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第8話 初搬送、スープは天井へ
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第8話 初搬送、スープは天井へ
ついに、その日が来た。
地下のリフター。
上階の搬送メイド。
食堂前のオープナーメイド。
それぞれの訓練が一通りそろい、王宮初の“全区間搬送試験”が行われることになったのである。
リリアーヌは食堂の席に座らされ、なんとも言えない気持ちでその様子を見守っていた。
見守るというか、見届け人みたいになっている。
「そんな大げさなことではありませんのに……」
「殿下」
侍従長が静かに言った。
「本日は、王宮の食卓の歴史が変わる日でございます」
やめてほしい。
ただ温かいスープが飲みたいだけの話に、歴史まで背負わせないでほしい。
やがて、壁の向こうから低い掛け声が響いてきた。
「上げろッ!」
地下だ。
リフターたちの怒号と、滑車のきしむ音。
次いで、廊下の向こうから、きゅる、と車輪の軽い音が聞こえてくる。
アンナたちだ。
リーゼは扉の前に立ち、目を閉じていた。まるで耳と床の振動だけで、すべてを読んでいるみたいだった。
リリアーヌは思わず息を呑む。
扉が開く。
カートが入る。
その上には、銀の蓋をかぶせた深皿がひとつ。
食堂の空気がぴんと張った。
アンナは滑るように進み、テーブルの横で止まる。
リーゼが無音で扉を閉じる。
給仕長が前に出て、うやうやしく銀の蓋を持ち上げた。
ふわり、と湯気が立つ。
「……!」
温かい。
ちゃんと、温かそうだ。
リリアーヌの顔がぱっと明るくなる。
「まあ――」
だが、その瞬間だった。
ちゃぷん。
小さな、しかし聞き逃せない音がした。
次の瞬間、スープが皿の縁を越え、見事な弧を描いて飛んだ。
ぴしゃ。
天井に。
食堂が沈黙した。
リリアーヌは目をぱちぱちさせる。
侍従長は固まり、給仕長は蓋を持ったまま石像みたいになっている。
アンナはかすかに目を見開き、リーゼは無表情のまま天井を見上げた。
そして、地下から怒号が響く。
「止めが甘いッ!!」
バド団長だった。
うん、たぶんそうなんだろうな、とリリアーヌは思った。
誰が悪いかはわからないけれど、たぶん“止め”が甘かったのだ。
やがて、アンナが静かに頭を下げる。
「申し訳ございません、殿下」
リーゼも続く。
「扉の開放は適切でした。減速側の問題かと」
食堂で責任の切り分けが始まった。
そんな中、リリアーヌはそっとスプーンを取り、残ったスープをひと口飲んだ。
……温かい。
たしかに温かい。
そして、おいしい。
「あの」
みんなが一斉にこちらを見る。
「天井には飛びましたけれど、温かいですわ」
再び沈黙。
それから、給仕長がそっと目を閉じた。アンナは肩を落とし、リーゼはなぜかほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。
その直後、地下からまた響く。
「もう一度だァッ!」
ああ、うん。そうなるよね。
リリアーヌは天井のしずくを見上げ、心の中でつぶやいた。
(温かいご飯が欲しかっただけなのに……スープって天井まで飛ぶんだ)
ついに、その日が来た。
地下のリフター。
上階の搬送メイド。
食堂前のオープナーメイド。
それぞれの訓練が一通りそろい、王宮初の“全区間搬送試験”が行われることになったのである。
リリアーヌは食堂の席に座らされ、なんとも言えない気持ちでその様子を見守っていた。
見守るというか、見届け人みたいになっている。
「そんな大げさなことではありませんのに……」
「殿下」
侍従長が静かに言った。
「本日は、王宮の食卓の歴史が変わる日でございます」
やめてほしい。
ただ温かいスープが飲みたいだけの話に、歴史まで背負わせないでほしい。
やがて、壁の向こうから低い掛け声が響いてきた。
「上げろッ!」
地下だ。
リフターたちの怒号と、滑車のきしむ音。
次いで、廊下の向こうから、きゅる、と車輪の軽い音が聞こえてくる。
アンナたちだ。
リーゼは扉の前に立ち、目を閉じていた。まるで耳と床の振動だけで、すべてを読んでいるみたいだった。
リリアーヌは思わず息を呑む。
扉が開く。
カートが入る。
その上には、銀の蓋をかぶせた深皿がひとつ。
食堂の空気がぴんと張った。
アンナは滑るように進み、テーブルの横で止まる。
リーゼが無音で扉を閉じる。
給仕長が前に出て、うやうやしく銀の蓋を持ち上げた。
ふわり、と湯気が立つ。
「……!」
温かい。
ちゃんと、温かそうだ。
リリアーヌの顔がぱっと明るくなる。
「まあ――」
だが、その瞬間だった。
ちゃぷん。
小さな、しかし聞き逃せない音がした。
次の瞬間、スープが皿の縁を越え、見事な弧を描いて飛んだ。
ぴしゃ。
天井に。
食堂が沈黙した。
リリアーヌは目をぱちぱちさせる。
侍従長は固まり、給仕長は蓋を持ったまま石像みたいになっている。
アンナはかすかに目を見開き、リーゼは無表情のまま天井を見上げた。
そして、地下から怒号が響く。
「止めが甘いッ!!」
バド団長だった。
うん、たぶんそうなんだろうな、とリリアーヌは思った。
誰が悪いかはわからないけれど、たぶん“止め”が甘かったのだ。
やがて、アンナが静かに頭を下げる。
「申し訳ございません、殿下」
リーゼも続く。
「扉の開放は適切でした。減速側の問題かと」
食堂で責任の切り分けが始まった。
そんな中、リリアーヌはそっとスプーンを取り、残ったスープをひと口飲んだ。
……温かい。
たしかに温かい。
そして、おいしい。
「あの」
みんなが一斉にこちらを見る。
「天井には飛びましたけれど、温かいですわ」
再び沈黙。
それから、給仕長がそっと目を閉じた。アンナは肩を落とし、リーゼはなぜかほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。
その直後、地下からまた響く。
「もう一度だァッ!」
ああ、うん。そうなるよね。
リリアーヌは天井のしずくを見上げ、心の中でつぶやいた。
(温かいご飯が欲しかっただけなのに……スープって天井まで飛ぶんだ)
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