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第24話 疑念の種
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第24話 疑念の種
違和感は、
いつも些細なところから始まる。
アヴェンタドールは、
帝国宰相府の書類整理室で、一人、指を止めた。
(……数字が、合わない)
貿易関連の報告書。
数量、日付、経路。
一見、完璧。
だが、完璧すぎる。
(この修正……
わたくしが入れたものと、
“同じ癖”ですわね)
無意識に使う言い回し。
改行の位置。
数字の丸め方。
それらは、
秘書官として長年積み重ねた“癖”だった。
(……おかしい)
彼女は、静かに息を吐く。
(わたくし以外に、
この修正ができる人間がいる?)
――答えは、限られる。
その時。
「どうかしましたか?」
背後から、
穏やかな声。
イーグル・タロンだった。
「いえ」
アヴェンタドールは、表情を崩さない。
「少し、
王国時代を思い出しただけです」
「……そうですか」
イーグルは、特に追及しなかった。
だが。
アヴェンタドールは、
その“追及しなさ”こそを、
記憶に留めた。
(……今のは、
探りではありませんでしたわね)
確信は、まだない。
だが、種は蒔かれた。
――その夜。
皇帝の執務室。
「最近、
疲れているようだな」
皇帝が、書類から目を上げる。
「いいえ」
アヴェンタドールは、首を振った。
「考え事が増えただけです」
「不安か?」
一瞬の沈黙。
「……警戒です」
皇帝は、少しだけ口角を上げた。
「良い兆候だ」
「はい?」
「信用しすぎない女は、
生き残る」
その言葉に、
アヴェンタドールは小さく息を吐いた。
「陛下は、
すべてご存じで?」
「知らぬことの方が多い」
皇帝は、あっさりと言う。
「だからこそ、
優秀な秘書官を置く」
それは、信頼でもあり、
責任でもあった。
――翌日。
アヴェンタドールは、
あえて“誤った指示”を一つ、流した。
些細なもの。
だが、
修正すれば確実に痕跡が残る。
(……これで、
誰かが動けば)
数時間後。
修正済みの書類が、
彼女の机に戻ってきた。
――正確に。
――美しく。
――そして、彼女の癖そのままに。
(……確定ですわね)
胸の奥が、冷える。
(帝国の内部に、
わたくしと同等に“書き換えられる”人物がいる)
視線が、
無意識に、ある名へと向かう。
(イーグル・タロン)
だが、
まだ、断定はしない。
(疑念は、
刃ではありません)
(“扱い方”を誤れば、
こちらが斬られる)
その頃。
帝都の別室。
イーグルは、
一通の暗号文を読み終え、
静かに燃やしていた。
(……気づいたか)
唇が、わずかに歪む。
(さすがだ、
アヴェンタドール)
だが、焦りはない。
(まだ、
こちらが主導だ)
炎が消える。
彼は、
何事もなかったかのように立ち上がった。
――同じ頃。
アヴェンタドールは、
一人、窓辺に立つ。
帝都の夜景が、
静かに広がっていた。
(……危険な人材は、
確かに存在します)
(ですが)
彼女は、目を伏せる。
(わたくしもまた、
“危険な側”ですわ)
疑念は、
もう種ではない。
――芽を出し始めていた。
違和感は、
いつも些細なところから始まる。
アヴェンタドールは、
帝国宰相府の書類整理室で、一人、指を止めた。
(……数字が、合わない)
貿易関連の報告書。
数量、日付、経路。
一見、完璧。
だが、完璧すぎる。
(この修正……
わたくしが入れたものと、
“同じ癖”ですわね)
無意識に使う言い回し。
改行の位置。
数字の丸め方。
それらは、
秘書官として長年積み重ねた“癖”だった。
(……おかしい)
彼女は、静かに息を吐く。
(わたくし以外に、
この修正ができる人間がいる?)
――答えは、限られる。
その時。
「どうかしましたか?」
背後から、
穏やかな声。
イーグル・タロンだった。
「いえ」
アヴェンタドールは、表情を崩さない。
「少し、
王国時代を思い出しただけです」
「……そうですか」
イーグルは、特に追及しなかった。
だが。
アヴェンタドールは、
その“追及しなさ”こそを、
記憶に留めた。
(……今のは、
探りではありませんでしたわね)
確信は、まだない。
だが、種は蒔かれた。
――その夜。
皇帝の執務室。
「最近、
疲れているようだな」
皇帝が、書類から目を上げる。
「いいえ」
アヴェンタドールは、首を振った。
「考え事が増えただけです」
「不安か?」
一瞬の沈黙。
「……警戒です」
皇帝は、少しだけ口角を上げた。
「良い兆候だ」
「はい?」
「信用しすぎない女は、
生き残る」
その言葉に、
アヴェンタドールは小さく息を吐いた。
「陛下は、
すべてご存じで?」
「知らぬことの方が多い」
皇帝は、あっさりと言う。
「だからこそ、
優秀な秘書官を置く」
それは、信頼でもあり、
責任でもあった。
――翌日。
アヴェンタドールは、
あえて“誤った指示”を一つ、流した。
些細なもの。
だが、
修正すれば確実に痕跡が残る。
(……これで、
誰かが動けば)
数時間後。
修正済みの書類が、
彼女の机に戻ってきた。
――正確に。
――美しく。
――そして、彼女の癖そのままに。
(……確定ですわね)
胸の奥が、冷える。
(帝国の内部に、
わたくしと同等に“書き換えられる”人物がいる)
視線が、
無意識に、ある名へと向かう。
(イーグル・タロン)
だが、
まだ、断定はしない。
(疑念は、
刃ではありません)
(“扱い方”を誤れば、
こちらが斬られる)
その頃。
帝都の別室。
イーグルは、
一通の暗号文を読み終え、
静かに燃やしていた。
(……気づいたか)
唇が、わずかに歪む。
(さすがだ、
アヴェンタドール)
だが、焦りはない。
(まだ、
こちらが主導だ)
炎が消える。
彼は、
何事もなかったかのように立ち上がった。
――同じ頃。
アヴェンタドールは、
一人、窓辺に立つ。
帝都の夜景が、
静かに広がっていた。
(……危険な人材は、
確かに存在します)
(ですが)
彼女は、目を伏せる。
(わたくしもまた、
“危険な側”ですわ)
疑念は、
もう種ではない。
――芽を出し始めていた。
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