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第十八話 求められる名と、動かない心
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第十八話 求められる名と、動かない心
王都の宴から数日後、社交界は完全に空気を変えていた。
均衡特性は疑念の対象ではなく、成功の象徴へと転じる。
「北の令嬢は王都を救った」
「王都の結界を安定させたのは彼女ですって」
「均衡の象徴よ」
噂は膨らむ。
誇張も混じる。
だがひとつだけ確かなことがある。
かつて“無”と断じられた名は、今や王都の会話の中心にある。
王宮では、さらに踏み込んだ議論が始まっていた。
「北との関係を強化するべきだ」
「公爵家との縁を深める」
「王都に“均衡”を内包する」
言葉は柔らかい。
だが意味は明確だ。
縁談。
政治的接近。
取り込み。
北。
私は書斎で手紙を読んでいた。
王都貴族からの挨拶状。
以前は届かなかった種類のものだ。
「招待、贈答、見舞い……」
私は苦笑する。
「分かりやすいですね」
「人は価値に寄る」
レオンハルトが静かに言う。
「以前は寄らなかった」
「ええ」
私は窓の外を見る。
雪は完全に消え、土が見えている。
王都から、もう一通の書状が届く。
差出人は――アルフレッド。
封を切る。
内容は簡潔だった。
「王都は、均衡特性を正式研究枠として独立させる。局長として推薦を受けている」
その一文の後に続く言葉。
「だが私は、北との共同責任者を望む」
私はゆっくりと息を吐く。
「局長、ですか」
「昇進だな」
レオンハルトが言う。
「序列は回復しつつある」
均衡を否定しなかった者が、今や均衡を推進する立場にいる。
ざまぁ、と呼ぶには静かだ。
だが確実に。
彼は、自らの誤りを受け入れたことで、再評価を得た。
王都。
アルフレッドは団長室に呼ばれていた。
「推薦は正式に決まった」
「……承知しました」
「だが北との連携が前提だ」
「はい」
団長は彼を見つめる。
「個人的な感情を持ち込むな」
「持ち込みません」
嘘ではない。
だが完全な真実でもない。
彼の中には、後悔と敬意と、わずかな未練が混じっている。
夜。
北の庭。
私はひとり、石畳の上に立つ。
均衡は王都に根付き始めた。
ざわめきは収まり、揺らぎは減少。
私の役目は、終わりつつある。
「王都へ行く気は」
レオンハルトの問い。
「ありません」
即答。
「彼が望んでも?」
「望んでも」
迷いはない。
私は王都に戻らない。
必要とされることと、選ばれることは違う。
王都は今、私を必要とするかもしれない。
だが北は、最初から選んだ。
その違いは、決定的だ。
翌朝、王都で正式発表が行われる。
「均衡特性研究局、設立」
局長――アルフレッド・ヴァルクレイ。
拍手が起きる。
彼は壇上で一礼する。
視線は真っ直ぐ。
だが心の奥では、北を思っている。
北。
私は通信装置越しにその様子を見ていた。
「おめでとうございます」
短く告げる。
彼はわずかに目を伏せる。
「……ありがとう」
間が落ちる。
「王都へ来る気は」
「ありません」
柔らかく、しかし揺らがず。
彼は静かに頷く。
「分かっていた」
その言葉に、未練はない。
理解がある。
通信が切れる。
私は空を見上げる。
春の雲がゆっくり流れていく。
ざまぁ、というほどの崩壊はない。
誰も滅びていない。
だが序列は均され、価値は再定義された。
かつて光らなかった水晶は、今や理論の中で輝いている。
私は北にいる。
動かない。
だが王都は動き続ける。
求められる名。
だが動かない心。
均衡は、中心に立たずに世界を支える。
そして私は、静かに北の空気を吸い込んだ。
王都の宴から数日後、社交界は完全に空気を変えていた。
均衡特性は疑念の対象ではなく、成功の象徴へと転じる。
「北の令嬢は王都を救った」
「王都の結界を安定させたのは彼女ですって」
「均衡の象徴よ」
噂は膨らむ。
誇張も混じる。
だがひとつだけ確かなことがある。
かつて“無”と断じられた名は、今や王都の会話の中心にある。
王宮では、さらに踏み込んだ議論が始まっていた。
「北との関係を強化するべきだ」
「公爵家との縁を深める」
「王都に“均衡”を内包する」
言葉は柔らかい。
だが意味は明確だ。
縁談。
政治的接近。
取り込み。
北。
私は書斎で手紙を読んでいた。
王都貴族からの挨拶状。
以前は届かなかった種類のものだ。
「招待、贈答、見舞い……」
私は苦笑する。
「分かりやすいですね」
「人は価値に寄る」
レオンハルトが静かに言う。
「以前は寄らなかった」
「ええ」
私は窓の外を見る。
雪は完全に消え、土が見えている。
王都から、もう一通の書状が届く。
差出人は――アルフレッド。
封を切る。
内容は簡潔だった。
「王都は、均衡特性を正式研究枠として独立させる。局長として推薦を受けている」
その一文の後に続く言葉。
「だが私は、北との共同責任者を望む」
私はゆっくりと息を吐く。
「局長、ですか」
「昇進だな」
レオンハルトが言う。
「序列は回復しつつある」
均衡を否定しなかった者が、今や均衡を推進する立場にいる。
ざまぁ、と呼ぶには静かだ。
だが確実に。
彼は、自らの誤りを受け入れたことで、再評価を得た。
王都。
アルフレッドは団長室に呼ばれていた。
「推薦は正式に決まった」
「……承知しました」
「だが北との連携が前提だ」
「はい」
団長は彼を見つめる。
「個人的な感情を持ち込むな」
「持ち込みません」
嘘ではない。
だが完全な真実でもない。
彼の中には、後悔と敬意と、わずかな未練が混じっている。
夜。
北の庭。
私はひとり、石畳の上に立つ。
均衡は王都に根付き始めた。
ざわめきは収まり、揺らぎは減少。
私の役目は、終わりつつある。
「王都へ行く気は」
レオンハルトの問い。
「ありません」
即答。
「彼が望んでも?」
「望んでも」
迷いはない。
私は王都に戻らない。
必要とされることと、選ばれることは違う。
王都は今、私を必要とするかもしれない。
だが北は、最初から選んだ。
その違いは、決定的だ。
翌朝、王都で正式発表が行われる。
「均衡特性研究局、設立」
局長――アルフレッド・ヴァルクレイ。
拍手が起きる。
彼は壇上で一礼する。
視線は真っ直ぐ。
だが心の奥では、北を思っている。
北。
私は通信装置越しにその様子を見ていた。
「おめでとうございます」
短く告げる。
彼はわずかに目を伏せる。
「……ありがとう」
間が落ちる。
「王都へ来る気は」
「ありません」
柔らかく、しかし揺らがず。
彼は静かに頷く。
「分かっていた」
その言葉に、未練はない。
理解がある。
通信が切れる。
私は空を見上げる。
春の雲がゆっくり流れていく。
ざまぁ、というほどの崩壊はない。
誰も滅びていない。
だが序列は均され、価値は再定義された。
かつて光らなかった水晶は、今や理論の中で輝いている。
私は北にいる。
動かない。
だが王都は動き続ける。
求められる名。
だが動かない心。
均衡は、中心に立たずに世界を支える。
そして私は、静かに北の空気を吸い込んだ。
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