選ばれなかった令嬢は、均衡で世界を削り直す

しおしお

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第三十八話 姿なき観測者と、返される問い

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第三十八話 姿なき観測者と、返される問い

 春の兆しが北の空気を柔らかく変え始めたころ、微小歪みは完全に消えた。

 削ったのではない。

 制度が、合議が、逆提案が――自然に吸収した。

 王都も南方も、静かな安堵に包まれている。

 だが私は理解している。

 終わったのではない。

 返したのだ。

 問いを。

 北の観測室で、私は炉波形を眺める。

 揺らぎはない。

 だが今度は、逆に不自然なほど整っている。

「静かすぎる」

 レオンハルトが呟く。

「ええ」

 歪みを試した者は、今度は何も触れない。

 それもまた試験。

 ――均衡は、刺激がなければ停滞するか。

 王都から通信が入る。

 アルフレッドだ。

「逆提案制度は有効だった」

「ですが」

「分かっている。静かすぎる」

 彼も感じている。

「誰かが観測している」

「敵とは限らない」

「ああ」

 破壊者なら痕跡を残す。

 だが今回は、理念に寄り添い、限界を測るだけ。

 私は静かに決断する。

「王都に提案を」

「何だ」

「外部監査を導入します」

「外部?」

「南方でも北でもない。第三者」

 均衡を知らない者の視点。

 理論に染まらない目。

 王太子は驚きながらも頷く。

「痛みを伴う」

「ええ」

 だが停滞は腐敗を生む。

 数日後、北へ一通の書簡が届く。

 差出人はない。

 ただ、短い文。

 ――均衡は進化した。

 私は目を細める。

「返事は?」

「書きません」

 レオンハルトが小さく笑う。

「問いを返したのは向こうだ」

「ええ」

 だが今回は、こちらが問いを投げる番。

 外部監査団が王都に到着する。

 魔術師でも貴族でもない。

 学者、商人、技師。

 均衡理論を知らぬ者たち。

 彼らは遠慮なく言う。

「この合議、時間がかかりすぎる」

「逆提案は有効だが、実行速度が落ちる」

「負荷分散は良いが、責任所在が曖昧」

 痛い指摘。

 だが事実。

 王都は修正を始める。

 速度と分散の再調整。

 吸収と判断の再設計。

 北。

 私は書簡を暖炉にくべる。

 炎が紙を飲み込む。

 姿なき観測者。

 あなたは均衡を試した。

 ならば私は、均衡を進める。

 ざまぁとは違う。

 勝ち負けではない。

 だが確実に、主導権はこちらにある。

 問いを投げ、問いを返し、理論を磨く。

 夜。

 北の星は穏やかだ。

 均衡は静かに回る。

 観測者は姿を見せない。

 だが今や、試される側ではない。

 こちらが世界を試している。

 春の風が、山を越える。

 姿なき問いは、もう脅威ではない。

 均衡は、またひとつ先へ進んだ。
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