追放された公爵令嬢、冷酷王に溺愛される ~悪役に仕立てられた私ですが、国を救ったら求婚されまし

しおしお

文字の大きさ
4 / 4

第4章 ざまあ返し――求婚と復讐の宴

しおりを挟む


1.密やかな異変――王都アルトラヴィスの動乱

 ルシタニア王国の王都アルトラヴィス――。
 この地で“冷酷王”ルシウスの参謀見習いとして暮らし始めて数か月、エヴァンジェリカ・セロンの存在は王宮の内外に少しずつ知れ渡るようになっていた。
 かつてメルガーデン王国で追放された“元公爵令嬢”というスキャンダラスな噂とともに、盗賊団を一網打尽にした智謀の持ち主だという評価も相まって、彼女には好奇と畏敬が入り混じった視線が注がれている。
 当初は「下品でずうずうしい亡命者」「王に取り入ろうとする女狐」などと陰口を叩かれることも少なくなかった。だが、ルシウスが臆面もなく彼女を“自らの近侍参謀”のように扱い、実務の場へも同席させるようになった結果、逆らえない空気が王宮に漂い始める。
 同時に、エヴァンジェリカの有能さが実際の政務や軍略で証明されていくにつれ、冷酷王がなぜ彼女を重用するのかを理解する者も増えていった。とはいえ、快く思わない派閥や貴族がいるのも事実だ。王宮には古くからの慣習や権益にしがみつく貴族が多く、王の周辺に謎の多い外国人が入り込むのを面白く思わないのは当然といえるだろう。

 そんなある日、エヴァンジェリカは宰相マグナスに呼び出され、執務室を訪れた。
 宰相としてルシウスを長らく支えているマグナスは、灰色の髪をした細身の男性で、王宮でも筆頭級の政治力を持つ人物だ。エヴァンジェリカが参謀見習いになった当初は事務的な接し方をしていたが、彼女の誠実な働きぶりや知略を認め始めてからは、比較的協力的な態度を見せるようになっていた。

「マグナス様、お呼びでしょうか?」

 執務室に入ると、マグナスは書類を机に並べながら静かな声で答える。

「ええ。実は最近、メルガーデン王国の動向が不穏でしてね。国境近くの諸侯が反乱の兆しを見せているとの情報が入りました。さらに、王宮内部でも改革に対する反発が強まっているようです。何より、現国王――つまりメルガーデンの老王と、王太子レオナードの足並みが乱れているらしく……」

「……メルガーデンが、内乱寸前ということでしょうか?」

 エヴァンジェリカの胸に嫌な予感が走る。かつて自分がいた国が混乱に陥るなど、考えたくもなかった。しかしフローラのような“聖女”が王太子を誑かし、好き放題してきたのだから、国政が歪んでしまうのも無理はないのかもしれない。

「まだ“内乱”というほどではありませんが、亀裂が徐々に深まっているようですね。そこへきて、周辺国との関係も悪化している……。下手をすれば、対外戦争に発展する可能性さえあると我が方の情報筋は見ています」

「戦争……。そんなことになれば、メルガーデンは苦しい立場になるでしょうね」

 メルガーデンは大国ではあるが、最近は聖女頼りの神秘的な“加護”に偏重し、兵制改革も滞っていると聞く。今のまま他国と事を構えれば、すぐには勝算が見込めない。
 そんなエヴァンジェリカの憂慮をよそに、マグナスは何か含みのある目を向けてきた。

「……陛下は、メルガーデン王国が混乱に陥ることを“悪くない機会”と捉えておられます。国情を整え、いつかは周辺地域への影響力を拡大するのが陛下の方針。もしメルガーデンがこちらに援助を求めてくれば、その条件次第でルシタニアがさらなる優位を得ることができますからね」

「なるほど。つまり、メルガーデンから“救いを求められる”可能性があるわけですね?」

「ええ。その際、“あの国の内情に詳しい”あなたの助言は、大いに意味を持つでしょう。――もっとも、あなたにとっては複雑でしょうが」

 マグナスの瞳に淡い同情の色が混じる。エヴァンジェリカは微かに苦笑した。確かに、自分にとってメルガーデンは故郷だ。だが今の彼女には、忌まわしい思い出しか残っていない。

「……私は、もはやメルガーデン人であるという意識はほとんどありません。ルシタニアに拾われ、ここで働かせてもらっています。もし私の知識が陛下のお役に立つのなら、惜しみなく協力するつもりです」

 そう言い切るエヴァンジェリカの瞳は澄んでいた。裏切られた国に恩義を感じてはいないし、ルシウスの許で生きると決めた以上、いざとなれば“容赦なく”故郷に牙を剥く覚悟もある。
 マグナスは小さく頷き、「了解しました」とだけ返した。


