『婚約破棄された令嬢ですが、王太子殿下に一途に愛されまして? 気づいたら王妃候補ですわ』

しおしお

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第20話 招かれざる客と、新たな火種

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第20話 招かれざる客と、新たな火種

フェリシェールは、婚約解消から数日が経ち、ようやく落ち着いた日常に戻りつつあった。

朝は家族と食事をし、昼は庭で読書をし、夜は侍女たちと談笑する。
何気ない時間が、こんなにも安らぐものだったのかと、彼女はしみじみ感じていた。

(これからは、自分の時間を大切に生きていくのだわ。)

そう思えるようになったのは、アレンのおかげでもあった。

だが──。

その穏やかな日々は、早くも揺らぎ始めていた。

その日の午後。
フェリシェールが家の前で侍女と散歩をしていたとき、見覚えのある一団がこちらへ歩いてくるのが見えた。

「……あれは。」

侍女も緊張した面持ちになる。

近づいてきたのは、王太子カイルと、その取り巻きの騎士たちだった。

フェリシェールの胸がわずかに強張る。

(なぜ、ここに……?)

カイルは彼女を見つけると、安堵したような表情を浮かべた。

「フェリシェール、話がある。」

落ち着いた声を装っていたが、どこか焦りと不安が滲んでいる。

フェリシェールは一歩下がり、礼儀正しく頭を下げた。

「ご用件をお伺いいたします、殿下。」

しかしその声には、もう以前のような怯えはなかった。
誇り高く、自立した令嬢の声だった。

カイルは、しばらく彼女の顔を見つめ、言葉を探すように口を開いた。

「……あれから、ずっと考えていた。
本当に君を疑うべきではなかったと……。
私は、間違っていた。」

フェリシェールは静かにまぶたを伏せる。

(遅すぎるわ。)

しかし、口には出さない。
彼女はもう、過ぎたことに執着しないと決めたのだ。

「殿下がご自分の判断で決められたことです。私は、今さら恨んではおりません。」

「では……君は、私を許してくれるのか?」

その問いに、フェリシェールは驚いた。

許す、という言葉の重さ。
それは彼女が望む未来には必要のない感情だった。

「恨んでおりません。しかし……過去に戻ることはできません。」

その言葉に、カイルの顔がわずかに強張る。

「ま、待ってくれ。私は……私は君を迎えに来たんだ。
ミレイユとは正式に距離を置く。君さえ望むのなら、婚約を戻すことも──」

「殿下。」

フェリシェールの声が静かに、しかし鋭くその言葉を断ち切った。

「私はもう、あの場所には戻れません。」

カイルは言葉を失う。

フェリシェールは続けた。

「私は……自分自身の人生を歩きたいのです。
殿下の隣に立つためではなく、私のために。」

カイルの目が揺れた。
彼は初めて、彼女の本当の強さを目の当たりにしたのだ。

「フェリシェール……君が、そんな顔をするなんて。」

「人は変わります。時が経てば、気持ちも変わります。」

カイルは何か言い返そうとしたが、そこへ馬の走る音が近づいてきた。

勢いよく現れたのは、アレンだった。

彼は馬を降りるや否や、迷いなくフェリシェールの前へ歩み寄る。

「……殿下、この場で何をされているのですか。」

氷のような声音。
カイルの表情が一瞬で険しくなる。

「アレン。君には関係のないことだ。」

「いいえ。あります。」

アレンはフェリシェールの横に立ち、淡く守るような位置に自分を置いた。

「フェリシェールは、もうあなたの婚約者ではない。
彼女に無断で訪れ、過去を蒸し返すのは控えていただきたい。」

「……彼女は私の元婚約者だ。」

「元、です。今は、彼女の意思が最優先されるべきです。」

フェリシェールは、ふたりの会話に割って入った。

「殿下、どうかお帰りください。
お気持ちは受け取りました。ですが……私は前に進みたいのです。」

その言葉に、カイルはついに沈黙した。

彼は唇を噛み、悔しそうに、しかしどこか未練の残る視線でフェリシェールを見つめる。

「……そうか。
なら、もう何も言わない。」

カイルはやがて踵を返し、騎士たちと共に立ち去った。

静寂が訪れる。

フェリシェールはそっと息を吐いた。

アレンが横目で彼女を見る。

「……大丈夫か?」

「はい。殿下のおかげで、わたくしは動じずにいられました。」

「本当に……強くなったな。」

アレンがつぶやくと、フェリシェールは小さく笑った。

「殿下が支えてくださったからです。」

アレンはその言葉に、ぐっと胸を締めつけられた。

心の奥で理解してしまう。

もう完全に、彼女を手放せない。

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