『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

第32話 新体制始動

第32話　新体制始動

　ローゼリア王国、王宮。

　その日の朝、
　王宮中が、妙に静かだった。

　騒ぎはない。
　怒号もない。

　だが――
　嵐の前の静けさだった。

「本日より」

　玉座の前。

　アヴェンタドール・ローウェンは、
　一歩前に出た。

「わたくしが、
　ローゼリア王国宰相を務めます」

　その声は、
　よく通る。

　感情を乗せず、
　だが拒絶を許さない。

　重臣たちが、
　一斉に息を呑んだ。

（……帝国の女）

（いや、
　“帝国仕込み”の女）

　ガーラは、
　玉座の横に立っている。

　装いは質素。
　宝飾は、ほとんどない。

　それだけで、
　空気が変わっていた。

「まず、
　確認いたします」

　アヴェンタドールは、
　書類を一枚、掲げた。

「現在の王国財政、
　――破綻寸前です」

　どよめき。

「……言い過ぎでは？」

　一人の重臣が、
　恐る恐る口を開く。

「帳簿上は、
　問題なく……」

「帳簿“上”は、
　ですわね」

　アヴェンタドールは、
　淡々と答える。

「粉飾された帳簿に、
　意味はありません」

　そして、
　次々と書類を並べる。

「不要な宮廷儀式」
「過剰な貴族年金」
「意味のない顕彰制度」

　一つずつ、
　切り捨てる。

「これらは、
　本日をもって凍結します」

「なっ……！」

　声が上がる。

「伝統ですぞ！」
「王国の誇りだ！」

「誇りは、
　腹を満たしません」

　一刀両断。

「民は、
　誇りでは生きられない」

　沈黙。

　誰も、
　反論できない。

「次」

　アヴェンタドールは、
　ガーラの方を一瞥する。

「摂政殿下の
　私費支出は、
　すべて公開します」

　重臣たちが、
　ざわめく。

「それは……」

「望むところですわ」

　ガーラが、
　はっきりと言った。

「わたくしは、
　隠しません」

　その言葉に、
　空気が変わる。

（……本気だ）

（この人も、
　この宰相も）

「最後に」

　アヴェンタドールは、
　視線を巡らせた。

「改革に反対する方」

　一拍。

「辞職を、
　おすすめします」

　冷たいが、
　誠実な言葉。

「妨害は、
　許しません」

　玉座の間が、
　完全に沈黙した。

　――昼。

　城内の廊下。

「……やりすぎだ」

「だが、
　正しい」

「付いていけるか？」

　官僚たちが、
　小声で語り合う。

　そこへ。

「ついて来られない方は、
　無理をなさらなくて結構です」

　いつの間にか、
　アヴェンタドールが立っていた。

「王国は、
　人材不足です」

「ですが」

　穏やかに、
　微笑む。

「無能を
　抱える余裕は、
　ありません」

　言い切った。

　――夜。

　執務室。

　山のような書類に囲まれ、
　ガーラは小さく息を吐く。

「……すごいですわね」

「まだ、
　始まったばかりです」

　アヴェンタドールは、
　ペンを走らせながら答える。

「怖くは、
　ありませんか？」

「ええ」

　一拍。

「ですが」

　顔を上げる。

「この国は、
　変わるべきです」

　ガーラは、
　腹部に手を当てる。

「……この子のためにも」

　アヴェンタドールは、
　わずかに頷いた。

「そのために、
　わたくしは
　ここにいます」

　王国は、
　ようやく動き出した。

　優しさではなく。
　情ではなく。

　覚悟によって。


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