---

2.冷酷王の心――深まる主従の絆

 ルシウス王の執務室。
 エヴァンジェリカが宰相マグナスとのやり取りを終え、国政関係の提案書を持って王の下へ向かったのは、それからほどなくしてのことだった。
 広々とした部屋には大きな机が置かれ、ルシウスは椅子にどっしりと腰を下ろしている。その漆黒の髪と冷たい青い瞳は、相変わらず“冷酷王”の名にふさわしい威圧感を放っているように思える。
 もっとも、最近エヴァンジェリカは、この王が必ずしも“冷酷”一辺倒の男ではないことを知り始めていた。必要とあらば容赦なく敵を排除し、家臣にも厳しい態度を見せる。しかし同時に、有能な者には惜しみなく権限を与え、成功をきちんと評価する。更に、無益な流血を避けようという打算と優しさも備えている。
 要するに、彼は“結果”と“合理性”を最優先に動く人物なのだ。情に流されやすい王太子レオナードとは正反対とも言えるだろう。

「陛下、失礼いたします。先ほど宰相マグナス様よりお聞きしたメルガーデン王国の情報を受け、こちらで分析報告をまとめました。ご査収いただければ幸いです」

 エヴァンジェリカは机の上に書類を広げ、地図や表を指し示す。メルガーデン国内の主要貴族や派閥図、軍事力の推定、聖女フローラの影響力の変遷など、細かく整理されていた。
 ルシウスは書類に目を走らせながら、時折「ほう」「面白いな」といった短い感想を漏らす。やがて一通り読み終えたところで、彼はエヴァンジェリカを見つめて言った。

「……さすがだ。短期間でよくここまでまとめたな」

「ありがとうございます。もとは私自身がメルガーデン王宮で得た知識や、周囲から仕入れた噂がベースとなっていますが、確証のない点も多いです。もし陛下が決断をなさる際は、追加の情報収集が必要になるかと」

 謙遜混じりに言うエヴァンジェリカに、ルシウスはうっすら笑みを浮かべて頷く。

「ふむ、追加情報の件なら、すでに宰相が手配を進めている。……それにしても、メルガーデンがこれほど早く自滅の道を辿るとはな。お前を追放した愚王太子と、その“聖女”とやらの目論見が崩れつつあるのだろう」

「王太子レオナードが、真っ当に国を治められる器ではないのは私も感じておりました。ですが、まさかここまで急激に綻ぶとは……」

 あの日、フローラに陥れられ、すべてを失って国外追放されたのが、ほんの半年前のこと。エヴァンジェリカにとって、まるで十年も昔のように遠い記憶だ。今こうして自分は隣国の王の傍らにいるのだから、運命の妙というほかない。
 ルシウスは書類を机に戻し、少し身を乗り出すようにエヴァンジェリカを見つめる。そして、低い声で問うた。

「お前自身はどうだ。メルガーデンが危うい状況にある。――もし彼らがこちらに救援を求めてきたら、お前はどう振る舞う?」

 いきなり本音を探るような問いかけ。エヴァンジェリカは少しため息をつきながらも、毅然と答える。

「私は陛下に仕える参謀見習いとして、“ルシタニアの利益”を最優先に考えます。メルガーデン側に情けをかけるつもりはありません。――無論、陛下が何らかの慈悲をお与えになるのなら、それに従いますが」

「そうか」

 ルシウスは満足そうに頷く。その青い瞳に一瞬だけ、静かな光が灯ったように見えた。
 次の瞬間、彼はすっと立ち上がり、エヴァンジェリカの手首を掴むようにして引き寄せた。思わぬ至近距離に、彼女は鼓動が跳ねるのを感じる。

「……えっ、陛下……?」

「いや、少し試してみたくなったのだ。お前が本当に“私を王として仰ぐ覚悟”を持っているのかどうか」

 低く囁くその声に、エヴァンジェリカは唇を震わせながら応じる。
 王太子レオナードからは、こんなにも強引かつ直接的な接触をされたことはなかった。彼はどちらかというと甘く囁くタイプだったし、エヴァンジェリカもそれが“愛”だと思い込んでいたのだ。
 だが今、この冷酷王が見せるのは、言葉より先に“行動”で示してくるような圧倒的な存在感。いつも冷徹さを崩さない男が、ほんの一瞬だけ熱を帯びる――そのギャップに心が乱される。

「……もちろん、私は……」

 震える声をなんとか抑えながら答えようとするが、ルシウスは言葉を遮るように、手首から手を滑らせて彼女の肩にそっと触れた。

「お前の覚悟はわかった。それでいい。――だが、私はまだお前を完全には信用していない。言葉より“結果”で示せ。そうしたら、私の国でより高い地位を与えてやる」

「……はい。必ず応えてみせます」

 離される寸前、エヴァンジェリカは思わずルシウスの瞳を見返した。そこに映っているのは、自分の姿。冷たく透き通った青い瞳が、不思議なくらい印象的に焼きつく。
 ――この王に認められるためなら、どんな苦労も惜しまない。そう強く思えたのは、彼女がまだ知らぬうちに“特別な感情”を抱き始めているからなのかもしれない。


---

3.メルガーデンの苦悩――王太子の来訪

 それから二週間ほど経ったある日の昼下がり。
 ルシタニア王宮に一報が届き、「メルガーデン王国の使節団が国境を越え、陛下との面会を求めている」という知らせがもたらされた。使節団の中には、なんと王太子レオナード本人と、“聖女”フローラも含まれているという。
 エヴァンジェリカはその報を聞いた瞬間、腹の底から嫌悪感と緊張が混ざった感覚に苛まれた。まさか、自分を追放した当人たちが、ルシタニアに“救済”を求めてやって来るとは……。

