選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第四十話 選ばれなかった令嬢は、世界の外に立つ

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第四十話 選ばれなかった令嬢は、世界の外に立つ

 春は完全に根を下ろしていた。

 王都の街路には均衡の日の旗が揺れ、南方の港では分散炉の灯が安定し、北の山々では新緑が静かに広がっている。

 祝祭はあった。

 だが像はない。

 中心もない。

 誰か一人の名を叫ぶ声もない。

 それでも世界は回っている。

 均衡は、空気のように。

 王都、中央広場。

 王太子は広場を見下ろしながら言う。

「彼女がいなくても、回るな」

 アルフレッドが静かに答える。

「それが彼女の望みだ」

 かつて選ばれなかった令嬢は、今や選ばれなくても揺らがない。

 支配も象徴も拒み、制度だけを残した。

 ざまぁは、とっくに終わっている。

 王家は依存を失い、研究局は独立し、南方は対等になった。

 敗者はいない。

 ただ、成長がある。

 北。

 私は丘に立ち、風を受けていた。

 均衡の日の祝砲はここまで届かない。

 それでいい。

 レオンハルトが隣に立つ。

「終わったな」

「終わっていません」

「では」

「始まりです」

 均衡は完成ではない。

 完成した瞬間に停滞する。

 だから削り続ける。

 問い続ける。

 星を見上げる。

 かつて私は、王都で“価値なし”と評された。

 削られる側だった。

 だが削られたからこそ、理論は生まれた。

 否定は土壌になった。

 もし、あのとき選ばれていたら。

 王家直属顧問になっていたら。

 像を受け入れていたら。

 均衡はここまで広がらなかった。

 私は王都を振り返らない。

 未練はない。

 後悔もない。

 あるのは選択の結果だけ。

 通信が入る。

 王太子だ。

「均衡の日、おめでとう」

「祝いは不要です」

「形式だ」

「では受け取ります」

 短い沈黙。

「北公爵令嬢」

「はい」

「あなたは満足か」

 私は少しだけ考える。

「いいえ」

「ほう」

「満足は停滞です」

 通信の向こうで、小さな笑い声が響く。

「変わらないな」

「変わりますよ」

「どこが」

「世界が」

 通信が切れる。

 レオンハルトが肩をすくめる。

「相変わらずだ」

「ええ」

 だが内心は穏やかだった。

 私は英雄ではない。

 象徴でもない。

 王妃でも顧問でもない。

 選ばれなかった令嬢。

 それで十分。

 均衡は今や世界の理論だ。

 王都も北も南方も、互いを削り合わず支え合う。

 中心なき世界。

 名なき制度。

 個人に依存しない光。

 春風が吹く。

 山の緑が揺れる。

 私はゆっくりと丘を下りる。

 物語はここで終わる。

 だが均衡は終わらない。

 削られ、整えられ、問いを受け、問いを返す。

 かつて価値なしと断じられた令嬢は、世界の中心に立たなかった。

 だからこそ、世界は中心を持たずに済んだ。

 それが最後の答え。

 そして、はじまりだった。
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