『婚約破棄された令嬢ですが、王太子殿下に一途に愛されまして? 気づいたら王妃候補ですわ』

しおしお

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第1話 婚約破棄と、静かに笑う公爵令嬢

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第1話 婚約破棄と、静かに笑う公爵令嬢

 王城の大広間は、祝宴のはずだった。
 煌めくシャンデリア、磨かれた大理石の床。
 貴族たちの談笑は、ある瞬間を境に凍りついた。

「――フェリシェール・エルヴァーン。
 本日をもって、お前との婚約を破棄する!」

 高らかな声で宣言したのは、王太子カイル・グラシオン殿下。
 金髪碧眼、誰もが“王子様”と呼ぶ青年である。

 しかし、呼ばれた公爵令嬢フェリシェールは、静かに目を瞬いた。

「……婚約、破棄……ですか?」

 問い返す声は、驚愕よりも確認に近かった。

(そう……。ようやく来たのね、この瞬間が)

 彼女には予兆が見えていた。
 最近、王太子の側には、決まって一人の令嬢が寄り添っていたからだ。

「そうだ! お前は王太子妃に相応しくない。
 控えめで優しく慎ましい女性こそ、私の妃に相応しい!」

 そう言ってカイルの腕を取ったのは、茶髪の伯爵令嬢――ミレイユ・バルティエ。

 彼女は涙ぐんだ顔で王太子を見上げた。

「殿下……ありがとうございます。でも……私、フェリシェール様を傷つけるつもりなど……」

(よく言えるものね)

 フェリシェールは微笑を崩さず、内心でため息をついた。

 侍女を泣かせ、贈り物を売り飛ばし、気に入らぬ者を陰で追い払う。
 ミレイユの裏の顔を、フェリシェールは“偶然にも”よく知っていた。

 しかし、王太子は一切それを調べようとしなかった。

「フェリシェール。お前はミレイユをいじめたそうだな!」

「まあ……そう、聞かされたのですか?」

「聞かされた? 何をとぼける!」

 貴族たちは顔を見合わせた。

(……これは、面倒なことになりそうね)

「殿下。では、証拠はございますか?」

「証拠など必要ない! 私はミレイユを信じている!」

 あまりの答えに、大広間がざわついた。

「……信じるのは大切ですが、事実とは別問題ですわ、殿下」

「黙れ! お前は嫉妬深い女だ!」

(どちらが、かしら)

 フェリシェールは眉一つ動かさず、ただ静かに微笑んだ。

 その態度にこそ、周囲の視線が揺れる。

「え?」「泣かないのか?」「もっと取り乱すと思ったのに」

 期待していたような“涙の断罪劇”は起きなかった。
 それが、逆に王太子を焦らせた。

「お前……何か言え!」

「殿下のお望みの通りにいたします。
 婚約破棄――承知いたしました」

 その瞬間。

 銀の光が視界の端に差し込んだ。

「その言葉、待っていたよ。ようやく彼女を解放してくれたな、カイル」

 涼やかで冷たい声音。
 大広間の空気が一変する。

 人々が振り返ると、そこには――
 銀髪に深紅の瞳を持つ青年が歩み出ていた。

 第二王子、アレン・ヴァレンティン殿下。

 王太子とは違い、政治・魔法・軍事すべてで優秀と評される“氷の王弟”である。

「ア、アレン兄上……何故ここに?」

「妹のように可愛がってきた公爵令嬢が不当な扱いを受けていると聞いてね」

 “妹のように”という言葉に、フェリシェールは小さく首を傾げた。

(私……そんなに殿下と親しかったかしら?)

 どうやら、アレンの主観らしい。

 アレンはフェリシェールの前に立ち、軽く片膝をついた。

「フェリシェール。あなたは何一つ悪くない。
 身の潔白は、私が証明しよう」

「え……?」

 耳まで赤くなるほど、静かで誠実な声音だった。

 広間の女性たちが息を呑む。

「アレン……兄上……! これは私の婚約の話だ!」

「婚約? ただの断罪ごっこの間違いだ」

 アレンは軽く笑った。
 その笑みは冷たく――しかしフェリシェールにはなぜか優しく見えた。

「証拠も出さず、感情だけで判断するのは王太子のすることではない」

「なっ……!」

「王家の名にかけて確かめさせてもらうよ。
 ――ミレイユ・バルティエ嬢。あなたにも話を聞こう」

 名指しされたミレイユが怯えたように震える。

「いや……わ、私は……」

 その時。

 大広間の扉が慌ただしく開かれた。

「殿下! 重大な報告がございます!」

 王宮侍従長が駆け込んでくる。

「ミレイユ・バルティエ嬢の部屋から、
 王宮宝物庫の“行方不明になっていた宝飾品”が大量に発見されました!」

「……え?」

 王太子の顔色が一瞬で変わる。

「ち、違うの! これは……その……!」

 ミレイユの言い訳は、もはや誰の耳にも届かなかった。

 アレンが冷たく告げる。

「賢明な判断を。カイル。
 ――この場で謝罪するのは、あなたの方だ」

 ざわめきが、波のように広がる。

 フェリシェールは静かに目を伏せた。

(終わった……。ようやく……)

 重圧から解放され、胸の奥からふわりと息が漏れた。

 涙は出なかった。
 ただ、静かな安堵があった。

 その横で、アレンがそっと手を差し伸べてくる。

「フェリシェール。
 よければ今夜、この場を離れよう。
 君を守るのは、もう私の役目だ」

「……殿下……?」

 微笑むアレンの姿は――
 まるで、氷が溶けていくように優しかった。

(どうしましょう……。
 殿下の声が……こんなに、温かいなんて)

 フェリシェールは驚いたまま、彼の手を取った。

 ――婚約破棄の場は、
 王太子と伯爵令嬢の崩壊、
 そして公爵令嬢フェリシェールの“新たな物語の始まり”となったのだった。

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