「――正式な来訪理由は“友好関係の確認と、共同での魔物被害対策の協議”らしいが、実際には援助を求めているに等しいのだろう」

 宰相マグナスが渋い顔でそう評したとき、エヴァンジェリカは思わず苦笑いを浮かべた。

「やはり、内政が破綻しつつあるのですね。聖女フローラの“加護”ではどうにもならないほどの問題が山積しているのかもしれません」

 マグナスは薄く頷き、そっと声を潜める。

「陛下は“会ってやる”と仰っている。だが、今回の使節団にあなたがいたら、彼らはどう反応するだろうね。……エヴァンジェリカ、あなたは同席したいか?」

 むしろ彼女こそが、メルガーデン王太子たちに一番会いたくない相手だろう。だが同時に、“ついに復讐の時が訪れた”とも言える。心の奥底で今も燃えている怒りと、あの場で毅然と言葉を返せなかった無念の記憶――それらが彼女を奮い立たせる。
 エヴァンジェリカは一瞬だけ迷ったが、すぐに首を振って決意を固めた。

「いえ、私は陛下の参謀見習いとして、しかるべき立場で同席させていただきます。もし王太子が私を見ても“追放者”としか思わないのなら、それだけのこと。私はもう、メルガーデンの属する存在ではありませんから」

「分かった。私から陛下にも伝えておこう。……どうか感情に流されず、冷静に判断してほしい。あなたはもう“王太子レオナードの婚約者”ではなく、“ルシウス陛下に仕える者”なのだから」

「心得ています」

 静かな炎が、エヴァンジェリカの瞳に灯る。そう、“自分を追放した男”になど、今さら未練はない。むしろ、あの屈辱を晴らしてやりたい。彼女は強い意志を込めて歩み去った。


---

再会の場――レオナードとフローラ

 数日後、王都アルトラヴィスに到着したメルガーデンの使節団は、ルシウス王との謁見の場を設けられた。
 大広間にはルシウスが王の椅子に座し、その横に宰相マグナス、そして少し離れた立ち位置にエヴァンジェリカが控えている。カーテンが揺れる中、近衛騎士たちが整列して威風堂々と並び立つ光景は壮観だ。
 やがて、王太子レオナードと、腰元に侍女を従えた聖女フローラが現れる。レオナードは以前よりやつれたように見え、頬が少し落ち込んでいる。フローラも顔色が悪く、どこか落ち着かない仕草を繰り返していた。

「ルシタニア王国の陛下、ルシウス・ヴォルフガング様。メルガーデン王国より参りました王太子レオナード・メルガーデンにございます。今日はご面会いただき、痛み入ります……」

 形式的な挨拶を述べるレオナード。ルシウスはほとんど興味なさそうに軽く頷くだけだ。続いて、フローラが震える声で言葉をつなぐ。

「聖女フローラ、と申します……。わ、私も王太子殿下とともに、メルガーデンの民を救うために神の導きを請うべく、ここに……」

 その瞬間、フローラの視線がエヴァンジェリカを捉えた。
 一瞬、息を呑んだようにフローラの表情が凍りつく。追放したはずのエヴァンジェリカが、なぜ王の謁見の場に立っているのか――脳裏で理解が追いつかないのだろう。
 一方、レオナードはすぐには気づかずに言葉を続けようとしたが、フローラの反応につられて横を向いたとき、同じく驚愕に目を見開く。

「……え? あ、あれは……」

 嫌でも思い出すだろう。かつて“王太子妃”として内定されていた公爵令嬢エヴァンジェリカ・セロン。あの場でいじめの加害者に仕立て上げられ、涙を流して懇願するフローラを前に婚約破棄を宣言され、ついには国外追放された女――。
 彼女がなぜ、こんな場所に。そして、なぜ“立場ある者”のように堂々と立っているのか。レオナードは混乱しているようだ。

「久しぶりですね、王太子レオナード様。聖女フローラ様」

 エヴァンジェリカは、一礼だけは丁寧にしながらも、その瞳に冷笑に近い光を宿して応じる。二人がかつて自分に浴びせた仕打ちを思えば、今さら敬語など使いたくもないが、ここはルシウスの面前。冷静さを保つために形式を守る。

「ど、どうしてお前がここに……まさか、ルシタニアで厄介になっているのか?」

 レオナードの声は裏返りそうなほど動揺している。フローラに至っては、怯えたようにレオナードの後ろに隠れようとしていた。
 それを見たルシウスは、わざとらしく小さく咳払いして、冷ややかに言い放つ。

「余計な詮索は不要だ。――エヴァンジェリカ・セロンは我が国の“参謀見習い”として、すでに大きな功績を挙げている。お前たちメルガーデン王太子ごときが、その名を軽々しく口にすることは許さん」

 極端な言い回しに、周囲の近衛騎士すら息を呑む。ルシウスがここまで露骨にエヴァンジェリカを庇うと、誰が予想できただろうか。
 レオナードは焦りと困惑を隠せないまま、わなわなと唇を震わせる。

