白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお

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第5話 旦那様、距離が近くなっていませんか?

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 翌朝――
 屋敷の食堂に入ると、テーブルの端にラディス様が座っていた。

「おはようございます、ラディス様」

「……おはよう、リオラ」

 穏やかな声。
 だけどその“間”がいつもより柔らかく感じるのは、気のせいだろうか。

 昨夜、私の作ったクッキーを何度も「美味かった」と言ってくださったせいか、
 なんとなく、彼の顔を正面から見るのが恥ずかしくて。

 席につこうとしたそのとき――

「リオラ」

「はい?」

「……こちらへ」

 ラディス様が、隣の椅子を軽く押した。

「え?」

 私は固まった。
 いつもは向かい合わせで座っていたのに。

 明らかに――近い。

「食事中に話しやすいと思ってな。迷惑でなければ」

「ま、迷惑ではありませんが……ええと……」

 心臓がうるさい。
 距離が近い。
 近すぎる。

 私は緊張しながら隣に座ると、ラディス様が自然に食器を取り、パンを手際よく切り分けてくれた。

「これが食べやすいだろう」

「そ、そこまで……!」

「いつも忙しいのだろう? 朝くらい、楽をしてほしい」

 言い方が優しすぎて、逆に困る。

 そうしている間にも、ラディス様がさらりと私の皿にスープを注いだり、
 手が触れそうになったり、距離の近さが気になって仕方ない。

 エミが給仕しながら、遠くでにやけているのが視界の端に見えた。
 あれは完全に“分かっている顔”だ。

「ラディス様……」

「なんだ?」

「白い結婚、ですよね……?」

 思わず本音が漏れる。
 ラディス様はわずかに瞬きをし、困ったように微笑んだ。

「ああ。干渉はしないつもりだ。
 だが……話すくらいは、してもいいだろう?」

「は、はい……」

「君が嫌なら、また席を離す」

「い、いえ! 嫌では……!」

 慌てて否定した瞬間、ラディス様の視線が柔らかく揺れた。
 その目は――ほっとしたようにも見えた。

「ならよかった」

 静かな、けれど確かに嬉しさを含んだ声。

 ……心臓が落ち着かない。

 白い結婚なのに、なんだか普通の夫婦みたいで。

 落ち着かなくて、でも嫌ではなくて、
 むしろ少しだけ……安心してしまう自分がいる。

 *

 食後、私は庭を散歩していた。
 気を落ち着かせたくて、少し歩く。

(落ち着け私。これはただ、旦那様が優しいだけ……)

 そう言い聞かせていたとき。

「リオラ」

 名前を呼ばれて振り向けば、ラディス様がまっすぐこちらに歩いてきた。

 陽光の中の灰色の瞳は、どうしてこんなにも優しい色なのだろう。

「困ったことはないか?」

「いえ、あの……はい。何も」

「そうか。ならよかった」

 その一言が、妙に胸の奥に響く。

「君が笑って過ごせているなら、それで十分だ」

「……」

 まただ。
 また心臓が跳ねるような言葉を。

「本当に……干渉はしないつもりだ。
 ただ……君が笑っていると、私の心が落ち着く」

「え……」

 それは反則だ。

 白い結婚の約束があるのに、そんな言葉を言われたら――
 誤解してしまう。

 私は慌てて視線を逸らした。
 彼の瞳のやわらかさに、胸がざわつく。

 するとラディス様が不思議そうに首をかしげる。

「……顔が赤い。風邪か?」

「ち、ちがいます!」

「本当か?」

 距離が近い。
 顔が近い。
 近い。近い。

「だ、大丈夫です!」

「そうか。なら安心した」

 にこりと微笑むラディス様。
 その笑みがあまりに自然で、心のどこかが甘く溶けた。

 白い結婚のはずが――
 どうしてこんなに胸が苦しく、嬉しいのだろうか。


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