『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

第23話 動き出す陰謀

第23話　動き出す陰謀

　帝都は、表向きには平穏だった。

　皇帝の婚約発表から数日。
　混乱はあったが、帝国は揺らがない。

　――いや、揺らがせない国だった。

「次は、この書類です」

　皇帝の執務室で、
　アヴェンタドールは淡々と書類を整理していた。

「ローゼリア王国との貿易協定、
　再確認を求める使節団が来ています」

「放置だ」

　皇帝は即答する。

「向こうが落ち着くまで、相手にするな」

「承知しました」

　判断は早く、迷いがない。

　アヴェンタドールは、その横顔を見ながら思う。

（……この方は、
　感情で国を動かしません）

　だからこそ、
　信頼できる。

　だが――。

　その夜。

　帝都の一角。
　表向きは倉庫に見える建物の奥で、
　イーグル・タロンは一人、机に向かっていた。

　灯りは最小限。
　書類の文字だけが浮かび上がる。

（……そろそろ、だな）

　彼は、一通の文書を取り出す。

　宛名はない。
　だが、届け先は決まっている。

　――ローゼリア王国、ベリンガム家。

　イーグルは、ペンを走らせた。

> 計画は、予定通り進行中。
皇帝の婚約は、国内外への牽制として機能している。

王国側の混乱は拡大中。
王太子は感情的、
第2王子は静観を装いながら、裏で動き始めた。



　少しだけ、手を止める。

> 次の段階へ移行可能。



　それだけを書き、
　文書を封じた。

（……兄上）

　その“兄”という言葉は、
　皇帝ではない。

（ガーラ……）

　彼女の顔が、一瞬、脳裏をよぎる。

　だが、感情は切り捨てる。

（今は、仕事だ）

　――翌日。

　ローゼリア王国。

「帝国からの返答は、まだか！」

　王太子エリシオンは、苛立ちを隠さずにいた。

「使節団は、
　形式的な対応のみで……」

「くそっ……！」

　エリシオンは、机を叩く。

「アヴェンタドールを、返せ……！」

　その様子を、
　少し離れた場所で、サイノスが見ていた。

（……焦っている）

　それは、好都合だった。

　同じ頃。

「殿下」

　サイノスの元に、一人の使者が現れる。

「“帝国方面”より、情報が」

　小さな紙片が、そっと手渡される。

　サイノスは、それを一瞥し、
　わずかに口角を上げた。

（……やはり）

（中に、いる）

　帝国の内部。
　皇帝のすぐ傍。

　そこから、
　こちらへ流れてくる情報。

（……イーグル・タロン）

　その名は、まだ確信ではない。
　だが――

（使える）

　サイノスは、静かに息を吐いた。

「兄上」

　穏やかな声で、エリシオンに近づく。

「焦る必要はありません」

「何だ、お前は」

「帝国が、
　“あの女”を手放す条件は、
　必ず存在します」

　エリシオンは、顔を上げる。

「……条件？」

「ええ」

　サイノスは、微笑んだ。

「帝国も、万能ではありませんから」

　その言葉は、
　希望という名の毒だった。

　――帝国、別室。

　アヴェンタドールは、
　ふと、違和感を覚えていた。

（……何か、抜けていますわね）

　書類の流れ。
　情報の速度。

　どこか、
　読まれている気配。

　だが、証拠はない。

「どうしました？」

　イーグルが、静かに声をかける。

「いえ……何でもありません」

　アヴェンタドールは、微笑んだ。

　その表情を見つめながら、
　イーグルは心の中で思う。

（……鋭い）

（だが、まだだ）

　帝国。
　王国。
　そして、その狭間。

　誰もが、
　“自分が主導権を握っている”
　と思っている。

　だが――
　本当の歯車は、まだ姿を見せていなかった。