「そ、それは……失礼致しました。お、お前が……エヴァンジェリカ、お前がそんな立場に……?」

「ええ。あなたに追放された後、こうしてルシタニアで生きております。まさか、私と再会したくて来られたのではありませんよね?」

 エヴァンジェリカの淡々とした口調に、レオナードは言葉を失う。直後、フローラが小さな声で「ありえない……」と呟くのが聞こえた。かつては「大悪女」として糾弾し、王太子からも公爵家からも見放した女が、こうも悠然と立っているなど信じたくないのだろう。
 しかし、これが現実であり、その事実こそが二人の立場を左右することになる。


---

4.ざまあ返し――復讐の宴の幕開け

ルシウス王の“圧倒的優位”

 謁見の場は張り詰めた空気の中、レオナードたちの本題へと移る。メルガーデン王国は隣国との衝突や国内の不穏分子の蜂起に苦しみ、今すぐにでも他国からの援助が欲しい状態にある。
 レオナードとフローラは、表向きには「ルシタニアとの友好」「魔物被害の共同対策」などと綺麗ごとを並べているが、要は“軍事・経済面で支援をしてほしい”という願いに他ならない。
 ルシウスは最後まで黙って聞き、王太子の話が終わったところで、にべもなく告げる。

「要するに、金と兵を貸してほしい。それがなければメルガーデンが崩壊しかねない状況。――そう理解してよいか?」

「……そ、それは少し語弊がありますが、我が国としてはやむを得ない事情があり……」

「言い訳は要らん。支援を乞うのであれば、それ相応の“代価”を差し出すのが筋だろう」

 端的に言えば「取引」をしようという話だ。メルガーデン側は兵を借りたいのだから、代わりに領土の一部や特権、あるいは関税の減免など、ルシタニアの利益になるものを提示しなければならない。
 レオナードとフローラは、その要求内容に絶句せざるを得ない。自国の利益を大きく削ってまでルシタニアに頼るべきなのか――迷うだろう。けれど、今のメルガーデンに選択肢は少ない。
 エヴァンジェリカは静かにそれを見守りながら、かつて自分を追放した王太子が必死に頭を下げざるを得ない姿に、心の底で皮肉にも似た“快感”を覚えていた。

(ああ、あのときの私のように追い詰められているのね。でも、私は手を差し伸べる立場にいない。むしろ、今は私があなたを見下ろしているわ――)

 その衝撃的な立ち位置の逆転こそが、彼女にとっての“ざまあ”と言えよう。彼女はあくまで冷静を装いつつ、内なる勝利感を噛み締めていた。


---

フローラの錯乱

 王太子レオナードがルシウスとの交渉に必死になる一方、聖女フローラの視線はずっとエヴァンジェリカに向けられていた。まるで何か言いたいことがあるようだが、レオナードが交渉の場に集中しているため口を挟めないのだろう。
 やがて、ルシウスが厳しい取引条件を提示し始めたとき、フローラがついに我慢できずに声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 私……私、聖女フローラには“神の加護”があります。もしルシタニアに協力するなら、この国に大きな祝福をもたらせるはずなんです!」

 すがるようなフローラの言葉。だが、ルシウスはまったく興味がなさそうに首をかしげる。

「ほう……それで? 具体的には何ができる? 聞くところによると、メルガーデンではお前の加護とやらで危機を回避しきれなかったそうだが?」

「そ、それは……私の力がまだ万全ではなく、悪い者たちが邪魔をして……」

「ふん、つまり“万能”ではないのだろう。ならば“取引条件を大幅に緩和する理由”にはなり得ない」

 ルシウスの冷酷な言い回しに、フローラは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。そのとき、彼女の視線が再びエヴァンジェリカを捕え、恨めしげな声を放った。

「……なんで、あなたがこんなところにいるの……! 追放されたはずなのに、どうして、どうして……! 私から王太子殿下を奪うために、ルシタニアに逃げ込んだんですかっ!」

 一方的に錯乱するフローラ。その言葉に、さすがのレオナードも「フローラ、やめろ!」と制止しようとするが、フローラは涙目で叫び続ける。

「私が聖女なのに、私が正しいのに……! あなたはただの悪女でしょう? 王太子殿下から奪って、今度はルシタニアの王に取り入ろうと……なんて卑劣なんですか!」

「……フローラ」

 思わずその名を呼ぶエヴァンジェリカ。場違いなほど激情に駆られるフローラを見て、懐かしさよりも呆れが勝ってしまう。
 フローラがまくし立てる罵倒は、メルガーデン王宮で誹謗中傷を浴びせたときと何ら変わっていない。周囲が信じてくれると思えば何を言っても構わない、という自信が彼女にはあるのだ。
 だが、ここはルシタニア王宮。誰もフローラの言葉に盲信してくれるとは限らない。
 ルシウスがわずかに苦笑しながら、エヴァンジェリカに目配せする。

