王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお

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第4話 地下の男たち

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第4話 地下の男たち

 王宮の地下は、思っていたよりずっと熱かった。

 朝のうちに「なるべく早くお願いしたいですわ」と口を滑らせてしまったリリアーヌは、その日の午後、侍従長に半ば連行されるようにして地下へ案内されていた。

「殿下にも一度、現場をご覧いただいたほうがよろしいかと」

 そう言われた時点で、嫌な予感はしていた。

 だが、地下へ下りる石階段を進み、厨房近くの広い作業場へ足を踏み入れた瞬間、予感は確信に変わった。

「――せーのッ!」

 野太い掛け声が、石壁をびりびり震わせる。

 屈強な男たちが、太い綱を肩にかけ、一斉に引いていた。汗で濡れた腕、きしむ滑車、吊り上げられていく木箱。何かの工事現場かと思ったが、違う。木箱の蓋には、銀の皿を模した印が描かれていた。

「……なんですの、これ」

「搬送試験でございます」

 さらりと答えた侍従長の声が、やけに遠く聞こえた。

 木箱は人の背丈ほどもある昇降機の籠へ滑り込み、そのまま上へと持ち上がっていく。上階に食堂があり、下に厨房がある以上、階段を駆け上がるより垂直に上げたほうが早い――その発想自体はわかる。

 でも。

「どうして、こんなに人数が必要なのですか」

「速度と安定の両立のためでございます」

 侍従長は淡々としている。

「急げば揺れます。揺れればこぼれます。ならば、十分な人数で力を分散させ、始動と停止の制御を細かくするしかありません」

 そんな話だった?

 いや、わかる。理屈はわかる。わかるのだけれど、どう考えても“王女の食事を温かいうちに届けたい”規模を逸脱している。

 その時、ひときわ大きな声が響いた。

「止めェッ!」

 がこん、と大きな音がして、上昇していた籠がぴたりと止まる。直後、ひとりの巨漢がこちらへ振り返った。

 バド団長だった。

 彼はリリアーヌの姿に気づくと、すぐに胸に拳を当てて頭を下げた。

「王女殿下。お見苦しいところを」

「いえ……あの……お見苦しいというか……想像の三倍くらい大ごとになっておりますわね」

 一瞬、周囲の男たちが視線をそらした。気まずそうな顔をしている者までいる。

 あれ、もしかして皆もちょっと思っていた?

 しかしバドだけは真顔だった。

「殿下のお食事を温かいうちにお届けするためです。妥協はできません」

「そんなに大変なことですの?」

「大変です」

 即答だった。

 バドは昇降機を指さした。

「この籠が上がる瞬間、そして止まる瞬間。そこがもっとも危険です。中身が皿なら、液体は揺れます。ソースは寄ります。肉汁は流れます」

 彼は歩み寄り、ひとつの木箱の蓋を開けた。中には水の張られた浅い器が載っている。

「これは訓練用の水皿です。これを一滴もこぼさず上げるのが、最初の関門となります」

 関門って。

 リリアーヌは思わず、前世で見たことのあるバラエティ番組の、やたら本気な職人対決みたいなものを思い出してしまった。いや、でもここ王宮だよね?

 男たちは再び綱の前に並ぶ。ひとりひとりの顔が真剣だ。王女の前だから見栄を張っている感じでもない。皆、本気で“うまく運びたい”と思っている。

 どうしてそこまで、と喉元まで出かかったが、その前にバドが吼えた。

「上げる瞬間、とめる瞬間――そこに命をかけろ!」

 地下にいる全員が背筋を伸ばす。

「もっともこぼれやすいのは、その一瞬だ! 中間速度で安定している時ではない! 始動と停止、その刹那にすべてが決まると思え!」

「はいッ!」

 返事がそろう。

 何この熱量。

 男たちは綱を引いた。滑車がきしみ、籠が持ち上がる。さっきよりも滑らかだった。止まる時も、がつん、ではなく、すうっと力を吸い取るように減速していく。

 見事に止まった。

 バドがすぐに箱を確認し、水皿の表面をのぞき込む。ほんの少しだけ、波紋が揺れていた。

「駄目だ」

 静かな一言だった。

 男たちは肩を落とす。たったそれだけで? と思ったが、誰も不満を言わなかった。

「水面が語っている。始動が雑だ。止めも甘い」

 怖い。水面が語っているらしい。

 けれど、その言葉に誰も反発しないのは、たぶん本当にそこが大事なのだろう。

 リリアーヌはその様子を見つめながら、胸の奥が少しちくりとした。

 自分は、ただ温かいごはんが欲しかっただけだ。けれど、その一言のために、こんなふうに汗を流している人たちがいる。

「……ごめんなさい」

 思わず、小さくこぼれた。

 侍従長が目を瞬かせる。

「何がでございますか」

「だって、わたくしの一言で、こんな……」

 すると、近くにいた年かさの男が慌てて首を振った。

「と、とんでもねえ……失礼、ございません。おれたちは命じられたからってだけじゃねえんです」

 バドがちらりと彼を見たが、咎めはしなかった。

 男は頭をかきながら言う。

「料理長がな、“作ったもんをいちばんうまい時に食ってもらいてえ”って言ったんです。それ聞いたら、なんか……やる気が出ちまって」

 別の男もうなずく。

「おれたち、もともと荷を運ぶ仕事はしてましたが、食いもんを運ぶのは初めてで」

「腹を満たすもんを運ぶのに失敗したくねえ、って、そう思っただけです」

 リリアーヌは目を見開いた。

 なんだ。みんな、王女だから必死なだけじゃないのだ。

 料理を温かいうちに届けたい。せっかく作ったものを、ちゃんとおいしい時に食べてもらいたい。

 その思いが、ここにはあった。

 バドが咳払いをする。

「もっとも、殿下の『温かい♡』が聞ければ、士気が上がるのも事実ですが」

 男たちが一斉にうなずいた。

 やめてほしい。そんな、戦場の勝鬨みたいに扱うのをやめてほしい。

 リリアーヌは顔を赤くしながら、こほんと咳払いをした。

「……あの。無理は、しないでくださいまし」

 一瞬、静まり返る。

 しまった。また余計なことを言ったかもしれない。

 だが、バドはゆっくりとうなずいた。

「承知いたしました。無理ではなく、鍛えます」

 違う。そういう話じゃない。

 けれどその後ろで、男たちがどこかうれしそうに笑っているのを見て、リリアーヌはそれ以上言えなくなった。

 地下を出る前、彼女はもう一度だけ振り返った。

 綱を握る手。汗を拭う腕。水面を覗き込む真剣な顔。

 温かい食事がほしい、という願いは、どうやら思っていた以上にいろんな人を巻き込んでいるらしい。

 石階段を上りながら、彼女は小さく額を押さえた。

(温かいご飯が欲しかっただけなのに……ほんとに、こんなんなる?)

 けれど、その胸の奥には、不思議と少しだけ温かいものも残っていた。
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