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第20話 あなたのために作ったのに、それだけで喜ぶなんて
しおりを挟むラディスが忙しい日々は続いた。
朝早くに出て、夜遅くに帰る。
屋敷にいても書斎にこもり、文書の山と格闘している。
昨日はやっと顔を見ることができたけれど――
その疲れ切った表情が、胸に刺さった。
(きっと無理してる……食事もまともに取れてないんじゃ……)
ふと思い立ち、リオラはキッチンに立った。
「エミ、お弁当を作りたいの。ラディスが好きそうなものって、何がいいかな?」
「まあっ……! ついに奥様が“旦那様のお弁当”を……!」
「ち、ちがっ、そういう意味じゃ……!」
エミはにこにこしている。完全に勘違いされている。
けれど、リオラの心も否定しきれなかった。
実際、ラディスに食べてほしい。元気でいてほしい。
その気持ちが本物なのは、認めざるを得なかった。
「そうですね……旦那様は、リオラ様の作ったものなら何でも喜びますよ」
(……っ、そんな、言い過ぎ……)
頬が熱くなるのを感じながら、リオラは手際よく材料を並べ、小さなお弁当箱に詰めていく。
玉子焼き。
パンに少し砂糖を加えた焼き菓子。
軽いスープと、甘さ控えめのクッキー。
「できた……!」
「とっっても可愛いです! 絶対、旦那様の疲れも吹き飛びますよ!」
エミの言葉に、リオラは小さく笑う。
そして昼前、リオラはお弁当を持って執務所へ向かった。
---
■執務室前
扉の前に立つと、中から低い声が聞こえた。
「……次の徴税計画は?」
重苦しい雰囲気。
リオラは躊躇したが、意を決して扉をノックする。
「リオラ……?」
ラディスが顔を上げた瞬間、表情がほどける。
見るからに疲れているのに、リオラを見ると優しくなる。
その変化に胸がドキンと跳ねる。
「忙しいところ、ごめんなさい……これ……」
そっと差し出したお弁当に、ラディスは目を見開いた。
「……これは?」
「少し、その……食べないと倒れちゃうから……」
途端に、ラディスの喉が小さく震えた。
「リオラが……俺のために?」
「う、うん……」
次の瞬間。
ラディスは子どものように無防備な笑みを見せた。
ほんとうに、心から嬉しいのがわかる笑顔。
「ありがとう……! 本当に……ありがとう……!」
胸元を押さえるようにして、深く息をついた。
「君が作ってくれたと思うだけで、元気になる……」
その言葉に、リオラの心臓が跳ね続ける。
席に座ったラディスは、玉子焼きを一口。
「……うまい……っ」
まるで感動している子どものように。
クッキーを食べるたび、「美味しい、美味しい」と呟き、
スープを飲んでは嬉しそうに目を細める。
その姿を見ていたリオラの胸に、あたたかいものが広がった。
「そんなに喜んでもらえるなら……作った甲斐があるよ……」
「喜ぶに決まっている。だって……」
ラディスはスプーンを置き、ゆっくりリオラを見つめた。
「君のために働いているんだ。
その君から食事をもらえるなんて……贅沢すぎる」
「えっ……」
「本当に……君が来てくれただけで、生き返った気分だ」
言葉が甘くて、リオラは目を逸らしてしまう。
(だめだ……この感じ……また心が……)
白い結婚なのに。
気づけば、ラディスの一言一言に胸が溶けそうだった。
ラディスは照れたように笑い、続けた。
「ありがとう、リオラ。
……本当に嬉しい。大切に食べる」
その“ありがとう”は、いつもの優しい声よりさらに柔らかくて――
リオラの胸に、静かに降り積もっていった。
会えなかった日々の寂しさが、ゆっくり溶けていくようだった。
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