『婚約破棄された令嬢ですが、王太子殿下に一途に愛されまして? 気づいたら王妃候補ですわ』

しおしお

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第5話 揺れ始める日常と、公爵夫婦の決意

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第5話 揺れ始める日常と、公爵夫婦の決意

 アレンが去った後も、応接室には微かな余韻が残っていた。

 薬指の指輪が、まるで心臓と同じリズムで脈打つように感じる――
 フェリシェールは胸に手を当て、深く息をついた。

(……落ち着かないわ……
 殿下が、どうしてそこまで私に……?)

 考えるほど胸が熱くなる。
 だが、思考は扉が勢いよく開く音で遮られた。

「フェリシェール!」

「お母様!」

 駆け寄ってきた公爵夫人エレーヌが、娘をぎゅっと抱きしめる。

「何事かと心配で……!
 王宮から“婚約破棄の宣告がなされた”と聞いて……
 あなたの姿が見えなくて……!」

「お母様、私は大丈夫です。
 殿下が助けてくださって……」

 落ち着いた声で答えるフェリシェールに、母は目を潤ませた。

「あなたは……本当に強い子ね……」

 少し遅れて、公爵オスカーも入ってきた。

「フェリシェール。無事でよかった。
 ……アレン殿下は、どのようなご様子だった?」

「とても冷静で、でも……私のことを強く庇ってくださいました」

「そうか」

 オスカーは短く返すが、その瞳には複雑な光が宿っていた。

(第二王子殿下が……そこまで動くとは……
 フェリシェール、お前は気づいていないのだろうが……
 殿下は、明らかに“特別視”していた)

 その時、フェリシェールの指輪がわずかに光った。

「……え?」

 公爵夫妻も気づき、目を見張る。

「それは……?」

「アレン殿下からの贈り物です。
 危険を感じたとき、結界を張る指輪だと……」

「……なんと」

 オスカーの表情が固くなる。

(殿下が警護具を与えるということは、
 フェリシェールに明確な“敵意”が向けられている証拠……)

 エレーヌが心配そうに言う。

「フェリシェール……あなた、最近“変な気配”を感じたことは?」

「……実は、少しだけ。
 王宮で、誰かにじっと見られているような……
 今日の事件の前から、ずっと」

「やはり……」

 オスカーの顔が険しくなる。

「オスカー、ひょっとして……?」

「ああ。誰かがフェリシェールを狙っている。
 ――彼女の魔力を」

「魔力……?
 私は特別なものなんて……」

「それが、特別なんだよ」

 オスカーは娘を見据えた。

「王宮魔術団の記録を私は読んだ。
 幼い頃、お前の魔力測定で“値が正しく計れなかった”と書かれていた。
 あれは、魔力量ではなく――
 魔力の質があまりに精密で、測定具が追いつかなかったためだ」

「……そんな理由が……」

(私に、そんな力が……)

 フェリシェールは混乱しつつも、胸の奥がざわつく。

「フェリシェール」

 公爵夫人が娘の手を握った。

「私たちは、あなたがどういう存在であれ、必ず守るわ。
 けれど……もし誰かがあなたを利用しようとしているなら、
 逃がすだけでは足りない。
 “立ち向かう力”が必要になる」

「……立ち向かう力」

 その言葉が胸に響いた。


---

◆公爵家の廊下──アレンが残した痕跡

 その頃、フェリシェールの部屋を出たアレンは、
 公爵家の廊下で侍従長に声をかけられていた。

「殿下……フェリシェール様に、指輪を?」

「必要なものだ。
 彼女の周囲は、今安全とは言えない」

「ですが……殿下、薬指にはめられたと……」

「それが何か?」

 アレンはほんの一瞬だけ視線を逸らし、
 すぐに柔らかな微笑へと戻した。

(……まさか殿下が、ここまで……)

 侍従長は内心で驚いていた。

「彼女には、まだ“本当のすごさ”を知らない。
 だが、時間の問題だ。
 ――彼女の魔力は、必ず覚醒する」

 アレンの声音は、未来を確信する者のそれだった。


---

◆フェリシェールの部屋──魔力の前兆

 夜になり、フェリシェールは自室に戻っていた。

 侍女エマが熱いお茶を用意する。

「お嬢様……今日は本当に大変でしたね。
 でも、アレン殿下……すごく優しかったです!」

「……その話は、もういいわ、エマ」

「ええ~? 頬が赤いですよ? 殿下のせいでは?」

「違います!」

 フェリシェールは慌てて否定するが、顔はさらに赤くなる。

(だって……あんな距離で……
 指輪をはめるなんて……
 反則でしょう……)

 そんな羞恥と動揺の中、ふと気配が変わった。

 空気が微かに震える。

「……え?」

「どうしました、お嬢様?」

「いえ……なにか……」

 手元のキャンドルの火が、揺らいだ。
 部屋の中に、微細な“魔力の糸”のようなものが走る。

(これ……私……?
 さっき殿下に言われた『精密魔力』の……?)

 胸の奥が急に熱を帯びた。

 視界の端に、細い光の糸が見えた気がした。

「――っ!」

 その瞬間。

 フェリシェールの薬指の指輪がぱっと輝いた。

「お嬢様!? 指輪が……!」

「だ、大丈夫……」

 しかし、フェリシェールの心は動揺していた。

(どうして……
 私の中の魔力が、こんなに……)

 理解しようとしたその時――
 窓の外で何かが動いた。

「……?」

 暗闇の中、屋根の影に“人の気配”があった。

 フェリシェールの背筋が冷たくなる。

(誰か……いる……!)

 震える声で、エマが呟いた。

「お、お嬢様……まさか……
 ミレイユ様を操っていた黒幕の……?」

 フェリシェールは、深く息を吸った。

「エマ、扉を閉めて鍵を。
 公爵家の兵に知らせて」

「は、はい!」

 その時――

 “影の気配”が一瞬だけ、こちらを見たのが分かった。

 まるで彼女を確かめるように。

 そして、すぐに消える。

(私を……見ていた……?
 まるで……観察されているみたい……)

 胸がきゅっと締めつけられる。

(本当に、私の魔力を狙って……?)

 アレンの言葉が脳裏に蘇る。

――“君は利用されやすい”

(逃げてばかりでは、駄目……
 私は……!)

 震える指先で、フェリシェールは決意を固めた。

「……私は、戦うわ。
 もう誰にも、好き勝手はさせない」

 強い瞳が、キャンドルの炎を映して揺れた。

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