「ほら、言いたいことがあるなら言わせてやれ。お前のほうが静かに対応できるだろう」

「かしこまりました、陛下」

 エヴァンジェリカは軽く一礼してから、フローラに向き直った。その瞳には、かつてのような悲しみや恐怖は微塵もない。むしろ凛とした光が宿っている。

「フローラ、あなたは確かに聖女かもしれないわ。でも、私がルシタニアで王に取り入った、なんて言いがかりをここで通じると思っているの?」

「だ、だって……あなたは私をいじめた悪女だって、みんな知ってるはず! 王太子殿下も覚えてるでしょう!」

 縋るようにレオナードを見上げるフローラ。しかし、レオナードは先ほどルシウスから突きつけられたシビアな取引条件に気を揉んでおり、フローラをフォローする余裕などない。むしろ「今はそんなことで取り乱すな」と言わんばかりにそっぽを向く。

「……ええ、私がいじめの加害者だったと、あなたたちは“でっち上げ”ましたよね」

 エヴァンジェリカの声が大広間に低く響く。騎士たちも目を伏せ、聴衆の貴族たちも息を呑む。言わば“追放の真相”が露わになる瞬間だ。

「でも、ここにいる誰もが、あなたの言葉を無条件で信じるわけではありません。私はこの国で、私の有能さを証明することで、地位を得ました。あなたのように“嘘泣き”をして同情を買う手段に頼らず、ね」

「な、なんですって……!」

 フローラの顔が真っ赤になる。だが、周囲にいるのはルシタニアの人々。メルガーデンの王太子殿下すら余裕のない状態だ。もはや誰もフローラを庇おうとしない。

「ざまあみろ――なんて言う気はないけれど、あなたに教えてあげる。ここで通るのは“実力”と“成果”だけ。それを示せないなら、いくら泣き叫んでも、陛下が興味を持つことはないわ」

 その言葉に、フローラは何かを失ったようにうなだれた。元々、彼女が王太子レオナードに庇われていたのは“聖女”という肩書きがあったからに過ぎない。実力で国を導いてきたわけではないのだ。
 ルシウスが静かに肩をすくめるようにして言い放つ。

「どうやら交渉の本題は済んだようだな。――メルガーデンが我がルシタニアに援助を求めるなら、私の提案する条件を飲む以外にない。さもなくば、帰るがいい。フローラとやらの“加護”とやらがあるなら、それでなんとかしろ」

「……っ」

 レオナードは一瞬だけ反論を試みるような表情を見せるが、すぐに項垂れる。どうやらルシウスの条件――例えば領土の一部譲渡、関税優遇、さらにはメルガーデンの鉱山利権の共有など――をある程度受け入れざるを得ないと悟っているのだろう。
 その屈辱的な現実を噛み締めながら、王太子は搾り出すように言う。

「……検討させていただきます。どうか、もう少しだけ猶予を」

「よかろう。期限は……そうだな、十日以内に回答を寄越せ。そうでなければ、我が国はお前たちを敵対勢力とみなすかもしれん」

「は、はい……」

 こうして、メルガーデン王太子の来訪は、惨めな形で幕を下ろした。フローラは完全に狼狽しきった様子で、レオナードに縋るようにして退場していく。


---

公爵家との邂逅――父の末路

 だが、この“ざまあ返し”はまだ終わりではなかった。何と、使節団の中にエヴァンジェリカの実父であるセロン公爵までもが同行していると知ったのは、その日の夕刻である。
 かつての自分を勘当し、フローラとレオナードの言葉を鵜呑みにして追放を後押しした父――今さらどんな顔をして彼女と対面するつもりなのか。

「……公爵閣下が、私に面会を求めていると?」

「はい。先ほどお申し出がございました。王太子殿下が謁見を終えたあと、しきりにエヴァンジェリカさまを探しているご様子で……」

 近衛騎士の報告に、エヴァンジェリカは一瞬嫌な胸騒ぎを覚えた。
 自分を捨てた父が、今さらどんな弁明を並べるのか。怒りが蘇りそうになるが、ここで動揺しては“ルシウス陛下に仕える”身としての品位を損なう。
 結局、エヴァンジェリカは翌日の昼、王宮の客間で父と対面することを了承した。


---

すれ違う親子の言葉

 広くもないが落ち着いた内装の客間。白い壁の中に飾られた絵画が、かつてのメルガーデン王宮の雰囲気を少しだけ思い出させる。
 そこに佇むセロン公爵は、以前よりずっと老け込んだように見えた。頬も痩せこけ、髪の色に白いものが増えている。だが、あの厳格な姿勢だけは変わらず、エヴァンジェリカが入ってくると微かに身をこわばらせる。

「……エヴァンジェリカ。久しいな」

 公爵の声は意外にも弱々しかった。エヴァンジェリカは座ったまま、彼を見上げて短く挨拶を返す。

「お久しぶりです、公爵閣下。――私はもう、公爵家の娘ではございませんので、そのように呼ばれる筋合いはありませんが」

 尖った言い方だとわかっていても、どうしても許せないのだ。あの日、王太子の前で自分を勘当した父の姿が忘れられない。
 公爵は少し顔を顰めるが、抵抗する気力もないのか、苦しそうに言葉を継ぐ。

