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第19話 王国使者の懇願
しおりを挟む隣国の迎賓館。
その広々とした客間に、緊張と沈黙が満ちていた。
王国の使者団は深く頭を下げたまま動かず、
ルーチェはその正面でお茶を飲みながら、静かに様子を伺っていた。
その背後の壁際には――
氷の公爵アークトが、腕を組んで控えている。
“ただの護衛”という立ち位置でありながら、
使者たちには明らかに圧として伝わっていた。
---
◆王国、ついに本音をさらす
最初に口を開いたのは、王国の重臣。
「ルーチェ殿……!
我が王国は、今まさに崩壊の危機に瀕しております!」
深く額を床につけ、声を震わせながら必死に続ける。
「魔獣が増え、各地の結界が破れ……
王都すら、防衛線を突破されました!」
ルーチェはお茶を置き、そっと首を傾ける。
「まあ……大変ですわね」
あまりに落ち着いた反応に、重臣は泣きそうになった。
その横で、王太子レオンが唇を噛みしめながら言う。
「……ルーチェ。
私が……愚かだった。
君を追放したことを、今……深く悔いている」
言葉は震え、声はかすれ、誇り高かった王太子の面影はもはやない。
「どうか……どうか戻ってきてほしい。
王国を……救ってほしいのだ」
深々と頭を下げるレオン。
その姿は、ルーチェが知る高慢な王太子とは別人だった。
---
◆ルーチェ、冷静に質問する
しかし、ルーチェは感情的に揺らぐことはなかった。
(頭を下げられても……だから何、ですわ)
追放された時の侮辱は忘れていない。
ルーチェは落ち着いた声で尋ねた。
「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……なんでも聞いてくれ!」
「わたくし……“国外追放”の処分、
すでに解除されたのですか?」
使者団が凍りついた。
レオンは言葉を詰まらせ、重臣が慌てて答える。
「し、処分は解除いたします! すぐに! ただいまから!」
ルーチェはゆっくり瞬きをした。
「まあ。処分解除はありがたいですけれど……
わたくし、もうひとつ処罰を受けておりますわよね?」
使者団の顔が一斉に青くなる。
ルーチェが静かに微笑んだ。
「“魔法行使禁止”の処罰……解除なさったのですか?」
部屋が――静まり返った。
王太子も重臣も、誰も答えられなかった。
---
◆沈黙を破ったのは、アークト公爵ではなく…
ルーチェはさらに続ける。
「もし解除されていない場合、
わたくしが王国に戻っても――
魔法が使えませんわよ?」
重臣のひとりがガタンと崩れ落ちた。
「く……解除……方法が……まだ……」
「つまり、魔法行使禁止のままですのね?」
ルーチェはあくまで丁寧に確認する。
その様子を、壁際のアークト公爵が
口元に淡い笑みを浮かべながら見守っていた。
(君は強い。実に見事だ……)
言葉にはしないが、その眼差しは誇らしげだった。
---
◆王国、追い詰められる
レオンはついに叫ぶ。
「頼む、戻ってきてくれ!
処罰も、禁呪も、すべて解除する!
今すぐにでも!」
ルーチェは静かに首を横に振る。
「……解除法を知らないのに、どうやって?」
言うべきことを、ただ淡々と告げる――
その姿は、王国から追放された“無資格の少女”とは思えない威厳をまとっていた。
使者団は完全に言葉を失った。
---
こうして――
隣国の客間で、王国の命運をかけた懇願は、
あまりにもあっさりと行き詰まりを見せたのである。
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