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20-3 公爵夫妻の揺らぎとセリカの決意
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第20章 3節 公爵夫妻の揺らぎとセリカの決意
アコード王子がディオール領を去ってから、数日が経った。
しかし――その日の出来事は、ディオール公爵夫妻の胸の内に重く残っていた。
書斎には、深い沈黙が満ちている。
公爵は重厚な机に両肘をつき、指先を組んで考え込んでいた。対面に座る公爵夫人もまた、扇を閉じたまま長い沈黙を守っている。
「……アコード王子の言葉、嘘ではなかったな」
「ええ。あの方の瞳には打算ではなく、真心がありました」
公爵夫人の声は穏やかだったが、その奥には複雑な感情が見え隠れしていた。
セリカを愛する親として――王子の誠実な想いを理解しながらも、簡単に娘を王宮へ送り出すことなどできはしない。
「セリカが王妃となれば、王国にとっては確かに喜ばしいことだ。だが……」
公爵は重く息を吐く。
「だが、あの子はディオール領に欠かせぬ存在だ。領民たちの信頼も厚く、彼女の知恵と采配がこの地の繁栄を支えている。あの子を失えば、この領は――」
「ええ。領民もきっと、不安になるでしょうね」
夫人はそっと目を伏せた。
セリカが領民たちの間を歩けば、誰もが笑顔で頭を下げる。その姿はもはや“令嬢”ではなく、“希望そのもの”だった。
「……けれど、あの方が娘を幸せにできるのなら」
夫人は小さく呟いた。
母としての想いが、理性の壁を揺さぶる。
「私たちが守るより、あの方の隣にいる方が、セリカがより遠くまで羽ばたけるのかもしれません」
公爵はその言葉にしばし沈黙し、やがて深くうなずいた。
「セリカ本人に、話を聞こう。……もう、親の思いだけで決める時ではないな」
---
夕暮れ時。
橙の光がカーテンの隙間から差し込む書斎に、セリカが姿を見せた。
彼女はすぐに察した。両親の表情が、ただならぬものであることを。
「お父様、お母様……お話とは?」
公爵は一呼吸置き、穏やかに切り出した。
「セリカ。アコード王子からの再婚約の申し出について、私たちは何度も話し合った。だが――最終的な答えは、お前自身の意志に委ねたい」
セリカは驚いたように瞬きをした。
王家との婚約。それは家の一大事であり、娘の一存で決められることではない。
しかし、両親は――彼女の選択を尊重しようとしている。
セリカは静かに頷き、慎重に言葉を選んだ。
「……アコード王子のお気持ちは理解しております。とても誠実な方です。ですが――私が王妃となることで、ディオール領やこの地の人々にどのような影響があるのか……それが気がかりです」
彼女の声には、震えではなく、強い責任感が宿っていた。
父も母も、それを痛いほど感じ取っていた。
「私は、この領地を守ることが自分の役目だと思ってきました。
王妃になることが正しい道であっても――領民の生活が不安定になるなら、それは私の望む幸せではありません」
その言葉を聞き、公爵夫人はそっと娘の手を握った。
その手はかすかに冷たく、しかし決意に満ちていた。
「セリカ……あなたは本当に強くなりましたね」
夫人の瞳に、微かな涙が光る。
「けれど、あなたが歩む道がどんなものであれ、私たちはあなたを誇りに思うでしょう。王子のもとに行くことが、あなたの心を輝かせるなら――私はそれを止めません」
セリカはしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
その笑みは、少女ではなく、未来を背負う女性のそれだった。
「ありがとうございます、お母様。でも……私は、まだ決められません。
ですから、まずこの領が私のいない間も発展を続けられるよう、体制を整えたいと思います。それができた時――改めて、自分の道を選びたいのです」
その言葉に、公爵は深く頷いた。
「……なるほど。お前らしい答えだな」
父の声音には、安堵と誇りが混ざっていた。
「セリカ、お前が選ぶ未来がどんなものであれ、私たちは支えよう。お前が立つ場所が王宮であろうと、この地であろうと――親であることに変わりはない」
---
その夜。
セリカは自室の窓辺に座り、月明かりに照らされた庭を見下ろしていた。
花々の香り、遠くから聞こえる夜警の足音――すべてが彼女の心を落ち着かせる。
> 「私がいなくても、この地が笑っていられるように――」
彼女はそっと胸に手を当てた。
アコード王子のまっすぐな瞳を思い出す。あの人の隣に立つには、まだ自分は未熟だ。
けれど、今の自分にできることがあるなら、まずはそれを成し遂げたい。
――そう、彼女は決意したのだ。
ディオール領を、王女がいなくても輝き続ける地に。
その礎を築いた時こそ、真に自らの未来を選ぶ資格を得るだろう。
---
翌朝。
新しい一日が始まる。
セリカは朝日を背に立ち上がり、穏やかに微笑んだ。
「さあ、始めましょう。未来の準備を――」
その横顔には、少女ではなく、一人の指導者としての強さが宿っていた。
そして、彼女の決意を受け取ったかのように、窓の外では風が優しく庭の木々を揺らしていた。
アコード王子がディオール領を去ってから、数日が経った。