「お前を追放したあのとき……私にも事情があった。王家との関係を守らねば、公爵家が立ちゆかぬと……」

「ええ、わかっていますよ。大事な地位と権力を守るために、自分の娘を切り捨てることくらい、なんとも思わなかったのでしょう?」

 冷徹な言葉。公爵はそれに対し「違うのだ」とか細い声で反論しようとするが、言葉が続かない。きっと、本当に“娘を守れなかった”という後悔があるのだろう。しかし、それを言葉にしても今さらどうにもならない。
 エヴァンジェリカは、そんな父の姿を見て、かすかな嘲笑を浮かべてしまう。かつての自分なら、父の苦悩を知って同情したかもしれない。しかし今は、ルシタニア王宮で自分の価値を認められる道を歩んでいる彼女に、もう“愛される娘”としての未練などない。

「……それで、用件は何ですか? まさか、私にメルガーデンへ戻れとか、おっしゃらないわよね?」

「い、いや……さすがにそこまでは言わぬ。お前がルシタニア王に仕えているなら、それはもう……」

 公爵の声は震えている。傍目にも、彼が今のメルガーデン情勢において不利な立場に追いやられていることがうかがえた。下手をすれば、公爵家そのものが没落してもおかしくないのだろう。

「お前は……いま、ルシウス陛下のお気に入りだと聞く。もし、もしも……国同士の交渉が進むならば、公爵家を……メルガーデンの人々を見捨てないでやってくれないか?」

「……は?」

 エヴァンジェリカは思わず呆気に取られた。勝手に追放しておいて、今さら「見捨てないで」などと虫が良すぎる。言いたいことは山ほどあるが、ぐっと堪えて深呼吸する。
 やがて、静かな口調で答えた。

「公爵閣下。私は今、ルシタニアの参謀見習いです。陛下の命に従い、ルシタニアの利益を最優先に考える義務があります。メルガーデンを助けるかどうかは、あくまで“陛下の決断”であり、私の個人的な情など挟む余地はありません」

 それが事実だし、彼女の本心でもある。セロン公爵は失意の表情を浮かべ、頭を垂れるようにして微動だにしなくなった。
 もし、本当に娘としての情が残っているなら、ここで何か助け舟を出してやってもいい――そんな“弱い”考えがエヴァンジェリカの脳裏をかすめる。けれど、その意識を振り払うように、彼女は席を立ちあがった。

「これ以上、話すことはありません。私は公務がございますので、失礼します」

 エヴァンジェリカはドアに向かって歩き出す。そのまま振り返らずに扉を開けたとき、父の悲痛な声が背中に落ちるように聞こえた。

「……エヴァンジェリカ、すまなかった……」

 どこかで愛情を取り戻したいと願っているのかもしれない。だが、もう遅い。彼女の心には“親子”としての絆を繋ぎ止めるものは何一つ残っていない。
 エヴァンジェリカは何も言わず、扉を閉めた。


---

5.求婚と復讐の宴――新たなる道の選択

危機と決断

 メルガーデンの使節団がいったん滞在を続ける中、エヴァンジェリカは再び政務をこなしながら、ルシウスや宰相マグナスと今後の対応を協議していた。
 そして、刻限の十日が近づいたある夜――ルシウスは突如として大広間で盛大な“宴”を開くと宣言する。来客にはメルガーデンの使節団も含まれるというから、エヴァンジェリカは怪訝に思った。

「陛下、これは一体どのような趣旨の宴なのでしょうか? ……まさか、交渉のためですか?」

「いや、交渉は交渉だが、それだけではない。私は少し“趣向”を変えた場で、決断を下そうと思ってな」

 ニヤリと笑うルシウス。それがどんな決断なのか、明言はしない。しかし、この“冷酷王”がわざわざ大人数を集めて盛り上げようとするのだから、何か大きな狙いがあるに違いない。
 当夜、大広間に貴族や騎士、果ては宰相クラスの重臣が一堂に会する中、メルガーデン使節団も招かれ、華やかな音楽と豪勢な食事が用意された。
 エヴァンジェリカも“参謀見習い”としてではなく、久方ぶりにドレスを身につけての参加を許される。ルシウスの命令で仕立てられたそのドレスは、濃紺の生地に銀糸の刺繍が施され、シックでありながら高貴さを感じさせるデザインだった。

「ドレス姿も悪くないな」

 開宴前、ルシウスにそう囁かれたとき、思わずエヴァンジェリカは胸が高鳴った。しかし同時に、これは“臣下に向ける言葉”の範囲をやや逸脱しているようにも思える。
 宴が始まり、やがて会場が暖かな熱気と喧騒で包まれていくと、メルガーデン側の王太子やフローラも姿を見せる。彼らの表情はどこか疲弊しきっており、まるでこの場に馴染めず浮いていた。


---

冷酷王の宣言

 そして、宴の中盤に差し掛かったとき、ルシウスが壇上に立って人々の注目を集める。どこからともなく静まり返る会場。
 ルシウスは満場の視線を浴びながら、静かに切り出した。

「――諸君、今日こうして盛大な場を設けたのは、二つの重大発表があるからだ。一つは、メルガーデン王国との交渉結果について。もう一つは、私自身の“個人的な”決断について、だ」

