選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第三十九話 中心なき世界と、選ばれなかった象徴

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第三十九話 中心なき世界と、選ばれなかった象徴

 春は確かに訪れていた。

 北の山肌から雪が消え、王都の庭園にも若葉が揺れている。
 均衡基金は拡張され、分散審議会は成熟し、外部監査も制度として組み込まれた。

 もはや均衡は「理論」ではない。
 空気のように、前提になった。

 それでも、人は象徴を欲しがる。

 王都の中央広場。

 市民からの嘆願書が提出された。

 ――均衡の創始者を称える記念日を。

 ――像を。

 ――祝祭を。

 分散審議会は議題に上げる。

「制度は個人に依存しない」

「だが市民感情は別だ」

「感謝を形にしたいのだろう」

 王太子は沈黙していた。

 そして一言。

「本人の意向を確認しよう」

 北。

 通信が入る。

「記念日と像の件だ」

 私は目を閉じる。

「またですか」

「今回は市民発案だ」

「理解はします」

「だが?」

 私は窓の外を見る。

 若葉が風に揺れている。

「像は、均衡に反します」

「理由を聞こう」

「中心を作るからです」

 感謝は悪ではない。

 称賛も否定しない。

 だが象徴は偏りを生む。

 やがて“守るべき存在”となり、議論の外へ置かれる。

「私は制度の外にいます」

「だが影響力はある」

「それは削ります」

 私は静かに言う。

「記念日は設けてもいい」

「像は?」

「不要です」

 王都。

 議会は揺れる。

「像なしで記念日?」

「奇妙だ」

「だが理念には沿う」

 最終的に決定する。

 ――均衡の日を制定。

 ――個人名は冠さない。

 ――像は建てない。

 広場に掲げられたのは、言葉だけ。

 “偏りを削り、支え合う。”

 北。

 私はその報告を聞く。

 レオンハルトが問う。

「満足か」

「いいえ」

「では」

「安心です」

 ざまぁと呼べるものは、もうない。

 王都は依存を断ち、北も独立し、南方も成熟した。

 誰かを引きずり落とす物語は終わっている。

 今あるのは、中心なき世界。

 アルフレッドから短い通信が届く。

「像がなくて、がっかりしている者もいる」

「でしょうね」

「だが尊敬は消えていない」

「それで十分です」

 像は削った。

 席も削った。

 名誉も削った。

 残ったのは制度。

 そして、静かな敬意。

 夜。

 北の丘に立つ。

 王都の光は遠い。

 私は象徴ではない。

 英雄でもない。

 選ばれなかった令嬢。

 それでいい。

 均衡は回る。

 誰かに頼らず、誰かを祭らず。

 問いを受け、問いを返し、進化する。

 春の星は穏やかだ。

 中心はない。

 だが世界は安定している。

 それが最後の逆転だった。
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