『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第40話 賢者の国

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第40話 賢者の国

 その国は、
 いつの間にか――
 争われなくなっていた。

 ローゼリア王国。

 かつては、
 王太子の失策と陰謀、
 外圧と内乱の危機に晒されていた国。

 だが今、
 その名は周辺諸国で
 こう呼ばれている。

 ――賢者の国。

 理由は、
 誰も一人の名前を
 挙げられなかったからだ。

 ◆

 即位式の朝。

 玉座に座るのは、
 まだ幼い王子。

 ガーラは、
 その背後に立ち、
 静かに見守っていた。

 豪奢な衣装は、
 もう身につけない。

 贅沢は、
 確かに減った。

「善処いたします」と
 言い続けた結果、
 本当に“やめられた”。

 母になったことで、
 彼女は覚醒したのだ。

 ――自分が主役ではない
 政治へ。

 ◆

 式の後。

 宰相府ではなく、
 王都外れの静かな建物。

 そこに、
 学び舎がある。

「では、
 この場合の税制改革の要点は?」

 教壇に立つ女性は、
 肩書を持たない。

「……選択肢を、
 減らすこと、ですか?」

「半分、正解です」

 アヴェンタドールは、
 チョークを置いた。

「誤った選択肢を、
 選べないようにする」

「それが、
 政治です」

 生徒たちは、
 息を呑む。

 この女性が、
 かつて宰相だったと
 知っている者は少ない。

 だが。

 彼女の教えは、
 確実に国へ戻っていく。

 ◆

 遠い帝国。

 イーグル・タロンは、
 一通の報告書を閉じた。

「……賢い」

 それだけ、
 呟く。

 帝国は、
 ローゼリアを
 管理対象から外した。

 理由は単純。

 割に合わない。

「彼女は、
 勝ち続けるのではなく、
 勝つ必要のない国を作った」

 それは、
 官僚にとって
 最も厄介な結末だった。

 ◆

 夕暮れ。

 学び舎の窓から、
 港が見える。

 船は、
 変わらず出入りしている。

 平穏だ。

 だが、
 停滞ではない。

「……先生」

 一人の生徒が、
 おずおずと尋ねた。

「なぜ、
 権力の頂点を
 手放したのですか?」

 アヴェンタドールは、
 少し考え――
 微笑んだ。

「頂点は、
 不安定だからです」

 一拍。

「でも、
 土台は」

 窓の外を見る。

「多くの人で、
 支えられます」

「私は、
 そこを
 整えただけ」

 生徒は、
 深く頷いた。

 その姿に、
 かつての自分を見る。

 ◆

 夜。

 王宮から、
 一通の手紙が届く。

 差出人は、
 ガーラ。

> この国は、今日も無事です。
あなたがいなくても。

それが、
どれほど心強いことか。



 アヴェンタドールは、
 静かに笑った。

「……ええ」

 小さく、
 独り言。

「それで、
 よろしいのです」

 剣を振るわず。
 王冠を被らず。

 名を残さず。

 だが、
 国を変えた。

 それが――
 賢者の国の、
 始まりだった。


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