 ざわめく会場。そもそもルシウスが“個人的な決断”を公開するなど、極めて珍しいことだ。
 最初にルシウスは、メルガーデンへの要求条件を改めて提示し、それをレオナードが受け入れる旨を表明することになったと公表した。つまり、メルガーデン側はルシタニアにとってかなり不利な譲歩を行い、軍事支援と経済的援助を受けることで合意したわけだ。レオナードは唇を噛みしめ、フローラは半泣きになってうつむいている。

「……よって、我がルシタニアはメルガーデンに一定の援助を行うが、それはあくまで“対等な条約”などではない。彼らは“従属国”に近い立場になるだろう。――この場で両国の協定を宣言し、文書を取り交わす」

 レオナードは屈辱に耐えるしかない。フローラは「私こそが聖女なのに……!」と唇を震わせるが、誰も同情してくれない。
 続いて、ルシウスはもう一つのトピックへと話題を移す。客席に向けてゆっくりと視線を巡らせ、最後にエヴァンジェリカへと目を止めた。

「そしてもう一つ――私は、我がルシタニア王国の“王妃”として、エヴァンジェリカ・セロンを迎えることをここに宣言する」

 その一言で、会場は爆発的などよめきに包まれた。近衛騎士は瞳を見開き、貴族たちは「まさか」「追放者が王妃に!?」と口々に驚愕の声を上げる。宰相マグナスですら、これほど早い段階で結婚宣言がなされるとは想定外だったのか、目を伏せて驚きを押し殺すかのように唇を引き結んでいる。
 何より、エヴァンジェリカ自身が最も衝撃を受けた。求婚――王妃になる? いつかルシウスからそれを匂わされる可能性は感じていたが、こんなにも唐突に、公式の場で宣言されるとは……。

「エヴァンジェリカ、前へ」

 ルシウスが静かに手招きする。その強い眼差しに促され、エヴァンジェリカは半ば夢見心地で壇上へ進む。周囲の貴族たちは、口をつぐんだまま成り行きを見守るしかない。
 壇上に並んだ彼女の前で、ルシウスは玉座から降りるように歩を進め、目の高さを合わせた。そして、まるで儀式のように左手を掲げ、はっきりと口にする。

「お前は、有能さと忠誠心を示した。かつて王太子妃として選ばれながら、失意のうちに追放された身でありながらも、決して己を嘆かず、我が国に貢献した。その功績を称え、私はお前を、私の“唯一無二の王妃”として迎えたい」

 信じがたい光景に、エヴァンジェリカの心は大きく揺れ動く。しかし、ルシウスの瞳は真剣そのものだ。周囲に向けてではなく“彼女に対して”、しっかりと視線を合わせている。
 そして、ルシウスはさらに言葉を紡いだ。誰もが聞き逃せない、冷たくも温かい響きを持つ声で。

「もし、私の隣に立つ覚悟があるのなら――エヴァンジェリカ・セロン、私に嫁ぐがいい。お前が答えを拒むなら、私は……諦めることはないが、強要もすまい。ただ、この場にいる皆に伝える。お前こそが私にふさわしい“真の王妃”だと、私は確信している」

 会場はシンと静まり返った。
 そして、意外な声がその沈黙を破る。絶叫にも似た悲鳴をあげたのは、フローラだった。

「そんな……そんなのおかしい! 私こそが聖女で……みんなに祝福をもたらすはずなのに……なのに、この女ばかりが幸せになるなんて、神様が許さない……!」

 レオナードが狼狽してフローラを抑えようとするが、フローラは振り払って舞台のほうへ駆け寄ろうとする。しかし、近衛騎士によって制止され、それ以上は踏み込めない。彼女の叫びはもはや錯乱状態に近い。

「私が殿下と結ばれるはずだったのに……全部、あんたが悪いんだああああっ!」

 かつて自分が仕掛けた罠の数々をまるで忘れたような言葉に、エヴァンジェリカは冷笑を抑えきれない。あの日、自分を追放し、王太子の婚約者の座を奪い去ったフローラが、今度は逆に“何も得られず”取り乱しているのだから、この上ないざまあである。
 そのフローラを横目に、ルシウスが淡々と言葉を継ぐ。

「見るがいい、エヴァンジェリカ。あれが、お前を追放した者たちの“末路”だ。奴らは国を救うどころか、自分を守る術すら持たずにここへ泣きついてきた。――それに比べて、お前は己の頭脳と誇りで道を切り開いた。だからこそ、私はお前を選んだ」

 ルシウスが差し出す手。その向こうには、冷たい瞳に潜む揺るぎない決意が見え隠れする。
 エヴァンジェリカは、一瞬だけ躊躇して息を呑んだ。彼女自身も、心のどこかで“ルシウスに特別な感情”を抱き始めていることを認めざるを得ない。それでも、正式に“嫁ぐ”となれば、国家に関わる重大な決断だ。

(でも……私はもう、何も恐れるものはない。メルガーデンでの屈辱を晴らした今、私が進むのは、ルシウス陛下と共に歩む道――)