しかし――その日の出来事は、ディオール公爵夫妻の胸の内に重く残っていた。
書斎には、深い沈黙が満ちている。
公爵は重厚な机に両肘をつき、指先を組んで考え込んでいた。対面に座る公爵夫人もまた、扇を閉じたまま長い沈黙を守っている。
「……アコード王子の言葉、嘘ではなかったな」
「ええ。あの方の瞳には打算ではなく、真心がありました」
公爵夫人の声は穏やかだったが、その奥には複雑な感情が見え隠れしていた。
セリカを愛する親として――王子の誠実な想いを理解しながらも、簡単に娘を王宮へ送り出すことなどできはしない。
「セリカが王妃となれば、王国にとっては確かに喜ばしいことだ。だが……」
公爵は重く息を吐く。
「だが、あの子はディオール領に欠かせぬ存在だ。領民たちの信頼も厚く、彼女の知恵と采配がこの地の繁栄を支えている。あの子を失えば、この領は――」
「ええ。領民もきっと、不安になるでしょうね」
夫人はそっと目を伏せた。
セリカが領民たちの間を歩けば、誰もが笑顔で頭を下げる。その姿はもはや“令嬢”ではなく、“希望そのもの”だった。
「……けれど、あの方が娘を幸せにできるのなら」
夫人は小さく呟いた。
母としての想いが、理性の壁を揺さぶる。
「私たちが守るより、あの方の隣にいる方が、セリカがより遠くまで羽ばたけるのかもしれません」
公爵はその言葉にしばし沈黙し、やがて深くうなずいた。
「セリカ本人に、話を聞こう。……もう、親の思いだけで決める時ではないな」
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夕暮れ時。
橙の光がカーテンの隙間から差し込む書斎に、セリカが姿を見せた。
彼女はすぐに察した。両親の表情が、ただならぬものであることを。
「お父様、お母様……お話とは?」
公爵は一呼吸置き、穏やかに切り出した。
「セリカ。アコード王子からの再婚約の申し出について、私たちは何度も話し合った。だが――最終的な答えは、お前自身の意志に委ねたい」
セリカは驚いたように瞬きをした。
王家との婚約。それは家の一大事であり、娘の一存で決められることではない。
しかし、両親は――彼女の選択を尊重しようとしている。
セリカは静かに頷き、慎重に言葉を選んだ。
「……アコード王子のお気持ちは理解しております。とても誠実な方です。ですが――私が王妃となることで、ディオール領やこの地の人々にどのような影響があるのか……それが気がかりです」
彼女の声には、震えではなく、強い責任感が宿っていた。
父も母も、それを痛いほど感じ取っていた。
「私は、この領地を守ることが自分の役目だと思ってきました。
王妃になることが正しい道であっても――領民の生活が不安定になるなら、それは私の望む幸せではありません」
その言葉を聞き、公爵夫人はそっと娘の手を握った。
その手はかすかに冷たく、しかし決意に満ちていた。
「セリカ……あなたは本当に強くなりましたね」
夫人の瞳に、微かな涙が光る。
「けれど、あなたが歩む道がどんなものであれ、私たちはあなたを誇りに思うでしょう。王子のもとに行くことが、あなたの心を輝かせるなら――私はそれを止めません」
セリカはしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
その笑みは、少女ではなく、未来を背負う女性のそれだった。
「ありがとうございます、お母様。でも……私は、まだ決められません。
ですから、まずこの領が私のいない間も発展を続けられるよう、体制を整えたいと思います。それができた時――改めて、自分の道を選びたいのです」
その言葉に、公爵は深く頷いた。
「……なるほど。お前らしい答えだな」
父の声音には、安堵と誇りが混ざっていた。
「セリカ、お前が選ぶ未来がどんなものであれ、私たちは支えよう。お前が立つ場所が王宮であろうと、この地であろうと――親であることに変わりはない」
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その夜。
セリカは自室の窓辺に座り、月明かりに照らされた庭を見下ろしていた。
花々の香り、遠くから聞こえる夜警の足音――すべてが彼女の心を落ち着かせる。
> 「私がいなくても、この地が笑っていられるように――」
彼女はそっと胸に手を当てた。
アコード王子のまっすぐな瞳を思い出す。あの人の隣に立つには、まだ自分は未熟だ。
けれど、今の自分にできることがあるなら、まずはそれを成し遂げたい。
――そう、彼女は決意したのだ。
ディオール領を、王女がいなくても輝き続ける地に。
その礎を築いた時こそ、真に自らの未来を選ぶ資格を得るだろう。
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翌朝。
新しい一日が始まる。
セリカは朝日を背に立ち上がり、穏やかに微笑んだ。
「さあ、始めましょう。未来の準備を――」
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そして、彼女の決意を受け取ったかのように、窓の外では風が優しく庭の木々を揺らしていた。
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