの旅に同行していた。彼は決して前に出ることなく、必要なときに静かに彼女を支える伴侶として在り続けた。

「本当に好きなんだな、この国が」 「そうかもしれない。でも、それ以上に……人が好きなの」

 笑うアリシアの隣で、アーヴィンはそっと手を握った。

 王宮の塔の窓は、今も開け放たれていた。

 アリシアは時折そこに立ち、街の灯を眺めながら思う。

 まだ見ぬ地、まだ知らぬ声がこの世界にはきっとある。

「私は、終わらない旅の中にいる。それが、私の王としてのあり方――」

 星が瞬く空の下。

 旅する王は今日も、未来へと続く道を歩んでいる。


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