 静かに、彼女はルシウスの手を取った。まばゆい照明の中で、その一瞬が永遠のように感じられる。
 会場の貴族たちは、冷酷王の突拍子もない行動に困惑しながらも、“王の意志”には逆らえない。宰相マグナスは苦笑しつつも、どこか温かい眼差しで二人を見守っていた。レオナードとフローラは絶望に沈み、公爵は言葉もなく呆然としている。
 そう、この瞬間こそが“ざまあ返し”の真骨頂。王太子妃になるはずだった令嬢が追放され、隣国の王と結ばれる――そして、自分を追い出した者たちは、その栄華を目の当たりにして打ちひしがれるのだ。

「……エヴァンジェリカ・セロン、私の妃となれ。お前を抱きしめ、永遠に離さないことを、ここに誓おう」

 ルシウスの言葉に、エヴァンジェリカは感極まる思いで瞳を潤ませながら、静かに応じる。

「――はい。私はルシタニアの王妃として、これからも陛下と国を支えてまいります」

 大広間は喝采と動揺が交錯し、騒然となった。だが、その中心にいる二人だけは、まるで世界が静止したかのような静けさの中にいるような錯覚さえ感じていた。


---

エピローグ――真の幸福へ向かって

 かくして、メルガーデン王太子レオナードと聖女フローラは、ルシウスの威光の前に屈服し、国を守るために不利な条約を結ばざるを得なくなった。
 フローラは王太子との関係をもはや保てず、メルガーデン宮廷でも孤立し始める。聖女としての力も年々衰えていくという噂があり、近い将来には“用済み”として捨てられるかもしれない。
 セロン公爵は一族の家名をなんとか維持するために奔走するが、王太子と共に無能の責任を問われ、実質的に没落に近い立場に追い込まれる。エヴァンジェリカには二度と顔向けできないという屈辱を抱えながら、故郷で細々と暮らすことになるだろう。
 何より、エヴァンジェリカを追放した者たちは、彼女が“冷酷王の王妃”となり、大国ルシタニアを実質的に動かす立場にまで昇り詰めた現実を、まざまざと突きつけられる。――それこそ、最高の“ざまあ”以外の何ものでもない。

 一方、新たな道を歩むエヴァンジェリカは、王妃としての公務はもちろん、ルシウスの最側近参謀としても才能を発揮し続ける。内政改革や軍制整備に手腕を振るい、彼女の名は「才女王妃」として民衆の間にも知れ渡っていく。
 そしてルシウスは、そんな彼女を心から愛し、惜しみなく信頼を寄せている。かつては“冷酷王”と恐れられた男が、エヴァンジェリカの前では“唯一の優しさ”を見せることもあるのだ。
 やがて二人の協力によってルシタニアはますます繁栄し、周辺諸国からも一目置かれる強国となる。メルガーデン王国はその保護下で“属国”のような扱いとなりつつも、辛うじて存続を許される形だ。王太子レオナードとフローラの名が歴史にどう記録されるかは、もはや定かではない。

 ――かつて、エヴァンジェリカはメルガーデン王宮の夜会の場で追放を宣告され、すべてを失った。
 だが今、その彼女が新たな国の王妃として迎えられ、偽りと陰謀で自分を貶めた者たちを逆に見下ろす立場になったのである。
 これぞまさに**「ざまあ返し」**――悪役に仕立て上げられた公爵令嬢が、隣国の冷酷王に溺愛され、王妃にまで成り上がるまでの物語であった。
 最後に微笑むエヴァンジェリカの表情には、もうあの頃のような涙や苦悩は存在しない。あるのは、ルシウスという絶対的な“王”と共に歩む確信、そして“自分自身”を信じる強さだ。
 これから先、二人が手を携えて進む未来がどれほど波乱に満ちたものであろうと、きっと乗り越えていくのだろう。――そう、二人の愛と知略こそが、“真の幸福”を掴むにふさわしい証なのだから。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

無能と追放された魔導鍛冶師、最強の騎士に拾われ溺愛される

ムラサメ
恋愛
​「君の打つ剣は輝きが足りない。もっと華やかに光る、騎士団の象徴となる剣を打てないのか」 ​実家の鍛冶屋からも、婚約者である騎士団長カイルからも「無能」と切り捨てられた鍛冶師・メル。不純物を削ぎ落とし、使い手の命を守るためだけに特化した彼女の「究極の業」は、美しさを求める凡夫たちには理解されなかった。 ​冷たい雨の中、行き場を失い魔物に襲われた彼女を救ったのは、隣国の至宝であり、その強すぎる魔力ゆえに触れる武器すべてを粉砕してしまう最強の騎士――アルベールだった。 ​圧倒的な武力で魔物を屠り、砕けた愛剣を悲しげに見つめるアルベール。周囲がその「化け物じみた力」を恐れて遠巻きにする中で、メルだけは違った。彼女は泥にまみれた鉄の破片を拾い上げ、おっとりと微笑む。 ​「……騎士様。この子は、あなたの力に応えようとして、精一杯頑張ったみたいですよ」 ​その場で振るわれたメルのハンマーが、世界で唯一、アルベールの全力を受け止める「不壊の剣」を産み落とした瞬間――最強ゆえに孤独だった英雄の運命が、狂おしく回り始める。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

処理中です...