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第11話 初めての自由、魔法の解放
しおりを挟むアークト公爵に保護され、
ルーチェは騎士団の馬車に乗せられ隣国グレイシアへ運ばれていた。
馬車は王国との国境へ向かう。
国境には巨大な結界門があり、
その向こう側は“隣国の魔力網”に切り替わる仕組みになっている。
「ここが国境か……」
ルーチェは馬車の窓から外をのぞいた。
王国の結界は、透明な膜のように張り巡らされていた。
考案した王国は誇らしいらしいが──
(正直、あの結界の術式……古いのよね)
突っ込みたい気持ちを抑える。
馬車が結界をくぐる直前、
アークトがルーチェに視線を向けた。
「……不安は?」
「いえ。追放されたので、帰る場所があればどこでも」
その言葉に、騎士団の何人かが胸を押さえる。
(この子……健気すぎないか?)
(いや、国の扱いがひどすぎたんだ……)
馬車が結界を通過した瞬間──
バチンッ!
乾いた音と共に、
ルーチェの身体の奥で何かが弾けた。
「えっ……?」
胸元に埋め込まれた封魔刻印が、
淡く光りながら次第に消えていく。
パリン……
とガラスが割れるような感覚。
次の瞬間、
ルーチェの魔力がふわりと解き放たれた。
(……あら?)
体の中で、
押さえつけられていた力が自然に流れ出す。
(封魔刻印、消えちゃいましたわね)
アークトは馬車の壁越しでもその魔力の揺らぎに気づき、
すぐにドアを開けて乗り込んできた。
「ルーチェ、今……魔力が……」
ルーチェは、いつも通り淡々と答えた。
「なんだか、刻印が壊れたみたいですわ。
この国の結界、すごいですのね?」
「……刻印が“壊れた”?」
アークトの眉がわずかに動いた。
騎士たちは驚愕に目を見開く。
「封魔刻印って、国境結界で無効化されるものでは……」
「いや、あの刻印は普通の魔法師なら一生解除できないはず……」
「結界が壊したんじゃなくて、彼女自身の魔力が……?」
ルーチェは指をひょいと動かしてみる。
すると、
指先から淡い光が生まれ、
風がふわっと馬車内を吹き抜けた。
「……あら、使えるんですけど?」
まるで「あら、お味噌汁冷めてますわよ」くらいの温度感。
アークトは一瞬言葉を失い、
次いで低く呟いた。
「……やはり規格外だ」
銀髪の騎士カイルも震える声で続ける。
「封魔刻印は『国内にいる限り魔法を完全に封じる』術式。
国境を越えたくらいで“壊れた”など聞いたことがありません……!」
ルーチェは、ぴんと来ていない。
「壊れてしまったものは仕方ありませんわね。
これで、魔法で料理も洗濯もできますし」
その瞬間、騎士団全員が固まった。
「りょ、料理……?」
「洗濯……?」
「彼女、国宝級の力を“家事用途”に……?」
アークトは額に手を当てて小さく息をつく。
「……ルーチェ。
君は、魔法を何のために使うつもりなのだ?」
「え? 日常生活を便利にするためですわ」
即答。
アークトは沈黙したが、
その目にはほんの僅か、嬉しさと呆れの光が混ざる。
騎士団はざわざわと震えながら囁き合う。
「……可愛い……」
「いや、可愛いけど規格外だからな……」
「この子を追放した王国、正気じゃないだろ……」
ルーチェは、ぽつりと呟く。
「自由って……素敵ですわね。
追放も悪くありませんわ」
その穏やかな笑顔を見た瞬間──
アークトの表情が、静かに緩んだ。
“保護対象”ではなく、
もっと特別な何かを見つめるような目で。
こうしてルーチェは、
隣国で初めて“本当の自由”を手にしたのだった。
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